第3話 17
17
あたしの意識が戻ってきた。
えーと、ここは大間のあたしの家の近くの舗装道路の上だね。
あ、そうだった。あたし、小学校の遠足から帰る途中だったんだっけ。
今日は、海まで歩いて行って、防風林の中の砂の上にシートを敷いて、みんなでお弁当を食べたんだっけ。そんで、さっき学校に戻ってから解散になって、いま家に帰る途中だったんだ。
あたしの後ろを歩いているのは、近所の男の子で『げっくん』だ。
『げっくん』は男の子なのに女の子みたいに綺麗な顔してる。これは美少年だね。うん。将来が楽しみだ。
あたしといえば、・・・水たまりに映ってるあたしの顔は、ぼさぼさの散切り髪に、丸い顔。ホッペが真っ赤で、鼻から青っ鼻を垂らしている。前歯が一本欠けていて、まるで近所のガキ大将。これがあたし?なんかの間違いじゃなくて?
思い出した。あたしいつも『げっくん』を従えて近所を走り回っていたんだっけ。
それにしても、この小汚いのが今のような美少女になるなんて奇跡だね!あたしえらい!
そっか、これはあたしが小さい頃の夢なんだ。折角夢なら小さい頃も美少女にしてくんないかな?
あたしは木の枝で草むらを叩きながら歩いている。すると、草むらに緑色の蛇がいるのが見えた。
あたし、蛇恐くないよー。『げっくん』見てー。あたし強いから蛇なんて叩いてやっつけちゃうよー!ほれ!って言ってあたしは木の枝で蛇をつつきだした。
馬鹿だねー。どこの下北の猿だよ。北限の猿もびっくりの頭悪いことしてんな、あたし。
「マキちゃん、蛇かわいそうだよ。やめてあげてよ」『げっくん』があたしを止めようとする。
この子天使。この美少年を調教しておけば、今頃あたしは彼氏いない歴なんて無縁だったのに。あのとき『キープ』っていう言葉を知っていれば!あたしの馬鹿馬鹿!
『げっくん』恐いんだー、ひひひ!あたしは調子に乗って、もっと蛇をつっつく。さすがに蛇も怒ったようで。あたしの方へ向かってきた。
んで、予想通り蛇はあたしの右足にかみついた。そりゃそうだよね。蛇さんごめんね。あたし反省しなさい!小さいあたしは痛くて、びっくりして泣き出した!
っていうか、この子毒蛇だったんだね。足から痺れてきたみたいで、立っていられないよ。
これは非常にやばいです。
あたしは冷静に考えているが、体は次第に力が入らなくなってきた。
横では『げっくん』が一緒に泣いている。誰か大人の人通らないかなー。このままじゃやばいよー。
『げっくん』が泣きながら、あたしを家まで連れて行こうとおんぶしてきた。
でも『げっくん』はまだ力があまりないのか、なかなかあたしをおんぶして歩けない。
それでも『げっくん』は一生懸命にあたしをおんぶして一歩一歩づつ歩いて行く。
『げっくん』頑張れ。『げっくん』ごめんね。
だんだんあたしの意識が薄れていく。あたしもうダメかも。
次にあたしが意識を取り戻した時に見たのは、白い天井。家よりも高い天井。消毒液の臭いがする。ここは学校の近くの診療所かな?
お母さんとまだ中学生のお姉ちゃんの顔が見えた。お母さん泣いてる。お姉ちゃん怒ってる。あたしなんで病院にいるんだっけ?
あ、そうだ、蛇に咬まれたんだっけ。それで『げっくん』におんぶされて、それから、んー、よくわかんないや。
お母さんが泣きながら、あたしが何日も寝たままだったこと、『げっくん』が家まで連れてきてくれたこと、お姉ちゃんが救急車を呼んで、救急車がくるまでの間応急処置をしてくれたことを教えてくれた。
小さい頃のあたし本当に馬鹿だなぁ。みんなに迷惑掛けて。みんな本当にありがとう。ごめんなさい。
幼いあたしもごめんなさい、ごめんなさいって、言いながら泣いていた。
そういえば、『げっくん』は?謝りたいんだけど?ありがとうって言いたいんだけど?
お母さんは、『げっくん』はお家の事情で昨日引っ越したこと。引っ越しは前から決まっていたけど、あたしに言えなくてごめんと伝えて欲しいと言ってたことも教えてくれた。
そんな。もう二度と会えないの?『げっくん』に。
『げっくん』はいつもあたしにつきあって遊んでくれた。いつも優しく、あたしが無茶すると止めてくれた。あたしが転んで怪我をしたときも家まで送ってくれた。時々お菓子くれた。野生の猿のようなあたしを見捨てずに一緒にいてくれた。あたしはそれが当たり前でこれからもずっと一緒だと思って甘えていた。
『げっくん』に会いたい。『げっくん』と一緒にいたい。
いつの間にか幼いあたしは号泣していた。幼いあたしはこんなにも悲しくて大泣きしたのはこれが初めてだったかも知れない。
『げっくん』にちゃんとお礼と、「さよなら」を言いたかった。
『げっくん』が好きだった。
ここで再びあたしの意識が落ちた。
真っ暗な闇の中で「今の」あたしの意識が浮かんでいる感覚。
何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。
ああ、さっき白蛇に飲まれたんだっけ。
あたし死んじゃったのかな。これが死ぬってことなのかな。今回もまたみんなに迷惑かけて、勝手に突っ走って。小さい頃から全然成長してないな。
雪ちゃんも結局助けられなかったな。
お姉ちゃんにえらそうなこと言っても、なにも出来なかったな。
メルちゃん、乱ちゃん、層君にも悲しい思いさせちゃったかな。
そう言えば月平に何度か助けてもらったのに一度もお礼言えてなかったな。
月平にお礼言いたかったな。ありがとうって。
月平にも『げっくん』にも・・・。あれれ?なんか、なにかわかるような?なにかが繋がるような?んー。でももう遅いや。でも二人ともありがとう・・・・・・・・・・。
どれだけ経ったのだろうか、時間の感覚がなくなっていたので、よくわからないが、真っ暗闇の奥の方に光がちらりと見えたような気がした。
そして、光の方から誰かの手があたしの方へ伸びてきた。
あたしはなんだか懐かしいような気がして、その方へ手を伸ばした。
でもなかなか届かなくて、精一杯伸ばしてみた。
ようやくつかんだその手はとても暖かくて安心できて、あたしの目から涙がこぼれ落ちた。
そして自然と言葉が出た。「ありがとう」
再びあたしの意識は闇の中に消えていった。




