表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/1360

第1話 5

5

 本能寺先輩による午後の安全教育の講義が始まった。

 「センパーイ、あと十分休憩しましょうよー。食堂までの移動で往復十分以上使っちゃったし、歩きすぎて疲れました-」

 「ほう。おまえはマラソンで何キロ走っていたんだ?」

 「42.195キロですけど」

 「よし、始めるぞ」

なんだろう、このあしらわれ感は。


 「隣の会議室に移動するから、メモを持ってついてこい」

 会議室なんてあったんだ。この事務所広くて、環境安全課以外誰もいないから、ここでもいいじゃん。

 

 あたしは雪ちゃんを肩にのせて先輩について行った。

その会議室はブラインドが降りていて真っ暗だった。

 「せ、先輩。ここでわたしになにを?だ、ダメですよ!お姉ちゃんに言いつけますよ!」

 「プロジェクターで資料を映しながら教育するのになんでレイカの許可がいるんだ?」

 え、そーなんだ。あたしはてっきり・・・。


 「安全の話をする前に、最初にここの工場の概要と製造している品目の説明をする。マキちゃんは絶対にこの会社の製品を事前に調べていないだろうからな」

 失礼ですね!あたしだって知ってますよ!MoNStErとか、MoNStErとか、MoNStErとか。


 「最初にこの工場の生い立ちを説明する。工場が建設されたのは昭和42年、西暦でいうと1967年に衣ケミカルの塗料事業部の工場として完成した。今から76年も前だ。今でも当時の建物はいくつか残っている。その頃の塗料製品は自動車用、カラー鋼板用、大型、小型船舶用、電車用、家庭用、建築用、汎用、重防食用と多岐にわたっていた」

 「先輩、先輩。何も見ないで話していますが全部覚えてるんですか?それともあたしをだましてるんですか?」

 「マキちゃんをだましてオレに何の得があるんだ?」

 いや、会社の品目を知ったがために、あたしをだまして外国に売っぱらうとか?


 「そして1991年のバブル崩壊により採算が悪くなり、事業整理を行った。バブルって知ってるか?」

 「知ってますよ。女の人がお立ち台で『おったまげー』とか『しもしも』とか言って踊ってるヤツですよね?あたしだって歴史の授業で習いましたよ」

 「あー、うん。まあそんな感じだ。その後は重防食用、船舶用、あと少しだけ自動車用塗料を生産して今に至る」

 「よくわかりました。MoNStErはいつから製造してるんですか?」

 「第一世代は5年前から。マキちゃんも知ってる第二世代は今年の6月から製造を始める予定だ」


 「それで、ここで製造している製品と環境安全課とどういった繋がりがあるんです?」

 「お、いい質問だ。まず塗料だが、現在は大部分が水系塗料となっていて、溶剤としては水が使われている。しかし一部の塗料や塗料の原料である樹脂を合成するときには有機溶剤が必要だ。有機溶剤って知ってるか?」

 「えーと、シンナーですよね?プラモデルの接着剤の臭いのする・・・」

 「その通り。あれも溶剤の一種が使われている。なぜ有機溶剤が使われるというと、樹脂の原料は溶解力がある程度強い有機溶剤でないと均一に溶けないからだ。なぜ均一に溶かす必要があるか?樹脂の原料はどのようなモノがあるか?どういった溶剤の種類がいいか?それを説明するには、まず、樹脂の合成というのは・・・」

 「ス、ストップ!先輩、話が脱線してませんか?どうどう!安全の話をしてるんですよね?はい、どうぞ!」

この人どれだけ化学の話したいのよ?この調子だと今日は徹夜になっちゃうよ。先輩はすごく残念そうな顔をしていたが、再び話し始めた。

 「えーと、有機溶剤は灯油のように燃えるんだ。以上」

 話の腰を折られてやる気を失ったのか、すごく適当になっちゃった。あたしはこの方がいいけどね。


 それよりも今、灯油っていった?

 あたしの灰色の脳細胞が急に覚醒した。

 灯油っていえば北国 (だけじゃないけど)の家庭の冬の必需品!あたしのソウルには灯油の臭いが染みついている。灯油ファンヒーターに反射式石油ストーブ。あたしは特に反射式石油ストーブの上で焼くお餅が大好きだ。砂糖醤油で食べる焼き餅は最高!ああーお餅が食べたい、お餅が食べたい、お餅が・・・・。


 「マキちゃん、大丈夫?」あたしの肩の上で雪ちゃんが呼んでいる。

 はっ、知らないうちにトリップしていた!

 あたしがお餅を追い求めている間にも話は進んでいた。

 「・・・というわけで、有機溶剤は燃えやすいので、安全に取り扱えるように対策が必要なんだ。それを確実に推進させるのも環境安全課の仕事だ」

 あれ?全然進んでないんですけど?もしかしてまた脱線してて、ようやく復旧しました?

 「はい!よくわかりました!さすが先輩ですね!わたし感動しました!」

 もうすでに頭が疲れたので、わかったふりをする。

 「よし、マキちゃん。やるきのないアホの子かと思っていたが、さすがレイカの妹だな。筋がいいな」

それって、ほめてるの?けなしてるの?


 このあとも危険物や、発がん性物質のような有害物質とかの話が延々と続き、あたしとすぐに脱線する先輩との攻防があったが、ここらの話はまたいつか機会と元気があったらお話するかも。たぶんしないかも。

 その内で、特にあたしというか女性一般に関係ありそうだったのは生殖毒性せいしょくどくせいというもの。もしも女性が子供を授かったとき(妊娠中や授乳中)は、子供に悪い影響を及ぼすかもしれない物質を使っている女性は、その物質を使わない職場へ一時的でも異動する。というものだ。今は誰も該当する人はいないが、セクハラやマタハラじゃなくて、万が一のことを考えてのことだそうだ。あたしの人生設計は結婚したらすぐに寿退社する予定だけどね!


 あたしの頭から煙が出始めたころ。ようやく一日のお仕事終わりのチャイムが鳴った。

 その瞬間、事務所の電話が鳴り響いた。

 「鉄火さん、総務課の衣奈さんという方からお電話ですよ」柳沢課長があたしを呼んでくれた。助かったー。放っておくとまだ続きそうだったもん。

 「メルちゃん、助かったよー。あたしもうダメかも。もうこの会社で働く気力ないよ」

 「マキちゃん定時になりましたので一緒に帰りませんか?お着替えは今朝の女子ロッカーになりますので。新事務棟のロビーでお待ちしておりますわ」

 メルちゃんに軽く流されたけど、長かった一日がようやく終わりを告げる。


 「雪ちゃんはあたしが連れて帰ってもいいんですよね?」

 「レイカから言付けだが、雪ちゃんはとてもめずらしい第二世代MoNStErだから、工場の他の人にもあまり正体を知られたくないそうだ。それから電車や街中でもこの姿で動いているところを見られるとやっかいなので、移動するときはできるだけ鞄とかポケットの中にいること。もしくは人形のふりをすること。これを守れないようだったら、レイカの研究所に戻ってきてもらう、と言っていたぞ?」

 「わかりました。じゃあ雪ちゃんあたしの家へ帰ろっか!課長、先輩また明日。お疲れ様でしたー!」

 これ以上ここにいると帰られなくなりそうな気がしたので、そそくさと荷物をもって、旧事務棟から脱出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