第3話 1
第三話 巻きとられちゃう!
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「さて、パートナーの特殊能力を発現させなければならないのだけど」層君が皆に話しかけてきた。もう、層君がリーダーでいいじゃない!層君だったら何でも言うこと聞いちゃうよ!
「ここにいるパートナーの種類は、カエル、カラス、蛇、カメレオン、ウサギ、ということで生活環境は様々だけど、おおよそ林が共通点と言えます。そこで、今から近くの林で能力を伸ばすヒントがないか、調べてみようと思います。いかがですか?」
「はい!大賛成です!みんなも賛成だよねっ!」林へ行こう。すぐ行こう。できれば層君と二人きりで。
昨日の大雨のせいで地面がまだぬかるんでいるが、林の中には遊歩道があって思ったより歩きやすかった。杉木立の中は少し薄暗いがひんやりとした風が気持ちよかった。
雪ちゃんは寒いので、あたしのポケットの中で寝てて、ウサギのモナ香ちゃんはメルちゃんがだっこして、カラスの勘九郎は乱ちゃんの肩の上、ロゼッタさんとぴょん吉は地面の上を歩いていた。
他愛もない話をしながら歩いていると、ふと層君の足が止まった。
「少し先に行っててくれないかな?直ぐ追いつくから」「なんや、うんこか?」「姉さん、そういうことは・・・」
段々わかってきた。乱ちゃんはお下品なことを人前で平気で言える人なんだ。あたしは層君の前ではいつまでも清純な乙女と思われていたい。えへへ。
層君は急いで遊歩道から左の方の林のなかに入り込んでいった。よほど緊急事態だっんだね。うん、知らなかったことにしておこう、と心に決めた。
もうしばらく歩いていると、遊歩道が二つに分岐していた。突然メルちゃんが頬を赤く染めてもじもじしながら、月平の方を指さして言った。
「あのー、わたくし南部様に大事なお話があるので、少し分かれて歩きたいのですが」
あっ、これはもしかして、もしかしての展開ですかー?全然気がつかなかったよ!メルちゃん、月平を。へー、人は見かけによらないモノだね。ひゅーひゅー。
「ええんやないか?ウチとマキちゃんは左の方へいくさかい。まあせいぜいきばりな」
乱ちゃんはもっとからかったりするかと思ったが、意外とあっさり合意した。
そういえば月平に昨日、雨の中を助けてもらったことのお礼を言ってなかったな。二人っきりだったら言えるかな?なんか、メルちゃん羨ましいな。ちょっと寂しいかな。ううん、熊男だからどうでもいいけど・・・。
「なあマキちゃん。ウチら林の中をぶらぶら歩いているけど、目的なんやったかいな?」
「えーと、林に来て個別能力を訓練させる。だったよね?」
「どないすれば、訓練になるんやろな?」
「さあ?」
その時、遊歩道から見て左側の林の奥から、がさがさと草をかき分ける音がしてきた。
「もしかして熊?」あたしの実家の近くの山には熊が出る。秋になると時々里に下りてきて作物の被害が出ることもあった。しかも熊は猛獣なので、下手をすると大怪我を負ってしまう。あたしは蛇は恐くないが、熊は恐い。マジでやばいのだ。あたしはちょっとしたパニックにおちいった。
「乱ちゃん、逃げよう?気づかれないように急いで逃げよう!メルちゃん達大丈夫かな?」あたしは涙目で乱ちゃんの袖をつかんで元来た道の方へ引っ張った。
「しーっ。マキちゃん、待ちいな。あれは・・・、人やで」
乱ちゃんは音のした方をにらみながら、小声であたしの手を押さえた。
草むらに隠れるように、あたしたちはしゃがみ込んで、音のした方を草の影から覗き込んだ。
