↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
1章 忍びの里の忍ヶ丘
PR
21/83

明日

 三人は商店街の東西中間、青い屋根瓦(がわら)のコンクリート小屋の前で立ち止まる。

 軒下には金属檻(ケージ)や水槽が無造作に置かれ、店内には、魚や爬虫類(はちゅうるい)などが飼育されている。

 一行が訪れたのは、街(まち)で唯一の動物店、ペットショップもののけ。

 一般飼育用のペットは勿論だが、此処(ここ)は忍びの里の忍ヶ丘(しのびがおか)。

 ただのペットショップに収まる訳がなかった。


「ここは普通のペットに加えて、忍犬(にんけん)、忍(しの)び鳩(ばと)、他にも忍動物(しのびどうぶつ)としての基礎知識を叩き込まれた、訓練動物を提供しているの。時には珍しい動物や、霊場を徘徊する『はぐれ魔獣』を募集してるから、捕獲した動物を引(ひ)き渡(わた)したりすることも出来るわ」


 希更が、重要な事柄を分かりやすく説明するが、当(とう)のイチカは、店内の仔犬に

注意を奪われて、完全にそ(・)っ(・)ち(・)の(・)け(・)である。


「そんな事よりも希更ちゃん、見て下さいよ! こっちに可愛いわ(・)ん(・)こ(・)が居ますよ♪」


 硝(ガラ)子(ス)ケースの向こうを指(さ)してキャッキャとは(・)し(・)ゃ(・)ぐ(・)姿に、このえが深い溜め息を吐く。


「なんかもう、なにも耳に入らないって感(かん)じですわね」


「まぁ、動物をお金で取引(とりひき)する話に夢中になるより、人間的にはよっぽどマシだと思うけど、せっかくの紹介をこ(・)う(・)も(・)軽くあしらわれると、ちょっとツライ物(もの)を感じるわ」


 イチカの楽(たの)しげな空気に引きずられて、二人も仕方なく、店内へと場所を変える。

 普通の野生動物ならば、人間が近くを通(とお)り過(す)ぎただけで激しく萎縮するが、忍(しの)び動物(どうぶつ)としての訓練を受けているだけに、一般人の存在には充分(じゅうぶん)慣れている。

 こちらがケースに鼻先(はなさき)を近付けると、尻尾をフリフリと自分から接近し、ガラス越(ご)しにぷ(・)く(・)ぷ(・)く(・)の肉球ハンドを『ペチッ……』と押し当ててくる。

 イチカの興奮は頂点に達し、舌の上で蕩(とろ)ける砂糖菓子のように、だらしなく相好を崩す。


「うはぁ~……。なんて凶悪な可愛さ。希(き)更(さら)ちゃんも獅(し)堂(どう)さんも、そう思いませんか♪」


 嘆(なげ)き顔(がお)の希更は、同意ではなく同情心から、コクコクと首を頷かせる。


「ああ……。藤森さんが、見事に相手の術中に嵌(はま)ってる」


「まったくです。この子たちは、忍びとしての教育を受けた、言わばプロ。そうやってお客の心を惑わすのも、芸の内だというのに……」


 二人が冷ややかに反応すると、イチカはビビッと眉を逆立てて、偉そうに説教を垂れる。


「二人とも、なんて夢のないことを言うんですか。これはもうアレですね。殺伐とした忍者生活が、人としての正常(せいじょう)な感性(かんせい)を狂わせてるに違いありません。いわゆる職業病というヤツです!」


