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Double/Dream-ダブドリ  作者: あおいしろくま
第二章/Another character, another resolution
12/21

第七夜/再会


 ――どうしてこうなってしまったんだろう。


「こちらは教会フレイル支部住民課になります。本日は新規の住民登録ということでよろしいでしょうか?」

 大理石の床に子どもの背丈ほどの太さもありそうな柱、気後れしてしまいそうになる建物の中を小さくなりながらしばらくついていくと、いつの間にか仕切りのついたカウンターのようなところに着いていた。

「よろしいでしょうか?」

「え、あ、は、はい!」

 緊張でガチガチなコノカへ窓口の人が完璧な営業スマイルで笑いかける。


「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ」

 窓口の人の完璧な営業スマイルに微妙に苦笑いが混じった……気がする。

「でも、わたしこういうの、その、初めてで――」

「そうそう。ライカ相手に緊張する必要なんてこれっぽっちも無いで。……なんてったってこいつはモンスターにビビって外に出られへん上に、狩りでお金も稼げんから金欠で仕方なくここでバイトしてる正真正銘のHIKIKOMORIなんやからな!」


 ……ピシッ、と。何かにヒビが入る音が聞こえた気がした。

 完璧だったはずの営業スマイルに一筋の青筋が走り、ガラスが割れるように一気に崩れた。


「あんたにだけは言われたくないわよっ! それに、私が狩りをしないのはビビってるからじゃないし! あんたこそ鍛冶屋だからほとんど街から出てないじゃない! あんたの方がよっぽどヒキコモリよ!」

「失礼な! 研究のためにもちゃんと外には出てるわ!」

「どうせその時もほかのパーティーに寄生させてもらってるだけなんでしょ。だってあんたの武器って……ププッ」

「笑ったな……今、この採算性度外視の『OTAMA ver.11.04ミスリルオリハルコンモデル』を馬鹿にしたな!」

 あのおたまそんな名前だったんだ……。なんていうか……。

「相変わらず残念なネーミングセンスね」


「ふふっ、ふふふふふふふふ!!……どうやらHIKIKOMORIこじらせて頭までおかしくなってもうたらしいな。この痛~いおたまで頭ぶん殴って直したるわ!!」

「そんな名前だけがイタいおたまで何ができるというのかしら。でもまあいい機会ね、今度こそその減らず口、二度と聞けないようにしてあげるわ!!」

 ちなみに、元々このライカという名の受付嬢とカオリは知り合いだったらしい。……言うまでもないことなのは火を見るより明らかだが。

 何故か一触即発の雰囲気の漂う中、カウンター越しににらみ合う二人。

 どうやら神様へのお祈りが足りなかったらしい。そもそもコノカはこの世界の神様の名前さえ知らないのだが。

 コノカの背後から複数の視線を感じる。

 やっぱり目立つのだろう、どうやら悪い意味で注目されているらしい。


「ちょっと待って! 二人とも落ち着いてください!」

「あ、ああ、そっか、そういえば今日は新人へのレクチャーやったな」

「すいません、少し熱くなってしまいました」

「今回は一旦お預けにしよう。……しかしあかんなぁ、プリムの悪い癖がうつってもたかもしれん」

 ひとまず二人は矛先を収める。どうやら最悪の事態は避けられたようだ。


「話は戻りますが、コノさんはフレイルに住民登録をなさるということでよろしいでしょうか?」

「その、そもそも登録って絶対にしなきゃいけないものなの?」

「義務ではありませんが、さまざまな恩恵を受けることができなくなります。そういう縛りプレイでもない限りはされた方が無難かと思いますよ」

「そうやな、基本的にはするもんなんやと思っといたほうがええな」

「わかった。それじゃ登録お願い」

「はい、かしこまりました。……それではお楽しみの測定タイムですね、少々お待ちください」


「測定?」

「まぁすぐにわかるわ。時間もかからんしな」

「はい。では、こちらの紙の真ん中に手のひらをのせていただけますか、ちょうど手形を取るように」

「右手の方がいい?」

「どちらでも」

 コノカは恐る恐る右の手のひらを紙の空欄へと押し付ける。

「では行きますね……ふむふむ……ん!? この”ギフト”の値は!?」

 ライカが何かを小さくつぶやく。すると、コノカの手の上に文字と記号の羅列が浮かび上がった。

「コノ、モンク、……523?」

 名前、クラスと……あと一つの数字はなんだろうか?


