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あたしは女の子にしかモテない!  作者: 美浜忠吉
第1章 秋月二実の日常
6/52

第5話 あたしの頑張りどころ

 あれから3週間、とくにこれといった嫌がらせも無く、

今あたしは部活の方に専念していたのさ。

 因みにテニス部ね。


 ゲームやアニメが趣味のあたしにしては

意外に思うかもしれないけど、

これでもテニス部では4番目に強いんだぜ?


 本当だよ、嘘じゃないよ?


「ふー、後輩の子達に試合の練習したげて!」

「あいよ先輩!」


 ふーは先輩方からのあたしの愛称っす。


 今日はうちら高等部組が、

中等部組の子達を特訓する特別な日なのさ。


 相手が中学生だからって舐めてはいけない、

中にはマジで強い子だっているんだしさ。多分ね。


「あの、せ、先輩っ! よろしくお願いしますっ!」

「おう、よろしくね。君の名前は?」

「あ、えと……隼アイラです!」


 うん、落ち着いてて可愛いしそれでいて健気。いい子だぜ。


「よろしくアイラちゃん、肩のチカラ抜いていいよ?

別にとって食おうってワケじゃないんだし、ね」


「あ、はいっ!」


 でもまあ、この子が緊張するのも仕方ないんだよなあ。

 だって、観客席に相当な人数がいるワケだし。


「きゃ~~~! 先輩かっこいいです~~~!」

「あの子なんて、先輩から名前で呼ばれてる!

羨まし~~~!」

「わたしも呼ばれた~~~いっ!」


「アイラ頑張れー! わたしゃ応援してるぞー!」

「がんばれー」


 ん、どうやらアイラちゃんを応援してくれてる子も

少なからずいるみたいだね、よかったよかった。

 ひとりやる気なさそうな声だったのが若干ひっかかるけど。


「練習試合だからノーアド方式で先に3ゲーム先取、

タイブレ無しね」


 ノーアドってのはノーアドバンテージ方式の略でね、

端的に言えばデュース無しってことなのさ。


 タイブレはタイブレークの略。

本来なら1ゲームでスコアが6ー6になった後、

1ポイントずつ取りあって先に7ポイント入れれば

勝ちになるってシステム。もっと詳しくはウェブでね!


 3ゲーム先取でタイブレーク無しなのは、

単純に時間がないからさ。


「はい、わかりました!」

「さて、じゃあ先輩の特権として

あたしからサーブするね?」

「お願いします!」


 あたしはボールを一つポケットから取り出し、

そっと上空に投げた。


「たぁっ!」


 そんで思いきり相手のサービスエリア目掛けて打ち込んだ。


「えっ……!?」


 だけどあたしの打ったボールはネットに引っかかって

こっちのコートにぽとりさ。


 審判の判定はもちろんフォルトだよ。


 その瞬間、観客席からは

ドッと雄叫びの様な声があがっていた。


「あちゃー、ちょいとりきみすぎたかな?」

「先輩……」

「あははっ、こりゃあたしもアイラちゃん同様、

緊張してるのかもねえ。お互いに気を付けような?」

「……はい、ありがとうございます!」


 アイラちゃんは勢い良くあたしに頭を下げてくれた。


「はは、それじゃあ無駄話はこれまでだ。

練習とはいえこれからはガチで勝負だぜ?」

「わたし、負けませんから!」


 うん、これでこそ楽しい!


「うしっ、それじゃあ食らいな!」



 まあこの試合の結果としてはあたしの3-0で

圧勝だったんだけど、

この子は伸びしろがあるなって思ったよ。


 だって、昔のあたしにソックリで

負けず嫌いな顔でしつこくボレーを続けてくるんだもん。

 すごい時は三分間打ちっぱだったし。



 アイラちゃんとの練習試合終了後、

あたしは休憩も含めてひと気の少ない

ベンチで休んでいたのさ。


 先輩方に女の子からモテる事で

いびられるのも癪だったし。


「はあ、やっぱテニスは楽しいなあ」


 ゲームの次に好きなくらいだぜ!


