第30話 邂逅
今日は嬉しい土曜日の朝!
そんで午後3時からクレアさんちに行く日でもあるんじゃよ。
出発はまだまだ先だけどねえ。
でさ、このクレアさんちというのが
とんでもなく豪勢なお家でね。
まあ一言で言えばとんでもない豪邸。
そりゃまあ全世界を股にかける
薬品会社――グレートメディスンの
社長令嬢だもんなあ。
「おーい、三香あ! 起きんしゃい!」
んで、今あたしは三香の部屋でぐっすり寝てる
三香を起こそうとしてるわけ。
「うわっ、お前なんて格好だよ!」
なんかやたらと暴れてたのか、
三香の着てる黄色いパジャマが
淫らにはだけてたんだよ。
なんていうか、
この子は昔っから地味に寝相が悪いんだよなあ。
この間あたしと一緒に寝てたときも
寝相悪くて顔を蹴られて起こされたし。
「ふえぇー……まだねむねむ……」
うむ、どうにか起きたけど超眠そう。
まあいつもはあたしが起こされる側だからね。
気持ちは超わかるぜ。
まあ起こすけどな!
「バカだね、今日はクレアさんちに行くって
知ってるだろう?」
「……忘れてたにゃん」
「可愛く言ってもダメだ、起きろ」
頭を軽くコツっとな。
「きゃんっ……ぶーっ、ふみちんの乱暴者ー!
それに出発はたしか3時だったでしょー!」
「バカちん、こういう日は早めに起きて
体調を万全にするのが基本だっての!」
「いつもはふみちんのほうがだらしないくせにー!」
うぐ、それを言われるとあたしも困る。
「そ、それはそれだってば!」
「オトナはズルいー!」
「知らんなあ」
「ぶーっ!」
全く、本当によくブーブー言うぜ。
しかもいっぱい食べるしな。
あっ、これって……イヤなんでもない。
「あとパジャマを直しなさい、若干谷間が見えとるよ」
「……ふみちんのスケベー」
おっし完全に起きたな。
しかもドヤ顔がムカつくから
オマケに一発頭にゲンコツ入れとこう。
「うっさい!」
「あ痛っ! ……ぶーぶーっ!」
うむ、今のは力入れすぎたかも。
ちょっとやり過ぎたかなあ。
「あはは、まあとにかく下に降りてこいよ。
母さんが飯の用意してくれてるぜ?」
「……はーい!」
さってと、あたしも下に降りて朝飯食べるかね。
○
居間にある食卓に来てみれば、
母さんがトーストで焼いた食パン2枚と
ハムエッグを乗せた皿を並べてた。
「母さん、三香起こしといたよ」
「ふふ、二実ちゃんありがとね」
「オッケー」
ううむ、それにしてもこのハムエッグの香り……
すげえ堪らないぜ!
「そういえば二実ちゃんたら
昨日はすごいお疲れだったみたいね?」
「えっ、なんの事?」
あたし、昨日の夜のこと全然覚えてないんだけど。
なんか気付いたらベッドに制服のまま寝てた感じだし。
「みっちゃんのお話しだと、
どうも二実ちゃんたら家の玄関に帰った途端
眠りこけてしまったそうよ?」
「えっ!? ま、まじでえ……」
やばい、あたしったら夢遊病か何かなの?
「みたいね。それでみっちゃんが必死に
二実ちゃんを2階まで運んでくれたらしいのよ?」
「うへえ……」
三香が運んだって事は、
きっと階段の段差を利用して強引に運んだんだろうな。
そりゃああちこち体が痛いわけだわ。
とは言え三香が部屋まであたしを運んでくれたんだ。
そこはむしろあいつに感謝しないとだな。
「でもまさか、二実ちゃんの身にそんなことがあったなんて
ワタシ思いもしなかったわ。
そうなる前にお隣さんから帰ってくるべきだったわね……」
「いやいや、まあ母さんが悪いわけじゃあないから
そんなこと気にしないでよ」
なんかそこまで悲しそうな顔されると、
あたしが気にしちゃうよ。
「ごっはん、ごっはん、おっいしいごはーん!」
おっ、やっと我が妹様が来なすったか。
ごきげんに歌なんか歌っちゃって可愛い奴め。
「ほら母さん、三香も来たことだし早く朝飯食べよ」
「ええ……そうね♪」
そんなこんなで食卓に来た三香は
空いている席に座る。
「わーい、ハムエッグだー!」
んで、母さんの作ったハムエッグを見て
やたらと喜んでるし。
うむうむ、まあ母さんの作るハムエッグは
マジで美味しいもんな!
