爆弾魔
特訓初日の月曜一限目。
忍具知識・設計の授業に、担当教師のカラクリ伝造が工作室へとやってきた。
黄土色の縮緬織りを頭に巻き、上体にフィットした肌着の上から、二の腕丈の短いチョッキ姿。
さらには、背中に木組みの箱を背負った風貌は、ちょうど箱根界隈を拠点に営む、昔の薬売りによく似ている。
しかし、その服の中に収められた身体は、肋骨より下、一部の臓器を除いた全てが、なんと木造パーツのカラクリ仕掛けである。
「あいあい、始まるでやんすよ。週の初めの第一授業、忍具設計に整備や知識。藤森さん、今日はあちきの骨組みを見たからって、気絶しないでおくれやんすんね」
途端に教室内から、クスクスとした忍び笑いが漏れる。
先週の始業直前、イチカは教卓前へと呼び出されたが、話の途中、至近距離で彼の人造骨格を目撃して卒倒した経緯がある。
イチカは気恥ずかしさに頬を染め、律儀に起立して謝罪を述べる。
「あっ、ハイ! この前は、いきなり取り乱して済みませんでした」
ペコリとお辞儀して着席すると、隣りに座る希更が話しかけてきた。
「ねえ、藤森さん。昨日の朝に言ってた新忍具の件、どうなりましたか?」
楽しみに尋ねる希更へ、イチカは器用にも、小さく弾んだ声で返す。
「ハイ。すっごく面白くて、私向きのが出来ました♪ でも、テストまでは誰にも見せるなと師匠に言われてるから、お昼くらいにコッソリ見せるんで、楽しみに待ってて下さい」
「分かりました。では、また後ほど……」
二人が内緒話をしている間に、伝造先生は背中の木箱を、自身に近い教卓手前の右側に置き、講義の準備を済ませる。
「さて……。今日のお題は、素材の相性と合成実験でやんす。先に言っときやすが、コレ、明日の瀑男先生の授業と深く関わりがあるんで、キチッと頭に入れて置くように」
噺家みたいな小気味良い口調で注意を進め、黒板に木火土金水の『五行』を描き、教卓の木組み箱から、コルク栓のついた小さな瓶を五つ取りだす。
内容物は、若草色・赤・黄・白・黒の五つに色分けされた粉末状の物体。
木組み箱の少し先、教卓の真ん中に、五つの小瓶を五行に因んで横一列に並べると、伝造先生がその正体に触れる。
「それでは分かりやすいように、今日は『火薬』を使って授業を進めましょ。相性と言っても、繋ぎとなる素材次第で相剋関係を無視できる点が、忍具作りの特徴でやんす」
意外なことを聞いて眉を跳ね上げると、さっそく表情を読まれてしまった。
「おっ? なにやら藤森さん、その顔、いきなり疑問が御有りのようですな」
不意の指名で驚くが、カラクリ先生の言う通り、イチカには腑に落ちない点があった。
今度は椅子に腰を落ち着かせたまま、イチカは質問を切りだす。
「あっ、はい! 世間ではよく、火と水は相容れないと言いますし、水を掛ければ、火は消えちゃうじゃないですか。そんな物でも、簡単に組み合わせて良いんですか?」
初歩的だが、同室の誰もが同じ見解のため、どこからも啜り笑いが聞こえない。
これに対してカラクリ伝造は、内心、その質問を待っていた素振りで流暢に例を挙げた。
「まったく其奴は御尤も。しかしあちきに言わせれば、ソレ、大量の水を背反属性の火に直接ぶつけたから消滅しただけで、加減と工夫さえ凝らせりゃ、お風呂みたく、ありがたくなる物でさぁ」
この説明で理解できたのは、練丹術の使い手である坂本愛里だけであった。
その左後方、幼馴染みの金岡あきえが、伝造先生の説明に異議を唱える。
「センセ~。お風呂って言っても何処も水ばっかりで、火の要素なんて一つも無いじゃないのさ。アタシには今ひとつ、ピンと来ないけどなぁ……」
これについても心待ちにしてたのか、伝造先生は、知的な糸目をイタズラっぽく引き延ばした。
「おやおや、あきえさん。こいつは不思議な事をおっしゃる……。夏場はともかく、ほかの季節でも水風呂じゃ、流石の忍びも風邪を引いちまうでやんしょ? ここは一つ頭を柔らかくして、お風呂にはじっくりと加えた火の要素、つまりは熱があると考えておくんなさい」
「熱って……。確かにまぁ、火と言えば熱だけど……」
共感できるが強引さも少しは窺えて、どうにも素直に頷けない。
あきえが戸惑い気味に納得するのを、伝造先生が一方的に話を進める。
「そうでやしょう、そうでやしょう? 要は何事も、要素で考えるとしっくり来るもんでさぁ。この発想に関しては、土曜日授業の練丹術と関係がありやす。万事につけて、量と工夫が重要でやんすよ」
生徒の疑問を押し切った手前、心苦しさと授業理解への不安が残る。
伝造先生はフォローのために、身近な物を例にあげて信憑性を添えた。
