第2話 7
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「マキさん、雪ちゃんが外に出てしまいました!」層君が教えてくれた。
逃げてしまった雪ちゃんを探して外に出たとき、あまりにすごい雨のせいで一寸先も見えない状態だった。
仕方なくあたしとチームの人達は傘を取りに一旦各自の部屋に戻って行った。
この雨の中で雪ちゃんは寒い思いをしているかと思うといてもたってもいられず、廊下を全力疾走していた。
おかげで再びエントランスに戻って来たのはあたしが一番で、つづいて層君、月平と続いた。
まだ雨は強く降り続いている。あたしたちは傘をさしてエントランス横の植え込みを覗いてみた。
そこにはずぶ濡れの雪ちゃんが寒そうに震えているのが草の間にちらりと見えた。
あたし達は驚かさないようにそっと雪ちゃんに近づいていった。ところが、傘に当たる強い雨の音が思った以上に大きく、雪ちゃんに気がつかれてしまった。
その次の瞬間、雪ちゃんはエントランスとは反対側の林の方に逃げようとして、足を滑らせたのか排水溝に落ちてしまった!
そのまま流されていく雪ちゃん。
あたしは傘を捨てて排水溝に駆け寄ったが、排水溝の先は研修センターに接している林の方の用水路に繋がっていて、雪ちゃんは用水路まで流されて行ってしまったようだ。雨量が多く、排水溝の水の流れるスピードがものすごい。
あたしはずぶ濡れになるのも構わず、雪ちゃんを追いかけて用水路沿いを下流に向かって走っていった。
幅50cm程の用水路の脇は盛り上がった未舗装の土手になっていて、雨で泥だらけになっているため足を取られて走りにかった。
あたしがもともとマラソンをしていたせいか、一緒に走ってきていた層君や月平はあたしのスピードについてこられずに、とっくに置いてきてしまっていた。
意外と用水路は長く続いていて、しばらく雪ちゃんの姿を注意しながら走っていると、途中で雪ちゃんと思われる白いモノが用水路の脇の草に引っかかっているのを発見した。
あたしは滑りやすくなっている土手を飛び跳ねて、用水路へ降りてきた。雨で草むらが滑りやすくなっているせいで、あたしは用水路に落ちてしまい、膝まで水に漬かってしまった。
雪ちゃんと思われる白いモノは雪ちゃんが着ていた白衣を身にまとった白い蛇だった。
しかしあたしはそれが雪ちゃんと確信した。蛇なのに白衣の袖から手が出ていたから。そしてなにより蛇の顔に雪ちゃんの面影があったから。
雪ちゃんらしい白蛇を両手でそっと拾い上げると、体は冷たくて少し固く、全く動かない。
暖める必要があると思い優しくポケットに回収したころ、月平があたしにようやく追いついて、用水路まで降りてきてくれた。月平も用水路に入って膝まで水びだしだ。
そして、月平はなにも言わず、急にあたしをお姫様だっこで抱き上げると、また走ってきた方向へ逆戻りして走り出した。
「急になにすんのよ!」
あたしが暴れても、月平は無言でそのままどんどんと走り出す。
あたしはびっくりするやら、はずかしいやらでしばらく暴れていたが、がっちりとした体格の月平に抵抗を続けていても無駄だと悟り、おとなしく抱かれたままにすることにした。
月平はすぐに追いついてきた層君と合流し、研修センターへ急いで走っていった。
運ばれている最中も雨は強く降り続き、髪も服もびしょびしょだったが、雪ちゃんを見つけた安心感と月平の腕の中は暖かくて、あまり不快には感じなかった。
ふと、小さい頃に似たようなことがあったような気がしていた。
センター建屋の入り口では、傘を差したメルちゃんと乱ちゃんが心配そうに待っていてくれていた。
入り口で月平から降ろされたあたしを、準備していてくれたバスタオルでがしがしと、少し痛いくらいに拭いてくれた。
あたしはポケットの中の雪ちゃんが心配で、研修センターのエントランスから急いで会議室へ戻ろうと走り出したその時、丁度お姉ちゃんが通りかかった。
あの時偶然にもお姉ちゃんに会えてよかった。
お姉ちゃんは「MoNStEr」研究の権威で、しかも雪ちゃんたち第二世代の共同開発にも携わっていたので、非常に「MoNStEr」に詳しい。
雪ちゃんと思われる白蛇を人目見た途端に、「これはまずいわね。検査と応急処置が必要ね」と言いながら研修センターの一室にあたし達を連れてきてくれた。
そこは「MoNStEr」が怪我をしたり、病気(彼らは基本的には病気にならないが、万が一のため)になった場合の応急処置をするためのいろんな医療機器と思われる機械が並んでいる部屋で「検査室」と呼ばれていた。この会社は研修センターにもこんな設備を設定しているんだ。
「ここで見たことは誰にも内緒にしてちょうだいね」
少し厳しい口調で口止めされてから、あたしとメルちゃんと乱ちゃんは部屋へ入室を許された。
男の子達は門前払いされて、お風呂に入ってくるように言われていたが、処置が済むまで入り口のところで待っていると頑なに言っていた。
検査室の中央にある白いテーブルの上に寝かせられた白衣を着た白蛇は、お姉ちゃんの手でそっと濡れた白衣のボタンを外されて裸にされた。
白衣のなかからは、白いうろこを持った真っ白い蛇の体が出てきた。やはり蛇だが両手がついている。
お姉ちゃんは、てきぱきと非接触式の温度計を当てて体温を測り、蛇の口を開いたり、閉じているまぶたを指で開いて光を当てたり、レントゲンのような機械に当ててみたりとしながら検査をしているようだ。
その間中、あたし達三人は部屋の端の長椅子でじっと待っていた。
「検査がおわりました。マキちゃんここへ」
あたしは緊張しながら検査台へ近づいていった。
雪ちゃんと思われる白蛇は新しい乾いた白衣を着せられて、台の上に寝かせられたままだった。
「検査の結果、幸いにも体には異常はありません。この子の形が蛇へ変形しているのは、体温が下がりすぎて体の中の液体の粘度が高くなったため、人間の形を維持出来なくなったことが原因と思われます」
よくわからないが、わかったふりをして頷いておいた。
「意識が戻って、ゆっくりと体温を上げてあげれば、体は元のレベルには戻ると思います。
ただし、何回かこのようなことが起こると、この子の体は壊れて二度と戻らなくなってしまうでしょう」
そしてお姉ちゃんはあたしの目をじっと見つめながら、ゆっくりと言った。
「この子は一週間前になにかを知ってしまって、そこから様子がおかしくなったの。今日逃げ出した原因もそこにあると思うわ。それがなんなのか理解して、きちんと対応しない限り同じことは何度でも起こりうると思うの」
あたしが漠然と感じていたのと同じだ。
「それができるのは、マキちゃんただ一人と思います」




