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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
1章 忍びの里の忍ヶ丘
21/83

明日

 三人は商店街の東西中間、青い屋根(がわら)のコンクリート小屋の前で立ち止まる。

 軒下には金属(ケージ)や水槽が無造作に置かれ、店内には、魚や爬虫類はちゅうるいなどが飼育されている。

 一行が訪れたのは、まちで唯一の動物店、ペットショップもののけ。

 一般飼育用のペットは勿論だが、此処(ここ)は忍びの里の忍ヶ丘(しのびがおか)

 ただのペットショップに収まる訳がなかった。


「ここは普通のペットに加えて、忍犬(にんけん)(しの)(ばと)、他にも忍動物(しのびどうぶつ)としての基礎知識を叩き込まれた、訓練動物を提供しているの。時には珍しい動物や、霊場を徘徊する『はぐれ魔獣』を募集してるから、捕獲した動物をわたしたりすることも出来るわ」


 希更が、重要な事柄を分かりやすく説明するが、(とう)のイチカは、店内の仔犬に

注意を奪われて、完全に()()()()()である。


「そんな事よりも希更ちゃん、見て下さいよ! こっちに可愛い()()()が居ますよ♪」


 (ガラ)()ケースの向こうをしてキャッキャと()()()()姿に、このえが深い溜め息を吐く。


「なんかもう、なにも耳に入らないってかんじですわね」


「まぁ、動物をお金で取引とりひきする話に夢中になるより、人間的にはよっぽどマシだと思うけど、せっかくの紹介を()()()軽くあしらわれると、ちょっとツライものを感じるわ」


 イチカのたのしげな空気に引きずられて、二人も仕方なく、店内へと場所を変える。

 普通の野生動物ならば、人間が近くをとおぎただけで激しく萎縮するが、しの動物どうぶつとしての訓練を受けているだけに、一般人の存在には充分じゅうぶん慣れている。

 こちらがケースに鼻先はなさきを近付けると、尻尾をフリフリと自分から接近し、ガラスしに()()()()の肉球ハンドを『ペチッ……』と押し当ててくる。

 イチカの興奮は頂点に達し、舌の上で(とろ)ける砂糖菓子のように、だらしなく相好を崩す。


「うはぁ~……。なんて凶悪な可愛さ。さらちゃんもどうさんも、そう思いませんか♪」


 なげがおの希更は、同意ではなく同情心から、コクコクと首を頷かせる。


「ああ……。藤森さんが、見事に相手の術中に(はま)ってる」


「まったくです。この子たちは、忍びとしての教育を受けた、言わばプロ。そうやってお客の心を惑わすのも、芸の内だというのに……」


 二人が冷ややかに反応すると、イチカはビビッと眉を逆立てて、偉そうに説教を垂れる。


「二人とも、なんて夢のないことを言うんですか。これはもうアレですね。殺伐とした忍者生活が、人としての正常せいじょう感性かんせいを狂わせてるに違いありません。いわゆる職業病というヤツです!」


