芹沢立花
副委員長・獅堂このえを先頭に、藤森イチカと水野希更が両翼を務める『鋒矢の陣』で、坂本愛里の本陣(注:立ち位置)側面に奇襲を掛ける。
周囲の客に聞こえぬ程度の毅然とした声で、このえが愛里に警告する。
「坂本さん、今すぐその顔をこちらに向けて、神妙にして頂きますわ」
愛里は声を掛けられた瞬間、悪事が見付かったように『ビクゥ!』とするどく
身震いする。
その拍子に、眼鏡のレンズが店内照明を真っ白に偏光して、着用者の動揺を雄弁に示唆した。
「へっ? なにっ!? って言うか、獅堂さんに水野さん? それに藤森さんまで! 一体どうしてこんな所に……。あと、なんで私が罪人っぽい扱いをされてるの?」
普段は大人びた印象だが、パニックから、思っていることを全てぶちまける
愛里。
希更は、本来の彼女らしからぬ挙動に確信を強めて、罪状を言い渡す。
「残念ですけど、委員長さんは今、存在してるだけで公序良俗に反する疑いがあります」
愛里は時が経つに連れて平常心を取り戻してゆくが、いきなり訳の判らない尋問をされて、形勢不利に腰が退けたままだ。
「ちょ、ちょっと……。なんで私が、卑猥な物みたく言われなくちゃ行けないのよ。誰か、ちゃんと私に説明して!」
律儀にも、イチカが普段のトーンでその要請に応える。
「たしか学園七不思議の一つで、委員長さんが普段からエッチな下着を……、『ゴモハァッ!?』」
言葉の途中、愛里が『ガッ!!』とするどく踏み込んで、イチカの口を片手で塞ぐ。
彼我の距離はほとんど零へ。
愛里は怒りに唇を戦慄かせ、細い銀縁フレームの深淵なる向こう側から、イチカの瞳を凝視する。
「ふっ、ふっ、ふっ、藤森さん! 誰があたり構わずアナウンスしろと言ったの! あなた、転校生でしょ? 転入初日で、そんなに骸を曝したいのかしら!!」
恐るべき早技に、希更とこのえが二人して、『委員長さん、またしても腕を上げましたね』とか、『迷いのない動きですわ』とか、どうでも好い賞賛を口にする。
刹那の沈黙、イチカの額に冷や汗が流れる。
ややあって、おもむろに『カポッ……』と口から手が外された。
イチカは戦意喪失の虚ろな瞳で、瞬きもせず服従する。
「ハイ、ナンデモナイデス……」
愚かな級友を目で射殺して、愛里は殺伐とした空気を漂わせる。
「そう、それで好いのよ……。私だって、素性をよく知らない相手を、手に掛けたくないもの」
忍びとして、それで暗殺任務が務まるのか。
その場の誰もが危惧したが、制裁を恐れて口にはしなかった。
代わりに第三者の呼び掛けが、四人の注意を引き付ける。
「コラコラ……。店の中で、何をそんなに殺気立っている」
衣料品コーナー横のバックヤードから、鎧兜に具足を身に着けた、物々しい
出で立ちの女性が姿を現す。
装いだけなら異常者だが、その容貌は凛と整っていて、眉や目の細く切れ上がった印象が、某・女性劇団の出身を思わせる。
兜に関しては本物ではなく、本体から左右上方へ縁が丸く突き出た儀礼用のものだ。
顔面のほぼ全てが露出し、栗色のショートヘアーが、顔の動きに合わせて小さく揺れる。
殺気の発信源である愛里が、彼女へ向けて畏まった様子で頭を下げた。
「あっ、芹沢先輩。すみません……。クラスメイトがあらぬ噂を広めようとしたものだから、ついカッとなって……」
「先輩とな?」
じらい屋店長は、一瞬、相手の受け答えに戸惑うが、言葉の意味とこのえの目立つ忍者服から、四人の正体に推測を付ける。
「おお! どこかで見た格好と思ったら、忍術学園の後輩たちではないか」
などと得心して置きながら、イチカの姿を見付けるなり、すぐに言い淀んでしまう。
「あっ、否……。見ない顔が一つあるな」
凛々しい目鼻立ちがまっすぐ射貫き、イチカは緊張と恥じらいに頬を上気させる。
「あの、初めまして……。私、今日からこの街に住む事になりました、藤森イチカと言います」
「私は、この店の店長を務める芹沢立花だ。私も以前は、忍術学園で修業に打ち込み、忍大学に進学したものだ。もっとも、忍びとしての腕に才はなく、剣術一本だったがな」
剣術重視となれば、忍びではなく剣士に当たる。
授業の説明を簡単に受けたものの、いまだに忍ヶ丘の風習に馴染みのないイチカには、忍術学園と剣士の関係がしっくり来ない。
「剣術一本って、芹沢さんみたいな人も、あの学園には多いんですか?」
「うむ……。すべての忍術を万遍なく鍛えた者こそが、世にいう忍びの姿であり、学園では座学や担任を務めている。いっぽう、一部の技に秀でた専忍が、曜日ごとの科目を受け持つのだ。私の場合、剣術を磨いた剣豪タイプの専忍と言えよう。剣豪といっても、太刀を振るうだけでなく、時には忍具や術を用いる特殊な剣士だがな」
「へえぇ……。剣士なのに他の事も出来るなんて、なんだか強そうですね」
芹沢は同意するついでに、店の宣伝もちゃっかりとこなす。
「だがそれも、日頃の用心が有ったればこそだ。其方も、これからくのいちとして生活するのであれば、ウチの店で万全の備えを整えるといい。もちろん、忍び以外で入り用の物もな」
「ハイ!」
芹沢は、イチカの心地良い返事を聞くと、フッ……と高貴な笑みを浮かべて踵を返す。
「では、忙しいゆえ、私はこれにて失礼する。ゆっくりして行くと良い」
相手の返事を待たず、鷹揚にその場を離れる芹沢店長。
客に対して尊大な言動の数々だが、イチカ達の印象は逆であった。
「なんて言うか、本当に『出来る人』って感じですよね。歩き方とかも洗練されてるし……」
普段から芹沢の挙措を手本とする愛里が、イチカの感想に同意する。
「そうね……。もし他の人だったら、店長がアレだと傲岸不遜で嫌みったらしいけど、逆にそれが許されてスッキリするのが、芹沢先輩の特徴というか、魅力の一つだわ。できる人って所も当たってるわね。あれだけの逸話を持ってるくらいだもの」
「逸話?」
愛里はイチカの疑問に答えず、芹沢店長の退場に興味を失い、一方的に別れを
切り出す。
「さてと……。芹沢先輩も行ってしまった事だし、私もこれで失礼するわ」
方向転換の途中、つと、その動きを止める愛里。
「言っておくけど、妙な噂はくれぐれも立てないでね」
去り際に自分達を恫喝する愛里に、このえと希更も挑発的に言い返す。
「あら? でしたら坂本さんも、今後は他人の気を惹くような行いは慎むべきですわ」
「もしくは、下着の方を控えるべき……」
言葉の途中、希更は別の意味にも解釈できると気付いて、直ちに訂正する。
「あっ! 今のは『穿くな』って意味じゃなくて、デザインを控え目にって意味なんだけど……」
「そんな事くらい分かってるし、あらぬ誤解で話を進めないでよ。まったく、もうっ……」
頑として自説を譲らない愛里。
彼女が店の外に出て行くと、三人も途端にやることを失い、じらい屋を後にした。
愛里に関する怪しげな噂は、そのほとんどが、あきえによって流されたものです。
ゴモハァッ!?




