伝家の宝刀
三人とも、なんとなくの気不味さに口を閉ざし、無言の時がしばし流れる。
左前方、空き地に茂る雑木林を前にして、頭上から明るい声が響いた。
「おっ……。転校生に、希更んと副委員ちょじゃん。めっずらしい~♪」
「えっ、どなたですか?」
突然、陽気な声に呼び止められて、イチカはキョロキョロと周囲を見回す。
頭上を影が通過し、ブワッと何かが広がる音で、相手の位置を特定できた。
クリーム色のダブ付いた忍び服を着た少女が、ムササビ状の布を広げて宙を滑空する。
三人の上空背後から通過すると、両手で握った軸柄を両太腿の脇へと寄せて、ゆっくりと高度を下げた。
やがて三人の前へと静かに着地すると、飛行翼を調節する棒を腿の側面へと折り畳み、両折棍に戻して格納する。
飛び忍形態から地上型へと姿を変えると、柳沼理乃は、仔犬みたいな活き活きとした眼で前のめりに口を開いた。
「なになに? まさか、転校生を舎弟にして街を練り歩いてるとか、番長的なカンジ?」
にひ~っと締まりのない笑みを近付けると、このえが不服そうに顔を背けた。
「他人聞きの悪いことを仰らないで。私たちは、藤森さんに街を案内してるだけです!」
それきり、ムッツリと口を閉じてしまう。
潔癖症を思わせるこのえと、年がら年中ズボラな空気の理乃とでは、どうしても相性が悪い。
自然と希更が、話の調整役を買って出た。
「今のところ、読眼流とじらい屋。それと、店長の芹沢さんの怪異を見せて回った程度で、今から専門商店街に向かう所なの」
「ふっつ~だなぁ。これからくのいちとして生きていくんだから、少しくらい冒険しても良いと思うのに」
半透明のポリ袋を片手に、頬を膨らませる理乃。
彼女の一風変わった個性は、忍ヶ丘に不慣れなイチカにも難なく飲み込めたが、如何せん、これが二度目の出会いである。
校門ではロクに会話ができなかったこともあり、イチカは念のため、理乃に確認をとる。
「あの……。あなたも確か、裏門で私と会った一人ですよね?」
「そうだよ。僕の名前は柳沼理乃。こんな形でも、隠密行動と特殊武器が得意なんだ♪」
胸を張った勢いで、身体の後ろで輪っか状に束ねた細い鎖が、太陽光をキラキラと反射させた。
どうやら擦過音を抑える表面加工を施してあるようで、金属同士が擦れるジャラジャラとした音はないが、潜伏中に目立つような武装であるため、隠密行動は至難の業だ。
風を受けやすい服の弛みも、動きを鈍磨させる要因の一つとなる。
「その目立つ格好と装備なのに、隠密が得意だなんて意外ですね……。それに、空を翔ぶだなんて、忍者というより魔法使いみたい」
相手のお世辞に気を良くした理乃は、ポリ袋から手を離し、忍術媒体を用いたチェーンの一部を指で摘んで、誇らしげに解説する。
「今はこうしてるけど、隠密時には表面を黒く塗るし、空を飛んでるのも神通力の御陰だよ。実際に風だけで飛ぼうとしたら、竜巻くらいの風圧が必要だからね。それに、はじめは高い所に登ってからじゃないと、高度が稼げないから」
説明の冒頭、理乃の手から離れたゴミ袋が、地面に落ちて不快な音を立てた。
一瞬、そちらへと注意が逸れたイチカは、話が終わった隙を見計らって、なにげなく質問する。
「あの、さっきから少し気になってたんですけど……。その袋に入ってる物って、なんですか? 見た感じ、雑誌みたいですけど……」
「えっ? あっ、コレのこと!? これは、そのぉ~……。収穫物…………かな?」
イチカの指摘に身体をギクリと震わせた理乃は、額に脂汗を滲ませて、ゴミ袋をそそくさと背後に隠す。
さらには体裁の悪さから、視線を斜め上に躱すと、彼女の素行を知る希更が、
眉間に皺を寄せて真実を呟く。
「柳沼さんの、半ば公然の悪癖……。一言で言うと、エロ本収集」
「ええっ!? エロ……じゃなくて。その、なんと言ったらいいか……。とにかく、そんな物を拾ってるんですか?」
気恥ずかしさに表現を暈かし、強引に叱り付けるイチカ。
