二重身
三人は店を出ると、正面の横断歩道を渡り、左右を住宅に囲まれた狭い路地を進む。
こうして何気なく道を歩いていると、ここが忍びの隠れ里という事実が嘘みたいだ。
店内や学園のしきたりは、どれも常軌を逸した危険な物ばかりだが、外観だけはほかの街とも何等変わりない。
忍務や訓練中の風景も、一般人が相手なら、隠行術の真似事で充分だ。
店を出て、信号から5メートル程離れた所で、先頭を行くこのえが、次の目的地を挙げる。
「次に行くとすれば、専門商店街が良いかしら?」
「専門商店街?」
イチカが不思議そうに首を捻ると、希更は後ろを振り返り、歩みを止めずに口を開く。
「専門商店街というのは、専忍や業者さんが好んで使う、特殊忍具などを扱う店舗が並んだ通りのことよ。私達の持ってる忍者刀や忍具も、基本的には其処で作られてるわ」
と簡単な説明を終えた所で、イチカ達は意外な人物と遭遇した。
儀礼的に整えられた鎧兜の麗人、芹沢立花である。
「おおっ、どこかで見掛けたと思えば、忍術学園の後輩たちではないか」
台詞も姿も既視感そのもの。
彼女は店内業務に向かったのに、いきなり正面の道から現れたのだ。
イチカ同様、このえと希更もビックリして立ち止まるが、すぐに冷静に対処する。
「芹沢先輩でしたの……。こんにちは」
「お久し振りです……」
ぎこちなく会釈する二人。
久し振りどころか、ついさっき別れたばかりなのに、話し相手の芹沢も、平然と会話をつなげる。
「うむ、久方ぶりだな。……ときに、そちらのお嬢さんは見掛けぬが、友人かな?」
イチカの姿を見付けて興味を示す芹沢。
はじめはイチカも、専忍の動きを活かして此方の行く手を先回りしたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
彼女の真剣な態度からして、本心から初対面のつもりのようなのだ。
「えっと……。さっき、店内でお話ししたばかりですよね? 今日から忍ヶ丘に住むことになった、忍術学園の後輩に当たる藤森イチカだって」
芹沢は顎に手を添えて、曖昧な態度で考え込む。
「ふむ、そんな筈はないと思うがな……。なにせ私は、今日は専門商店街の方で
素材の仕入れに出ていたからな」
「ふええぇ!? じゃあ、さっきの人は別人? それとも双子とか……」
イチカの勝手な想像が、芹沢の心当たりと偶然に合致する。
「双子……? ああ、そうか! またしても、私に似た人物が現れたのだな」
「似た人物って?」
うむ、と小さく頷き、芹沢の表情に困惑が広がる。
「どうも私の周囲では、奇妙なことが多いらしい。以前にも、居るはずのない場所で私の目撃談が報告されてな……。もしもの備えと見た目の差異に、あえて普段からこのような格好をしているのだ」
芹沢は、自身の戦闘衣を『ガッチャ!』と拳で叩き示すと、諦めた様子で独り合点を始めた。
「まあ、相手の方が一枚上手なのかも知れんな。よもや、同じ格好でうろつくとは……」
言動や顔立ちだけならともかく、忍び相手に日々の服装すら同じにするなど、ソックリさんという次元では済まない。
唖然とするイチカに代わって、希更が話し相手を務める。
「それで店長さんは、これから何か予定でもあるんですか?」
「否。今日はもう、特にない。午前中は、皆に店を任せていた事もあるし、少しだけ休憩を挟んでから、手伝いに回ろうと思う。では、さらばだ」
去り際も似たような台詞を口にする芹沢。
彼女が視界から離れると、イチカは目にうっすらと涙を浮かべて、二人に詰め寄る。
「いったい全体、なにがどうなってるんですかぁ? あんなの絶対、他人の空似なんかじゃないですよね。まさか、分身の術とか言いませんよね、ねっ?」
このえは、芹沢を遣り過ごした安心感から深呼吸をすると、恐慌状態のイチカへ静かに返す。
「もちろん、そんな事はありませんわ。私達の使う分身の術は、幻影のみを近くに配置する影分身の術。実体を持つ物となれば、余程の高度な複合技か、禁呪とされる『陰忍術』しかありませんもの。それに、芹沢先輩は剣術の専忍で、他の技は苦手な部類。つまりはアレこそが、芹沢先輩の逸話の一つ、二重身ですの」
「ドッペルゲンガーって……。もう一人の自分っていう、怪談物のアレですか?」
青ざめた顔のイチカへ、希更が更なる恐怖を注ぐ。
「そう……。でも店長さんの場合は、もう一人の自分と出会う事もなければ、死ぬこともない。店内の話とさっきの言葉を総合するに、片方が店の手伝いをして、もう一人が別の案件を片付ける。そして二人が一定範囲に接近すると、融合して記憶を埋め合うんです」
忍術どころか、もはや奇跡としか言いようのない現象だ。
希更の話を聞いたイチカは、ゾクリと肌が粟立つ。
「うわあ……。せっかく普通な感じがしたのに、あの人が一番凄いだなんて」
ややあって、二人が歩みを再開させると、イチカも自転車を引いて後に続いた。




