幕間《葵のとある休日》
更新が大分遅れてしまい、すいません。
今回は久しぶりに座談会以外の幕間です。
最近はまっていた漫画の影響がもろに出ている話ですので、分かる人がいたら、笑ってやってください。
葵は焦っていた。
退屈な日常の数少ない楽しみ、休日。
特に予定も決まっていなかったので、財布だけ持って街へと繰り出したのだが……。
「……どうしましょう……」
呟きに答える者はいない。
取り敢えず建物の影に隠れる。
顔だけを出し、コッソリと目の前の光景を見る。
そこには、
「さっさと済ませちゃおうぜ」
「はいはい。それじゃあ、まずあのお店から行こうよ」
中の良さそうな一組の男女がいた。
男は照れているのか素っ気ない態度。
それを分かってか、女は笑顔を浮かべ楽しそうにしている。
実にほほえましい光景。
平和の象徴と言えるだろう。
……それが知人で無ければ、だが。
ジャケットにシャツとズボンのラフな格好の華奢な体型の男。
女の子と言われても疑わないほどの女顔。
つまり、ハルだ。
そしてその隣にいる女は……、
「何で姉さんがここに……」
内心の動揺が呟きに出た。
茶色のショートカットの髪。勝ち気そうな顔立ちにつり目。
あまり見慣れていないワンピースという、女の子っぽい服装だが、間違いない。
早瀬葵の実の姉、早瀬奈美だった。
「行方知らずとだと思っていましたが……」
葵の脳裏には、奈美が家を出ていった日の光景が、今でも鮮明に浮かぶ。
早瀬家歴代でも飛び抜けた才能を持った奈美を、父親は持て余した。
女を当主にするわけにもいかず、やむ終えずにとった策が見合いだった。
つまりは、結婚させて嫁がせてしまおうと考えたのだ。
当然奈美は反発した。
歴代最強の力をフルに活用して、早瀬の一門を壊滅に追いやり、家を出た。
それ以降の消息は不明で、早瀬の家とは絶縁状態だ。
「……まあ、無事だったのは幸いですね」
少しだけホッとした声を出す。
葵は奈美が嫌いではない。
むしろ、大好きだ。
姉として好きだし、武術に関しては尊敬もしている。
しかし、それを素直に出すつもりはない。
葵という少女は、奈美よりも精神的にずっと大人だった。
本心を隠し、仮面をかぶることに慣れていた。
「……とにかく、お兄さんと姉さんが知り合いだったとは……。それもまるで……」
続く言葉を葵は言えなかった。
何故だかは自分でも分からない。
分からないが……無性にハルと奈美の二人に腹が立った。
「今日の予定が決まって良かったです」
さっきまでの焦りは消えていた。
葵の口元には、薄く笑みが浮かんでいた。
大きなショッピングモール。
ハル達が最初に入ったのは、女性服売り場だった。
「……なるほど。姉さんの服を買いにきたんですね」
二人の後を、つかず離れずの距離を保ち、葵が尾行を行う。
気配、足音を消すプロのテクニックを贅沢に無駄使いする。
「それで、どんな服がいいんだ?」
「ん〜、そうね。可愛い系の服がいいわね」
ハルの問いかけに奈美は答えながら、手に取った服を体の前で合わせる。
あまり似合っていない。
葵の正直な感想だった。
奈美のイメージは活発で運動的だ。
今選んでいるのは、お淑やかなお嬢さんに似合いそうな服。
それはハルも分かっているはずだ。
だが。
「ふむ…………いいんじゃないか」
「良くないでしょう!!」
思わず突っ込んでしまった。
慌てて口を塞ぎ、気配を消す。
「ん? 今何か聞こえなかったか?」
「気のせいじゃないの……。それより、こっちのはどう?」
周囲を見回すハルだったが、別の服を合わせる奈美に遮られる。
危ないところだった。
自分の迂闊さに、葵は舌打ちする。
姿を隠しながら、二人に視線を向ける。
どうやら大丈夫だったようだ。
二人は再び服選びを始め、幾つかの服に絞った後、一着だけ購入した。
次に二人が入ったのは、ファンシーショップだった。
「……またもや姉さんのキャラじゃない店ですね」
可愛らしいグッズに埋もれた奈美。
あまり似合っていない。