「それにしても三香」
「うん、ふみちんどうかしたの?」
「ああ、昨日はなんか疲れて寝てたあたしを
2階まで運んでくれてありがとな」
「ああー、別にいいよー。
ちょっとふみちん重かったけどね!」
「うっさいわい!」
「えへへー!」
くそう、せっかく人がお礼言ってるのに
生意気な妹めが!
まあいいけどさ、もう慣れてるし。
「あれ……」
しかし何か足らないなあって思ってたら、
一葉姉さんがいないことに今更気付いたんだけど。
「そういえば母さん、姉さんはどこ行ったのん?」
「ええとね、今朝6時頃に急用が入ったからって
お仕事に行っちゃったわ」
「そっかあ」
うむ、姉さんも大変だなあ。
しかし土曜日のそんな朝早くに仕事あるなんて、
いったいどんな仕事してんだろうね。
姉さんは確か普通のOLだった筈なんだけどなあ。
「でも、夕方にはお仕事終わるみたいだから
クレアちゃんとこにはそれから行くみたい」
「うんうん、それなら良かった!」
「うまうま!」
それにしても三香のやつは
めっちゃ美味しそうにハムエッグ食べてるなあ。
なんかあたしも腹減ったなあ。
早く食べよ!
「もぐもぐ……」
そんで一口食べて気づいたけど、
やっぱりこれ半熟だあ!
「ふへえ、母さんこれすごい美味しいよ!」
「ふふ、焼き加減は
二実ちゃんとみっちゃん好みに合わせて作ってあるからね」
「うんっ、わたしママのお料理だいすきー!」
はは、三香もすげえ笑顔だなあ。
なんか見てるこっちも微笑ましくなっちゃうぜ。
「ふふ、みっちゃんありがとう!」
ぱくぱくと三香とあたしはハムエッグを食べ、
同時に食パンを頬張る。
「美味い!」
「食パン甘くておいしー!
外はさっくりー!」
「しかも中がかなりふわふわしてるよ、これ!」
あたしも三香もこの食パンの美味さには大絶賛さ!
「ふふ、上質な小麦粉で作った手作りのパンなんだけど
2人のお口に合って本当に良かったわぁ」
「おほっ、これも手作りだったの!?
マジであたしもこんなの作りたいんだけど」
「さすがママ、料理のてつじーん!」
それを言うなら達人じゃないのか、
とは思ったけど鉄人でも当たってるんかな?
「うふふ、みっちゃんありがとね!」
「えへへー」
うむ、三香の奴は母さんに頭を撫でられて
すげえ嬉しそうだ。
「そうね、今度暇な時にでも二実ちゃんには
本格的に料理のお勉強をしてあげるわ」
「本当かい?」
そんで母さんは笑顔のままあたしにそう提案してくれる。
「ええ、あなたさえ良ければね」
でも、それがあたしにとってはスゴい嬉しいがな!
「うっしゃあ、わかった!
それじゃあ来週の土曜日は
母さんと一緒に晩御飯の用意を手伝うよ!」
「そうね、それじゃあ今度の土曜日には
なっちゃんを連れてきなさいな♪」
「あっ、それは……」
ヤバい、今のはかなり不意打ちだった。
まさかこんなところで夏の事を言われるなんて
思いもしなかったし……。
うう、あたしの顔……変な風になってないかな……。
「……二実ちゃん、もしかしてなっちゃんと
喧嘩でもしちゃったの?」
うぐ、い、今のあたしの顔って間違いなく
グズついてきてるよな。
「ええっと……うん……」
喧嘩どころか絶交されたけど。
「そう……二実ちゃんごめんなさいね。
ワタシも少し気が回らなかったわ」
「ううん、別に母さんが悪いわけじゃないしさ。
だからそんな悲しそうな顔しないでよ」
今母さんにそんな顔されたらさ、
なおさらあたしが辛くなっちゃうんだってば。
「でもね二実ちゃん、これだけは言わせて?」
「うん、なに?」
「あなたとなっちゃんは6年間っていう
長いお付き合いをしてるんだから
きっと仲直りできる筈だわ」
「そう……だよね」
あたしも母さんの意見と同じだけど、
実際問題はそれどころじゃない気がする。
それがあたしの気のせいだと、
どんなにいいものなのか。
「そうね、どうせなら来週の土曜日に
無理してでもなっちゃんをお家に招待なさいな、
そこでじっくり話し合って仲直りすればいいんですし」
「いやあ、流石にそれは
無理そうな気がするんだけどなあ」
「ふふ、駄目元でやらなくちゃ
何も始まらないでしょう?」
「あはは、そりゃまあそうだけどさあ」
でもアレだな、こうして母さんに
夏とのことを話してると
不思議と落ち着いてくるから困る。
いや、何も困らないけどさ。
「よしっ、そうと決まったら
早速母さんが電話したげるわ!」
ちょっ!
