忍びの里の文房具
改めて店の外観を見てみると、一瞥した限りでは、とても文房具屋には見えない。
店の入り口は、左右に一つずつ。
軒下の三和土には新聞紙が敷かれ、ブレーキ欠損やパンクした自転車が横に並ぶ。
右側入り口の向こうには、アルミフレームのガラス扉越しにも分かるくらいに、広い土間が建物の奥へと続いており、床には工具や発泡スチロール、天井からはオレンジ色のチューブが垂れ下がっている。
つまりは此処で、自転車の修理をしているのだ。
今しも仁斎が入って行った左側の入り口には、手前に白いプラスチック棚が置かれ、上・中・下段に駄菓子が陳列されている。
下段を占めるのはカードタイプの10円菓子や、平成初期には完全にメジャー化した麩菓子で、中段はガムやアメ玉の類である。
上段にあるのは、少し値段の張るグミや食玩タイプ。
小学生のあいだでは、お小遣いの差が庶民と貴族の格差を示し、上段のお菓子に平気で手を伸ばせる者こそ、上流階級の証である。
見栄を張って大枚叩いたチビッコは、月末までを無一文で過ごし、負け犬オーラを引きずるペナルティが課せられていた。
酸味が特徴の、3分の1の確率で吉凶を占うガムは、なぜか中段に位置していた。
菓子棚の正面に、レジカウンターと生活場所の座敷が見える。
さらには入り口から見て正面奥、薄暗い通路の先に、おそらく店名由来の文房具があるのだろう。
「こんなお店、実家の近所にはなかったなぁ……」
店全体から漂う人間くささからして、商売っ気がほとんど感じられない。
古い時代には何処にでもあった空気を肌で感じて、遅ればせながら、イチカも店の中へと入る。
あいにくと、店主は席を外していた。
勝手知ったる仁斎は、友達口調で相手を呼び出す。
「お~い、伝吾ろ~や。儂じゃ、儂。御主の大好きな、酔いどれ竜が来てやったぞ~♪」
二秒ほど沈黙が続いたあと、『ドスッ、ガタン!』と盛大に蹴躓く足音が近付いてきた。
ややあって店の壁板がグルリと反転し、どっしりとした中年太りの店主、木下伝吾が姿を現した。
色黒猪首の太っちょオジサンに意表を突かれて、イチカが素っ頓狂な声を上げる。
「わあぁぁ! なんでお店に、どんでん返しが!?」
店主の木下は、まずは一声、憎まれ口の仁斎に文句を入れてやりたかったが、
仮初めにも客商売である。
店の構造に驚くイチカを、先に相手にする必要があった。
「おっ。その反応からして、君が噂の転校生の娘かい? なんで、どんでん返しがあるって言われても、ここが忍びの住む街、忍ヶ丘だからに決まってるじゃないか」
ランニングシャツに短パン姿の伝吾は、ずんぐりとした身体を一歩近付けて、
人の良さそうな瞳を仁斎へと移す。
「それで仁さん、今日は一体なにを企んでるんだい。言っとくけど此処には、駄菓子に自転車修理、それと文房具しかないのは知ってるだろう?」
「なぁに、表向きの商品は要りゃせんよ。と言うのも、この藤森さんはのう……」
簡単に事情を説明すると、伝吾は訳あり顔で腕組みを解いた。
「なるほど。それで修業がうまく行かず、クラスメイトに差を付けられてばかりって訳か……。よし、それじゃ御嬢ちゃん、ちょっと刀を見せてくれるかな?」
「えっ? あっ、はい……。どうぞ」
急な要望で少し戸惑ったが、イチカは腰の忍者刀を帯から外して、相手に手渡す。
刀を受け取った伝吾は、ウンウン唸りながら、鞘の上から色んな角度で鑑定を加えた。
続けて、刃の潰れた刀身を抜き放ち、イチカの体格と比べ始める。
ややあって、伝吾は刀を鞘へと納めると、サッパリとした口調で評価を述べた。