そんな失礼な葵の想像をつゆ知らず、二人は店内を物色する。
「コレなんかどうだ?」
「そうね……ちょっと無骨かもね。……こっちのは……」
アレでもない、コレでもないと選ぶ姿は、どっから見てもカップルだ。
「……イチャイチャですね」
少しだけ頬が赤くなるのを、葵は感じていた。
大人に見える葵だが、恋愛ごとに関してはウブだった。
武術漬けの生活だったのだから、無理も無いが……。
ポーカーフェースが破れるほど、葵の心臓の鼓動は早くなっていた。
「姉さん……いいな……」
無意識の呟きだった。
自分が何故そんなことを呟いたのか、葵には分からない。
ただ、二人を見つめる視線に、今まで経験したことのない感情が籠もっていた。
嫉妬という感情が……。
散々悩んだ二人は、結局お揃いのマグカップを購入した。
その後も二人は幾つかの店を回り、最後に喫茶店へとたどり着いた。
テーブル席に向かい合わせに座る二人。
気づかれない位置に、葵も陣取る。
だが、尾行を始めたときのテンションはなく、気分は憂鬱だった。
「……ふぅ〜、これで大体揃ったかな」
「うん。……その……今日は……ありがとうね」
「ん?何だって?」
「ん〜〜〜〜〜。何でもない!!さっ、早く注文しましょう」
真っ赤な顔を隠すように、メニューを顔の前に持ってくる。
そんな奈美を見ながら、葵はため息をついた。
「……まるで……恋人同士……ね。私何やってたんだろう」
自虐的な笑みを浮かべる。
恋人同士のデートを出歯亀しただけじゃないか。
自己嫌悪に陥る。
「でも良かったの? 貴重な休日に付き合って貰っちゃって」
「気にするな。俺にとっても大事な買い物だしさ」
少しだけはにかんだ表情をするハル。
「それに、そこそこ楽しめたぜ」
「…………うん!」
ニッコリと笑顔の奈美。
幸せそうだった。
これ以上、見ているのは辛かった。
頼んだコーヒーに手を付けず、店を出るため席を立とうとした時だった。
「…………でも、偶然ってあるもんだな。お前の妹が葵だったなんて」
微かに聞こえたハルの言葉に、葵の全身に衝撃が走った。
立ち上がるのを止め、再び会話に耳を傾ける。
「うん。私もハルから聞いて驚いたけど……」
「初めて会ったときから、似てるとは思ったけど」
「あはは、双子だからね。ただ、二卵性だからよく似た姉妹って感じかな」
どうやら間違いなく自分のことを話している。
全身が緊張していくのが分かった。
「仲は良かったのか?」
「どうかな……。私は大好きだったけど、葵は私を嫌ってたみたいだし……」
奈美は少し悲しそうな顔で言う。
「……気づいてなかったんですね」
自分の演技が奈美を騙せた事と姉の鈍感さに、少しだけ笑みがこぼれる。
「それに、私は前話した通り、結構無茶して家を出たから……」
「だからこそのプレゼント、だろ」
「……そうだね」
少しだけ自信なさげに、奈美は頷く。
「しっかし、仲直りの為のプレゼントなんて、発想が女の子だな」
「いいでしょ。葵だって女の子なんだし、ちゃんと似合うものを選んだんだし」
全身に冷たい汗が流れるのが分かった。
二人の会話から導き出される事実。
今日の買い物は全て……、
「私へのプレゼント……だったんだ」
絞り出すように呟いた。
言葉に出来ない感情が溢れ出る。
「喜んでくれるといいな」
「大丈夫。……ハルが選んでくれたんだもん」
「そうだといいが。……それじゃあ、葵に連絡を取ろうか」
「…………えっ?」
ハルの言葉に葵の頭が一気に冷めた。
何を言っているんだろう。
「葵の携帯番号知ってるんだよね?」
「ああ。この間もかけたから、間違いない」
緊急事態だ。
席はそれなりに離れているとはいえ、携帯を掛けられて気づかない距離じゃない。
マナーモードにはしていないから、着信音はなる。
まずいことになった。
ここにいることがバレたら、気まずいことこの上ない。
「えっと……葵の登録番号はっと……」
ハルが携帯を操作する。
メモリー登録されているらしい。