 イチカが力強く断言すると、背後の誰かが、鼻を鳴らして小さく吹き出した。


「なんかたのしそうにしてると思ったら、職業病って……。ソレ、ちゃんと労災、

りるのかい?」


「ふえっ……?」


 店の奥へと振り返ると、自分より頭(ひと)つぶん高い、潑剌(はつらつ)とした少女が立っていた。

 セミロングのストレートヘアーに、端整たんせいな顔立ち。

 生命力の輝きが放つ瑞々(みずみず)しい官能。

 何処どこかで見たことがあると思ったら、裏門うらもんで顔を合わせた格闘少女であった。


「あっ、もしかして貴方(あなた)は……」


 格闘少女は、名前をわすれしたイチカに、(あね)()(はだ)のサバサバとした口調で名乗る。


「あいよ。アタシは金岡(かねおか)あきえ。同じ、一年臨組(りんぐみ)のクラスメイトさ。ヨロシクねっ!」


 高い鼻筋に、流美りゅうびに切れ上がった(まぶた)の輪郭。

 細くシャープな顔の造形は、女性からもにんがありそうな、爽やかな魅力に(あふ)れている。

 同性愛()(こう)のないイチカは、相手のウインクを友情と誤解して、迷いなく返した。


「ハイ! こちらこそ、よろしくお願いします」


 特に他意はなかったのだが、あきえの性癖を知るさらが小さく震える。


「あきえさんに、()()()()()()()()()()だなんて。藤森さん、なんて命知らずな事を……」


「えっ? 私、なにか変なこと言いましたか」


 イチカが入り口(がわ)へと不思議そうに返すと、このえは小さな恥じらい声で、真意を(ほの)めかす。


「藤森さんが変なのではなくて、その……。あきえさんが両刀使(りょうとうづか)いで、どちらもOKを公言してるんですの。…………性的な意味で」


「えっ? 格闘主体なのに、二刀流? しかも性的な…………って、フェえええ!? まさか、『男女()わず』って意味ですか!?」


 途中から言葉の意味を理解して、イチカが『ズザッ!』と大きく距離を取る。

 相手から露骨に()けられたのに、あきえは臆面おくめんもなく笑顔を浮かべて、自己弁護を始めた。


「エッヘヘ~♪ いやぁ~。一応はその積もりなんだけど、実際、自分の美意識をそそる同性(あいて)に、なかなか巡り会えなくてね。恋人(コイビト)にするんなら、やっぱり異性しかないかも……、ってのが本当の所だよ」


 それを聞いたイチカが、安心感から肩の力を抜いた。


「ハア、びっくりしたぁ……。(よう)()()()()設定か、博愛主義者って奴ですね」


「おっ、()いこと言うねぇ~。博愛主義者かぁ……。ウン。そのフレーズ、頂きだよ♪」


 ニコッと笑って、イチカの表現に同調するあきえ。

 その仕種に、若干の性愛(せいあい)を帯びているかん(いな)めなかった。

 うまい具合に二人の会話が止むと、案内役のこのえが口を開いた。


「それで、あきえさんは此処(ここ)で何をしてらっしゃるの?」


「なにをって、アタシは動物と(たわむ)れに来たのさ。動物、()きだからね」


 精気に()んだ眼差しが、慈愛の空気に染まる。

 あきえの口から裏表のない答えを聞いて、希更が彼女の評判を思い出した。


「そういえば以前にも、あきえさんが、普段から動物の(えさ)を持ち歩いてるって、委員長さんが言ってましたね。実際、裏門うらもん近くの(うち)の犬に、パンをコッソリ上げてる姿を見たことがありますし」


「アッハハ~♪ まさか見られてたとは……。本当はイケナイって分かってるんだけど、こういった可愛い奴らを見ると、()()()()構いたくなっちゃうんだよね」


 ガラスケースに顔を寄せると、中の柴犬がワンワン吠えて、あきえに()り寄ってくる。

 店のシステムをよく知るあきえは、仔犬をケースの中から解放した。


「よ~し、おいでおいで~♪」


 優しく抱き上げると、仔犬は喜びと甘えを全身で表現し、あきえのてのひらに顔面をグリグリと押し付ける。

 (たま)らずあきえは、くすぐったい吐息を漏らした。


「おっほっ……! こいつ、可愛すぎるな~♪」


 慣れた手付きでお腹を(さす)るあきえに、イチカは親しみを募らせる。


「へえぇ……。あきえさんって、本当に動物が好きなんですね」


 (なに)()ない質問が、心の琴線(きんせん)に触れる。

 あきえは(しば)し、視線を()らぬ(ほう)へと()らして硬直した。

 ややあって、再び仔犬に注目を戻し、深く静かな()(いん)を伴って胸中を明かす。


「アタシとしては、別に()()()()にって積もりはないんだ。なんて言うか……。みんなの役に立てたらな……って気持ちで接してるんだよね」


 イチカは、暗く(にじ)んだ空気から繊細せんさいな想いを感じ取って、あきえに()()()()