それに対して理乃は、気まずさと罪悪感の反動から、強気に反論する。
「ち、違うよ! そっちこそ他人聞きが悪いなぁ……。これは春画(注:エロ本)集めなんかじゃなくて、歴とした『町内美化』だよ!!」
虚勢と共に、豁然と言い切った。
このえは、あまりの莫迦々々しさに身を乗り出して、理乃の胸に人差し指を突き当てる。
「嘘おっしゃい! 以前、あなたが罰掃除を命じられた事は聞いてますが、その件はとっくに済んだ話です。今では、あなたの自由意志じゃありませんの!」
希更の説明よりも一歩踏み込んだ指摘だが、理乃は苦しくなるどころか、開きなおって清々しく嘯いた。
「って事は、ボランティア活動に青少年の保護? な~んだ。ボクって結構、イイ事してんじゃん♪」
理乃が手前勝手な理屈をこねると、イチカが自信なさそうに意見を求める。
「え~っと……。これこそ委員長さんに言った、公序良俗に反するという奴なのでは?」
すると、すぐ横でそれを聞いていた希更も、同じく覇気のない様子で返す。
「ところが、全部が全部そうではないから、誰もが厳しく取り締まれないの……」
実際、理乃の活動は監視の役目を果たしているのか、ゴミの不法投棄は減り、
治安も改善されて、報奨金が支払われる事例もある程だった。
趣味と実益が完全に一致した奉仕活動として、あの五部学長が、非公式ながらも認めているくらいである。
「そうそう♪ 学園長も言ってたよ。どうせ悪影響が出るんなら、周囲に広がるよりは、一人に抑えておけってね♪」
「それは、誉め言葉なんかじゃありません! 第一、そんな破廉恥な行為、たとえ周囲が認めていようと、里の治安を預かった『守り部』の娘である私が許しませんわ!」
「じゃあ副委員ちょが、ボクの代わりをやってみる?」
こともあろうに、理乃は3人に向かって、適当な雑誌を広げてみせる。
一瞬、真正面から中身を見てしまったこのえは、瞬時に顔を紅潮させて視線を
背ける。
「結構ですわ! さっさと、その下品な雑誌をしまいなさい!」
「フフン♪ 副委員ちょはダメダメだね。こんなのに動揺したんじゃ、一流の忍びになんかなれないよ。イチカなんて『ガン見』してたのに」
衝撃の事実を知った希更が、大きく目を瞠ってジリジリと後退する。
「まさか藤森さんにも、そう言った性癖があるんですか!?」
戦闘中でもないのに、ひどく警戒されている。
加えてその顔には、唖然とした空気に混じって、軽蔑の色がうっすらと滲んでいた。
――どうして、こんな濡れ衣を着せられてるんだろう?
ショックを受けたイチカは、片手を激しく振って弁解する。
「違います!! ただ、忍者も一般人みたく不法投棄するんだな……って、呆気に取られてただけなんです!!」
時を追うごとに混乱は拡大し、その元凶は、伝家の宝刀を片手に、微塵も動じる隙を見せない。
このえは今更になって気付く。
この会話自体、すべてが不毛なのだと。
いや、下手をすると自分達までもが、坂本愛里・柳沼理乃に続いて、淫靡な集団だと認識されかねない。
まわりに第三者が居ないこの隙こそ、撤退のチャンスであった。
堪らずこのえは、イチカと希更を連れてその場を後にする。
「くっ……。このままでは、不本意な印象がこちらに伝染するだけですわ。申し訳ありませんが、私達はこれにて失礼します!!」
「ホイホ~イ♪ 要らない本があったら、まずは僕に渡してね~。裏ルートだと、美品は結構高値で取引されるんだ~♪」
鋼のハートがなかったら、エロ本収集など出来はしない。
クラスメイトに無視されてると知りながら、理乃は片手を大きく振って、三人を見送った。
時々、レアな忍術書を入手するから大したものです。
〇忍ヶ丘5大奇書
木:雪風家伝・創刊号(初版本) 【イチカが所持】
火:陽忍者・龍剣伝 【陽炎城】
土:徐庶の奇妙な冒険 【所在不明】
金:荒神と振動バット 【二学期・裏側の校舎にアリ】
水:麦チョコ畑でつかまえて 【理乃が拾う】