黒いセーターの若い男の人が、ぐったりした猫を小脇にかかえ、草むらをかき分けて歩いていた。
「乱ちゃん、あれ・・・」
「うん。なんか怪しいな。新入社員にあの男はおらんかった筈や。ったく、突破されおって」
「もしかしてあの猫は「MoNStEr」かな?誘拐してるとか?」
「その恐れはあるな」
乱ちゃんはいつもの芸人一筋の感じとは違って落ち着いた雰囲気を醸していた。それにしても新入社員の顔、全員憶えているんだー。すごいね。
「ちょい。勘九郎。あんた目立たないようにあいつの後ろをつけて、なんかあったら直ぐにウチらに報告しぃ。くれぐれも気づかれんようにな」
「姐さん、了解しやした!」
カラスの勘九郎は乱ちゃんの肩から音もなく飛び上がって、杉の木の上の方の枝に留まった。あれ?勘九郎飛べるんだ!そりゃそうだよね。鳥だもんね。
あの男が本当に誘拐犯なら、「MoNStEr」を奪われた人がどこかにいる筈だ。あたしとメルちゃんは男に見つからないようにかがみながら、男が歩いて来た方へゆっくりと歩いて行った。
で、一分も歩かないうちに直ぐにいた!長い金髪の小柄な男が仰向けに地面に倒れていた。ラメ入りの黄色いジャケットを着てて、口元が軽薄そうに笑っているように見える。
「しっかりして!大丈夫?」あたしとメルちゃんはしゃがみ込んで男を抱き起こした。
「ウチこの人知ってるで。入社式におった尼崎工場配属の自称アイドルや。名前はたしか、えーと、なんやったっけな?」
男は気がついたようで、のろのろと起き出した。
「うー・・・。僕はーあ、ジンニーズ事務所のーアイドルのー、竜田揚紅茶でえーすっ。美しーいお嬢さんー♪」
なんか急に調子っぱずれで歌い始めた。メルちゃんはびっくりして、抱えていた男を落としてしまい、男は後頭部から地面に落ちてしまった。
「どう見ても売れない芸人やんか!いや、な、なに歌っとんねん!気色悪いわ!」
「ひーどいなー。でーもそーんなあなたもー素敵でーすーよー!ららららんどどんー♪」
・・・この人あたしも無理。でも層君に歌われたらついて行っちゃう!
「そうじゃなくて、あなた被害者じゃないの?本当に大丈夫?頭」
再び起き出して、今度は踊り出した。
「気がついたらー、こーこに倒れていーてー・・・。あれー、マイスイートハニーエンジェルー、僕のネーコちゃんはどこにー♪」
えーと、被害者っぽくないので、放って置いて帰ろうか?
あたしが後ろを向くと、急に竜田揚君が後ろからわたしに抱きついてきた!
「ジャージガール!あーなたーのポケットのー、かわいい子をー、みーせーてー下さいねー!」
この変な人が後ろからあたしのポケットに手を入れてきて、雪ちゃんをつかもうとして来た!
「やーっ!やめてよー!なにすんのよ!ヘンタイ!」
あたしが雪ちゃんを守ろうとしゃがみ込んだその時、どがっ!と音がして、ヘンタイ竜田揚君が横に吹っ飛んだ!
無言でヘンタイを殴ったのは月平だった。あたしを助けに来てくれたらしい。ヘンタイはさっきと同じ所に同じ体勢で倒れていた。
「このヘンタイはおそらく奴らの協力者やな。ということはさっきのは囮か?ウチらの行動が監視されておったのか?狙いはもしかして雪ちゃんか?」
奴らってなんなのー?それよりもヘンタイに抱きつかれたー。もうお嫁に行けないよー。しくしく。
「鉄火、無事でよかった。調子っぱずれの変な歌声が聞こえたから、おまえが歌っているのかと思って、近寄ってきて正解だった」
助けてくれてありがとうと言いかけたが、微妙に言いにくくなった。
乱ちゃんはなぜか頭痛を我慢しているようだった。