「ちょっと待って母さん!
それは後であたしがなんとかするから、
今は勘弁しておくれよお!」
「そう……母さん悲しいわぁ。
久しぶりになっちゃんのカワイイ声を
聞きたいのになぁ……。
あとなっちゃんを抱き締めたい!」
なんだよっ、結局それが目的なのかよ!
そりゃあ気持ちは痛いほどわかるがな!
「はあ……まあ来週中にはなんとかするからさ、
ちょっとだけガマンしててよ」
「はむはむ……食パンもう一枚食べたーい!」
「ふふ、それじゃあまた焼いてあげるわね?」
「わーいっ!」
んで、母さんはあたしとの会話を終えて
何事もなかったかの様に台所へと行っちゃったよ。
「っていうか三香、
お前それで4枚目だろうが!
あたしと母さんがしんみり話してる横で
ずっともぐもぐ食ってるの横目で見てたんだからなあ!」
つうかあたしの分のパンまで
ちゃっかり食べてやがるし!
「そんなの関係ねーもん!」
「うるせえ!」
こいつの頭を脳天チョップせざるを得ない。
「いたーいっ!」
「へへ、自業自得だこのお――ぁ痛い!」
んぎゃっ、誰かがあたしの後頭部をチョップしたあ!
「コラ二実ちゃん、
お姉ちゃんが妹をイジメちゃメッでしょ!」
まあ母さんしかいないんだけど。
「うへえ……あたしはそんな悪いこと
してないのにい……」
「そんなに食パン食べたいなら、
二実ちゃんの分もあるからとにかく落ち着きなさい」
「にゅふふ、正義はわたしのモノなのだー!」
「ぐぬぬ……」
んまあ結局のところ、かわいいのが正義なんだろ!
ほんに世の中は不公平だあ!
○
ほんで今の時刻は午前10時、
あたしは母さんに頼まれて
今日の昼飯の買い出しに行ってたわけ。
あたしの好きな食べ物でいいんだってさ!
行き場所は歩いて15分くらいかかる場所にある
スーパーなんだけど、
ここは夏の家が近いこともあって
少し気まずいんだよなあ。
んで、最初は三香も荷物持ち要員として
一緒に買い出しに連れてこうかと思ってたんだけど、
どうもあいつは小百合のところに遊びに行くらしい。
んで、昼飯も小百合と済ますそうだ。
「おっ、なんだかんだでもう〈エイダー〉の前じゃん」
あたしの目の前にあるこのスーパーってのが
〈エイダー〉なんだよ。
意外と食材のバリエーションはあるし
質もなかなかいい。
そんでここら辺のスーパーでは一番お得で安いんだわ。
「さて、チャッチャと買い物済ませて帰って
3時前までゲームでもして遊びますかねえ!」
結局あたしにとってはそれが全てかもしんないね!
いつまでも遊んでいたーい!
○
「あら、二実じゃない?」
ほんで中に入ってあたしの食べたい物を選んでたら、
あたしの目の前に今一番会いたくない子と遭遇しちまう。
いや、本当は会いたくて仕方ないんだけど
何を言えばいいのか分からないからね。
「あっ……ええっとお」
こんな感じでさ。
そんで今あたしの目の前にいる子、
その子はもみあげ長めで黒いショートボブの似合う
カワイイ顔した育ちのいい
格闘タイプの女の子――日向夏なのよね。
「ちょうど良かったわ、
あなたにちょっと話があるから
帰りはうちに寄っていきなさい」
んで、何故か夏はあたしに対して
あんだけの絶交宣言をしてくれた筈なのに
こんなにも気安く話しかけてくる。
本当にワケがわからないよ。
「でもさ……たしか夏はあたしと絶交したんじゃ……」
「今はそんなこと関係ないわ。
レギュレーション違反をしたのはあっちの方だし」
「えっ……レギュレ……えっ??」
なになにどういう事?
