じらい屋
数分後、慣れた手付きで現場を収拾する店長と来店客を置き去りにして、なにも出来ないイチカは、外へと逃げた希更たちと合流する。
「もう、ひどい目に遭いました……。どうして街の本屋さんまでもが、忍者風に
カスタマイズされてるんですか」
自分は無傷で済んだものの、心にはゴシゴシ擦っても決して落ちない、ガンコな『トラウマ汚れ』を負った気がしてならない。
肩を落として自転車を引くイチカを、希更が『まあまあ……』と、役に立たない台詞で慰める。
「藤森さん、そう卑屈にならないで。なんにも知らずにあんな目に遭ったら、大怪我は免れないもの……。そんな事より、次は向かいの道路にあるスーパー『じらい屋』よ」
「なんだか、また忍者な気配がするお店ですね。もしかして、半額商品を求めて、お客さん同士が熾烈な奪い合いでもしてるんですか?」
このぶんだと、彼女はすっかり人間不信に陥っている。
先頭を歩くこのえは、口角を上げた柔らかい表情で振り返ると、イチカの推測をやんわりと否定した。
「いいえ。今から向かう『じらい屋』は、食料品、衣類、日用小物から消耗しやすい忍具まで、地域の生活を支える、ごくごく普通の生活用品店ですわ」
どうせラインナップが真面じゃないんだろうとは思ったが、爆発物と商品が抱き合わせであるよりかは遙かにマシな環境である。
イチカの疑念も幾らか和らいだ。
放っておけば丸く収まる展開なのに、希更がそこに、不吉な宣伝文句を滑り込ませる。
「店の名物は、なんと言っても店長の芹沢立花さん。一言で言えば、都市伝説の塊ね」
何故こうも、お店一つで身構えなくちゃいけないのだろう。
ぶり返す不安から、イチカは沈んだ空気で探りを入れる。
「もしかしてその人、口裂け女とか、そういった危険人物なんですか?」
口調と文脈だけではない。
瞼を細めた物憂げな視線からも、疑いようのない警戒心を感じる。
希更は両手をすばやく振って、イメージの改善に努める。
「そういう意味じゃないの。店長の芹沢さんは至って真面目で、物騒なことを嫌う常識人よ」
このえも希更の努力に呼応して、店長の人物像を付け加えた。
「ただ、ひどく特異な体験の持ち主で、それを教訓に、常に鎧兜を身に付けて居りますの。その用心深さを活かし、決して途切れぬ流通と、痒い所に手が届くラインナップ……。まさに、やり手の女武者ですわね」
希更、このえの順に話を聞いて、イチカは再び念を押す。
「そうですか……。まぁ、この街が忍者の里だけに、具足姿は変だとか、もう突っ込まないことにします。とにかく、店長さんは常識的な人なんですね、希更ちゃん?」
別に二人を疑ってる訳ではない。
この街には、自分の感覚では計り知れない物事があまりにも多いのだ。
「ええ、店長さんはね……」
なにかしら含みのある同意だが、イチカは無邪気に『良かった~♪』などと呟いて、スーパーじらい屋へと入店する。
店に入ると二人の証言通り、店内も至って平凡な造りであった。
何事にも危険がつきまとう忍ヶ丘で、唯一、実家の近所を思わせる平穏さに、イチカは思わず活き活きとする。
店の入り口は、駐車場から見て左右に一つずつ。
左側から中に入ると、壁際に食料品の保冷棚があり、正面では魚や乾物など、旧来日本の食文化に因んだ商品が客を迎える。
店内奥から漂う食欲をそそる香りが、揚げ物や肉類といったボリュームのある惣菜を想像させた。
イチカにとって、この環境はホームグラウンドみたいなものだ。
心のオアシスに胸をときめかせて、子供みたいに彼方へフラフラ、此方へフラフラ……。
果ては広いスペースでターンを決めると、移り変わる視界の中に、見覚えのある少女を発見した。
(あれは確か、委員長さん?)
