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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
1章 忍びの里の忍ヶ丘
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女帝(エンプレス)

 午後二時、校舎北にある線路沿いの正門。

 裏門(うらもん)同様に仕掛けられた(なる)()を、イチカと希更が()けて通る。

 二人が職員寮の前に差し掛かった辺りで、希更の隣りで自転車を引くイチカが、保健室での早技に感心した。


「あぁ~、さっきはビックリした……。忍者って漫画マンガみたいに、『シュバ!』って姿を消せるんですね。わたし、初めて体験しました」


 根は穏やかなのか、裏門うらもん襲撃犯の一人・(みず)()()(さら)は、口元を上品に(そで)で隠して、イチカの発見を優雅に微笑む。


「ふふっ……。あれは素早さよりも、相手の認識から外れる隠行術(おんぎょうじゅつ)の効果が大きいわ」


 気配を絶ち、何者にも悟られず任務をこなす忍びの(たい)()――隠行術おんぎょうじゅつ

 忍者()きのイチカが憧れる技の一つである。

 自然とイチカの反応も、太陽のように(きら)めいたものとなる。


「ソレ、知ってます。隠れて敵をやり過ごしたり、暗殺の時にいき(ひそ)めるアレですね♪」


 素直に驚くイチカの反応が、少し照れくさい。

 希更は(おも)()ゆい笑みを抑えきれず、顔の前で、両手の指をんだりはなしたりと

感情を持て余す。


()で追えずに情報量が不足することから、残像と似たような効果が得られるの。私のほかにも、金岡さんや委員長の坂本さん。あと、焰薙(ほむらぎ)さんと柳沼(やぎぬま)さんも使えるかしら?」


「それって、裏門でいきなり私を襲った5人ですよね?」


「ええ……。私たち5人は、忍術伝法の儀を受ける前から、一部の陽忍術を使えるせいで、臨組(りんぐみ)筆頭の5人に選ばれてるの」


 話が終わる頃、二人は職員寮を通り越して、左前方に駄菓子屋が見えてきた。

 目に映る景色は現実味があるのに、そこへスルリと入り込む、陽忍術という非常識な因子。

 自分の人生は()()()()忍者に翻弄されてるな……と思い、イチカは長い溜め息をつく。


「なんか、時がつに連れて色んな人や技と()(くわ)して、本当に忍びの里に来たんだなぁ……って実感が湧いてきました。希更ちゃん達には、これが普通の世界なんですよね」


 驚きと呆れに感覚が麻痺したイチカは、無自覚のうちに、相手の呼び名を『ちゃん付け』で落ち着けてしまう。

 希更はそれを不思議に思わず、イチカの呟きに自身の事情を繋げた。


「確かに今では当たり前だけど、私にだって、藤森さんの感覚は分かるわ。だって私は元々、この忍ヶ丘の出身ではないんだもの」


「えっ? それじゃあ希更ちゃんも、『手裏剣テキトー決め』の犠牲者なんですか」


 イチカの口を突いて出た珍妙な単語に、希更は再び、面白そうに口元を隠す。


運命選定法(うんめいせんていほう)のことね? 私の場合は藤森さんと違って、中学生の頃、現地の申し込みで忍術訓練校にんじゅつくんれんこうに志願したんです」


 希更は進行方向を遠い目で見つめ、しばし過去を振り返る。


「私は、小さい頃から呼吸器(こきゅうき)系が弱くて、両親と一緒に、空気が綺麗なこの街に引っ越して来たの。車や工場の排ガスは勿論、(ほこり)やゴミを吸い込むのを恐れて、来る日も来る日も、私は()(しろ)な部屋に隔離されてたわ……」


 微かないんのあと、希更の横顔にほのかな熱が生まれる。

 彼女の横顔の10メートル先、白く塗られた木柵もくさくの向こうで、6両編成の電車がガタゴトと通り過ぎた。


「そんなある日、私が暇を潰すために偶然(ぐうぜん)手に取ったのが、さっきの雑誌、月刊・雪風(せっぷう)()(でん)だったの。険しい山岳や(あい)()を物ともしない自由の化身。私には、忍者はそんな風に映ったわ。それから私は、何度も()(とう)(さま)にお願いして、一般社会の中学校に当たる、忍術訓練校に通わせてもらえるようになったの」


 ひとたび入学したら、退学は認められないのだ。

 イチカのような特例を除き、(みな)、なにかしら深い事情を抱えているに違いない。

 そう考えると、イチカは自分が場違いな存在だと、改めて自覚させられる。


「そういう事だったんですかぁ……。でも、忍びに(あこが)れて()()()()になった希更ちゃんと、憧れはあっても、忍術修業には消極的なわたし。なんだか、()()()()な組み合わせですね」