「500オーバー!? まさかのプリムさん並みですか!? すごいですよ、コノさん! プレイヤーの中でも最高水準ですよ!!」

「ええっと、ありがとうございます? で、何なんですか、そのギフトっていうのは?」

「この『Another Dream』には属個人的なパラメーターというものはほとんどなくてですね、ほぼ唯一の個人間で大小に差がある数値になるんですよ。一説には才能のようなものだとも言われていますね」

「よーするに、コノには他の人より才能があるんやってことやな」

「へぇ、全く実感ないんですけど……その才能があると何が良いんですか?」


『…………』


「え? そこで黙らないでくださいよ!?」

「そうですね……。戦闘などに用いるスキルに馴染み易くなると言われています」

「まぁ、ほとんど成長するようなこともないと言われとるし、馴染み易いというても感覚的なところやからな、比較も難しいんよ」

「ただ、実力者と呼ばれるような方々に高いギフトを持つ方が多いというのは本当らしいですよ」


「何だか曖昧なんですね……。ま、高くて困るってこともないみたいだし、素直に喜んでおきます」

「そうですね。では登録を続けます。先程の紙にサインをお願いします」

「あ、ライカ。コノのホーム設定をうちの店にしといてくれへん?」

 ライカはカオリの言葉に露骨に顔をしかめる。

「なによ、いきなり新人の囲い込み? らしくないじゃない?」

「そういうわけやないけど。ちょっと理由があってな……。あ、もちろんコノが良ければやけど」

「わたし?」

「ホームに設定しますと、万が一死亡してしまった時にその地点で復活することができます。復活するときには装備を全てロストした状態になりますので注意が必要です。それと、こちらからコノさんへ何か伝達事項がある際も、その場所に連絡が行くことになります」

「定宿があればそこに設定するんが普通やな。ある程度装備も融通するよ。ただ、もしオッケーならうち等と一緒に行動してもらうことが多くなると思うから、そこだけは前もって言っておくわ」


「それって、これからもお世話になってもいいってことですか? 流石にそこまでしてもらうのは……」

「いやいや、コノが気にする必要は全然ないよ。うちにも理由があっての事やし。それに、ああ見えてもリンは鋭いからな。リンの連れてきた新人なら大丈夫や」

「……わかりました。そこまで言うならお言葉に甘えさせてもらいます」

「ではそのように。……以上で登録は完了です。続いて、街の外で狩りをなさるなら、その基本もお教えいたしますがどうしますか?」

「あ、はい、どうせなら教えてもら――」

「あかん! それ以上はあかんで! こいつの話は一度脇道に逸れたら最後、話聞くだけで一晩つぶしてまうよ!!」

「失礼な! そこまで言われるほどひどくないわ!!」


 ――正直、それはカオリさんも似たようなものなのでは?


「――おいおい、うるさいな」

 再び口論が始まろうとしていたとき、不意に背後から声が聞こえた。

「後ろがつかえてるんだ。早くしてくれ!」

「あっ、すいません、もう終わりますから」

『――すいません、隣のお客様。こちらでも受け付けておりますので、よろしければどうぞ』

「ちっ、ああ、わかったよ」

 後ろで大声を上げた男は別の受付嬢に促され、一つ隣のカウンターへと向かっていく。

「……少し無駄なおしゃべりが過ぎました。申し訳ございません。手続きは完了しましたので大丈夫です」


「――どうして登録が出来ないんだよ!!」

 再び、今度は案内された先のカウンターから大声が響いた。

 コノカやカオリだけでなく、周辺にいた全員がそちらへと視線を向ける。

「教会本部の記録と照会しましたところ、あなたは既に南と西の二国において禁止区域への侵入の咎により追放処分を受けていらっしゃいます」

「だからこの国でも登録できないってか! あぁ!?」

「……そうなります」

「……お前らNPCだろ? NPCは俺たちプレイヤーに黙って従ってればいいんだよ!!」


「……カオリ」

「……ああ、わかってる」

 カオリとライカは短く言葉を交わすと、連れだって隣へと歩いていく。

「ちょっと待って、そっちは……」

 慌ててコノカも二人についていく。

「お前らはいつもいつも! ここはゲームだぞ! 俺の好きにやって何が悪い!!」

 理不尽な激昂は、ついに一線を越えた。

 男の背に負っていた白刃が閃く。


「……悪いに決まってるでしょう!!」

 その鋭い切っ先を、赤い輝きを纏ったカオリのナイフ二本が弾いた。

 よほどの力がかかっていたのか、弾かれた反動で男は後ろへよろめいた。

「……確かに”自由”*はここの本質ではあるやろけど、だからこそ、自制は必要やと思うで」

 そして、男は後ろに控えていたカオリを見て再び取り乱す。

「くそっ! くそぅッ!!」

 男はその場から逃げ去る態勢に入っていた。


 ……そのはずだった。


 だが、不運にも、男の逃げようとした先には、子どもがいた。

 一人の男の子だ。半ば呆然した様子で硬直している。


 ……恐らくは衝動的な行動だったのだろう。


 男は腰に差していたナイフを抜き放つ。

 腰の入っていない一撃。リンやカオリであれば余裕をもって回避できたであろう。

 だが、今、その刃先にいるのはその場で動けない子どもだ。


 ――その時、わたしの目に男の笑った顔が見えた。

 狼狽と恐怖ではなく、欲望と愉悦に笑う男たちの顔だ。 

 