万事休す。
「……ふふ、もう良いです。どうせ私は空気の読めない女です……」
自虐的な笑みを浮かべ、ドッシリと席に座る葵。
覚悟完了。
さあ、矢でも鉄砲でも持ってこい。
ハルがボタンを押し、携帯を耳に当てる。
数秒遅れ、葵の携帯の着信音が鳴る。
「…………はい、葵です」
「よう、ハルだけど……って……あれ、声が二重に聞こえ……」
不思議そうに辺りを見回すハル。
その視線が葵を捕らえ、
「…………やほ〜です」
「…………うっす」
気まずい雰囲気のなか、取り敢えず葵は可愛らしく手を振った。
「つまり、今日一日私たちをずっと尾けていた、と」
「まぁ、そういうことです」
奈美の言葉に、葵はばつが悪そうに答えた。
発見直後、逃げだそうとした葵は奈美によってあっさりと捕獲された。
今三人は同じテーブルを囲んでいる。
「全くこの子は……三年前から何も変わってないわね」
「お互い様です。姉さんもあまり成長していないようで」
一歩も引かない姉妹に、ハルはただ沈黙を守る。
余計な口出しは身を滅ぼす。
ハルは身をもって知っていた。
「もういいわ。呼ぶ手間と説明する手間が省けたと考えましょう」
「……と言いますと?」
「はい、これ」
奈美は今日買った荷物が入った紙袋を、葵へと渡す。
「葵とは喧嘩ばかりだったけれど、この世に二人きりの姉妹だし」
「兄さん達はスルーですか」
「……早瀬の血をひく二人きりの姉妹だし」
「父様も母様も、兄さんも元気ですが」
「…………あれで生きてたの?」
「ええ。父様は全身骨折、内臓損傷、頭部に強い衝撃、倦怠感、下痢、寝不足、花粉症、虫歯と歯肉炎で一時は生死の境を彷徨っていましたが……今ではすっかり元気です」
最後の方は関係ないだろう。
ハルは突っ込みたいのを必死に我慢する。
「母様、兄さん達はそもそも姉さんが手を出していないので、当然無事です」
「そう言えば……親父をフルボッコにしたら、何だかスッキリしてそのまま家を出たんだった」
忘れてたのか…………。
「と・に・か・く、折角会えたんだし、私は葵とは仲良くしたいのよ」
「なっっ!」
奈美のストレートの物言いに、葵は言葉を失う。
「葵は私のこと嫌ってたと思うけど、私は葵が好きだから」
直球だった。
うなりをあげたど真ん中へと剛速球は、葵の心の壁をうち砕いた。
「なっ、何を言ってるんですか。……恥ずかしく無いんですか」
「だめ……かな?」
上目遣いで葵を見つめる奈美。
捨てられた子犬のような目で見られて、葵が抵抗できるはずもなく。
「……いいです。貰いましょう」
「ありがとう」
「……普通、お礼を言うのは私の方です……」
「いいじゃない。こういうとき、嬉しい方がお礼をいうものでしょ」
にかっと笑顔を浮かべる奈美。
その笑顔を見て、敵わないとハルと葵は互いの顔を見合わせて、苦笑するしかなかった。
「それで、姉さんとお兄さんの関係は…………」
その後、一緒にお茶をした葵に、根ほり葉ほり質問されるハルと奈美。
恋話に疎い奈美は、葵の言葉にいちいち顔を赤くし、面白いほどに動揺する。
「……姉さんの気持ちは、もう分かりました」
わかりやすすぎる奈美に、葵はため息をつく。
「でも、……私もお兄さんを狙ってますから。負けませんよ」
ニヤリと、そしてハッキリと自分の気持ちを告げる葵。
今日一日モヤモヤしていた気持ちが、スッと晴れる。
「な、ななななな、何ですって!」
動揺する奈美を尻目に、不適な笑みをハルに向けて、
「お兄さんは、年下の女の子は嫌いですか?」
「……ん、そうだな……。年は気にならないな」
葵は満足そうに頷く。
「そう言うことですので、姉さん。これからはライバルですので、よろしくです」
ハルと奈美に堂々と宣言をする葵。
こうして、葵のある日の休日は終わりを告げた。
葵には今後は正義の味方側の主人公として、活躍を期待しています。……難しそうですが。
更新は大分ペースが遅れそうです。
月に二回、最悪でも月一での更新をしたいと思います。