乱蛇帯
ひとまず用事が済んだ所で、希更が、誰にでもなく疑問を唱える。
「それで、さっきは何を騒いでたのかしら? なんだか、とても興奮していたようだけれど」
話の腰を取り戻した華隠が、拳を握って景気よく啖呵を切る。
「それは勿論、最強の武器のことだわさ! 忍びたる者、一度は誰でも憧れる理想の武具。これを手に入れずして、どうしてくのいちを続けられようか!!」
小学生男子みたいな持論だが、観光気分のイチカとしては、妙に共感を憶える。
「確かにゲームとかでも、必ずソレっぽい物が出て来ますよね。私も興味あります♪」
脅迫が駄目だと分かっているので、華隠は拳を縦に揺すって、泣き落としに掛かる。
「転校生のイチカだってこう言ってる事だし、勿体振らないで、さっさと蔵から出して来るだわさぁ~」
すると征士郎は、幼稚な態度の華隠に辟易して渋面を作った。
「だから何度も言ってる通り、ウチにそんな名品が残ってる訳ないだろう。仮にうまく作れたとしても、基本的には宝具や神具扱いで、即刻、保管庫行きになっちまう」
聞き覚えのある名称が、イチカの意識に強く引っかかる。
「あの……。もしかすると保管庫って、底知れぬコミュニティーセンターの事ですか?」
イチカが控え目な声で話に割り込むと、征士郎は、出来の良い生徒を見付けたように、パッと明るく瞼を広げてニヤリと笑った。
「おっ、よく知ってるな。あそこは書物以外にも、特殊忍具や名品を納めておく
場所だ。なにせ人によっちゃ、この忍ヶ丘は、素の状態でも宝の山だからな」
最後の方は、日々、里の外から侵入する盗掘者たちを想像して、片手で顎を支えながら、厄介そうに片目を瞑った。
いっぽう、敵勢力の存在を知らないイチカは、
「なるほど……」
と、勉強程度の気持ちでコクコクと頷いてから、希更とこのえに視線を求める。
「ところで、宝具や神具って初めて聞きましたけど、希更ちゃん達は知ってるんですか?」
「いいえ。実を言うと、私もあまりよく知らないの」
「私も右に同じです。実物は一度も拝見したことがないですし、精々、特殊な力を秘めた武具としか、話に聞いた事がありませんわ」
二人の曖昧な反応を、征士郎が補足交じりに肯定する。
「否、それで充分に合ってる……。武器の性能は、材質や職人の腕によって、必ず一長一短が生じるが、稀に、不図したキッカケで弱点のない物が出来あがる。それがいわゆる宝具ってヤツだ。いっぽう神具は、製造前の素材選びや、刀身に施した術式の組み合わせが相乗効果を生んで、装着した人間に特殊な力を授けるんだ」
「へええ……。それで、宝具と神具では、どちらの方が強いんですか?」
征士郎は、イチカの安直な質問に対して首を横に振った。
「ハッキリ言って、効果はまちまちだな。一般的には神具の方が上とされてるが、特殊効果はあっても、武器として鈍だったってケースもある。対して宝具は、
見事な造りには違いないが、決して武器としての範疇を超えることはない」
一息入れて、征士郎が困った様子で、華隠を親指で指し示す。
「んで、コイツが求めてるのが、二つの性質を備えた理想の武器……」
「そう。硬度、軽さ、切れ味、そして持ち主への特別な恩恵を与える、伝説の装備だわさ!」
素振りの動作を手で真似ながら、陶酔感に浸る華隠。
背後に業火でも引き連れてるような勢いに、希更は気が抜けてゆく。
「伝説の装備って。いくらなんでも幼稚な……」
希更が滑稽な主張に肩を落とすと、常識派に近いこのえが、意外そうな表情で返す。
「あら、あながちデタラメな話でもありませんわよ? 守り部の伝承にも、過去にたった一例だけ、乱蛇帯なる武具が存在したという話ですもの」
