忍具調合炉
そうして仁斎が立ち去ると、余韻に浸る間もなく、伝吾がポケットから鍵束を取りだす。
「さて……。こっちも、日が暮れないうちに仕上げるとするかな」
「忍者刀選びですよね。でもコレって、厚みと長さでどう違うんですか?」
「どれも刃物という点では同じだけど、間合いによって長刀や小太刀とか、名称や扱い方が変わるんだ。あと、刀身の厚みによっては、段平や大太刀にも変わるね。たぶん御嬢ちゃんの場合だと、柄は同じなのに刀身が短くなるから、肉厚にしないと、振り切った時に折れちゃうかな……」
伝吾は保管棚の硝子戸を引き開けると、中から必要な刀剣パーツを選び出し、カウンター裏の座敷で組み立て作業を始める。
最終的に、肘から中指ほどまでの全長となり、見た目も鉈に近い、幅広で重量感のある『斬空刀』が完成した。
刀身は変わったものの、柄は前と同じなので、握った時の感触は変わらない。
外観と質量に差異はあっても、それですぐに強くなった気分はしなかった。
「確かにちょっと短くなりましたけど、取り立てて変わった感じがしませんね」
「そりゃそうさ。大切なのは静止状態の持ち味よりも、動かした時の振り味だからね。明日の修業で試してみると良いよ」
伝吾は畳の上から立ち上がると、レジ横を回り込んで、保管棚の施錠を手早く
済ませる。
「良ぅし……。それなら次は、手裏剣だな。よっと!」
入れ替わりに新たな棚を引き下ろすと、そこにはサイズの大小のみならず、明らかに形の違う、ありとあらゆる投擲武器が収納されていた。
「うわあ……! なんだかこれこそ、忍びって感じがしますね♪ 本当に色々とある……」
「時代劇に出てくる風魔手裏剣とか十字手裏剣、暗器代わりの小柄や外国製の物まであるよ。消耗品の手裏剣だと、個人に合わせた特注生産は、費用対効果がとにかく悪いからね。こればっかりは実際に使って、手に馴染む物を探すしかないかな」
するとイチカは、訓練時の命中精度を思い出して不安を訴える。
「でも私、使い慣れるもなにも、どうやら手裏剣を投げる才能が無いみたいなんです。一生懸命やるんですけど、どうしても的から逸れちゃって……」
「軌道が安定しないのか……。だったらいっそ投げ苦無みたいに、飛距離を犠牲にして打ち出す横投げが良いかもね」
経験則から導き出されるアドバイスも、素人のイチカには、今ひとつピンと来ない。
忍者といったら、やはり手裏剣。
その定義から外れると、途端に投げる姿勢が想像つかなくなる。
途方に暮れたイチカは、入り口近くの棚から、10円ガムを手に取って現実逃避を始める。
「手に馴染む物といえば、この店で一番の物は、やっぱりコレかなぁ」
「駄菓子の事かい? 確かに忍ヶ丘の外では、刃物よりもそっちをよく手にするだろうね」
イチカはどん○りガムに視線を落としつつ、口任せに愚痴を零した。
「あ~あ……。どうせならお菓子が武器になれば、私だって完璧に使いこなせるのに……」
考えなしの発想に、伝吾の声が驚きに裏返る。
「えっ? な、なんだって、お嬢ちゃん。いま、なにが武器になればって言ったんだい!」
その道を生業とする人間を前に、少し不謹慎だったかも知れない。
イチカは慌てて、直前の言葉を取り消した。
「あっ!! いえ、なんでもないんです。ちょっとした独り言ですよ、独り言……」
「否々。おじさん、別に怒ってる訳じゃないんだ。実は今、忍具造りで少し困っててね……。まぁ、ここで話を聞くより、ちょっとオジサンについて来なよ。店の奥に工房があるんだ」
伝吾は隠し棚を天井へと戻し、通路奥の扉を開けて、『此方此方……』と手招きする。
イチカは相手の切迫した勢いに操られて、狭い下り階段から、地下研究室へと足を踏み入れた。
メタルカラーの金属壁と、壁際を縦横に入り組んで走る太い配管。
混沌と整然さが同居したようなその空間は、一言で言うと、どこか胡散くさかった。
思わず出入り口のそばで足を止めたイチカは、半眼ニヤケの気後れ顔で尋ねる。
