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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
2章 成りたい自分
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忍びの里の文房具

 改めて店の外観を見てみると、一瞥(いちべつ)した限りでは、とても文房具屋には見えない。

 店の入り口は、左右に一つずつ。

 軒下の三和土(たたき)には新聞紙が敷かれ、ブレーキ欠損やパンクした自転車が横に並ぶ。

 右側(みぎがわ)入り口の向こうには、アルミフレームのガラス扉越しにも分かるくらいに、広い土間が建物の奥へと続いており、床には工具や発泡スチロール、天井からはオレンジ色のチューブが垂れ下がっている。

 つまりは此処(ここ)で、自転車の修理をしているのだ。

 今しも仁斎(じんさい)が入って行った左側の入り口には、手前に白いプラスチック棚が置かれ、上・中・下段に駄菓子(だがし)が陳列されている。

 下段を占めるのはカードタイプの10円菓子や、平成初期には完全にメジャー化した麩菓子(ふがし)で、中段はガムやアメ玉の類(たぐい)である。

 上段にあるのは、少し値段の張るグミや食玩タイプ。

 小学生のあいだでは、お小(こ)遣(づか)いの差が庶民と貴族の格差を示し、上段のお菓子に平気で手を伸ばせる者こそ、上流階級(ハイソサエティ)の証である。

 見栄を張って大枚(たいまい)叩(はた)いたチビッコは、月末までを無一文で過ごし、負け犬オーラを引きずるペナルティが課せられていた。

 酸味が特徴の、3分の1の確率で吉凶を占うガムは、なぜか中段に位置していた。

 菓子棚の正面に、レジカウンターと生活場所の座敷が見える。

 さらには入り口から見て正面奥、薄暗い通路の先に、おそらく店名(てんめい)由来の文房具があるのだろう。


「こんなお店、実家(うち)の近所にはなかったなぁ……」


 店全体から漂う人間くささからして、商売(しょうばい)っ気(け)がほとんど感じられない。

 古い時代には何処にでもあった空気を肌で感じて、遅ればせながら、イチカも店の中へと入る。

 あいにくと、店主は席を外していた。

 勝手知(し)ったる仁斎は、友達口調で相手を呼び出す。


「お~い、伝吾ろ~(デンゴロー)や。儂(わし)じゃ、儂(わし)。御主の大好きな、酔いどれ竜が来てやったぞ~♪」


 二秒ほど沈黙が続いたあと、『ドスッ、ガタン!』と盛大に蹴躓(けつまづ)く足音が近付いてきた。

 ややあって店の壁板がグルリと反転し、どっしりとした中年太(ぶと)りの店主、木下伝(でん)吾(ご)が姿を現した。

 色黒(いろぐろ)猪(い)首(くび)の太っちょオジサンに意表を突かれて、イチカが素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げる。