このえの証言に勢い付いて、座敷の上で胡座をかいていた華隠が、ズバッと立ち上がる。
「その通り! あちしが真に目指しているのは、ズバリ、その乱蛇帯! 忍術学園の開祖にして初代皆伝者、雪風様が持ってたソレだわさ!」
二人の口から、里の秘事が揃って語られると、専門家の征士郎が、慌てて腰を浮かせる。
「お前たち、いったい何処で里の秘密を! まさか、他の場所でも口外してないだろうなぁ」
五行連剉・乱蛇帯。
時を遡ること、およそ150年。
幕末期における前大戦で、天海衆との戦いに使用された、雪風家伝の初版本に
のみ伝わる特殊武器だ。
その形状は、鎖鎌に似て殺傷能力に乏しいものの、陽忍術の力を抽出した高純度媒体、五行宝輪を本体に仕込んでおり、陰忍術の力を完全に相殺するとも言われている。
あくまで伝承の存在だと思っていたイチカは、征士郎の言葉に強い関心を示す。
「里の秘密ってことは、本当にこの街に、乱蛇帯があるんですか?」
再び『しまった!』という空気を顔に表して、征士郎が重苦しい声で答える。
「まぁ、あるにはある……。だが、そういった内容も含めて、ぜーんぶ重要機密扱いだ。悪いが嬢ちゃんも、いま聞いたことは秘密にしといてくれ」
「はい……。分かりました」
厳つい空気に押されてノロノロと肯定しておきながら、イチカは、乱蛇帯の存在に期待を膨らませる。
「でも、伝説の武器かぁ……。もし、そんなのが作れたら、本当にすごい事ですよねぇ」
おなじく希更も、前大戦で呪術師・天空を封じたくのいち、雪風への興味が手伝って、イチカの期待を後押しする。
「以前にも例があるのなら、それを真似して、もう一度作れないんですか?」
征士郎は、再び難物に出会ったかのような顔付きで、忍具造りの難しさを語る。
「そいつはもっともな意見だが、実際、どの素材や術式が作用しているのか、原因を特定できるだけの事例がない。それどころか、同じ材料と配合でやってみたにも関わらず、模造品止まりだった例すらもある。俺たち職人のあいだじゃ、今もなお、大いなる謎だな」
お手上げとばかりに、両手を肩の横へと挙げる征士郎。
湿っぽい空気がその場を支配すると、相次ぐネガティブ発言に耐え切れなくなった華隠が、鬱屈した気分を爆発させて立ち上がる。
「ンガ~!! もう分かっただわさ。そんなら、あちしが霊場までひとっ走りして、素敵素材をガッポガッポと採って来るだわさ!」
「オイオイ……。下忍のお前さんが無茶した所で、大怪我するのがオチだ。大人しく小隊を組んで、上層付近で我慢しろ」
「ハン! 仲間連れなんて、まっぴら御免だわさ。足手まといにしか成りゃしない」
相手の制止を振り切って、ズカズカと店を去る華隠。
彼女1人が出て行っただけで、店内が随分と静まり返った。
工房から伝わる窯の熱が、ズゥゥン……と音もなく大気を揺さぶる。
不意に征士郎が、掌で『パシッ!』と自分の腿を叩き、気合いを入れて立ち上がる。
「よし、そろそろ休憩も終わりだ。嬢ちゃん達も武装強化は良いが、まずは、自分の腕を磨くことが大事だぞ。いくら武器が良くっても、使い手がヘタクソじゃ意味がないし、反対に、自分に合わない武具を持っていたって、単なるお飾りにしかならないからな」
「えっ……?」
征士郎は思わせ振りな笑みをイチカへ送ると、工房の奥へと引っ込んだ。
一度、作業に取り掛かった以上、職人たる彼が此方へ注意を戻すことはない。
イチカ達は八幡バサラを後にして、次の目的地へと向かった。
盗掘者。
機械武装を駆使する所属不明の侵入者たち。
捕虜となったものは、中央政府を介して身代金と引き替えに解放される。
ただし中央政府は、武装集団(陰忍を含む)との関係を認めていない。
仲介人は時村守人。