「あの、先輩!」

「んあ?」


 とつぜん声を掛けられたものだから、

それが誰なのか初めは分からなかった。


 そんで振り返ったらアイラちゃんがそこにいた。


「これ、どうぞ……」


 しかもあたしに、多分スポドリが入った

ストロー付きの青いボトルを差し出してくれた。


「おお、ありがとね。ちょうど喉乾いてたんだー」

「えへへ……飲んでください」


 あたしは喜んでそれを頂いたよ。


「ゴクゴク……」


 うん、やっぱりスポドリだ。アクエリ系の。


「うん、冷えてて美味いね」

「ほっ、良かったです。氷の計算は完璧みたいでしたね」

「それでアイラちゃん、

あたしに何か用があったんじゃないの?」


 まさかスポドリを持ってきてくれただけって

ワケないもんね、流石に。


「あ、はいっ。ちょっと先輩に……お礼が言いたくて」

「お礼?」


 お礼を言われるなんて、あたしなんかやったかなあ?


「あの……一番初めにネットにぶつけたのって……

ワザとですよね?」

「んっ、まあ……ね」


 ああ、あたしがワザとミスったのがバレてたみたいだ。


「それってわたしの緊張を和らげる為に

してくれたんです……よね?」

「んーと、ノーコメントで」


 ご名答だけど恥ずかしいから口にはできないです、はい。


「……ありがとうございます、先輩」

「えっ?」

「わたし、その時の先輩の考慮のおかげで

緊張する事なく先輩と楽しくテニスができたんです!

それがホントに……嬉しくてっ」


 喜んでるかと思ったらいきなり泣き始める可愛いアイラちゃん。

 でもそんなに泣かないで!


「あわわ、とつぜん泣くのはナシで!」


 いきなり泣かれるとあたしの方が困っちゃうから!


「あ、ごめんなさい……。でもわたし泣き虫だし、

本番に弱いタイプですし……」


 あたしは仕方なくアイラちゃんの涙を止めようと思って

頭を撫でてあげたのさ。


 あん? 漫画の読み過ぎだって? 自覚してるよ!


「あははっ、アイラちゃんはまだまだ

育ち盛りだからそれでいいんだって!」

「あう……」

「あたしもアイラちゃんと同じくらいの頃はさ。

試合どころか練習時でもアガっててさ。

全然ダメな子だったんだよ」


 昔のあたしはホント酷かった。

練習試合ですら緊張しすぎて何もできなかったしな。


 こう見えても心は乙女なんです、マジで!


「先輩のそんな姿、全然想像つきません……」

「ははっ、まあなんて言うのかな。

アイラちゃんは昔のあたしに似てるんだってば」


 流石に泣いたりはしなかったけどさ。


「わたしが……先輩にそっくり……なんですか?」

「ああ、だからもっと自分に自信を持つんだね!」

「……先輩っ!」

「へっ!?」


 いきなりアイラちゃんがあたしの体に抱き付いてくる。

 い、嫌な予感しかしないぞこれ!


 それが不意打ちだったからあたしは抵抗する事すら忘れてたよ。


「ちょっ、アイラちゃん!?」


 汗で体に張り付いているテニスウェアのせいで、

アイラちゃんのボディラインがぼんやりと

見えていたんだけど……これが割と育ちがいいから困る。


 なんせアイラちゃんは、まだ中等部3年だからな!

 将来有望だねっ、それに比べてあたしの体と来たらさ!


「ごめんなさい先輩……わたし、

もう自分の衝動を止められそうになくて……!」

「待て、冷静になって落ちつくんだ!」


 そうだよ、今はアイラちゃんの体つきを

気にしてる場合じゃないってば!


「はあ……はあ……っ!」


 ハ、ハアハアするのはやめて!


「初めは先輩のこと……ただただ憧れの先輩としてしか

見てませんでしたけど……ですけど今は……っ!」


 こ、これはまずい……非常にまずいっ!