何が違反したって?
「まあ、とにかく今は
あなたと私の買い物を済ませましょう。
どうせもみじさんに頼まれたんでしょう?」
「あ、うんまあそうだけど……」
因みに夏が言ってるもみじさんってのは、
あたしの母さんのことだ。
何気に初めて母さんの名前を言ったかもねえ。
「じゃあ決まり、
時間も勿体ないんだから急ごうね」
「お、おう!」
とまあそんなこんなであたしは今、
夏と一緒に買い物してるわけ。
あたしがじゃがいもを取ろうとしたら、
「そのじゃがいもは芽が出てる。
きっと質が悪いからこっちにしなさい」
とか普通に指摘してくれるいつもの夏。
今度はあたしが大好きな牛肉を取ろうとしたら、
「ダメよ二実、牛肉ばかりでは体に良くないから
たまにはタンパク質豊富な鶏肉も食べなさい!」
なんて、クソお節介な事もズケズケ言ってくれる。
で、あたしが地味に苦手なニンジンをスルーすると
勝手に買い物カゴの中に入れて
「二実、そうやって嫌いな食べ物ばかり避けてたら
立派な女の子になれないよ?」
なんて、ナマイキ言ってくれる!
おかげでスーパー備え付けの買い物カゴの中身は
ほとんどあたしの嫌いな食い物で埋まってるけど、
確かに栄養はあるし健康的な奴ばかり。
なんだろう、すごくうざいんだけど
今のあたしにとってはそれがすごい安心へと変わる。
ああ、できればこの安心感を
ずーっと抱いてたいなあ。
○
そんでスーパー〈エイダー〉から3分ぐらい歩けば
夏の家にあるデカい門前へと辿り着く。
「うーん、相変わらず夏の家はデカいよなあ」
なんかね、夏の家はクレアさんちとは違って
和風的な意味で豪華なんだわ。
焦げ茶色の瓦が敷き詰められた屋根した
どでかい一戸建ては何か歴史を感じるし、
中庭は広くて松の木やツツジなんかで
緑が生い茂ってるからねえ。
それに溜め池なんかもあるしな。
あと夏の話だと、どうも日向家は
武家の伝統的な家系らしいよ?
あたし歴史とか苦手だからよくわかんないけどね。
そんでこのお家、
たぶん小さな公園ひとつぐらいの大きさの
敷地はあるんじゃないかなあ。
「そうかしら、いつも見てるから
これが普通だと思ってしまうわ」
「いやいや、あたしんちみたいなのが
普通の家なんだってば」
「そう、まあとりあえずこんなところで
立ち尽くすのもなんだし中に入りなさいな」
「あっ、じゃあ失礼するわあ」
そんで夏は慣れた手つきで
頑丈そうな門のカギを開けて扉を開いた。
「さあ、どうぞ」
「へーい!」
ううむ、
この門をくぐるなんてもう三ヶ月ぶりくらいかなあ。
よくよく考えたら夏はあまり家には
お友達とかを呼ばないんだよなあ。
「ただいま、ばっちゃん」
「おかえりなさい夏」
「こんにちは、おばあちゃん!」
夏とあたしを迎えてくれた優しい瞳をしたおばあちゃん。
この方が夏のおばあちゃんになるんだけど、
夏はおばあちゃんの養女だから
親子関係に当たるのかなあ。
まあそれはおいといて実はおばあちゃん、
夏が来る前に一人娘だった娘さんを
早いうちに亡くしてしまったらしくてさ。
そんでひどく傷心しきってる所に
当時小2の夏が来てくれたもんだから、
そりゃもう歓喜してすぐに
元気を取り戻したらしいんだって。
まあ孫が一人新しくできたもんだもんねえ。
そりゃあ感動するってもんだわさ。
うん、ドラマチックだよねえ。
「あら、秋月さんじゃないの。
ずいぶんとお久しぶりねえ」
「あはは、本当に久しぶりっすう!」
「あら、相変わらずお元気さんなのね」
「それほどでもないっすよお」
まあそれほどでもアリアリなんだけど!
