第八夜/レジェンダリィ
◆
――教会中央本部五階”円卓の間”
「どうにかならんのかね。噂によると、指定封印武器を狙うプレイヤーどもも増えているらしいではないか。コソコソと嗅ぎまわり寄ってからに。あのネズミが」
「だからこそ抑止力としてプレイヤーを手なずける必要があるのじゃ。衛兵だけでは防備が不完全になるは道理よ。力ある者を抑えるには互いに監視させればよい。禁を破った者には懸賞金をかけ、粛清を行った者には褒美をとらす」
「その姿勢があやつらを増長させたのではないかね? ネズミどもは私腹を肥やし、より力をつけている」
「……今日の会合はそのようなことを話し合うためではなかろう」
「何を言うのかね。近今の情勢不安定化は三ヶ国の最重要課題ではないか」
「最重要? たわごとを抜かすでない。わしが戦っておるのは機械の尖兵だ。やつらは決して時代遅れのガラクタなどではない。生き続ける現実の脅威。今は人間同士でいがみ合っている場合ではない」
「だから北に派兵を、かね。国を挙げての派兵など行えば、さらなる国際緊張を招くことは明らかだ。……だいたい、第四級ボスモンスターの封印解除を許可したのはあなた自身だろう。降りかかる火の粉はご自分で払っていただきたい」
「機械の尖兵どもが同じ大地に在る限り、我が民に安息の時は訪れない。奴らは完全に駆逐する必要があるのだ。……西はどうだ?」
「……今は時期が悪いのじゃ。少しばかり待ってはくれんか? さすればわらわが東国所属のプレイヤーを向かわせることもできよう」
「そのような悠長なことを言っている場合ではない! 今も我が国では幾多もの血が流れ、屍を焼く炎が点を焦がさんばかりに燃え上っておるのだ! ……良くわかった。貴公らに仁心というものを期待したわしが間違っていたのだ。……わしはこれで失礼する」
「……ふん、老害め。いつまで過去の亡霊に怯えている。戦場で頭をやられたのではないか。我が国のモンスターは現状で十分に管理ができている。心配することなどありはしない」
「そなたの民もプレイヤーを嫌う者ばかりではないじゃろう。なかには交流が盛んな街もあると聞くぞ?」
「スプライトの街の事を言っているのかね。既に手は打ってある。衛兵の数を減らし、街道の整備も遅らせた。少し孤立してみればわかることだろう、我が国の施策が実に優れていたのかがな。……貴公も用心するがよい。子飼いの狼に国ごと食いちぎられる日もそう遠くはないかもしれんぞ」
◇
「それじゃ早速、狩りに行こう!」
プリムがいささか興奮気味に宣言してから数十分後。
コノカ、カオリ、プリムの三人は街の近くの街道沿いを歩いていた。
「まったく。カオリは支度が遅い!!」
「いやいや、うちはマイスターやで。新人を初期装備のまま送り出すなんて許されへん!」
出発までに多少時間がかかってしまったのは、コノカの装備を選んでいたからであった。
「いやぁ、普通はハンティングスタイルに合わせて選ぶもんなんやけど、コノカの場合は補助系戦闘職のモンク、それも初期武器さえ持ってなかったからなぁ。選ぶのも一苦労やったわ」
コノカの手に握られているのは簡素な短杖。体には初期装備の胴着ではなく、重みのあるハーフアーマーを身に着けている。
「困ったときはセオリー通りが一番。とりあえず、動きづらくない程度に堅いヤツをな。……ほらほら、モンスターも寄ってきたで」
コノカがおっかなびっくり背後へと振り返ると、白く光る紋様を全身に刻んだ鹿が近づいてきていた。
「い、いきなりなんてそんなの無――」
「――せいやッ!」
……そして一瞬のうちに、その場に倒れ伏す。
「プリム! お前何しとんねん!」
「いや、コノカが怖がってたから」
「これはコノの訓練やろ!? お前が倒してもたら元も子もあらへんやん!!」
目が慣れてきたのだと自負していたコノカだったが、今度ばかりは全く見えなかった。それだけプリムの動きが速かったということだろう。
「ここら辺のモンスターは第二級にしては癖の無い奴らが多い。心配せんでも荒療治をしようなんて思ってないで?」
「そんなこと言われても、心配するななんて無理だよ」
「プリム……。流石にちょっと溺愛が過ぎるんとちゅうか? 狩りをせんにしても自分の身くらいは守れんと」
「それは……そうね。あたしも弱いコノカを見たいわけじゃない」
「いや、ちょっとみんな、少しくらいはフォローしてくれると……」
二人が会話を続けている間にも、コノカは先程地に伏したものと同種の鹿の攻撃を受けていた。
鹿の突進は単調な直進のみで、なんとかコノカにも避けらることは可能。まだ一度も攻撃はもらっていない。
「避けるだけじゃダメ。反撃を入れるの!」
「弱点は紋様のない部分やで~。教会の時より簡単、できんことはないはずや」
「コノカなら絶対できるよ!!」
「そんなこと言われても……」