 また3週間前の悲劇が繰り返されてしまうう!

 あの蛇目女の時みたいにさ!


「ほらっ、あたし達女の子同士なんだしさ……」

「そんなの関係ありません!」


 うう、なんだかさっきまで大人しめな

アイラちゃんとは全然違うんだけどお……。


「さあ先輩……わたしのこと、受け止めてください……」


 ちょっ、どんどんとアイラちゃんの可愛らしい唇が……

あたしの顔に近付いてくる!


「や、ダメだって……」

「先輩、わたしもう……っ!」

「ダメだってばあー!」

「きゃっ!?」


 気付けばあたしは、

アイラちゃんの体を思いきり突き飛ばしてた。


 アイラちゃんの体が芝生にドサリと倒れてしまう。


「あ、ごめんアイラちゃん……」

「あ、えと……わたしこそごめんなさい!

わたしったら先輩にあんな失礼な……っ!」

「えっと……」

「さようなら、秋月先輩っ!」


 アイラちゃんは真っ赤に染めた顔を隠したまま、

すごい勢いで走り出す。


「ああ、行ってしまった……」


 あたしはアイラちゃんが苦しんでいる事に、

ひどく胸を締め付けられていた。


 バカな……あたしはノーマルの筈なのに

胸が苦しいじゃないか……。


 いや、それよりもだ!


「……なんであたしは女の子にはもてて、

男の子に全然もてないんだよーっ!」


 本当に理不尽!


「そしてあの子の体つき……どう考えても

年上のあたしより育ってるじゃないかあ!」


 本当に現実は非情だあ!


 もうね、あたしの女としてのプライドは

あらゆる意味でズタボロだよっ!


「まあいいや……次の子の練習試合に戻ろう」


 この鬱々した気持ちを早く解消してやりたい!

無理そうだけど……。



 後輩達との練習試合も終わっていつも以上に

ぐったりしてたあたしは気分を少しでも落ち着かせるため、

部室で着替えと手入れしながら先輩とだべってた。


「ねえ先輩ー」

「おっ、どうしたふー。

相変わらず女からモテまくってる悩みかーい?」


 ふーってのは、先輩方があたしを呼ぶ愛称ね。

 あれ、さっきも言ったっけ? まあいいや。


 ていうか先輩、余計なお世話だわい!


「ああいえ、今日はちょっと違くてですねえ。

先輩は島百合団って知ってます?」

「ああー、知ってる知ってる。

なんか風紀委員と同じことしてる団体っしょ」


 やっぱり先輩も夏と同じ事しか知らないのかな。


「なんかですねえ、そこに四天王とか宗派とか

ワケが分からない称号? って言うんですかね。

聞いたんすけどなんか不気味なんすよー」

「あー……それ内のクラスでも聞いた事あるわあ」


 おっとここで新情報ゲットかも!?

とにかく話してみて正解じゃん!


「その人はなんて言ってたんすか?」

「なんだっけ、確かミラージュの派閥が

どうとか言ってたっけなあ?」

「派閥すか?」

「あ、そうそう!

“ミラージュの派閥を鎮圧せしめて、我らが崇めるティリエ様を

四天王1位に押し上げしましょう”とか言ってたわあ」


 なにそれ怖い。


「なんか宗教戦争みたいすね。とても怖いっす」

「なあ~、あんたもそんな奴らと

関わらないように気を付けろよ、ふー」

「あっ、はーい」


 とは言え、あたしは少し手遅れ気味かもしれませんよ先輩。


「あっ、そう言えばいつも思ってたんすけど、

テニス部の名簿があるじゃないすか?」


 中等部から大等部まで書いてある奴があるのさ。


 因みに部長は中等部と高等部は合同で、

大等部は別々になる。

 つまり部室もちょっとだけ別れてるってワケなのさ。


「ああ、そうだね」

「あれのですね、部長のすぐ下に空いてある

空欄って何の事だか先輩知ってます?」


 先輩は首を傾げて考え込む。


「んーなんだっけな。確か前の部長がここだけは

空欄にしといてって感じで今の部長に申し送ってたって

話を部長自身から聞いた事あるよ?」

「へーっ、そうなんすね。

どうしてその空欄埋めないんですかね?」

「さあ? ……あっ、実はその空欄に名前を書かれた奴は

呪い殺されるとかじゃないの~っ?」

「いやいや先輩、それはちっと怖すぎですよ」


 あたし、ホラーは苦手なんだって!


