第2話 6
今回は雪ちゃん視点でお送りします。
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わたしはとてもここに居られなくて、入り口のドアが開いたタイミングで、とっさに部屋の外に逃げ出してしまった。廊下からできるだけ端の方の目立たないところを選んでエントランスの方へ無我夢中で走っていた。
後ろから数人の人間達が追いかけてくる足音がする。
わたしは小さいのであまり早く走れない。もうすこしで追いつかれそうだ。
あと少しで捕まってしまうところで、ぎりぎり自動ドアから外に出ることが出来た。
ところが外はものすごい豪雨だ。おかげで人間達は雨具を取りにもどるはめになって、わたしは雨のなか、外の植え込みに入り込んで隠れることに成功した。
四月とはいえ、山の中で気温はかなり低い。しかも雨で体が濡れて、体温が奪われる。
わたしのタイプは気温が低くなると動けなくなるので注意するように、と研究所で先生に言われていたのを思い出した・・・。
走っている間も、わたしがいたらマキちゃんに迷惑をかける。わたしはマキちゃんに嫌われる。わたしはマキちゃんにふさわしくない。わたしなんかいない方がいい。ずっと頭のなかでぐるぐる同じことを考えていた。
「マキちゃんとは仲良くしないもん!」なんて本当は思っていない。本当は仲良くして欲しい。本当はずっとマキちゃんに会うのを楽しみにしていた。一緒にいたい。ずっと一緒にいたい。なのに・・・。
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わたしの記憶で一番古いのは約四ヶ月前、研究所の培養タンクの中で目を覚ました時だ。
すでにタンク内で電極を通して直接様々な知識をインプットされていたので、ここがなにか、自分が何者か、おぼろげながら理解していた。
わたし達は通称「MoNStEr」と呼ばれる、生物の形をした無生物の化学物質だ。
製品名はKC-MoNStEr Type-Ⅱでわたしの製品コードはSNKという。動物でいうと蛇のタイプの第二世代「MoNStEr」といわれていた。
単なる化学物質なので本来は生き物のように意志を持って動き回ることはないのだが、特殊な『ジェムストーン』を持っているおかげで知識を持ち、自分の意志で体を動かすことができるそうだ。
ほかの「MoNStEr」の子たちも同様に『ジェムストーン』を持っているが、皆動物の見た目が違う。体の大きい子、毛が長い子、体が硬い子など様々だ。
わたしは本来は蛇タイプなのだが、知識の中の蛇とは違って、「人間」と同じように手足がついていて、ちょっと見は蛇っぽくないと、研究所の人間達に言われた。
わたしたちの世代の「MoNStEr」は今までのとは違って、いろいろな特殊な能力が発現出来る設計になっているとのことだが、まだ数人しか発現させた子はいなかった。
研究所の中では、「MoNStEr」達は、教育用の電極につながれて、頭の中に知識が流れ込んでくるのでその間はじっとしていることと、ほかの「MoNStEr」とふれあったり、研究所の先生達と会話の勉強をしたりという生活をしていた。一度先生に何のために行うのか聞いてみたが、人間と暮らす為に必要なことだと言われた。
また、わたしだけ「服」というモノを着て、蛇なのに人の姿をしているのはどうしてか、先生に聞いてみたことがあった。「あなたは特別な子だから・・・」と言われたが、なんのことかよくわからなかった。
それから二ヶ月が経ち、わたしたちは新製品としての性能をモニターするために、今年「カイシャ」というところへ新しく入る「シンニュウシャイン」と呼ばれる人間達の所へ行くことになったと伝えられた。住む環境やふれあう人間が変わると特殊能力が発現しやすくなるかもしれないから、とのことだった。
わたし達は研究所の先生から、自分が一緒に暮らすパートナーの名前や性格を教えてもらった。
わたしのパートナーは「鉄火マキ」と言うそうだ。先生が言うには、先生の妹だそうだ。
妹とは同じ親から後から生まれる女性という生物だ。知識ではわかるが、なぜ先生がうれしそうなのかは、よく理解できなかった。
ある日先生がにこにことしながら(今思い出すとにやにやだったような)、「内緒だけど、マキちゃんの秘密を教えてあげる」と言って、インターネットのコネクタに繋いだ。
「マキちゃんがネットに保存している日記をこっそり覗いちゃいましょうか?」
やはり先生は楽しそうだ。
「先週ようやくパスワードをハッキングで破ったのよん♪」とか、犯罪のにおいがする。
インターネットのクラウドというデータを保存する所に入るため、マキちゃんのIDとパスワードを先生に言われたまま入力した。
なんと表現すれば伝わるだろうか。あくまで日記の文章なのだが、わたしの感じを色で表すと、桃色。教育データーで見た甘酸っぱい桃の実の色。
マキちゃんはほぼ毎日日記をつけているようで、小さい頃(マキちゃんが小学一年入学)から昨日の分まで、ずっとその日起こったこと、感じたこと、写真やポエム?が保存されていた。
最近はマラソンで勝ったとか負けたとか、練習がきつくてやめたいとか、コーチが厳しくてゴリラに似ているとか、愚痴っぽいのが多かったが、マラソン以外では、誰が気になるとか、好きな人と目があったとか、ラブレターの下書きが一緒に保存されていたりとか、とにかく目がちかちかするくらい桃色一色なのである。
