お菓子忍具
羞恥心と憤怒から、イチカが顔を真っ赤に染めて叫ぶ。
「女の子2人の前で、なんて表現を使ってくれてるんですかぁ!!」
本当に最悪であった。
デリカシーの欠片もないが、伝吾と師匠の衝撃だけは、イチカにもしっかりと
伝わった。
思春期相応の純情さに、顔の火照りが収まらない。
(うわあ……。こんな事だから、クラスメイトの理乃さんにも、エロ本注視の疑いを掛けられるんだぁ)
油断してると、前後の過程に至る行為まで想像してしまいそうだ。
一方さよも、しばし軽蔑に目を細めていたが、仕事柄、すぐに意識を忍具へと戻した。
テーブル端にしゃがみ込んで、お菓子忍具の一つ一つを興味ぶかく観察する。
「でも、確かにコレは画期的ですよ。一つの忍具に、複数の用途を持たせてあるんですから」
伝吾はさよの注目を察して、新たなお菓子忍具の紹介へと移る。
「だろう? 今のは食べられるタイプだけど、次のは絶対に無理だな。なにせ、こっちのグミは食用じゃないんだけど……。まぁ、とりあえず手にとってごらん」
イチカは得意気な伝吾に促されて、掌にオレンジ色のハードグミを一粒乗せる。
見た目、色、かなりの酸味を伴うソレに、イチカは大いに馴染みがあった。
「シ○キックスですね……。しかも、どういう訳かは知りませんが、今では販売されていない、旧式デザインの奴です」
「外見的にはそうだけど、コレばっかりは食用不可能。なにせコイツは、撒き菱なんだ」
撒き菱の用途を想像して、さよがしょんぼりと肩を落とす。
「あう……。お菓子を地面にバラ撒くのは、どうにも抵抗があるです」
「おっとっと……。さっきも言った通り、こいつは食べられないオブジェだよ。
食べ物を粗末にしてはいけない。その辺りの倫理面も、おじさん、きっちりカバーしてあるからね」
伝吾が苦笑交じりに念を押すと、それを聞いて納得したイチカが、さらなる問題点を付け加えた。
「でも、コレじゃ全然痛くなさそうですし、足止めとしては役に立ちそうもありませんね」
イチカは不満そうに三角錐のグミを指で弄び、ギュッと力を入れて摘んでみる。
すると次の瞬間、指先から鈍い痛みと共に、痛覚とは別の刺激が口内へと爆発的に広がった。
「痛っ! って言うか、酸っぱ!! いったい何ですか、コレ! どうして指で挟んだだけなのに、味覚にまで作用するんですか?」
傍目には、イチカに何が起きたのか分からない状況である。
不思議そうに首を傾げたさよが、円らな瞳で伝吾を見上げた。
「はにゅ? 今、イッちゃんに何が起きたですか?」
「それはね、このグミ型オブジェには、陽忍術の力が封じられてるからなんだよ。しかも、意外と固くてね……。一定の圧力を感知すると、中の術式が解放されて、対象に鈍い痛みと、お菓子本体が持っていた酸味を与える不思議な効果があるんだ」
忍具と言えば、刀や手裏剣に癇癪玉など、実用主義の形状と決まっている。
新忍具の外見に全く親近感を持てない仁斎は、胡乱な目付きで撒き菱グミに手を伸ばした。
「ふむ……。こんな玩具みたいな物がのぅ」
「おっと、仁さん。アンタは触らない方がいい。梅の酸っぱさとは種類が違うし、上級忍者のアンタにとっては最悪の相性だ」
「見縊って貰っては困るわい。普通、耐毒能力などは、下忍、中忍、上忍、忍術皆伝と昇るに連れて高まるものじゃ。刺激についても同じ事じゃて」