「あははっ! 冗談だよ、ふー! そんな怖がんなってー」

「あだっ!」


 マジ痛い痛いっ、そんな背中グリグリしないでください先輩!


「あいたた……全く先輩ったら意地悪なんすからあ」

「いやあ、ふーをからかうのが楽しくってね!」


 ぐぬぬ……! まあいいや、島百合団では派閥があって、

お互い潰しあってるっぽいという情報を得れたし。


 それでもまだまだ謎だけどさ。



 こうして部活を終えたあたしは自分家へと帰ってた。

 大きな溜め息を吐きながらね。


 その理由はアイラちゃんとのアレのせいだな。

 うん、間違いない。


「はあ……。練習試合に集中できないせいで、

後輩相手にけっこう苦戦しちゃったじゃんかあたし……」


 まあそれでも、

なんとか負けるような事は無かったけどさあ。


 ていうかそれで先輩達にバカにされまくったから、

そっちの方がダメージ来てるわ。


「ま、これもあたしの精神力が弱いせいだから仕方ないかー」


 気合を入れ直すため、

あたしは自分の頬を両手でバチンと一発叩き、

再度気合を入れ直した。


「よしっ! 気を取り直して、

うちに帰ってゲームでもするかっ!」


 そう、あたしにはこの前夏からもらった新作ゲームがあるのだ!


 因みになぜ旧作から新作になってるのかというと、

夏がすごく申し訳なさそうに

買い直してくれたものだったからなのさ。


 あの時はわざわざ買い直してもらってゴメンよ、夏。


「あの、先輩」

「うわあっ!?」


 ルンルン気分で帰っていると、

とつぜん後ろから誰かが声をかけてきた。


 振り返ったらビックリしてたアイラちゃんだったよ。


「ど、どうしたのアイラちゃん?」


 アレの事を思い出して気まずいもんだから、

今にもこの場から逃げたくて仕方ない。


「その……今日は楽しい試合をありがとうございました!

また今度お手合わせお願いします!」

「えっ、それだけ?」


 てっきりあたしは、

アレの件でにじり寄られるものかと思ったもんだから拍子抜けした。


「はいっ! わたし、先輩の事も好きですけど……

でもその前に……テニスが大好きなんです! ですから……っ」

「そっか、それを聞けてあたしは安心したよ」

「せ、先輩っ」


 なんというか、アイラちゃんの瞳は真っ直ぐだった。

 だから本当にテニスが好きなんだろうね。


「また今度テニスしような、次は最初から本気でさ!」

「はいっ、お願いします!」


 ああ、なんだかこういう熱血な展開も悪くないな~っ!

 このままの流れで、この話は終わらせて欲しいもんだぜえ。



 だけど現実は非情なものでさ、

家に帰ったあたしは軽い地獄を見る事になるのさ。


 それはあたしが家に帰った日の出来事……。



「おっすふみちん、おかえりですわー」

「おう、ただいま三香みつか


 なんか今日の三香はヤケに機嫌よさそうだな。

 そんでなぜか漆黒色のゴスロリだし、

可愛らしい女の子の人形を2体、両肩にのせてやがる。


 いや、そんな事よりも笑顔を絶やさないのが

一番引っかかるんだけどな。


「そんなニヤニヤして、どうかしたのかい?」

「あははー、今日は学校でいいこと

あったから機嫌いいんですわー!」

「そっか」


 それだけならホントいいんだけどな。


「そういえば、

今日は姉さん友達のところに泊まるんだったっけな」

「うん、だから今日はふみちんと二人きりですわねー、

えへへー」

「なにさ気持ち悪い、そんなにニヤニヤしてさ」


 いつもはツンケンしてるもんだから尚更ね!