二人の言葉に気を取られていたせいなのか、コノカは次の突進を回避できず、手に持った短杖で受けようと試みる。
が、しかし、突進の勢いを殺しきれず、逆に短杖は弾かれ手から滑り落ちてしまう。
進路をわずかに変え、横をかすめる軌道を描く鹿。
「コノカ!!」
武器を失い、素手へと戻ったコノカは体勢を崩しながらも我に返る。
そして、半ば反射に近いカタチで拳を打ち出した。
拳は鹿の横っ腹、光る紋様が刻まれた部位を捉えた。
「~~っ!!」
痛烈な反動が拳に伝わる。まるで鉄壁を叩いているような痛みだ。
だが、鹿も無事では済まなかったらしく、体ごと地面に転がり無防備な下腹部をさらしている。
「追撃や! 今のうちにとどめを!!」
カオリの声が聞こえるものの、今はコノカも武器を失いどこに転がったのかもわからない。探しているうちに鹿は体勢を立て直してしまうだろう。
「こうなったら……!」
素手のまま、コノカは鹿へととどめを刺す。どうやら極端に硬いのは紋様の刻まれた部位だけらしく、覚悟していたほどの痛みは感じなかった。……あくまでマシというだけで、痛いことに変わりはなかったが。
「おお~」
「やったねコノカ! 祝、初モンスター討伐!!」
「……厳密には初討伐じゃないんだけど」
「細かいことは気にしたら負けやで。……さぁ張り切って次行こう!」
「いや、見てたよね!? すごく苦戦してたんだけど!? もう少し……ほら、スキルの使い方とか教えてよ!」
「出ろぉ~って思ったら出るよ。要するに気合!」
「適当! あまりにも適当!! 昔のさくらはそんなキャラじゃなかったよね!? もっと理論的に、理屈をつけて!」
「後ろ後ろ! 近づいてきてるで」
「あーもう! わかったよちくしょー!」
「……プリム、今何体目や?」
「ちょうど十三体目を倒し終えたところ。あぁ~やっぱりコノカかっこいい」
「……やっぱり、途中で杖捨ててから明らかにペースがあがっとるな。処理も早い。初日にスキルもなしでこの速さは大したもんや」
「ね、言ったでしょ。コノカはすごいんだって」
「武器捨ててからの方が調子いいってのは、うちとしては複雑やけどな。スタイルは素手……いや拳闘術か」
「マイスターとしては甲斐がなくて残念?」
「いや、それでこそうちの腕の見せ所やな。……両手、いや腕までの方が……それと下も……となると一対づつ……」
「もう! これ、いつまでやればいいのよー!!」
「もうちょっと続けてってカオリは言ってるよー!!」
「おぉう……きたきた。浮かんできたで! よっしゃぁ、早速帰って設計や!!」
「え!? ちょっとカオリさん!? あ……行っちゃった……」
言うが早いか、カオリは唐突に一人街へと走り帰ってしまう。
だだっ広いフィールドにはコノカとプリムの二人だけが残される。
「……まぁ、あれはいつものことだから。……早いとこ慣れた方が楽だよ」
「……ああ、うん。なんとなく分かった」
「それじゃあたしたちも帰ろっか」
「結局、何も教えてもらってない……」
「まぁ、結果的には上手くなったよ、ハンティングについては」
「……まさか、カオリさんはこれを見越して?」
「いや、それはない」
「……だよね」
恐ろしくきっぱりとプリムは断言した。
「でも、心配しないで」
「コノカはあたしが守るから。……絶対に。今度こそは」
◇
街へと帰る頃には陽もとっぷりと暮れ、通りの様子もずいぶんと変わっていた。
野外の市はほとんどが店をしまい、代わりに屋内の酒場や食堂に灯がともる。
「あぁ、おいしそうな匂い……」
「食べていく? おすすめのお店もあるよ」
「行くよ! さっきのでもうお腹が減って……。カオリさんも先に帰っちゃうし」
「カオリはイメージを大切にするからね。本当のお客さんには基本的に一品モノしか作らないし。その分完成品には変なものも多いんだけど」
「変なもの……」
変と言われても全く想像できない。カオリの武器のような奇抜な物なのだろうか。
コノカはおたまを持った自分の姿を想像して、すぐにかぶりを振った。
「でも、腕前は折り紙つきだよ。きっといいものを仕上げてくれる。ちょっと時間はかかると思うけどね」
「時間……そっか……」
――自分はそれまでここに居るのだろうか。
コノカは自分の中へ答えの出ない問いを投げる。
「あいたっ! あ、すいません……」
日が落ちても往来には未だ多くの人通りがある。
少し注意が散漫だったかもしれない、コノカは道行く誰かと肩をぶつけてしまった。
「ああ、ごめん。こちらこそ不注意だった。……ん、君は」
「わたし? わたしはコノ。それで、こっちはさく……じゃなくてプリム」
「あのプリムさん? やっぱり。”双剣鬼”の?」
「鬼とはずいぶんだね。有名さならあなたの方が上じゃないか。レジェンダリィ持ち、”盾”のパックスと言えばあたしたちの間で知らない者はほとんどいない」
「僕なんてこの盾がなきゃ君の足元にも及ばないさ。本当にレジェンダリィさまさまだよ」
