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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
2章 成りたい自分
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忍具調合炉

 そうして仁斎が立ち去ると、余(よ)韻(いん)に浸る間もなく、伝吾がポケットから鍵束を取りだす。


「さて……。こっちも、日が暮れないうちに仕上げるとするかな」


「忍者刀(にんじゃとう)選びですよね。でもコレって、厚みと長さでどう違うんですか?」


「どれも刃物という点では同じだけど、間合いによって長刀や小太刀とか、名称や扱い方が変わるんだ。あと、刀身の厚みによっては、段平(だんびら)や大太刀にも変わるね。たぶん御嬢(おじょう)ちゃんの場合だと、柄(つか)は同じなのに刀身が短くなるから、肉厚にしないと、振り切った時に折れちゃうかな……」


 伝吾は保管棚の硝子(ガラス)戸を引き開けると、中から必要な刀剣パーツを選び出し、カウンター裏の座敷で組み立て作業を始める。

 最終的に、肘(ひじ)から中指ほどまでの全長となり、見た目も鉈(なた)に近い、幅広で重量感のある『斬空刀(ざんくうとう)』が完成した。

 刀身は変わったものの、柄(つか)は前と同じなので、握った時の感触は変わらない。

 外観と質量に差異はあっても、それですぐに強くなった気分はしなかった。


「確かにちょっと短くなりましたけど、取り立てて変わった感じがしませんね」


「そりゃそうさ。大切なのは静(せい)止(し)状態の持ち味よりも、動かした時の振(ふ)り味(あじ)だからね。明日の修業で試してみると良いよ」


 伝吾は畳の上から立ち上がると、レジ横を回り込んで、保管棚の施錠を手早く

済ませる。


「良ぅし……。それなら次は、手裏剣だな。よっと!」


 入れ替わりに新たな棚を引き下ろすと、そこにはサイズの大小のみならず、明らかに形の違う、ありとあらゆる投擲(とうてき)武器が収納されていた。


「うわあ……! なんだかこれこそ、忍びって感じがしますね♪ 本当に色々とある……」


「時代劇に出てくる風(ふう)魔(ま)手裏剣とか十字(じゅうじ)手裏剣、暗器代(が)わりの小(こ)柄(がら)や外国製の物まであるよ。消耗品の手裏剣だと、個人に合わせた特注生産は、費(ひ)用(よう)対効果がとにかく悪いからね。こればっかりは実際に使って、手に馴染む物を探すしかないかな」


 するとイチカは、訓練時の命中精度を思い出して不安を訴える。


「でも私、使い慣れるもなにも、どうやら手裏剣を投げる才能が無いみたいなんです。一生懸命やるんですけど、どうしても的から逸(そ)れちゃって……」


「軌道が安定しないのか……。だったらいっそ投げ苦無みたいに、飛距離を犠牲にして打ち出す横(よこ)投(な)げが良いかもね」


 経験則から導き出されるアドバイスも、素人のイチカには、今ひとつピンと来ない。

 忍者といったら、やはり手裏剣。

 その定義から外れると、途端に投げる姿勢(フォーム)が想像つかなくなる。

 途方に暮れたイチカは、入り口近くの棚から、10円ガムを手に取って現実逃避を始める。


「手に馴染む物といえば、この店で一番の物は、やっぱりコレかなぁ」


「駄菓子の事かい? 確かに忍ヶ丘の外では、刃物よりもそっちをよく手にするだろうね」


 イチカはどん○りガムに視線を落としつつ、口任せに愚痴を零(こぼ)した。


「あ~あ……。どうせならお菓子が武器になれば、私だって完璧に使いこなせるのに……」


 考えなしの発想に、伝吾の声が驚きに裏返る。


「えっ? な、なんだって、お嬢ちゃん。いま、なにが武器になればって言ったんだい!」


 その道を生業(なりわい)とする人間を前に、少し不謹慎だったかも知れない。

 イチカは慌てて、直前の言葉を取り消した。


「あっ!! いえ、なんでもないんです。ちょっとした独(ひと)り言(ごと)ですよ、独り言……」


「否々(いやいや)。おじさん、別に怒ってる訳じゃないんだ。実は今、忍具造りで少し困っててね……。まぁ、ここで話を聞くより、ちょっとオジサンについて来なよ。店の奥に工房があるんだ」