「えー、そんなにニヤニヤしてないんですわけどー、

えへへー」


 ああ、やっぱこいつ何かおかしいぞ。

ていうか何か企んでるのか?


「あやしいな……」

「まーまー、それより早くゴハンにしようですー、

わたしお腹すいたですわよー!」

「ん、そうだな」


 もう5時だしな、三香のお腹が空くのも仕方ない。

ていうかあたしも運動しすぎで腹ペッコだし。


「よし、今日は肉野菜炒めでも作るか、肉多めでさ!」

「わーい、お肉ですわー!」


 んっ、この素直に喜んでる感じだと

別に何もなさそうな……あたしの考えすぎかね。


「あはは、じゃあいつもの様に居間でテレビでも見て

大人しくしてな? 出来たら呼ぶからさ」

「ううん、今日はわたしも手伝うですわー!」


 なん……だと……? あの働かない事で

有名な|(ウチの中でだけど)三香が自ら手伝うだと!?


「三香……やっぱ今日のおまえはおかしいぞ、

何か変なものでも拾って食べたんじゃないだろうな?」

「別にそんな事しないし! ていうかその言い方は失礼すぎー!」


 あ、変な口調戻ったし怒った。

まあ流石にこれだけ言えば誰でも怒るか。


「おっとごめん、言いすぎたわ」

「ま、分かればいいですわけどねー」

「まあ、なんであれ手伝ってくれるんなら

野菜を切っててくれよ」


 だが三香は両腕でバッテンを作った。


「わたし、包丁握れないですわ!」

「おい、お前刀使えるニンジャじゃ無かったのかよ!」

「えっ、ニンジャ? なにそれー?」


 こいつ……あからさまにトボけやがって!


「忘れたとは言わせねえ、

この間あたしに天井から奇襲してきただろうが!」

「ざんねんっ、今のわたしは人形使い(ドールマスター)なので

分かりませんですわ!」


 ああ、それで肩に人形を乗せてたワケか。

 ていうか、ニンジャの時よりも意味分かんないし

何より語尾がやっつけでウザい。

 だがここは我慢だ。


「はいはい、それで何が手伝えるの?」

「それはですわねー」

「それは?」

「ふみちんが料理をしているところを見守る係りですわー!」


 お前は中間管理職かよっ! て突っ込みたいけど、

もはやそんな気も起きんよ。


「わかった、じゃああっちで大人しくしてろ」

「わあっ、うそうそ!