例えおばあちゃんでも、あたしは自分を貫くぜ。
横から見える夏の顔が
ちっとだけ怖く感じるのは内緒だけどな!
「ええと……
とりあえず二実にも急ぎの用事があるから
今日はもてなししなくても大丈夫だよ」
「そう? 少し寂しいわね」
あら、本当に寂しそうにしてるな。
「ゴメンねばっちゃん、
私が突然呼んだりしちゃったから」
ホントに突然だよね。
あまりにも突然すぎるよね。
まあ、夏があたしのことを
嫌いになったわけじゃないって事が分かったから
別になんでもいいけどね。
「あら、そうなの。
それなら仕方ありませんねえ」
「あはは、ゴメンねおばあちゃん、
なんか急でホントに申し訳ないっす」
「いいえ、いいのよ二実ちゃん」
お、あたしがおばあちゃんに軽く挨拶済ましてたら
夏が先に家に上がってるじゃんか。
「さあ上がってよ二実。
とにかく話したい事がたくさんあるんだから」
うむ、夏もそう言ってる事だし
とにかく靴を脱いで床に足を着けよっと。
「おばあちゃん、お邪魔するねえ」
「ええ、どうぞお気になさらずお上がりなさい」
「へーい!」
つうわけであたしは遠慮なく家に入り、
夏の後ろを着いていったんだ。
○
そんで今あたしは夏の部屋の中にいるんだけど、
久しぶりに来て驚いてた。
だって玄関から部屋まで歩いて3分掛かるんだもん。
夏の家、マジでにシャレならないぐらい広いんですけど。
間違いなく1人だったら迷ってるわ、ここ。
「ゴメンね、無駄に広い家で」
「えっ、何故ゆえ!?」
ま、まさかあたしの考えてる事がバレバレだったかね?
「いえ別に、だって二実の顔がやたらと驚いていたから」
「あう……」
あたしが驚いてるだけで考えが分かるとか
夏ったら鋭すぎる!
「まあ6年もあなたの顔を見てるんだもの、
分からない事なんてないわ」
「ひ、人の心を読む様な真似はよしてくれ!」
なんか普通に怖いんだってば!
「とにかくそんな事はどうでもいいから
そのスーパーの袋を床に置きなよ。
それから足を崩してリラックスするといいわ」
「あ、うん。
じゃあお言葉に甘えて座らせて貰おうかね」
「どうぞ二実のお好きなように」
よいしょっと。
あはは、心の声でこう言うのは
まだ年ではないよね、セーフだよね。
「ふうーっ、落ち着くわあ」
そんで何気に夏の部屋の中を眺めてたんだけど、
相変わらず広いしファンシーなんだよなあ。
だって部屋が和室のクセして
右隅には白い洋風のクローゼットと
大きな鏡が目立つ化粧台があるし。
そんで化粧台の隣にある木製の本棚には
たくさんの可愛い動物のヌイグルミが
丁寧に並べられてるんだよ。
しかもどれも手入れが行き届いているのか
埃や糸のほつれなんかも一切ない。
しまいにゃ左隅にフランスベッドがあって、
枕の両隣に大きなクマさんのヌイグルミがある始末。
ぶっちゃけこのせいでクールな夏の印象が
あたしの中ではカワイイ女の子に
脳内変換されちゃうんだよなあ。
「さあ二実、細かい事は何も気にしないから
直球で言わせてもらうよ?」
「うわっ!」
ああビックリした、いつの間にか夏の顔が
あたしの目の前にあったもんだから
少し驚いちゃったじゃん。
「こめん、驚かせちゃったね」
「あ、うん。まあ大丈夫だけどさ」
「二実、私があなたの靴箱漁ってるとか
思ってるでしょ?」
「えっ? ごめん……話が突飛すぎてちょっと」
「あ、ごめんなさい。
つい昨日橘花さんからこう聞いたの、
『そうそう日向さん、
いくらあいつの情事が心配だからって
靴箱からラブレターを抜き取るのはやめときって~』
ってね」
「ああ、そういう……」
つうか橘花のバカやろ、
あたしが先に聞こうとしてたのに!