「だけど其奴は、苦痛に関してだろう? 味覚は、口に入れた物から毒素を検出するため、敏感でなくちゃいけない。つまりは練丹術で鍛えた身体だと、普通以上に酸っぱい想いをする。その上この撒き菱は、相手忍者の陽忍術を一時的に暴走させて、強制使用の状態にするんだ。いくら忍術皆伝者の抵抗力でも、大幅な術力損失は免れないだろうね」
長々と恐ろしい説明を受けて、仁斎がすばやく手を引っ込めた。
「おお、桑原々々……。儂とて長生きしたいでの。こんな事で若さを浪費したくないわい」
師匠の言葉を糸口に、イチカが若返りの噂に信用を深める。
「あっ……。それじゃあ東雲先生が教えてくれた通り、師匠って、あの身体活殺の法で、若返りとか不老不死みたいな事ができるんですか?」
その手の術に没頭されると、人としての道を踏み外しかねないので、仁斎はそれとなく話題を逸らした。
「うむ……。不老不死とは違うが、儂や五部学長くらいになると、年寄りの姿を
維持して、寿命を引き延ばすことが可能なんじゃ。対して今度の一年生は、術を抑える術を知らんから、この撒き菱は、疲労をさらに加速させる厄介な忍具となるじゃろう」
推測の形で言葉をまとめながら、仁斎は一つの不安に辿り着く。
通常、陽忍訓練を受けていない一般人でも、忍ヶ丘で食事し、呼吸をしていれば、陽忍術の源となる忍術媒体が体内に蓄積していく。
(じゃが、忍ヶ丘を訪れてから一週間、藤森さんから感じ取れる氣は、里の外に住む者とまったく同じもの。おそらく忍術媒体が、まだ体内に定着しておらんのじゃな……)
一番の問題は、イチカが忍術修業を初めてから、まだ日が浅いことにある。
現状、六月に途中編入したイチカがどれだけ訓練した所で、所詮は他のクラスメイトの後追いでしかない。
守りを中心に、負けない強さを叩き込むだけでは何かが足りなかった。
勝つための何か。
往々にしてそれは、戦闘前なら練習量に当たり、戦闘中では、敵の手の内を見破る洞察力と、相手の裏をかく巧妙さにある。
(お菓子を通常忍具と合成するなど、これまでに聞いた事がない。じゃが……)
場当たり的で破れかぶれに似たイチカの発想は、その巧妙な一手になりはしないか?
仁斎は、特訓内容と懸念を摺り合わせて、眉間に軽い皺を寄せる。
「こうなると、月曜・火曜の忍術訓練は、実力の底上げも兼ねて、新忍具の実践指導に重点を置くのが賢明じゃな」
続けてさよが、忍具開発に因んだ助言を添える。
「だったら水曜日と木曜日は、霊場での特訓ついでに、素材の探索をすると良いですよ」
「なら残る二日は、戦闘訓練と基礎特訓の心構えをしておけば、テストの時にも
うまく立ち回れそうですね。よぉ~し……。明日からの授業と個人特訓で、今度の試験、私は勝ちに行きます!!」
湧き上がる闘志に拳をグッと固めた瞬間、イチカは再び掌中の撒き菱グミの
洗礼を受けて、『あぐっ!』と呻いて床に倒れた。
・蕃丞支手
天海衆五忍将の一人。木属性。
天海衆の忍具工作・カラクリ部門を担当。肉体の多くがカラクリ仕掛けとなっており、様々な機械と四肢を連結させて自由に動かせる。取り立てて優れた能力こそないが、人材不足に悩む天海衆の戦力底上げに大きく貢献した。
なお、カラクリ伝造の人造骨格と絡繰り機兵のアイディアは、そのほとんどが、
蕃丞支手の技術を流用したもの。
自身の身体をカラクリの中に隠したトロイの木馬作戦で、霊場・鏡之森(後の、愚民の森)へと無傷で侵入。
龍脈の氣を乱して、火山噴火や大地震などの天変地異により徳川の世を滅ぼそうとするも、天海衆の暴走に心を痛めた元陰忍・篠崎洞仙の妨害により封印される。