「えっと、この人は? それと、そのレジェンダリィって何?」
コノカとしては聞きなれない言葉が気になっただけだったのだが、どうやらその単語はこちらでは常識だったらしい。男からは訝しむ視線が浴びせられていた。
「ああ……この子もプレイヤーなんだけど、今日こっちに来たばっかりでほとんど何も知らないの」
「……なるほど、そういうことだったのか。自己紹介が遅れてすまない。僕はパックス、君と同じプレイヤーさ。そうだな……レジェンダリィっていうのは、要するに強い武器のことだと思ってくれればいい」
「はぁ、強い武器……」
「各フィールドに一体存在するボスモンスターを倒せば手に入ることがあるんだ」
「しかも入手の機会はボス一体につき一度きり。早い者勝ちなの」
「僕も手に入れたのは本当に偶然でね。僕には惜しいくらいの代物さ」
パックスと呼ばれた男は見るからに重そうな全身鎧姿。背中には無数のキズがついた巨大な盾を背負っている。その盾がパックスの巨躯をより大きく見せていた。
「……それにしても、あなたがなぜフレイルに? 今は西に居たんじゃなかったの?」
「しばらく色んなところを旅してみたいと思ってね。ずっとあそこにいても息が詰まっちゃうから。……それに、ここ最近どうもあちこちが騒がしい。国の上層部もあまり仲がいいとはいえないみたいだ。北か西か、それともここか、最悪の場合国が一つ地図から消えるかもしれない」
「ちょっと待って。国が消える? そんなことってあるの!?」
「ありえない話じゃない。国じゃないけど、かつて北方の街の一つがモンスターの大侵攻で壊滅したことがある」
「確かにカオリもキナ臭いとは言ってたけど……。そこまでの大事になるなら聖女も出張ってくるんじゃない? あなたなら教会ともパイプがあるでしょ、何か聞いてないの?」
「だんまりだよ。僕の知る限りでは、リアルの公式アーカイブにあったサービス開始直前のものが最新さ」
「???」
パックスとプリムの間で、コノカの理解を超えた言葉が飛び交う。
「どちらにしても明確な根拠がある話じゃない。僕以外にもそう思ってる人がいるというのは気がかりだけど、杞憂で終わってくれればそれが一番さ」
「そうね。あたしもこの場所が好きだもの。無くなってほしくなんてない。……長話になっちゃった。仲間を待たせてるんじゃない?」
「そうだな。僕もそろそろ失礼しよう。久しぶりに会えてうれしかったよ、プリム」
「あたしはそうでもないわ。そういうセリフはもっと他の娘に言ってあげて」
「ははは、相変らずつれないね。それじゃまた逢おう」
パックスは背中を向けると、そのまま夜の街に消えて行った。恐らくはさっき言っていた仲間の元へ帰るのだろう。
「……まったく。開幕で一撫でした方が良かったかな。悪かったねコノカ。時間とらせちゃって」
「いいよいいよ、でも、わたしほとんど内容わからなかった」
「うーん、コノカは一度向こうのネットにある公式アーカイブに目を通しておいた方がいいかもね」
「……えっ?」
「――っ!」
コノカに顔を見られ、プリムは瞬時に自らの失言に気づいた。
コノカにとって向こうという言葉がどんな意味を持つのか。二人はともに知っていた。
「……」
「……」
重く横たわった沈黙が二人の肌を刺す。
「……やっぱり気づいてたの」
「……一目でわかったよ。だってコノちゃんだもん。あたしがわからないわけない」
「なら、わかってるよね。わたしは……」
街路の石畳に屋内の明かりが反射して薄ぼんやりとした影を映し出す。
コノカにプリムの顔を正視することはできなかった。
「……やめさせない。あたしはコノカにここに居てほしいの!」
「それは……できないよ」
「いや、できる。ここは自由な世界。自分で自由に選択できる場所なんだ。……だから賭けをしよう」
「賭け? 何の」
「期限はこれから一週間。それまでにコノカの気持ちを変える。ここに居続けたくなるように」
「……そんなの無理だよ」
「できるよ。そうだ、賭けって言うからには何か対価がないとね。そうだなぁ、負けた方が言うことをなんでも一つ聞くって言うのはどうかな」
「わたしが勝っても、その頃にはここからいなくなってるもん。意味ないよ」
「だから、もしあたしが負けても一人で勝手にいなくなったりしないでね。お願い、聞けなくなっちゃうから」
「…………わかった。一週間後ね」
「よし。そうと決まればお店に入ろう! こっちにもおいしいものがあるって布教しなくちゃ!」
「……それぐらいで心変わりするほど甘くないからね」
「まぁまぁそう言わずに。難しいこと考えずおいしく味わえばいいんだよ」
コノカはプリムに手を引かれ、賑わいを見せるお店へと消えていく。
――この世界へやってきて初日。
新たなる来訪者の少女は、困ったような顔で、しかし、たしかに笑っていた。
◇