 イチカが力強く断言すると、背後の誰かが、鼻を鳴らして小さく吹き出した。


「なんか楽(たの)しそうにしてると思ったら、職業病って……。ソレ、ちゃんと労災、

下(お)りるのかい?」


「ふえっ……?」


 店の奥へと振り返ると、自分より頭一(ひと)つぶん高い、潑剌(はつらつ)とした少女が立っていた。

 セミロングのストレートヘアーに、端整(たんせい)な顔立ち。

 生命力の輝きが放つ瑞々(みずみず)しい官能。

 何処(どこ)かで見たことがあると思ったら、裏門(うらもん)で顔を合わせた格闘少女であった。


「あっ、もしかして貴方(あなた)は……」


 格闘少女は、名前を度(ど)忘(わす)れしたイチカに、姐(あね)御(ご)肌(はだ)のサバサバとした口調で名乗る。


「あいよ。アタシは金岡(かねおか)あきえ。同じ、一年臨組(りんぐみ)のクラスメイトさ。ヨロシクねっ!」


 高い鼻筋に、流美(りゅうび)に切れ上がった瞼(まぶた)の輪郭。

 細くシャープな顔の造形は、女性からも人(にん)気(き)がありそうな、爽やかな魅力に溢(あふ)れている。

 同性愛嗜(し)好(こう)のないイチカは、相手のウインクを友情と誤解して、迷いなく返した。


「ハイ! こちらこそ、よろしくお願いします」


 特に他意はなかったのだが、あきえの性癖を知る希(き)更(さら)が小さく震える。


「あきえさんに、此(・)方(・)こ(・)そ(・)お(・)願(・)い(・)し(・)ま(・)す(・)だなんて。藤森さん、なんて命知らずな事を……」


「えっ? 私、なにか変なこと言いましたか」


 イチカが入り口側(がわ)へと不思議そうに返すと、このえは小さな恥じらい声で、真意を仄(ほの)めかす。


「藤森さんが変なのではなくて、その……。あきえさんが両刀使(りょうとうづか)いで、どちらもOKを公言してるんですの。…………性的な意味で」


「えっ? 格闘主体なのに、二刀流? しかも性的な…………って、フェえええ!? まさか、『男女問(と)わず』って意味ですか!?」


 途中から言葉の意味を理解して、イチカが『ズザッ!』と大きく距離を取る。

 相手から露骨に避(さ)けられたのに、あきえは臆面(おくめん)もなく笑顔を浮かべて、自己弁護を始めた。


「エッヘヘ~♪ いやぁ~。一応はその積もりなんだけど、実際、自分の美意識をそそる同性(あいて)に、なかなか巡り会えなくてね。恋人(コイビト)にするんなら、やっぱり異性しかないかも……、ってのが本当の所だよ」


 それを聞いたイチカが、安心感から肩の力を抜いた。


「ハア、びっくりしたぁ……。要(よう)はそ(・)う(・)い(・)う(・)設定か、博愛主義者って奴ですね」


「おっ、良(い)いこと言うねぇ~。博愛主義者かぁ……。ウン。そのフレーズ、頂きだよ♪」


 ニコッと笑って、イチカの表現に同調するあきえ。

 その仕種に、若干の性愛(せいあい)を帯びている感(かん)は否(いな)めなかった。

 うまい具合に二人の会話が止むと、案内役のこのえが口を開いた。


「それで、あきえさんは此処(ここ)で何をしてらっしゃるの?」


「なにをって、アタシは動物と戯(たわむ)れに来たのさ。動物、好(す)きだからね」


 精気に富(と)んだ眼差しが、慈愛の空気に染まる。

 あきえの口から裏表のない答えを聞いて、希更が彼女の評判を思い出した。


「そういえば以前にも、あきえさんが、普段から動物の餌(えさ)を持ち歩いてるって、委員長さんが言ってましたね。実際、裏門(うらもん)近くの家(うち)の犬に、パンをコッソリ上げてる姿を見たことがありますし」


「アッハハ~♪ まさか見られてたとは……。本当はイケナイって分かってるんだけど、こういった可愛い奴らを見ると、つ(・)い(・)つ(・)い(・)構いたくなっちゃうんだよね」