「まっ、例によって、例の如くってヤツだ……。この刀、お嬢ちゃんの体格に全然合ってないね」
身も蓋もない見解を聞いて、イチカが大きく目を見開く。
「えええぇ!! その忍者刀、使いづらい奴なんですか! 私てっきり、誰でも
簡単に扱える、万能な刀なんだとばっかり思ってたのに」
剣士である仁斎が、イチカの思い込みに困惑を示した。
「藤森さんや、そいつはちと無理があろう。誰もが身長や筋力、柄の握りに違いがあるんじゃぞ? それをムリに平均化すると、結局は、誰にとっても扱いにくい、役立たずの剣となってしまうんじゃ。もっとも、藤森さんは基礎訓練を受けていない分、陽忍術の要素に振り回される心配がない。身体測定の結果と運動力から、すぐにでも自分に合った武器を見繕える」
伝吾は手にしたままの模造刀を、レジ横のガラスケースの上へと放置する。
「もちろん武器だけじゃなくて、忍者服もピッタリの物が用意できるって寸法だな。仁さん、あとでその辺りのことを、学園に報告しといてくれるかい?」
「あいあい、任された。東雲先生がなんとかしてくれよう。今はとにかく、武器の方じゃ」
専門分野の気配が一気に高まると、仁斎が期待のこもった口調で伝吾を促す。
「さてさて、そこでようやく伝吾ろ~の出番じゃな。アレ、あるんじゃろ?」
「まっ、それがウチの本命だからね。望みの武器は八幡バサラで造り、細かい調節は木下で済ませろ。つまりは此処からが、俺の腕の見せ所だな」
伝吾は忍ヶ丘での常識を口遊み、先端がフック状に湾曲した鉄の棒――自在鉤を天井板へと引っかけて、カラクリ仕掛けの陳列棚をスライドさせる。
硝子戸棚の中に並ぶのは、大太刀、忍者刀、小太刀といった幾つもの武器パーツ。
いつでも望みの刀が組み立てられるように、重さ、長さ、肉厚、柄の太さなど、種類別に保管されていた。
隣りの天井板に注目すると、ほかにも別の刀剣類が蔵われているのか、金属環が数本飛び出している。
つまりは忍びの里の文房具、すなわち忍具の専門店こそ、木下文房具店の正体であった。
棚一面に武器が並んだ様子を見て、イチカが大きく息を飲む。
「うわっ、中に沢山の武器! しかも、一つ一つがどれも違うんだぁ……」
「驚いただろう。小さい頃は、武器に合わせて身体を鍛えるけど、成長期が過ぎるとそうも行かないからね。今度は武器の方を身体に合わせて、忍びの技を鍛えるんだ」
話の流れが自身の領分から離れたのを悟って、仁斎の足が店の外へと向かう。
「さて……。ここから先は、『忍具細工師』の仕事という訳じゃな。なら儂は、
今日のところは、これで退散するかのぅ」
「あれっ? 師匠、もう帰っちゃうんですか」
「うむ。今後の予定を、ほかの先生方とも協議せねばならんからな。明日は折角の
日曜日じゃが、月曜からの修業計画で相談したいこともある。午後で良いから、学園に来るんじゃぞ」
「ハイ。今日は色々と、ありがとう御座いました。明日からもよろしくお願いします!」
敬意を込めて深くお辞儀すると、仁斎は古兵を思わせる厳かな出で立ちで頷く。
「うむ……。では明日の午後、一年臨組の教室で待っとるぞ」
・木下伝吾
忍具調整や細工のプロで、その道の皆伝者。
道具さえあれば、その場で製造・調節などをする所から、バックアップ能力と持久戦に優れ、戦闘力もそれなりにある。
研究と私生活に没頭したいために教職を避けたが、本当なら、忍具知識の担当教師・カラクリ伝造に代わって教鞭をとっていたはずの人。
カラクリ伝造の師匠にして命の恩人。