「少し複雑なものとなると、火・水・金の要素で電池となりやすね。二段階に分けて、詳しく説明しましょ……。火の要素は『融解』を意味し、水はそのまんま『流体』と考えやす。ほんの僅かな水に、濃密な火の要素を加えることで、物を融かす流体、すなわち『酸』へと変わる御明算。これに金属を加えれば、あの『ボルタ電池』の大まかな仕組みと合致しやす」
これには教室内から、「ほ~う……」と小さな斉唱が漏れるが、それでも理解できたのは半数と言ったところ。
クラス筆頭の呼び声が高い華隠ですら、顔に疑問を浮かべているありさまだ。
ジッとしている事が嫌いで、頭脳労働が苦手な彼女だが、攻撃系の専門知識となると、一転して造詣が深い。
その彼女が分かっていないとすると、座学の授業が遅れ気味なのが原因だろう。
忍者知識専門の生徒とは違い、一般教養に手堅いイチカが納得してる点は、大いに救いがある。
伝造先生は、安心と困惑を胸の内で綯い交ぜて、言葉の末尾に実験開始の号令を繋げる。
「皆さんも、こうした組み合わせを頭に入れて、今から火薬の調合をお願いしやす」
それから、一時間半後の二限目・座学。
担任教師の綾平雫が、教卓前で元気一杯に生徒へ呼びかける。
「は~い、皆さ~ん。休み明けで怠いかも知れませんが、目を覚まして下さいね~。先生の一般知識と座学、始まりますよ~♪」
気分はまるで、幼稚園の先生である。
しかし、皆、なぜかグッタリと机に張り付いて、誰もその言葉に反応しない。
学級崩壊の波は、ついに忍ヶ丘の僻地にも伝播したのか?
この許されざる蛮行に、綾平担任は、無限の包容力で立ち向かう。
まず最初に彼女がとった行動は、生徒の怠惰を一部受け容れ、優しく頷くことであった。
「うんうん……。みんな、週の初めなのに疲れてるのね~♪ でも、先生信じてる……。本当は眠いからとか、そういったイジワルなんかじゃ無いんでしょう?」
間を置かず、綾平担任の一人語りが核心へと切り込んだ。
「だってみんな、煤とか火薬で黒焦げですから♪ 原因と思しき藤森さんなんて、すっごくファンキーなアフロヘアーになってるし」
端的に言うと、綾平担任は、生徒たちの惨状がいたくお気に入りで、少々、浮かれ気味なのだ。
その、春の陽溜まりみたいな空気に後押しされて、イチカは罪悪感ゼロの調子で挙手する。
「ハイ! 相性良いかな……と思って、風と火の素材を混ぜて点火したら、大爆発でした!」
本来ならば注意すべき所を、綾平担任は、嫌な『あるある話』で盛り上がる。
「うふふ~、そうですねぇ~♪ 風によって火の威力が分散する代わり、範囲は
一気に拡大しちゃうもの。爆心地から順番に、みんなの火薬に引火しちゃったんですね~」
委員長の坂本愛里は、眼鏡が割れてグロッキーだ。
クラス中央の席で、獅堂このえが机の上でピクピクと痙攣する。
毛先のカールした金髪が爆発に黒ずみ、千々に乱れている。
世にも奇妙な『横ロール』となったサイドヘアーが、今、力なく重力に引かれて『縦ロール』に変わった。
「ふ、藤森さん……。事故を装ってクラスメイトを爆殺しようとは、恐ろしい敵……。ガクッ!」
教室内に『始末完了』の、遊び半分な空気が広がるが、完全に誤解である。
イチカは、胸の前で握り拳を上下に振って必死に訴える。
「ち~が~い~ま~す! 本当に偶々、『これだけなら……』と思って、先生の
指示通りのタイミングで点火したら、線香花火みたいにじゃなくて、一気に爆発しちゃったんです!」
自分は適切な手順で実験した、とアピールした積もりだが、細やかな配慮が欠けていた。
不穏な沈黙の中、教室中央、左から三番目の席で、柳沼理乃が涙ながらに罪を
悔いる。
「このうえ、伝造先生に責任転嫁しようだなんて……。復讐だ……。これは事故の名を騙った、裏門襲撃の復讐だよ」
爆発など日常茶飯事では困るのだが、綾平担任が、理乃の発言に平然と同意する。
「うふふ……。あるある♪ あっ、そうだ。今日はそれなら、歴史の授業でもありますし、古今有名な爆殺事件でも紹介して、暗殺技術の参考にしましょう♪」
「お願いですから、先生も爆発から離れて下さい!」
・篠崎洞仙
天海衆の元・参謀。
幕府の統治に絶望し、天海衆に身を寄せて、組織の運営を一手に引き受けた。
陽忍たちと敵対する惹鬼の技を研究し、陰忍が更なる力を得るのに賛成するも、その副作用として、他者への憎悪と猜疑心を増大させると知り、事態の収拾に動く。
時すでに遅く、天海衆には陰忍鬼道術が蔓延し、その治療法を模索するため、陽忍集団・五部に投降する。
結局、天海衆へと残した協力者と連携して、陰忍たちの治療を果たす目算は狂い、蕃丞支手を封印する際、協力者の名前を告げられなかったことで、およそ150年の後も陰陽・両忍者が争う状況が続く。