 ガラスケースに顔を寄せると、中の柴犬がワンワン吠えて、あきえに擦(す)り寄ってくる。

 店のシステムをよく知るあきえは、仔犬をケースの中から解放した。


「よ~し、おいでおいで~♪」


 優しく抱き上げると、仔犬は喜びと甘えを全身で表現し、あきえの掌(てのひら)に顔面をグリグリと押し付ける。

 堪(たま)らずあきえは、くすぐったい吐息を漏らした。


「おっほっ……! こいつ、可愛すぎるな~♪」


 慣れた手付きでお腹を摩(さす)るあきえに、イチカは親しみを募らせる。


「へえぇ……。あきえさんって、本当に動物が好きなんですね」


 何(なに)気(げ)ない質問が、心の琴線(きんせん)に触れる。

 あきえは暫(しば)し、視線を在(あ)らぬ方(ほう)へと逸(そ)らして硬直した。

 ややあって、再び仔犬に注目を戻し、深く静かな余(よ)韻(いん)を伴って胸中を明かす。


「アタシとしては、別に動(・)物(・)だ(・)け(・)にって積もりはないんだ。なんて言うか……。みんなの役に立てたらな……って気持ちで接してるんだよね」


 イチカは、暗く滲(にじ)んだ空気から繊細(せんさい)な想いを感じ取って、あきえにお(・)ず(・)お(・)ず(・)と

尋ねる。


「あの……。私、なにか立(た)ち入(い)ったこと聞いちゃいましたか?」


 するとあきえは、心の中で短く逡巡し、

「まぁ、良(い)っか……」

 と、開(ひら)き直(なお)って呟いた。

 だがその声には、普段の弾む調子はない。


「アタシね、小さい頃、天海衆(てんかいしゅう)の連中に攫(さら)われて、奴らの術で洗脳させられそうになったんだ。それを危うい所で、今の学園長……五部(いつつべ)先生(センセー)に助けられて、今はこうしてピンピンしてるんだけどね」


 あきえは自嘲(じちょう)気味に吐息を漏らして、壁の一点をボンヤリと見つめる。


「でも、アタシが人質に取られてたせいで、学園長、大怪我しちまってさ。それで今は、ウチの学園にいるって訳(ワケ)」


 短く間(ま)を置いて、決して叶(かな)わぬ後悔をそこに繋げる。


「もし……、もしもさ、そのとき五部(いつつべ)学長が無事だったら、今も第一線で活躍して、色んな人を助けているに違いないって思うんだ。そう考えると、自分も何かしなくちゃいけない気がして、居ても立ってもいられなくて、くのいちの道を選んだって寸法だよ」


 あきえは最後に、感慨(かんがい)ぶかく本音を告げた。


「一人でも多くの人の力になりたいから……」


 あきえの意識は、過去の罪悪感を空回(からまわ)りしている。

 つまりは、彼女はそういった人間なのだ。

 他(た)人(にん)の痛(いた)みに無関心では居られない。

 優しくて、そして何より『脆(もろ)い人(ひと)』。


「あきえさんの過去に、そんな事が……」


 イチカは重苦しく口を閉じた。

 病弱な希更は、自由を夢(ゆめ)見(み)て忍術学園の門を敲(たた)いた。

 封印氏族の末裔である獅堂このえは、自分の責務に殉(じゅん)じて忍びの道を志した。

 そしてあきえは、後悔と献身の糾(あざな)える想いで、くのいちとなる事を選んだ。

 では、自分はどうか?

(本当に……。私はどうして、こんな所に居るんだろう……)

 故郷で普(ふ)通(つう)の高校生活を送る友人たちと、確かな意志で忍術学園に通(かよ)う級友たち。

 両者を想うと、自分が酷(ひど)くちっぽけで惨めな存在に思える。

 それきり、誰も口を開かない。


 四人のあいだで、仔犬が『クゥウン……』と哀しげに鼻を鳴らした。

 あきえが暗い気持ちを強引(ごういん)に吹き飛ばすように、鼻から重たい空気を吐き出す。


「あぁ~、止(や)~め止(や)め。こんな話(ハナシ)したって、肩が凝(こ)るだけだからね」


 ガラスケースに『ムクムク生物』を戻し、両手が空(カラ)になると、あきえは大きく

伸びをする。

 目を開けると、外の光が視(し)界(かい)に映り込んだ。


「さって……。専門商店街(ここ)も色々廻(まわ)ったし、そろそろ日が暮れるから、帰るとすっかな」


「あっ、本当だ……。外が真っ赤になってる」


 四人は、空の紅蓮を瞳(ひとみ)に映す。

 太陽は西の彼方、秩(ちち)父(ぶ)山岳の稜線にその身を隠そうとしていた。

 路上に出ると、先頭のあきえが後(うし)ろへ振り返り、軽快(けいかい)に手を振って別れを告げる。


「そんじゃな、三人とも。また明日~♪」


 親しみのある呼びかけに、イチカは胸(むね)の奥(おく)がジクリと痛み、覇気(はき)のない声で返事をした。


「あっ、はい。明(・)日(・)、学校で……」


 この日初めて、イチカは時(とき)の重(おも)みを感じた。

 明日(あす)になれば授業が始まる。

 そして一ヶ月後、教頭との約束で学園を去るのだ。

 こうして『明日(あした)』を口にする日は、そう多くない。

(明日(あした)が、重い……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。