尋ねる。


「あの……。私、なにかったこと聞いちゃいましたか?」


 するとあきえは、心の中で短く逡巡し、

「まぁ、()っか……」

 と、ひらなおって呟いた。

 だがその声には、普段の弾む調子はない。


「アタシね、小さい頃、天海衆(てんかいしゅう)の連中に(さら)われて、奴らの術で洗脳させられそうになったんだ。それを危うい所で、今の学園長……五部(いつつべ)先生(センセー)に助けられて、今はこうしてピンピンしてるんだけどね」


 あきえは自嘲じちょう気味に吐息を漏らして、壁の一点をボンヤリと見つめる。


「でも、アタシが人質に取られてたせいで、学園長、大怪我しちまってさ。それで今は、ウチの学園にいるって(ワケ)


 短くを置いて、決してかなわぬ後悔をそこに繋げる。


「もし……、もしもさ、そのとき五部(いつつべ)学長が無事だったら、今も第一線で活躍して、色んな人を助けているに違いないって思うんだ。そう考えると、自分も何かしなくちゃいけない気がして、居ても立ってもいられなくて、くのいちの道を選んだって寸法だよ」


 あきえは最後に、感慨かんがいぶかく本音を告げた。


「一人でも多くの人の力になりたいから……」


 あきえの意識は、過去の罪悪感を空回からまわりしている。

 つまりは、彼女はそういった人間なのだ。

 にんいたみに無関心では居られない。

 優しくて、そして何より『(もろ)ひと』。


「あきえさんの過去に、そんな事が……」


 イチカは重苦しく口を閉じた。

 病弱な希更は、自由をゆめて忍術学園の門を(たた)いた。

 封印氏族の末裔である獅堂このえは、自分の責務に(じゅん)じて忍びの道を志した。

 そしてあきえは、後悔と献身の(あざな)える想いで、くのいちとなる事を選んだ。

 では、自分はどうか?

(本当に……。私はどうして、こんな所に居るんだろう……)

 故郷でつうの高校生活を送る友人たちと、確かな意志で忍術学園にかよう級友たち。

 両者を想うと、自分がひどくちっぽけで惨めな存在に思える。

 それきり、誰も口を開かない。


 四人のあいだで、仔犬が『クゥウン……』と哀しげに鼻を鳴らした。

 あきえが暗い気持ちを強引ごういんに吹き飛ばすように、鼻から重たい空気を吐き出す。


「あぁ~、()~め()め。こんな(ハナシ)したって、肩が()るだけだからね」


 ガラスケースに『ムクムク生物』を戻し、両手が(カラ)になると、あきえは大きく

伸びをする。

 目を開けると、外の光がかいに映り込んだ。


「さって……。専門商店街(ここ)も色々(まわ)ったし、そろそろ日が暮れるから、帰るとすっかな」


「あっ、本当だ……。外が真っ赤になってる」


 四人は、空の紅蓮をひとみに映す。

 太陽は西の彼方、(ちち)()山岳の稜線にその身を隠そうとしていた。

 路上に出ると、先頭のあきえがうしろへ振り返り、軽快けいかいに手を振って別れを告げる。


「そんじゃな、三人とも。また明日~♪」


 親しみのある呼びかけに、イチカはむねおくがジクリと痛み、覇気はきのない声で返事をした。


「あっ、はい。()()、学校で……」


 この日初めて、イチカはときおもみを感じた。

 明日(あす)になれば授業が始まる。

 そして一ヶ月後、教頭との約束で学園を去るのだ。

 こうして『明日(あした)』を口にする日は、そう多くない。

明日(あした)が、重い……)

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