黒を基調とした、弛みの少ない膝丈スカートと革製のブーツ。
可動域を確保するため、大きく膨らんだジャケットの肩口。
金ボタンの装飾と着脱式のショートタイ。
遠目には黒一色で通した他校の制服に見えるが、デザインとは別の部分で、イチカは引っかかりを覚えた。
「なんでだろう……。どうしてなのか、単なる学校制服には見えないんですよねぇ」
突然、難しい顔となるイチカに、希更が背後から声を掛けた。
「どうしたの、藤森さん。なにか変な物でも見付けた?」
「否……。あっちに、たぶん委員長さんだと思うんですけど、同世代の娘が居るんです。でもあんな服、ウチの学園にあるのかなって」
イチカに倣って陳列棚の蔭から顔を出し、およそ30メートル先をそっと窺う。
右側出入り口の正面奥、衣料品売り場の前で、確かに委員長の坂本愛里を確認できた。
「ああ、あのデザインのこと? 確かにアレは他校の制服に見えるけど、実は長袖の忍者服を改造した物。つまり、藤森さんと同じくのいちの衣装よ」
「えっ!? 忍者服って、私が着てるようなスカート丈は短くて、薄手の布をグルッと巻いたようなデザインじゃないんですか!?」
二人の会話に、このえも棚の後ろに隠れて参加する。
「なにを言うのかと思えば……。委員長以前に、私の服も私服ではなくて、自分用に誂えた改造品。まさか、今まで気が付かなかったとでも?」
このえの言う通りである。
たった今、こうして指摘されるまで全く気付かなかったのだ。
イチカは急に自分の格好が貧相に思えて、短い丈を両手でモジモジと押さえる。
「うわあ……。改めて見比べると、私の服装って、コスプレみたいでかなり痛い……」
「学校指定の忍者服は、全地形対応型の標準仕様であると同時に、忍ヶ丘の住人に、忍術学園の生徒であることを伝えるための服ですもの。それに、委員長の坂本さんは練丹術の使い手。忍具や薬を隠すために、ああして元の造りに手を加えた、杖なし帽子なしの魔導衣形式にしたんだと思います」
解説付きで愛里の服装に目を向けると、追加装備以外は、細部や服の弛みが異なるだけで、基本となるのは、イチカの着ている忍者服とまったく一緒であった。
「ホントだ……。よく見ると、マントを後ろで包んで、リュックみたいにしてるんだぁ」
イチカが感心して眺めていると、このえは愛里から目を離さずに、小さく切り出す。
「そんな事より、いま注目すべきは坂本さんの着衣ではなく、彼女が選んでいる
衣類の方ですわ」
陳列棚の切れ目からコッソリ身を乗り出すと、愛里は一山いくらのカートには目も呉れず、一枚物の展示品をじっくり吟味していた。
棚の境界から、上・中・下段と縦一列に並んだ顔のうち、下段に位置する希更が、愛里の選んだ下着の柄に目を凝らす。
「あれはまさか、実用性から懸け離れた嗜好性下着!?」
希更が息を殺して呟くと、最上段のこのえが小さく頷く。
「そう……。布地は少なく、気品溢れる細工と単色攻めのデザインが特徴の、俗にいう『勝負下着』というヤツです」
中段のイチカは、二人の反応が少し過剰に思えて、キョトンとした顔で尋ねる。
「えっと……。委員長さんが女性用下着を見て、何かおかしな点でもあるんですか?」
すると二人は、一瞬、意表を突かれた表情となるが、イチカの境遇を思い出して、すぐに冷静さを取り戻す。
「藤森さんは、委員長さんが堅物一辺倒で実用主義なのを知ってるかしら?」
「いえ、あまり詳しくは……。ただ、彼女の言動と委員長の役職を考えるに、あまり派手なことを好まないのだけは、なんとなく想像ができます」
すると最上段のこのえが、ピンと張りつめた空気を漂わせる。
「それだけ知っていれば充分です。にも関わらず、実用性皆無の下着に御執心……。これはもう、例の噂を信じるしかありませんわね」
このえに続いて、希更が厳かな声で核心へと迫る。
「曰く、委員長さんは、キワドイ下着を愛用している…………」
二人の興奮を理解して、イチカも急にソワソワと落ち着きを失う。
「際どいって、あの委員長さんがですか!?」
希更が顔面を硬直させて頷く。
「そう……。絶対にそんな事はないと、誰もが思っているのだけれど、水面下で実しやかに囁かれてる、忍術学園七不思議の一つ。そして私の見立てでは、和服に下着の線は禁物とでも思ってるのかしら。下は恐らくヌーブラ、もしくはマッパよ!!」
「マッパって、もしかして真っ裸のことですか!? 迂闊にも程がありますよ!」
まったく同意見のこのえが、残念そうに目を瞑り、やがて、慙愧に堪えない表情で拳を固める。
「なんという由々しき事態。一年臨組の委員長たる者が、みずから率先して風紀を乱すとは……。二人とも、ただちに現場へ踏み込みます!」
「ハイ!」 & 「承知!」
名前の割には、爆発物は売ってません。
ガマの油もありませんが、はぐれ魔獣の動物脂なら、武器工房・八幡バサラの向かいにある御神楽酒蔵で練丹薬として売っています。




