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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
1章 忍びの里の忍ヶ丘
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立ち読み天国・読眼流

 ややあって、三人は大通りを直進し、雑居ビルが立ち並ぶ路地の一角で停止する。


「藤森さん。ここが普段、私達が教材(きょうざい)探しに利用している、立ち読み天国『読眼流(どくがんりゅう)』です」


 振り返った希(き)更(さら)の肩越しに、白い外壁(がいへき)と大きな窓ガラスの書店が目に映る。


「否(いや)、希更ちゃん……。立ち読みなんて、お店の人に迷惑ですから」


 若干、引(ひ)き攣(つ)った笑みでイチカが注意すると、彼女の左前方に立つこのえは、

両手を肩の横に挙げた降参のポーズで弁解する。


「ところが、この店の主人自(みずか)らが、立ち読み自由を公言しておりますの」


「勤労意欲の欠片(かけら)もありませんね……。一体どんな人なんですか、その人は」


 イチカが素(そ)っ気(け)なく尋ねると、希更は張りつめた空気のまま、自動ドアの前へと歩む。


「そこはもう、百聞は一見に如(し)かずです。それより藤森さん、入り口(ここ)から先はすでに戦場よ。絶対に気を抜かないようにして下さい」


 そんな大(おお)袈(げ)裟(さ)な……、と思いながらも、イチカは二人の剣幕に圧倒されて、無言で後ろに付き従う。

 夏も近付き、直射日光が不快に感じる今の季節、程よく空調の効(き)いた店内の涼気(りょうき)が肌に心地良い。

 加えて、書店にあるべき静謐(せいひつ)さが、来店者の心を落ち着かせる。

 名前の割には流行(はや)ってないのだろうか。

 店内に、客の姿は見当たらなかった。

 入り口からすぐ右のカウンターでは、一人の女性が物(もの)憂(う)げに頬杖を突いている。

 肩・脇(わき)・背中の三ヶ所が大胆にカットされた、肌色面積がやたらと多い黒のレザースーツ。

 その片目は、『ZZZ』と着用者の怠け心を表す眼帯で覆(おお)われていた。

 つまりは、このキワドイ格好の店員こそ、件(くだん)の麗人、中(なか)野(の)瞳(ひとみ)である。

 中野は三人の姿を見付けると、跳ね気味のミドルヘアーを野性的に揺らして応対する。


「獅(し)堂(どう)家の御令嬢に、もう一人の御嬢さんも一緒とは……。今日は豪華な組み合わせだねぇ」


 色っぽい声と大雑(おおざっ)把(ぱ)な口調。

 ここが忍ヶ丘でなければ、とっくに露出狂か、コスプレイヤーに認定されている。

 イチカは、彼女の意味深長な言(こと)葉(ば)の響(ひび)きを気に掛けて、反射的に疑問を抱いた。


「豪華な組み合わせ? 希更ちゃんと獅堂さんの家(うち)って、なにか関係があるんですか?」


 希更たちの背後から不思議そうに尋ねると、中(なか)野(の)瞳(ひとみ)は、物珍しげな表情で頬杖を解(と)いた。


「そういうアンタは見掛けない顔だねぇ。どっから来たんだい?」


 イチカは、小さく横にずれて視線を保つと、改まった空気でペコリとお辞儀した。


「初めまして。私(わたし)、今朝、この街に来たばかりの藤森イチカと言います」


「あいよ、中(なか)野(の)瞳(ひとみ)だ。しっかしその反応……。まさか貴方(アンタ)たち、今まで一緒だったのに、自己紹介もしてなかったのかい? そっちのお嬢さん――水(みず)野(の)希(き)更(さら)は、バブル崩壊後に急成長した、水野グループ総帥の一人娘……。そんでもって、もう一人のお嬢ちゃんが、この忍ヶ丘じゃ知らぬ者は居ない『封印(ふういん)氏(し)族(ぞく)』の末裔にして、忍ヶ丘の治安を司(つかさど)る『守(まも)り(り)部(べ)』の御令嬢ってヤツさ」


 封印氏族とは、幕末期、この忍ヶ丘が敵の忍者集団・天海衆(てんかいしゅう)に攻撃された際、敵の侵攻を食い止め、相手方(あいてがた)の将を封印した一族のことを指す。

 裕福ながらも尊大な所がない二人に、イチカは、熱を孕(はら)んだ吐息を漏らした。


「ふへえぇぇぇ……。獅堂さんも希更ちゃんも、お金持ちの家柄だったんですねぇ」


 このえは、イチカの感嘆に肩を窄(すぼ)めて、照れ臭そうに身を捩(よじ)る。


「別に、私自身が凄いわけではありませんし……。だいいち、封印氏族は私だけでなく、そちらに居る店長さんも同じですわ」


 引き合いに出された中野は動(どう)じた風もなく、片手をヒラヒラとさせる。


「ウチ? ウチはもう、アタシで代(だい)納(おさ)めだよ。獅堂家(おたく)の所みたいに、抜け忍や罪忍(ざいにん)(犯罪忍者)対策とか、里の運営には関わっちゃいないからね」


 中野はそう言うと、過ぎし日を懐(なつ)かしむような眼差しを、ガラス窓の向こう側に浮かべた。

 やがて彼女は、ホロ苦い過去を振り払うと、左手を支えにして、カウンターを

颯爽と飛び越える。


「よっし! 大体の事情は飲み込めたよ。つまりはソッチのお嬢ちゃんに、ウチの店を案内しようって考えだね」


 着地と同時にイチカの肩に手を置き、身体の向きを反転させて耳元で囁(ささや)く。


「君(きみ)、なんでいきなり、ウチみたいな本屋に連れてかれたか、不思議に思ってるだろう?」


 自分の背中に、相手の胸がピタリと当たっている!!