ううん、でもゴメン……
そうなる前に夏に絶交されちゃあ
あたしが聞けるわけないわな。
まあ、今では絶交ってのもあたしの
勘違いだったのかもしれないわけだけども。
「最初は橘花さんの言っている意味が
理解できなかったけれど
その意味をすぐ理解したわ」
「そっかあ……」
「まあその時の事を考えたら、
その犯人をぶっ飛ばしたくなるけどね」
うん、少し落ち着こうね夏。
なんかガチでそいつをぶっ飛ばしそうで怖いわ。
「まあ落ち着けよ夏。
夏が犯人じゃないって分かったなら
あたしは何も気にしないからさあ」
あたし、夏が犯人じゃないってだけで
マジ落ち着いてしまったしな。
「それに二実、これだけは覚えておいて欲しいんだけど
私はあなたが不快に思うような事だけは絶対にしないから」
「夏……」
うん、夏の眼差しは真剣そのものだった。
だから本気に違いないね。
「あはは、だったらお説教の方も
少しは控えて欲しいなあ」
「それは基本的にだらしない二実の事を考えたら
やめられないね」
「うぐっ!」
そんな真顔で言わんでも……傷付くわあ。
「お説教喰らいたくなかったら
もっとしっかりする事よ」
「ぐぬぬっ」
何も反論できないのが辛い!
「それと次の話に行くけど」
「あ、うん」
「コホン……」
夏は咳払いをすると真剣な表情をあたしに向けてくる。
なんか少し怒り気味なのが気になるけども。
つうか顔がかなり近いよ!?
「な、なんだよ夏う?」
「二実、私の目をジッと見なさい!」
「う、うん……」
やだなあ、迫真すぎて怖いんですけど。
それでも目は逸らさないけどさ。
「あなたは私の事が嫌い?」
バカ言うなよ!
「嫌いなわけないじゃん!」
「じゃあ二実、私はあなたを嫌ってると思う?」
「それは……」
ううん、嫌いな筈ないと……思いたいのに。
「ハッキリしなさい!
私の知ってる二実は少なくともこう言う時だけは
言葉を濁さなかったわ!」
「そんな事言われてもさ……」
あんな絶交の仕方されたら……
誰だってハッキリできないよ。
「さあ、どうなの?」
「……嫌いじゃないと……思う」
あたしが遠慮がちにそう言ったら、
夏の顔が少しずつ綻んでくる。
同時にあたしは今、すごく泣きそうな顔してた筈。
「そうだよ、私はあなたの事を
一度だって嫌いになんてなった事ないよ」
「ごめんよ夏……!」
あたしは思わず夏を抱きしめちゃったよ。
だって今の泣き顔を見られたくないし、
それ以上に夏の温もりを感じていたかったから。
「ふふ……口を聞かないと決めて
まだたったの2週間しか経ってないのに、
そんな調子でどうするのよ?」
「だって……あたし寂しいんだもん!
島百合団に入っただけで
夏がいきなり他人みたいになってさ……。
あたしはただ……皆が楽しんでる姿が
見たいだけなのにさ!」
やだなあ、あたしったら年甲斐もなく
夏に抱きついて泣いたりしてさ。
しかも子供染みた言い訳しちゃってもうダメダメ。
でも……恥ずかしいけど今はどうでもいいや。
夏も泣いてるあたしを受け止めて
頭を撫でてくれてるし。
「うん知ってる。
だって、そんなあなたの事が
私は好きでしょうがないんだもの」
「ごめんね夏……あたしったらクソバカな奴でさ!」
「いいよ、今はとにかく泣いてスッキリしなさい」
「あり……がと!」
で、あたしの涙腺はもう崩壊さ。
わんわん泣き喚いてバカみたい。
でもそれは仕方ないよ、
だって嬉しかったり悲しかったり感動したりで
最早あたしの心はぐちゃぐちゃだったんだもん。
むしろ今まで泣き喚なかったのがおかしいくらいさ。
「よしよし」
そんで夏は何も嫌がる事なく
あたしをなだめ続けてくれる。
だからあたしは安心して夏に
体を委ねられるんだけどさ。
○
やっとこさ落ち着いたあたしは
夏の体からそっと離れた。
そんで最後に涙を両手で拭ったのさ。
「……ごめんな夏、あたしったら
1人で泣いてばっかでさ……」
よく考えたら夏も寂しいんじゃないかと、
ふと考えてしまうんだよなあ。
ううん、
これはあくまであたしの勝手な妄想だけどさ。
何事にもクールな夏が寂しがるわけないもんな。
「大丈夫だよ。
これで二実が落ち着くのなら何も問題ないから」
「ふう……やっぱり夏の隣が一番落ち着くわあ」
「そう言われると私も嬉しいかな」
本当、誰にも代えられないこの安心感さ。
「いやあ、親友っていいもんだねえ」
「そうだね……」
ん、なんで夏は少し悲しそうな顔してるんだろ。
あたし何かやってしまったかな?