野菜の皮ぐらいならカンタンにむけるもんっ!」

「はあ……それじゃあゴボウの皮剥き頼むわ」

「まかせろーですわー」


 三香はピーラーを上に掲げて、嬉しそうにしてた。


 さて、そっちは三香に任せるとして、

あたしはもやしを洗って、ニンジン、タマネギと牛肉を

さっと包丁で切っておこうかな。


 そんで切り終わった牛肉以外のモノをボウルに入れて、

三香の進行状況を確認してっと。


「――三香、どんくらいやった?」

「ゴボウが無くなったですわー」

「バカっ、そりゃ剥きすぎだって!」


 三香はゴボウの身を皮ごと剥いていたもんだから、

もはや鉛筆削りのカス状態だった。


 まあ繊維質は残るけど食えるだけマシだと思って

気を休めよう。


「はあ……っ。とにかくさ、

仕方ないからそのゴボウを台所下の収納棚に

ザルがあるから、それ使って洗っといて」

「うん、わかったですわー」


「さて、先に生肉を焼い……」

「ふみちーん、ゴボウがうまく洗えないですわよー!」


 なんと、三香はゴボウをザルには入れず、

ボウルで洗っていたんだわ。

 そんな事をしたもんだから、

ゴボウは無惨にも流し台に散らばってたのさ。


「あーあ、もうめちゃくちゃだあ!」

「仕方ないですわー」

「お前がいうな!」


 あたしは堪らず、三香の脳天をバシッと叩いてしまう。


「あいたっ! なにすんですの、ふみちんのうつけー!」

「お前のせいだろ、ザルは使わなかったのか?」

「見当たらなかったのですわ!」

「おかしいな、たしかここの収納棚に……」


 ざっと台所下にある収納棚を調べてみたけど、

三香の言う様にザルはどこにも見当たらなかった。


「ほら見た事かーっですわ」

「あははっ。ええっと、殴ってすまんな」

「ぶうーっ!」

「本当に悪かったって!

お詫びにあたしが取っておいたアイスやるからさ~」

「じゃあ許してやるですわー」


 あれ、でもなんかおかしい気がするな。

だってよく考えたら、ボウルを使ったとはいえ

ゴボウを流し台にブチまけたのは三香だろ?

 それってつまり、

悪いのはあたしじゃなくて三香のほうじゃないのかと。


 だが、そんな事はもう先に謝ってしまったあたしが

悪いモノ決定なワケだからどうしようもない。

我ながら失敗してしまったものである。


「くう、あたしのバカっ……!」

「あっはっはー、バカですわよねー」

「うるせーっ!」

「いだい!」


 二度もぶってやったよ、

三香がクソ生意気だったからね!




 まあ何はともあれ肉野菜炒めは無事に

完成したし(ゴボウはアレだが)、

食卓に並べる事ができたから良しとするかな。


「んじゃ三香、手え合わせて……いただきまーす」

「いただきまーす!」


 目の前のゴハン茶わんを手に取った三香は肉野菜炒めを乗せ、

勢いよくかき込むのかなって思ったら、

今日はやたらと行儀よく食べていた。


 なんか気味悪い。


「なんだよ、今日はやけに行儀いいじゃん?」

「今日はドールマスターの日ですし」

「はい? よくわかんないんだけど?」

「あっ、このゴボウ噛み切り辛いですわよ?」

「人の話を聞け!

ていうかそれはお前が剥いたゴボウだろうが!」

「えっ、ドールマスターが何か知りたいですってー?」


 ああもう、さっきから日本語が通じないっつうか

会話が噛み合わないよっ!


「お前そのキャラ作り、わざとやってるだろ!」

「ああー、ノーコメでー」

「やかましいっ! ていうか、あたしのマネすんな!」


 全っ然、似せようとしてないしなっ!


「もー、一人でカリカリしてー?

そんなんじゃおとーさんみたいにハゲるですわよー?」

「ハゲるかっ! ていうかあたしは女だー!

つーか、突然お父さんのソレ言うのやめたげて!」

「おお、今日のふみちんはツッコミが冴えてるですわねー。

さりげにおとーさんのフォローも忘れないですしなー」

「クソっ!」


 ダメだこいつ、早くなんとかしないと……って

ぐらいどうにかしてやりたかったよ。マジでさ!


「いや……もういいや、なんかお前の相手も疲れたわ……」


 今日は精神を思いきし集中攻撃されてる気がするぜ……。


「うんうん、それでドールマスターってのはですわねー?」

「少しは労われよっ!」

「えっ、板を割ってほしいですの?

しょうがないにゃあー」

「って、違うわー!」


 そして人の話も聞かずに三香のヤローは、

ゴスロリ衣装のスカートの中から木の板を取り出したのさ。


「なんでそんなの持ってんだよ! つーかどこから出したー!」

「えへへ、企業秘密ー。それでは、

この板を真っ二つにするからよく見ててですわねー?」

「ま、待て! せめてゴハンを食べ終えてからでも!」

「ごめんね、ふみちん。

一度発車した機関車はしばらく停められないの」

「ワケわからん事言ってないで、やめろおーっ!」


 だが暴走した三香が止まるはずも無く、

居間の壁際に立て掛けた木の板に向かって肩に乗せていた人形を2体、

容赦なく投げ付けたんだ。


 そして人形が木の板に当たった瞬間、

バガーンっと大きな発破音と共に

ものすごい爆発が木の板を巻き込んだ。


 無論、木の板は粉々だよ?