 意識しすぎのせいなのか、押し付けられてる膨らみが、ゴム鞠(まり)みたいに弾んで

広がる光景を想像してしまった。

 耳裏の声も、まるで愛の告白みたいな艶(つや)を帯びている気がする。

 イチカは胸の高鳴りを必死に押さえて、店内の把握に努めた。


「えっと……。このお店が、普通の本屋さんじゃないって事は知ってるんですけど、その理由はサッパリ……」


 キョロキョロと困惑する様子を見て、中野は直ちに、イチカの実力を理解した。


「なるほどね、忍術(にんじゅつ)無能力者か……。まっ、転入生ならムリもないわな。よぅし、ちょっとジッとしてな。今から、ウチの主なルールを2つ、教えてやっから」


 背後に立つ中野が、イチカの顳顬(こめかみ)を両側から親指で突き、体内の氣(き)を伝導させる。


「ほらよっ、これで見えるだろう!」


 側頭部から視神経を流れる氣術(きじゅつ)が、イチカの認識能力を一時的に増大させる。

 イチカは驚愕の光景を目の当たりにして、無言で両目を見開いた。

(うわっ、人が一杯いる!!)

 無人と思っていた店内には、それまで視(し)認(にん)不可能だった多くの客が潜(ひそ)んでいた。

 壁際(かべぎわ)の本棚や通路上の陳列棚の前に立ち、皆(みな)、一心不乱に立ち読みを続けている。


「メインルール其(そ)の壱(いち)、『立ち読みは、一定スキルの隠行(おんぎょう)で』! そこに居れども姿は見えず。人間の注意力の隙を突き、視界の中に入っても認識の外へと外れることで、存在しないものだと錯覚させるんだ。まっ、私にとっちゃ、全員バレバレなんだけどね♪」


 立ち読み天国の本質を理解して、イチカが小さく納得する。


「なるほど、隠れながらの立ち読みですか……。確かにこれなら、生活しながら

忍術修業が出来ますね。それで店長さん、もう1つのルールってなんですか?」


「ああ、そいつは簡単さ。『ビニール剥(は)がしや紐外(ひもはず)しはご自由に』、だよ」


「えっ? それってむしろ、絶対にやっちゃいけない事ですよね? どうして……」


 イチカの言葉を遮(さえぎ)って、異変を察知したこのえが警告を発する。


「三人とも、あそこを御覧になって!」


 店内奥から数(すう)メートル手前、陳列棚の前で、不審な動きをする少女を見付けた。

 中(なか)野(の)瞳は、その光景を苦笑で眺め、漠然とした表現で未来を示唆(しさ)する。


「上級生の中忍が、この娘(こ)たち下忍に見えてるって事は、隠行レベルが1段落(お)ちてるな……。とすると、あの子、や(・)っ(・)ち(・)ま(・)う(・)だろうねぇ」


「えっ? やっちまうって、なにをですか?」


 イチカの問いには誰も答えず、希(き)更(さら)が切迫した声で行動を促す。


「獅堂さん、はやく退避を!」


「分かっています! 巻き添えなんて御免ですもの!!」


 二人は一目散(いちもくさん)に入り口へと駆け出し、イチカを置いて遁走(とんそう)した。

 いっぽう、置(お)いてきぼりを喰(く)らったイチカは、頭上にハテナマークを浮かべつつ、背後に立つ中野を不安そうに見上げる。


「あの、店長さん。これって一体(いったい)……」


「まぁ見てなって……。第二のルールが、条件付きだってことをね」


 中(なか)野(の)瞳は、背中の隠れ蓑で周囲を覆(おお)い、覗き用のわずかな隙間から、期待の笑みで店内を窺(うかが)う。

 店の奥、集中力の欠如で隠行の解(と)けた少女が、今後の展開に即(そく)した悔(かい)句(く)を漏らす。


「あっ、しまっ……!」


 瞬間、激しい閃光が少女の悲(ひ)哀(あい)を塗り潰した!

 彼女が手にした雑誌を爆心地に、黒煙(こくえん)と衝撃波が店内に炸裂し、各地で誘爆が

始まった。

 当然、傍(はた)で立ち読みしていた客たちも、余すことなく巻き添えである。

 それでも彼等の口から、『うわぁ~!!』だとか、『何故(なぜ)じゃ~!!』と、ヤラレ役にピッタリの台詞(セリフ)が出るあたり、ニクイ演出というか、ハッキリ言って慣れている。

 対して初心者のイチカはと言うと、隠れ蓑で飛散物は防げたものの、『ゴオオ……!!』とすさまじい烈風が顔(かお)の脇(わき)をかすめて激しく錯乱する。


「何(なん)ですか×2、いったい何(なん)なんですか、此処(ここ)は!!」


「本(ほん)屋(や)(キッパリ)」


「そんなの知りたくなかったけど、分かってます! 問題は、なんで本屋さんが

爆発したのかって言いたいんですよっ!!」


 すると中野は、隠れ蓑をバサッと格好(カッコ)よく放り捨てると、腕を組んだ英雄然(えいゆうぜん)としたポーズで断言する。


「これが、第2のルールとセットの条件、『罠(ワナ)の解除は正確に』だ! 書籍を覆(おお)うビニールや紐(ひも)は、本体に仕込まれたトラップと連動している。迂(う)闊(かつ)に開けると、その場で『ドカン!』だ!!」


「好いから早く、皆さんを救助して下(くだ)さ~~~~~~い!!」

客のリアクションが良いのは、むしろノリノリだからです。

モブキャラの台詞に人間臭さを求めるのは、私だけでしょうか?

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