「わあぁぁ! なんでお店に、どんでん返しが!?」


 店主の木下は、まずは一声、憎まれ口の仁斎に文句を入れてやりたかったが、

仮(かり)初(そ)めにも客商売である。

 店の構造に驚くイチカを、先(さき)に相手にする必要があった。


「おっ。その反応からして、君が噂の転校生の娘(こ)かい? なんで、どんでん返しがあるって言われても、ここが忍びの住む街、忍ヶ丘だからに決まってるじゃないか」


 ランニングシャツに短パン姿の伝吾は、ずんぐりとした身体を一(いっ)歩(ぽ)近付けて、

人の良さそうな瞳を仁斎へと移す。


「それで仁(ジ~)さん、今日は一体(いったい)なにを企んでるんだい。言っとくけど此処(ここ)には、駄菓子に自転車修理、それと文房具しかないのは知ってるだろう?」


「なぁに、表(・)向(・)き(・)の商品は要(い)りゃせんよ。と言うのも、この藤森さんはのう……」




 簡単に事情を説明すると、伝吾は訳あり顔で腕組みを解いた。


「なるほど。それで修業がうまく行かず、クラスメイトに差を付けられてばかりって訳か……。よし、それじゃ御嬢(おじょう)ちゃん、ちょっと刀を見せてくれるかな?」


「えっ? あっ、はい……。どうぞ」


 急な要望で少し戸惑ったが、イチカは腰の忍者刀を帯から外して、相手に手渡す。

 刀を受け取った伝吾は、ウンウン唸りながら、鞘(さや)の上から色んな角度で鑑定を加えた。

 続けて、刃(やいば)の潰れた刀身を抜き放ち、イチカの体格と比べ始める。

 ややあって、伝吾は刀を鞘(さや)へと納めると、サッパリとした口調で評価を述べた。


「まっ、例によって、例の如(ごと)くってヤツだ……。この刀、お嬢ちゃんの体格に全然(ぜんぜん)合ってないね」


 身も蓋(ふた)もない見解を聞いて、イチカが大きく目を見開く。


「えええぇ!! その忍者刀、使いづらい奴なんですか! 私てっきり、誰でも

簡単に扱える、万能な刀なんだとばっかり思ってたのに」


 剣士である仁斎が、イチカの思い込みに困惑を示した。


「藤森さんや、そいつはち(・)と(・)無理があろう。誰もが身長や筋力、柄(つか)の握りに違いがあるんじゃぞ? それをムリに平均化すると、結局は、誰にとっても扱いにくい、役立たずの剣となってしまうんじゃ。もっとも、藤森さんは基礎訓練を受けていない分、陽忍術の要素に振り回される心配がない。身体測定の結果と運動力から、すぐにでも自分に合った武器を見繕える」


 伝吾は手にしたままの模造刀を、レジ横のガラスケースの上へと放置する。


「もちろん武器だけじゃなくて、忍者服もピッタリの物が用意できるって寸法だな。仁(ジ~)さん、あとでその辺りのことを、学園に報告しといてくれるかい?」


「あいあい、任された。東雲(しののめ)先生がなんとかしてくれよう。今はとにかく、武器の方じゃ」


 専門分野の気配が一気に高まると、仁斎が期待のこもった口調で伝吾を促す。


「さてさて、そこでようやく伝吾ろ~(デンゴロー)の出番じゃな。アレ、あるんじゃろ?」


「まっ、それがウチの本命だからね。望みの武器は八幡バサラ(バサラ)で造り、細かい調節は木下(ウチ)で済ませろ。つまりは此処(ここ)からが、俺の腕の見せ所だな」


 伝吾は忍ヶ丘での常識を口遊(くちずさ)み、先端がフック状に湾曲した鉄の棒――自(じ)在鉤(ざいかぎ)を天井板へと引っかけて、カラクリ仕掛けの陳列棚をスライドさせる。

 硝(ガラ)子(ス)戸棚の中に並ぶのは、大太刀、忍者刀、小太刀といった幾(いく)つもの武器パーツ。

 いつでも望みの刀が組み立てられるように、重さ、長さ、肉厚(にくあつ)、柄(つか)の太さなど、種類別に保管されていた。

 隣りの天井板に注目すると、ほかにも別の刀剣(とうけん)類が蔵(しま)われているのか、金属環(きんぞくかん)が数本(すうほん)飛び出している。

 つまりは忍びの里の文房具、すなわち忍具の専門店こそ、木下(きのした)文房具店の正体であった。

 棚一面(たないちめん)に武器が並んだ様子を見て、イチカが大きく息を飲む。


「うわっ、中に沢山の武器! しかも、一つ一つがどれも違うんだぁ……」


「驚いただろう。小さい頃は、武器に合わせて身体を鍛えるけど、成長期が過ぎるとそうも行かないからね。今度は武器の方を身体に合わせて、忍びの技を鍛えるんだ」


 話の流れが自身の領分から離れたのを悟って、仁斎の足が店の外へと向かう。


「さて……。ここから先は、『忍(にん)具(ぐ)細工師』の仕事という訳じゃな。なら儂(わし)は、

今日のところは、これで退散するかのぅ」


「あれっ? 師匠、もう帰っちゃうんですか」


「うむ。今後の予定を、ほかの先生方とも協議せねばならんからな。明日は折角の

日曜日じゃが、月曜からの修業計画で相談したいこともある。午後で良いから、学園に来るんじゃぞ」


「ハイ。今日は色々と、ありがとう御座いました。明日(あす)からもよろしくお願いします!」


 敬意を込めて深くお辞儀すると、仁斎は古兵(ふるつわもの)を思わせる厳(おご)かな出で立ちで頷く。


「うむ……。では明日(あす)の午後、一年臨組(りんぐみ)の教室で待っとるぞ」

・木下(きのした)伝(でん)吾(ご)

忍具調整や細工のプロで、その道の皆伝者。

道具さえあれば、その場で製造・調節などをする所から、バックアップ能力と持久戦に優れ、戦闘力もそれなりにある。

研究と私生活に没頭したいために教職を避(さ)けたが、本当なら、忍具知識の担当教師・カラクリ伝造に代わって教鞭をとっていたはずの人。

カラクリ伝造の師匠にして命の恩人。

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