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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
3章 忍術伝承
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最初の一歩

 イチカの必死な抗議から、およそ二時間後。

 惨劇の中心となった工作室にて、秘密特訓が始まった。

 別に嫌味のつもりは無いのだが、伝造先生は奇妙きみょうな修飾語を添えてイチカに呼びかける。


「え~。それでは、あちしの授業で一躍いちやく有名に()りんした藤森さん、いま一度、

素材合成の内容を、貴方(あんた)さんの特訓と絡めて実験しましょ」


 イチカは罪悪感とウンザリ感に机へ()()して、嫌々(いやいや)をするように頭を振って()()()()


「わざとじゃ無いんです~ぅ!」


 事情を知らずに(ぼう)けの仁斎が、カラクリ先生へためらいがちに理由を尋ねた。


「むぅ……。いったい、藤森さんはどうしたのじゃ。なにやらひどく、愚図(グズ)を起こしとるようじゃが」


 被害妄想のせいか、()()の部分が強く聞こえて、イチカの背中が短く震える。

 心なしか二人の目には、彼女の背中に、架空の(やいば)がグサリと刺さったようにも

見えた。

 カラクリ伝造は声だけはそのままに、耳打ち姿勢で語気を(はば)らせる。


(いや)、それが……。かぜの粉末剤を混ぜて点火したら、偶然、教室中に引火しちまいやしてね。転校(よう)日目(かめ)にして、早くも『爆弾魔』の称号が与えられたみたいなんでさぁ」


 意外な事実を聞かされて、イチカは机の天板に両手を突いて、勢いよく立ち上がる。


「私、(かげ)でそんなこと言われてるんですか!? はやくみなさんの誤解を解かなくちゃ」


 イチカとは別の理由から、仁斎が驚きに背筋を反らす。


「なんと……。あの焰薙(ほむらぎ)華隠ですら、一ヶ月(ひとつき)近くでようやく炎熱狂女(えんねつきょうじょ)の汚名を打ち立てたと言うに、一週間でじゃと!? ()が弟子ながら、実に末恐ろしいわい」


「ええ、(まった)くです……」


 と、言葉ほどの深刻さを感じさせず、カラクリ先生は、イチカの肩にそっと手を添えた。


「しかし、それはそれとして藤森さん……。ここは一つ諦めて、特訓と行こうじゃありやせんか」


「先生なのに、諦めるとか酷いこと言わないで下さい! フォローもなしで傷付くじゃないですか」


「けれども、こうした時はよく、()()の事より()()のことって言うでやんしょ?」


「爆発騒ぎは()()のことです!!」


 イチカが顔を近付けて猛抗議すると、カラクリ先生は腹を抱えて大笑する。


「アハハハハハハ……。いやぁ、失敬々々(しっけいしっけい)。なるほど噂通り、あちき()には考えも付かない忍具の発案者なわけでやんす」


 いじけた口調はそのままに、イチカが諦めた様子で、ストンと席に腰を降ろした。


「つまり伝造でんぞう先生は、特訓だけじゃなくて、私の忍具のことも御存じなんですね」


 伝造(でんぞう)先生は目元を涼しく保ち、茶目っ気タップリに語尾を弾ませる。


「勿論、いちいち説明には及びやせんよ♪ それじゃ、ムダ話は此処(ここ)までにして、特訓を始めるとしましょ。今日の目的は、いくつかの火薬の組み合わせを試し、

理想の効果を見付けること。それを明日の特訓、癇癪玉(かんしゃくだま)作成の事前結果とするのが一番でやしょう」


 続けてカラクリ伝造は、背中の木組み箱から、妖精(ようせい)型の木彫り人形を取りだす。


「藤森さん。特訓の終わりに、あなたののぞむ効果を事前に考え、それを実際に作って頂きやす。首尾よく出来たら、この単位認定アイテムの『木彫(きぼ)り小人』、進呈しましょ」


 ちなみに単位認定証は、購買で装飾品と高純度こうじゅんど媒体に分離することが出来る。

 イチカにとっては、試験突破に必要な単位だけでなく、本番()(よう)の新忍具を作る重要な素材でもある。

――これからさき、一つたりとも、単位修得のチャンスを無駄には出来ない。

 にぎこぶしを固めたイチカは、沈んだ気持ちを強引ごういんに振り払うと、姿勢をまっすぐにして応答する。


「ハイ、がんばります!」


 監督教師が二人も居るため、今度ばかりは爆発もなく、望みの調合火薬・爽風薬(そうふうやく)が完成した。

 その効果は、(もく)属性(ぞくせい)で強まる爆風を(みず)属性(ぞくせい)で狭い範囲に制御し、圧縮空気を吹き出すもの。

 炎の出ない非殺傷への(こだわ)りから、爆弾魔の異名を払拭したい動機がよく分かる。



 そうして授業の復習を()ねた前半が終わると、訓練の後半は予定通り、基礎体力の補強へと移る。

 イチカが普段からよく使う裏門前で、二つの影が()()びと準備体操を始めた。

 やがてその動きが終盤に差し掛かる頃、臥龍仁斎(がりゅうじんさい)が肩を(だる)そうに旋回させて、その手を自身の腰へと回した。


「ああ、()()し。準備運動はこんなモンじゃろ……。ではこれより、(わし)の特訓じゃ。月曜日は高低差を想定した戦い、立体戦術(りったいせんじゅつ)に重きを置く。本日の内容は、()(みん)(もり)入り口を経由した、学園から修業場への走り込みじゃ。いったん其処(そこ)で軽く