「あの……。この、悪の秘密基地みたいな工房はなんですか?」
不気味さから出た質問に、伝吾は却って上機嫌に鼻を鳴らす。
「フフ~ン♪ おじさん謹製の、新忍具開発室さ。ここで日夜、新しい忍具を研究してるんだよ。これがなかなか、奥が深くってね」
染み染みとした言葉の余韻が、凝り性に良くある首の傾げ方と絶妙に適合している。
「なんだかドップリ趣味の世界って感じがして、話も長そうですね……」
イチカが思わず本音を漏らすと、伝吾はマニアックな雰囲気をパッと打ち切り、部屋の中央に置かれた大釜を、ペッタペッタと掌で張り示す。
「まっ、そこはおいおい話すとして、今日の所は、重要な部分だけにしよう。なんとこの大釜はね、どんな物でも忍具に変化させちゃう『忍具調合炉』なんだよ!」
子供の発想が最大限に活かされた設定に、流石のイチカも鼻で笑った。
「そんなバカな……。いくらなんでも、眉唾モノですよ」
「嘘じゃないよ。お嬢ちゃんだって、練丹術の授業を受けたろう? あれは、毒や薬に必要な成分を抽出する行程がポイントなんだ。そしてなんとこの大釜は、その機能を自動的に行い、どんな物でも忍具に変えてしまう優れ物なんだ!」
力強く言い切ると、伝吾は腰に手を当てて、開発秘話をしんみりと語り始めた。
「正直、なにを作ろうか行き詰まってたんだ……。おじさん達忍ヶ丘の住人は、なまじ忍術の知識があるだけに、どうしても通常忍具の域を超えないからね……。それに、単なる忍具に陽忍術の要素を組み合わせて、お嬢ちゃんみたいに術が苦手な子でも、似たような事ができればなって、常々思ってたんだ」
ふと気が付くと、またしても話が趣味に走っていた。
我に返った伝吾は、陶然とした空気を切り替えて、期待を込めた眼差しをイチカへ向ける。
「お嬢ちゃんだって、手に馴染む物を武器にした方が良いだろう?」
そこには幾らか厚かましさを感じたが、下心を秘めた者特有の、冷たくザラリとした嫌悪感はまったくなかった。
特訓を受けてクラスメイトとの差を縮め、忍具頼みの陽忍術で覆す。
そう考えると俄然、期末試験に対する意欲が湧いてきた。
「分かりました。お菓子忍具の開発、よろしくお願いします!」
ハッキリとした口調で依頼してから、イチカはすぐに不安そうな表情で切り出す。
「でも私……。あんまりお金、持ってませんよ?」
唯一の心配を、伝吾が他愛なく払拭する。
「完成品ならともかく、試作段階なら代金は要らないよ。その代わり、忍具造りのアイディア提供とデータ収集のために、期末試験の時には必ず使って欲しいんだけど、頼めるかな?」
「それなら御安い御用です。どうせその忍具で特訓を受けて、試験にも臨むんですから」
打てば響くような返事を聞いて、伝吾はパチンと景気よく指を鳴らす。
「よし来た! さて、そうなると……。あとは素材集めが問題だな。基本素材となるお菓子はいくらでもあるけど、陽忍術の力を付与する『忍術媒体』が心許ないなぁ」
専門用語の出現に、イチカの頭上にハテナアイコンが生じる。
「なんですか、その忍術媒体って?」
「陽忍術の力を秘めた、忍ヶ丘に自生する草花や鉄鉱石のことだよ。それに関しては……、ホラッ! 忍術学園で頑張ってる購買のあの娘。瓊荷木…………、なんて言ったっけなぁ?」
珍しい名字よりも、購買の一言を参考にして、イチカはすぐにピンと来た。
「もしかして、さよちゃんの事ですか!? 彼女なら、ウチのすぐ隣りに住んでますよ」
「おおっ、それならちょうど好い。素材の在庫数と値段。あとは種類について、
簡単に話を付けといてくれるかい?」
誓願ほどではないものの、イチカが大威張りに胸を打って約束する。
「ハイ! この藤森イチカにお任せ下さい!」
忍びの務めとは元々、こうした下準備の積み重ねです。
陽忍術に頼る学園生と、そうでないイチカ。
ある意味、忍者として真っ当なのはイチカの方なのかも知れません。