 ナイフが鈍色の光をもって奔る。


 ――それは、向こうでも見た純粋な凶器の色。

 あの日見た、狂気の色だ。

 

 その時、わたしの中の何かがプツンと音を立てて切れた。

 気づいたときには、わたしは男に向かって突進していた。

 振り下ろされる男のナイフがやけにゆっくりと感じる。

 今度は、ウサギ相手の時のように拳が光ったりはしなかった。

 おそらく、わたしの右の拳が男の脇腹を捉えたのと凶器が男の子に届いたのはほぼ同時だった。

 硬い感触がわたしの右手に伝わる。


 ――痛い。


 強く握った右の拳が痛む。

 人を殴る痛み。

 あの日感じた痛み。頭も、胸も痛い。

 右手を伝う痛みがあの日の胸の痛みを思い出させる。激しい痛みと後悔。それはかつて一人の女の子が抱えきれなかった記憶。


 わたしの、原点。


 左手で体勢を崩した男の手首をはらい、今度は腰を入れて右拳を体の正中線上に打ち込む。

 黒い光をまとった拳がガラ空きの男の鳩尾を捉えた。今度こそ耐え切れずに男は石造りの床に倒れ伏す。

 わたしはその上に馬乗りになって――

 

「それまでや」


 誰かが、振り上げたわたしの手を取った。

「……え?」

 ハッと我に帰る。

 コノカの手を取っていたのはカオリだった。

 まだ頭がうまく働かない。コノカは呆けたまま握られた手に導かれるままに立ち上がる。

 コノカが下敷きにしていた男もうめき声を漏らしながら立ち上がった。

 男は捨て台詞さえ残さず、脱兎のごとくその場を去っていった。


「……まったくタチが悪い。なんや、こういう輩が今の流行なんか」


 カオリは呆れたように呟く。その言葉で体に入っていた力がぬけて床にぺたりと座り込んでしまう。

 その時初めて、コノカは自分が緊張していたことに気付いた。

「ありがとうなコノ――って大丈夫か!? 顔青いし汗びっしょりやで!?」

 慌てた声がコノカの脳を揺らす。

 呼吸が荒い。体が酸素を求めて喘いでいる。コノカは床にへたり込んだまま、右手を握って開く。未だ手はじんじんと痺れるように痛んだ。

 その場に倒れ込み、天を仰いだ。

 天井は見上げる程に高く、大理石の床は胴着越しでも体から熱を奪っていく。


 ――今、ここはどうしようもないほどに、リアルだった。


「ホンマに大丈夫なんか? 数分休んだだけやで」

「……大丈夫。これも持病みたいなものだから」

「持病って……まぁ大丈夫ならいいわ。とりあえずうちへ帰ろか。やることは済ませたしな」

「うん……わかった」

「また困ったことがあったり、詳しい説明がほしくなったら来てくださいね。いつでも歓迎しますから。……この騒動で私がクビになっていない限りは」

「なんや、それはまたうちにイジって欲しいって――」

「あなたはこちらから願い下げです」



 「ただいま~」

 カオリは家主らしくノックもなしに店の扉を開ける。

「おかえりなさい、マスター。プリム様がお帰りになっていますよ」

「ほいほい、プリムが?」

「なんでも何か探しものがあるのだとか」


「カオリっ!! ちょっと人を探してるんだけど、名前は心乃――」

「ただいまー、じゃなくて、お邪魔します……」

 続いてコノカが店の中へと入っていくと、奥から人影がカオリに向かって走ってくる。


 そろそろ空も赤らみ、陽が落ちようかという時刻。屋内も相応に薄暗い。

 顔が見える距離にまで近づいたその時、コノカも気が付いた。


「――っ、心乃香っ!!」

「さくら……なの……?」


 人影はコノカへと飛びついて、そのまま二人は抱き合った。 

 ……疑っていたわけではない。コノカは信じられなかったのだ。

 だが、それも触れ合う熱が溶かしてくれた。

「心乃香っ! 心乃香ぁぁっ!!」

 ……いつしか、雫が落ちてきてコノカの肩を濡らす。


 とても懐かしい感触。

 後ろへと回した手のひらで、震える背中を優しく叩く。

 やがて陽が地平線の彼方に沈むまで、コノカは嗚咽を漏らす旧友の背中をずっと抱きすくめ続けた。

 


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