剣術修業を行い、再び入り口に戻って、(うち)まで走り込む。第一週目は、(みな)、こんなものじゃ。分かったかの?」


 体操終わりに師匠の前へとを移したイチカが、相手の意図を先回りして返す。


「ハイ! 本格的な訓練の前に、まずは体力作りと訓練生活への慣れですね」


「ウム、そういう事じゃ……。では、(わし)について参れ」


 時を()しんだ仁斎が、前置きも()()()()にいきなり動き出す。

 よく見ると、その手に何時いつもの杖がない。

 走るフォームも、脚を(せわ)しなく動かすと言うより、『ターン、ターン!』と大きく前に飛び跳ねて、一気に距離を稼ぐ仙人(せんにん)染みた動きである。

――縮地(しゅくち)()(ほう)

 一歩を長くすることで、事実上、距離を(ちぢ)める走り方だ。


「うえぇ? 速いんじゃなくて、一歩が遠い!? 待って下さいよ~、師匠~!」


 仁斎はねるのに夢中なのか、浮き足立つ弟子に気付きもしない。

 小さな背中ががりかどに消える前に、イチカは必死に追いかける。

 視界のはしに師匠の背中を捉えつつも(なん)とか走り切るが、愚民の森に着く頃には、『ぜーはーぜーはー』と、呼吸が完全に乱れていた。

 両手をひざに突き、肩で大きく息を整えるイチカへ、仁斎は達者たっしゃな口調で弁解する。


「いや~、すまんすまん。久し振りなもんで、()()加減を間違えた……。ちと速かったかの?」


 お茶目にひとみを細め、自身の後頭部を卑屈に撫でる仁斎。

 一応、謝意を表してる積もりなのだが、イチカにそれを見る余裕はない。

 喉を(かす)る荒い呼吸を繰り返し、足元に視線を落とす。

 顎から(したた)る汗の雫が、乾いた路面に(いびつ)な円形の染みを幾つも滲ませた。

 意志の強さは、疲労の彼方に()りを(ひそ)める。

 苦境を()じ伏せたのは、とかく折衝事(せっしょうごと)には向かない強情さであった。


「い、いえ……。特訓とっくん一日目にして、()を、上げる訳には、行きませんから……」


「このに及んで強がりとは、じつに頼もしいわい。ならば()()(わし)の話を聞きながら休憩せい」


 言われなくてもそうする積もりで、イチカはその場で深呼吸を続ける。

 無言の弟子に構わず、仁斎は手持ち無沙汰に(あご)をさすって訓練談義を始めた。


「そもそも、こうした基礎訓練を行うのは、単純に体力をつけるばかりでなく、

相手に呼吸を読まれぬための、隠行(おんぎょう)の下地でもある。なにも隠行は、敵から隠れるだけのものではない。剣士同士が相対(そうたい)した際、相手にこちらのかたを悟られぬ備えにもなる。さしずめ忍びにとっては、忍具使用や形成けいせい立て直しの後退を予期されぬ、動作やあるきの隠蔽と言った所かの」


 そうした仁斎の忠告は、はからずしも、イチカの思い込みを正確に捉えていた。

 良い事を知った……、と感心が閃く刹那、酸素不足で思考が混濁し、不明瞭な

視界を無数の光点が瞬く。

 仁斎の説教が、隠行おんぎょうの意義から、イチカの無警戒へと話題が変わった。


「この点、残念じゃが御主は、()の者に出遅れておる。みなの行動に()()()()虚を突かれるようでは、日頃から、その備えに劣る証拠じゃ。意識すれば、クラスの者の隠行(おんぎょう)なんぞ見抜くのは容易い。音を立てる。物を動かす。こちらから相手を攪乱(かくらん)して、精神集中と呼吸を乱すのも良かろう」


 視界が元の色彩を取り戻すと同時に、忍術談義も終わった。

 形だけなら、内容だって頭に入っている。

 耳の裏までひびいていた血管の鼓動も、今はすっかり収まっていた。

 それでもイチカが返せたのは、短くも簡潔かんけつな文言である。


「ハイ、分かりました……」


 さっそくイチカは呼吸を読まれて、手加てかげん混じりに次の段階を許してしまう。


「ふむ……。どうやら、返事を出来るまでには回復したようじゃな。さすれば修業場まで()()、儂が灌木(かんぼく)を揺らす(ゆえ)、御主は足場の上で、手裏剣とかたなを木に打ち込むのじゃ。それが終われば、今度は(うち)までの道を走ってもらうぞ。では、行くとしよう」


 こうしてイチカの特訓は、少々、ハードな部活動レベルから始まった。

土師はじ穽玄せいげん

天海衆の攻城・長期戦闘部門を担当する格闘忍者。土属性。

中背ちゅうぜいにして筋骨(たくま)しく、浅黒い肌とつややかな黒髪。

一定量の土や石を自在に操れるため武器は要らず、直属の訓練兵も同様の技が使えたことから、優れた戦闘教官でもあった。

分厚い壁や堀、攻城兵器を生成しようとするも、敵に寝返った篠崎洞仙しのさきどうせんの入れ知恵によって無効化されて、江戸城攻略に失敗する。

別働隊の蕃丞ばんじょう支手してが倒されたのを知るのが遅れてぎわを誤り、多くの敵を道連れに自爆しようとするも、陽忍術者・夕霧ゆうぎりの技と神具の力に抗しきれず封印される。

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