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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
1章 忍びの里の忍ヶ丘
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初恋の風景

 商店街をひがしへ抜ける帰り道、イチカは力ない足取りで、希更たちの後ろを続く。

 道標(みちしるべ)となる忍ヶ丘(しのびがおか)駅へと向かう途中、案内役のこのえが、イチカに背を向けたまま告げる。


「ところどころは紹介を省きましたけど、とりあえずは、生活まわりに必要な場所は全て廻りましたし、続きはまた今度にしましょう」


「はい。ありがとう御座ございました……」


 イチカのかわいた返事を挟んで、発案者の希更が、くもりのない笑みで振り返る。


「初めこそは、藤森さんの()()(げん)取りが目的だったけど、こうして終わってみると、久し振りにだれかと休日を過ごせて、なんだかおもいのほか楽しかったです」


 二人のぜんが胸に痛い。

 もしも忍びをめたいと明かせば、どう思われるだろうか。

(きっとガッカリされる……。軽蔑だってするに違いない)

 誰かと(とも)に時間を過ごすということは、それだけ多くの罪に触れる事と同じだ。

 どうして自分は、この街に呼び寄せられたのだろう。

 自分の意志じゃないとしたら、誰のために此処(ここ)に居るのか?


 罪の正体はとっくに分かっている。

 二人に対する()(まん)だ。

 心の内を隠して級友(づら)してるのも、忍者修業をきらってこの街に居るのも、すべては性質(タチ)の悪い嘘みたいなものだ。

 罪悪感と感謝の想いが、(せき)を切ったように(あふ)れだす。


「あの! じつは私……。今度の試験に落っこちたら、学園を出て行かなくちゃいけないんです」


 我慢できずに白状してから、イチカははげしく後悔した。

 言った所で、何かが変わる訳でもない。

 自己満足の代償に、二人の口から、冷たい叱責を引き出すだけだ。

 このえと希更はきゅうに立ち止まり、驚きの表情で振り返る。


「それは、どういう意味ですの? ウチの学園には、留年や退学たいがく制度なんてありませんのに」


「藤森さんは確か、運命選定法うんめいせんていほうで選ばれた特待生なんですよね? 入学試験は不要なのに、どうして今度の試験が、学園を辞めるキッカケになるんですか?」


 困惑を深める二人へ、イチカは(とっ)()に、自分にとってごうい部分だけを切り取って、時村ときむら教頭との約束を打ち明けた。

 一息ひといきに言い終えると、なおのこと、深い苦渋くじゅうが心に染み渡る。

 内心、自分を卑怯者と(ののし)らずには居られなかった。

 このえはイチカの話を聞いて、細く整ったまゆを正義感に吊り上げる。


「毎回、毎回、私たちを困らせる要求ばかりすると思ったら、今度は転校生にまで……。本当にあの人は、教育者の風上(かざかみ)にも置けませんわ」


 説明では、教頭一人が悪者わるもの扱いになっているので、イチカは本音を小出こだしにしてフォローに努める。


「あの……。私は別に、自分の意志で学園に入った訳じゃないんで、そういう展開もアリなのかなぁ、とは思うんですけど……。でもそれだと、真剣に授業に取り組んでる人に、不快な想いをさせるんじゃないかって、少し不安なんです」


 強引に周囲を()(づか)う方向へと話を持って行くと、希更は(こだわ)りのない様子で返した。


「それは多分、大丈夫だと思います。全員が全員、本気で一流の忍びを目指してる訳じゃないですし……。卒業したら別の道を選ぶ()だって、毎年、結構いるみたいですから。むしろ、なんとなくでかよってる人も多いんじゃないかしら?」


「そう……なんだ。私も別に、授業をサボる積もりは更々(さらさら)ないんで、そこは()()()()なんですね。安心しました」


 しかし、すぐに希更は、イチカの将来を心配して顔を覗き込む。


「でも、藤森さんは本当にそれで良いの? 私の場合は、くのいちに(あこが)れて忍術

学園を志望したから良いのだけれど……。藤森さんはくのいちをめて、なにか、どうしても()りたい存在(もの)でもあるんですか?」


 愚直(ぐちょく)だが建設的な問いかけに、イチカは(なに)一つ答えられなかった。

 気に食わない事や(つら)ことに必死で抗い、消去法でけずり取った結果が、理想の未来に(つう)じているとは限らない。

 それ以前に、イチカは自分が将来どうなりたいかという、鮮明な構想(ヴィジョン)がまるでなかった。

 悪意のない沈黙が、茜空(あかねぞら)のグラデーションにゆっくり溶けてゆく。


 遠くの空で、6時を告げる点検放送の音が木霊した。

 硬直から解けたこのえは、肩を落として陰鬱(いんうつ)な溜め息を吐き出し、やがて、()たり(さわ)りのない言葉でイチカを慰める。


「まぁ、それが分かるまで、今の道をあきらめる必要は無いんじゃないのかしら。修練を続けるうちに、なにか()えてくる(もの)があるかも知れませんもの」


 希更とこのえは、前を向いて歩き出す。

 迷いを知らない二人の歩みは、まるで背中にはねえているかのように軽い。

 イチカは、未来ある二人に牽引(けんいん)されて、見えない明日(あす)へと踏み出してゆく。


(なりたい存在(もの)。なりたい自分かぁ……)


 漠然とした意識の中、まずは自慢の姉、(あおい)の顔が頭に浮かんだ。

 その隣りに自分を加えて談笑し、不図した弾みで、今日、知り合ったばかりの瓊荷木(ににぎ)さよを混ぜてみる。

 するとそこには、忍者が一人ひとり混ざっているのに、以前と変わらない日常が広がっていた。

 更にはさらが訪ね、このえが通り掛かろうとも、空想の世界は()わらず安穏としている。


 はたして今の境遇と、どれほど違うものだろうか?

 久しく忘れていた、あの感覚……。

 こいしたものがその身から放つ躍動感やくどうかんあふれる芳香と、焦がれた者が見る色彩しきさい鮮やかな世界。

――初恋の風景。

 玄関を開けると、いつもそのさきに新たな冒険が待っているような、胸のときめき。


(私は()()、この世界に恋をしている……)


 忍者社会にはぜんとして抵抗がある。

 でも、こんなふうに友達と日々を過ごすのも、そう悪くはない。

 ほんの少しだけ、意地悪な運命に感謝をしてみると、不思議とイチカは、前向きな気分になれるのだった。

切り所がなかったために、21話と22話で、バランスの悪い文章量になってしまいました。


次回から、イチカと希更の関係性が徐々(じょじょ)に変わって行きます。

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