 その後ろの元々白い壁も焦げついて黒っぽくなってるけどな!


「わーい、大成功だーっ!」


 三香はキャッキャと一人大喜びしていたが、

あたしはそんな気はマジで起きなかった。


 つうか、青ざめてた。


「ていうかさ……あんたその爆発物、どうしたの?」

「えへへ、人形に愛情を込めたらこうなっちゃったですわー」

「んなワケあるかあー!!!」


 流石のあたしも今の三香の行動にはスルーできずに

思いきり頭をグリグリしてやったよ。


「いだだだだーっ!」

「痛いですむだけマシと思えええ!

つうか、今の爆発の衝撃に肉野菜炒めも

巻き込まれたんだよバカやろうーっ!」


 肉野菜炒めは無惨にもひっくり返って床に転げてた。


 ていうかあたしまだ一度も手を付けてないんだぞ、

マジバカやろう!


「うああああー、ごめんなざあーい!」

「もう二度と爆発物は使うなよ、二度とな!」

「やぁーだぁー!」

「言っとくけどなあ、三香がやめるって言うまで

グリグリ攻撃はやめんからなー!?」

「びええええ! やぁーだぁー!」


 結局三香は10分ぐらいグリグリ攻撃を受けてから、

「爆発物を使うのはもうやめてやる、正直反省しているですしなー」と

上から目線で言いながら反省|(?)していたよ。




 散々な夕食|(食べれなかったけど)も終わって風呂も入り、

居間に戻ったあたしは少し焦げた壁を再度見て頭を抱えた。


「はあぁ……この焦げた壁、

いったいお父さん達にどう説明すればいいんだよ!」


 そんで、向けどころの無い怒りを声にして叫んでいたのさ。




 つまり、これがさっき言ってた軽い地獄を見るに等しい

出来事だったってワケなんだよ……。


 あーあ、マジで頭痛いわ。


 とにかくこのままでは三香の為にもよくないと

考えたあたしは、今晩みっちり叱ってやった。


 そんで爆発物の行方を聞いた。


 すると、どうも人形を爆発させた薬品は、

うちのハゲ親父が働いてる薬品関係の研究所|(?)から

家で仕事する為に持ってきてやがったものらしく、

それを三香が部屋からちょっぴり拝借したってワケだ。

 危なすぎる!


 本当、少しでも薬品の量を間違えてたら

あたしんちは今頃無くなってたからね、マジで!


「とにかく三香、

頼むから本当に危険物だけは扱わないでくれよ?」


 あたしは自分の部屋で三香を正座させたまま、

こうやって小言を続けていたワケなんだが。


「はーい」


 悪気はないんだろうけど、

なんか間の伸びた声がすごく気にさわる。


「ええとな、もうちょっとこう反省の色を出すようにだなあ……」

「うん、反省してるー」

「ああ、いいからもう寝なさい。

あと罰として明日の朝あたしを起こしなさい」


 運動疲れと精神的疲れで明日、

あたしは起きれないかもしれないからな。


「はーいですわっ!」


 そして三香はルンルン言いながら

自分の部屋へと戻っていった。


「……やっぱあいつ反省してないだろー!!」


 三香の相手にどっと疲れたあたしは

「もういい、疲れた……」とボソリと呟きながら

ベッドに身を投げ出し、

気付けば夢の世界へといざなわれたよ。




 そんでもっていつもよりもきっつい夢、

つまり悪夢を見てた。

 沢山の女の子に必死な形相で追い掛けられ、

これまた街中を必死に逃げ惑うあたし。


 もうやだホント!

 夢の中ぐらいイヤな事から解放してくれよ!

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