 伝吾は隠し棚を天井へと戻し、通路奥の扉を開けて、『此方此方(こっちこっち)……』と手招きする。

 イチカは相手の切迫した勢いに操られて、狭い下り階段から、地下研究室へと足を踏み入れた。

 メタルカラーの金属壁と、壁際を縦横(じゅうおう)に入り組んで走る太い配管。

 混沌と整然さが同居したようなその空間は、一言(ひとこと)で言うと、どこか胡(う)散(さん)くさかった。

 思わず出入り口のそばで足を止めたイチカは、半眼(はんがん)ニヤケの気後れ顔で尋ねる。


「あの……。この、悪(あく)の秘密基地みたいな工房はなんですか?」


 不気味さから出た質問に、伝吾は却(かえ)って上機嫌に鼻を鳴らす。


「フフ~ン♪ おじさん謹製の、新(しん)忍(にん)具(ぐ)開発室さ。ここで日夜、新しい忍具を研究してるんだよ。これがなかなか、奥が深くってね」


 染み染みとした言葉の余韻が、凝(こ)り性(しょう)に良くある首の傾(かし)げ方(かた)と絶妙に適合(マッチ)している。


「なんだかドップリ趣味の世界って感じがして、話も長そうですね……」


 イチカが思わず本音を漏らすと、伝吾はマニアックな雰囲気をパッと打ち切り、部屋の中央に置かれた大釜(おおがま)を、ペッタペッタと掌で張り示す。


「まっ、そこはお(・)い(・)お(・)い(・)話すとして、今日の所は、重要な部分だけにしよう。なんとこの大釜はね、どんな物でも忍具に変化させちゃう『忍具調合炉』なんだよ!」


 子供の発想が最大限に活かされた設定に、流石(さすが)のイチカも鼻で笑った。


「そんなバカな……。いくらなんでも、眉唾(まゆつば)モノですよ」


「嘘じゃないよ。お嬢ちゃんだって、練丹術の授業を受けたろう? あれは、毒や薬に必要な成分を抽出する行程がポイントなんだ。そしてなんとこの大釜は、その機能を自動的に行い、どんな物でも忍具に変えてしまう優れ物なんだ!」


 力強く言い切ると、伝吾は腰に手を当てて、開発秘話をしんみりと語り始めた。


「正直、なにを作ろうか行き詰まってたんだ……。おじさん達(たち)忍ヶ丘の住人は、な(・)ま(・)じ(・)忍術の知識があるだけに、どうしても通常忍具の域(いき)を超えないからね……。それに、単なる忍具に陽忍術の要素を組み合わせて、お嬢ちゃんみたいに術が苦手な子でも、似たような事ができればなって、常々(つねづね)思ってたんだ」


 ふと気が付くと、またしても話が趣味に走っていた。

 我に返った伝吾は、陶然とした空気を切り替えて、期待を込めた眼差しをイチカへ向ける。


「お嬢ちゃんだって、手に馴染(なじ)む物を武器にした方が良いだろう?」


 そこには幾(いく)らか厚かましさを感じたが、下心を秘めた者特有の、冷たくザラリとした嫌悪感はまったくなかった。

 特訓を受けてクラスメイトとの差を縮め、忍具頼みの陽忍術で覆(くつがえ)す。

 そう考えると俄(が)然(ぜん)、期末試験に対する意欲が湧いてきた。


「分かりました。お菓(か)子(し)忍具の開発、よろしくお願いします!」


 ハッキリとした口調で依頼してから、イチカはすぐに不安そうな表情で切り出す。


「でも私……。あんまりお金、持ってませんよ?」


 唯一の心配を、伝吾が他(た)愛(あい)なく払拭する。


「完成品ならともかく、試作段階なら代金は要(い)らないよ。その代わり、忍具造りのアイディア提供とデータ収集のために、期末試験の時には必ず使って欲しいんだけど、頼めるかな?」


「それなら御(お)安(やす)い御用です。どうせその忍具で特訓を受けて、試験にも臨(のぞ)むんですから」


 打てば響くような返事を聞いて、伝吾はパチンと景気よく指を鳴らす。


「よし来た! さて、そうなると……。あとは素材集めが問題だな。基本素材となるお菓子はいくらでもあるけど、陽忍術の力を付与する『忍術媒体』が心許(こころもと)ないなぁ」


 専門用語の出現に、イチカの頭上にハテナアイコンが生じる。


「なんですか、その忍術媒体(にんじゅつばいたい)って?」


「陽忍術の力を秘めた、忍ヶ丘に自生する草花や鉄鉱石のことだよ。それに関しては……、ホラッ! 忍術学園で頑張ってる購買のあの娘(こ)。瓊荷木(ににぎ)…………、なんて言ったっけなぁ?」


 珍しい名字よりも、購買の一言(ひとこと)を参考にして、イチカはすぐにピンと来た。


「もしかして、さよちゃんの事ですか!? 彼女なら、ウチのすぐ隣りに住んでますよ」


「おおっ、それならちょうど好い。素材の在庫数と値段。あとは種類について、

簡単に話を付けといてくれるかい?」


 誓願(せいがん)ほどではないものの、イチカが大(おお)威張(いば)りに胸を打って約束する。


「ハイ! この藤森イチカにお任せ下さい!」

忍びの務(つと)めとは元々、こうした下準備の積み重ねです。

陽忍術に頼る学園生と、そうでないイチカ。

ある意味、忍者として真っ当なのはイチカの方なのかも知れません。

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