「うふふふふ……。藤森さんも初めは不慣れなだけで、すぐに頑張ろうって気持ちになるわ」


 屈託(くったく)もなくそう言われて、イチカは重たく口を閉ざす。

 なにせ相手は、幼い頃の夢を叶えているのだ。

 教頭との密約を知れば、自分の人生を否定されたようで、深く傷付くに違いない。

 いつしか二人は線路沿いの道を離れ、駅を背にして左に曲がった、最初の交差点に来ていた。

 悶々とするイチカの隣りで、希更が()()の悪い声で歩みを止める。


「あれは、副委員長の()(どう)さん!」


 自責の念からわれに返り、左前方、銀行前を歩くクラスメイトを注視する。

 イチカは相手を目にした刹那、ただ一言、『女帝(エンプレス)……』と(のう)()に閃いた。

 絹のように(なめ)らかな肌と涼しげな眼差し。

 そして、形の整った薄い唇。

 毛先のカールした金髪が、赤いリボンで(ゆる)やかに束ねられ、襟元(えりもと)で結ばれた天鵞絨(ビロード)仕立ての紅色クリムゾンスカーフが、風に揺れて凛々しく燃えていた。

 あたかもアイドル衣装に見えるその服装は、イチカと同じ、黒の忍者服を大幅(おおはば)改造したものだ。

 金色の輝きを抑えた(おう)()(いろ)のラインが、忍者服の縫い目を走り、太腿・腰・()(うで)上部の背中寄りには、小型の忍具ポーチを添えて、実用性を兼ねた装飾を施している。

 腰から下は、上着のコーディネートに合わせた、黒のミニスカートとニーソックス。(いくさ)の際には軽金属の(すね)()てと、耐刃カーボンをうらに当てたバトルスカートへと換装される。

 このえは銀行前の段差を下りると、二人の姿を見付けて、意外そうに声を掛けた。


「あら、水野さん……と、貴方(あなた)もウチの生徒かしら。こんな所で、何をしてるのかしら?」


 丁寧な口調の中にもあたたかい人間味を感じて、初対面のイチカが躊躇(ちゅうちょ)なく声を掛ける。


「初めまして……。私、今朝(けさ)、忍術学園に転校して来たばかりの、藤森イチカって言います」


 ()(どう)このえは間を空けず、如才(じょさい)なく笑みを返す。


「では、貴方(あなた)がウチのクラスに転入するという、噂の転校生なのね。初めまして、私は一年臨組(りんぐみ)の副委員長を務める、()(どう)このえと言います。以後、お見知り置きを」


 このえは優雅に一礼すると、疑惑の視線をイチカの隣りへと移した。


「それにしても、今朝(けさ)、転校して来たばかりの人と一緒だなんて、単独行動の多い水野さんにしては、少し意外ですわね」


 クラスメイトの習慣を思い返す口調からは、猜疑心が()()()()と感じられる。

 このまま色々と詮索されると、忍術書を巡るライバルが増えそうで都合が悪い。

 (にわ)かに不安を募らせた希更は、イチカとの捏造(ねつぞう)関係を強調する。


「意外だなんて、何を根拠に! 私と藤森さんは立派な友達。忍ヶ丘を案内する

代わりに、本のりをしようと誓った仲です。不審な所なんて何処にもありません!」


 不審な所はなにもないが、力説するほど立派な理由もまったくない。

 希更の()()()()()強い調子に、このえの美貌が脱力に崩れた。


「つまり、物にられて……という訳ですか。道理で外出(ぎら)いの水野さんにしては、殊勝な心掛けだと思いました。でしたら私も、ちょうど時間が空いたことですし、その案内に同行しても(よろ)しいかしら?」


 妨害工作が空振りに終わって、希更がビクッと身構える。


「まさか、実は私とおんなじで、藤森さんにアレコレ要求しようとか……」


貴方(あなた)のさもしい企みなんかと一緒にしないで下さい! 私は、同じクラスの副委員長としてちからになろうとしているだけで、見返りなど求めていません!」


 清々(すがすが)しく言い切った態度から、彼女の清廉潔白せいれんけっぱくさが(うかが)える。

 イチカは、自称・友達のさらにすら見せた事のない、最上級の笑みをこのえに捧げる。


「親切な人がいて良かったぁ♪ 私、これから行く先々(さきざき)で、色んな人に(たか)られるんじゃないかって、少し不安だったんです」


 (なに)()に辛口なイチカの一言に、隣りに並ぶ希更が、『心配されてる!?』と激しいショックを受ける。

(アレ? 希更ちゃん、きゅうに落ち込んじゃったけど、どうしたんだろう……)

 イチカは一瞬、不思議そうな顔をしてから、忍者に関する不確かな情報を入力(インプット)する。

(う~ん……。ひょっとしたら忍者という職業は、事前の備えに(きび)しいあまり、少し『(うつ)』気味なのかも知れませんね)

 良いことに気付いた! とイチカは一人ひとり間違った感触を確かめて、このえと希更の先導に従い、キコキコと自転車を押して後ろに続いた……。

最近になって気付いたのですが、一般的には『錬』丹術が正しい記述のようですね。

ただ、本作では差別化を図るため、『練』丹術で通したいと思います。

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