まさに桃色の「乙女日記」。わたしと先生は(先生はパソコンのモニターで)頬を染め、且つ唖然としながら日記を読んでいった。
先生には「絶対にマキちゃんには内緒ですからね」としつこくしつこく念を押されたけど。
わたしの日課にマキちゃんの「乙女日記」を読むことが加わった。新しいモノから順番に過去にさかのぼって、一日一日読んでいく。
先生は、マキちゃんの性格は短気で凶暴で負けず嫌いな面が強いと言っていたが、本当のマキちゃんは素直で繊細で泣き虫で臆病で、でも誰にでも優しい子ということが日記から読み取れる。
この頃になると、わたしはだいぶマキちゃんについて詳しくなってきた。
マキちゃんが怪我をしてマラソンの日本代表から外されて悔しかったこと。
高校生の頃に片思いの男子に告白出来なくてうじうじしていたら、ほかの女子に取られて悲しかったこと。
ジャージが好きでいつも着てること。
恋愛小説を読んで泣いたこと。
マグロと呼んできた男子に蹴りを入れてすっきりしたこと。
新しいジャージで転んでしまって、ジャージに穴が開いて泣きそうになったこと。
バレンタインデーで後輩の女の子からは沢山チョコレートをもらうのに、男の子にチョコを渡せたことがないこと。
男の子への告白連敗記録二十回、及び年齢イコール彼氏いない歴を更新していること。
マキちゃんの考えたこと、好きなこと、嫌いなこと、感じたこと、ジャージのこと全てがわたしの知識の一部となって溶け合っていく。そう思っていた。
わたしが「ザ・ジャージ乙女日記」に書かれているマキちゃんの生活や考えたことを教えると、みんなわたしの話を聞きたがって、わたしの所に寄ってくるようになってきた。
おかげで、一部の子ではマキちゃんのことに詳しくなり、特にカエルの子なんて自分のパートナーになる人間よりもマキちゃんに親しみを感じるという現象も起きてしまっていた。
わたしのマキちゃんへの興味は膨れあがり、一日も早くマキちゃんに会いたい。マキちゃんと触れ合いたい。マキちゃんのことを考えるだけで心が躍る、楽しくなる。一日中そればかり考えていた。
そして、それが「好き」というものだと、インターネットを通した様々な情報を基に、自分なりに理解していた。
そして、わたしにとって忘れられない日が来た。
マキちゃんに会えるまであと一週間という日の朝、わたしは楽しみな気持ちを抑えきれないまま、いつものようにマキちゃんの「乙女日記」を読んでいた。
結論からいうと、わたしはこの先を決して読んではいけなかったのだ。
毎日すこしづつ読んできて、小学校二年生まで来たところで、そのページの所から、雰囲気というか内容が変わってきていた。
「きのうようやくびょういんからたいいんできたので、きょうから学校にいくことができました。学校ではクラスのみんながしんぱいしていたといっていました」病院に入院していたのかな?怪我をしちゃったのかな?
その前の日の日記では、「きょう、やっとたいいんできました。はやく学校にいきたいな」
そして、ここから三週間前の日まで日記が途絶えていた。つまり三週間病院に入院していたということだろう。一体なにが起こったのかな?
マキちゃんの日記では空白の一週間について、一切触れていなかった。
わたしはどうしてもそのことが気になって、その期間にマキちゃんが入院したと思われる病院のデータにアクセス(巷ではハッキングというらしい)した。
わたしはどうして蛇なんだろう。いまのところわたしには毒を作る機能はないが、今後特殊能力が発現したときに毒が作れるようになるかもしれない。わたしは蛇だから。
蛇が人間に嫌われていることは、教育データやインターネットで知っている。手足がなくて気持ち悪いから、獲物を飲み込む姿が気持ち悪いから、執念深いと思われているから、そしてある種の蛇には毒があるから。でもマキちゃんはきっと嫌いにならないんだろうとずっと期待していた。このことを知るまでは。
マキちゃんは遊んでいるときに右足を毒蛇に咬まれて、死んでしまう所だったそうだ。幸いにして応急処置が早くて一命を取り留めたが、非常に危ないところだったらしい。下手をすると右足が壊死して、切断されてしまってもおかしくなかったそうだ。
わたしはなんで蛇なんだろう。マキちゃんは今でも蛇が嫌いなんだろうか。蛇が恐いんだろうか。わたしがいたらマキちゃんに迷惑をかける。わたしはマキちゃんに嫌われる。わたしはマキちゃんにふさわしくない。わたしなんかいない方がいい。わたしが・・・・
このことを知った時から、わたしはマキちゃんに会うのが恐くなってしまった。会ったらなにを話せばいい?どういう態度をすればいい?もう人間には会いたくない。
そのころから頭の中で妙な声が聞こえてくるようになった。
「クワセロ、クワセロ・・・・」
わたしはいったいどうなってしまったのか・・・。
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そのとき、雨具を着た人間達が、草むらに隠れているわたしを見つけて捕まえようと近づいてきた。
わたしは人間の手から逃れようと、草むらから林の方に飛び跳ねた。が、雨で地面がぬかるんでいるせいか、足下が滑って排水溝に落ちてしまった。
豪雨のせいで排水溝の中はものすごい速さで雨水が流れていた。
わたしは水圧に抵抗する事も出来ず勢いよく流されてしまった。さきほどから体が冷えていて体が重く感じる。なんだか意識も遠のいて・・・・。