「夏、少し辛そうだけど大丈夫?
もしかして体調が悪いとか?」
「えっ、ううんなんでもない。
私は至って健康よ」
うむ、本当にいつもの落ち着いた可愛い夏の顔だった。
つまりあたしの気のせいって奴だなこれは。
「そっか」
「まあ二実も落ち着いたし、次の話に行くね」
「うん、お願いするわ」
「あなたったら最近、
島百合団の仕事が忙しいからって
テニス部に顔を出してないでしょう?」
「うげっ」
うん、その通りなんだよこれがさ。
「まあそれは仕方ないわね。
実際に島百合団でする
生徒会補佐の仕事は忙しいもの」
「ね、そうでしょう?」
あたしだって本当はテニスしたいですたい!
でもあたしの場合、
他の奴よりずっと仕事効率悪いから
生徒会補佐に必死なんだってば!
「まあ私の方で先輩さんに二実の事情を
説明してるからそこは大丈夫よ。
先輩さんはいつでも好きな時に
来ればいいって言ってたわ」
「おお、サンキュー夏う!」
やっぱ夏は神様じゃあ!
「でもね二実、
一度でもいいから先輩さんに
顔を出しておいた方がいいよ。
二実の顔が見れなくて寂しいって言ってたし」
「うーんそうだね、明後日の放課後にでも
行ってみようかなあ」
月曜日はたしか、
クレアさんから何も頼まれてなかった筈だしね。
「そうね、そうしなさい。
私も一緒に着いて行くから」
「えっ、別にそこまでしなくていいのに。
なんか夏に悪いしさ」
「ううん、その後私もあなたと共に
島百合団の団長さんの元へ足を運ぶから
何も気にする事なんてないわ」
「えっ、それってどういう?」
ま、まさかカチコミでもする気か!?
「そんな神妙な顔しないでよ。
別に乱暴しにいくワケじゃないから」
「ホッ……びっくりするわあ」
なんか夏ならガチでやりそうだから怖いんだもん。
「ちょっとクレームを言いに行くだけだからね」
「クレーム?」
一体なんのだろう。
「二実はあまり気にしないで。
これは私とあの人の問題だから」
「えっと……分かった」
なんだろう、なんかこれ以上触れると
なんかとんでもない事になりそうだ。
それにまあ明後日になれば分かるんだし
今は我慢しとこう。
なんだかんだで
あたしのキャパもいっぱいいっぱいだからねえ。
「さあ二実、そろそろ帰らないと
もみじさんが心配するんじゃない?」
「んあ?」
うげ、腕時計見てみたらもう11時じゃんか。
そろそろ帰らないと昼食が遅れちゃうがな!
「分かった!
じゃあ明後日はよろしくな!」
「ええ、あなたも島百合団の事は大変だろうけど、
とにかく頑張りなさいな」
「おうよ!」
というわけであたしは急いで帰り支度を済ませ、
夏とおばあちゃんに一言挨拶してから
急いで自分の家目掛けて駆け戻ったのさ。
早く帰らないと母さんが機嫌を損ねちゃうからね!
◯
「ふう……ただいまあー!」
ふへえ……11時10分かあ。
以外に早く辿り着けて良かったぜえ。
若干キツいけどさあ。
「あら、少し遅かったわねぇ」
「うん、ごめんよ母さん。
その代わりちゃんと買ってきたから!」
そんであたしは、
あたしの嫌いな食べ物ばかり入った
白いスーパーの袋を母さんに手渡した。
「あら、あらあらあら……!」
で、母さんはその中身を見て
何故かニヤニヤしてたし。
「な、なんだい母さん?」
「うふふ。ほらね、ワタシの言った通りでしょう?」
うぐ、まさか母さんたら袋の中身を見ただけで、
あたしが夏に会って仲直りした事を悟ったのか!?
「うう……恥ずかしいなもう……」
「でもこれで分かったでしょう?
6年間も親友を続けていたんですから、
そんな簡単に友情は壊れないんだって!」
「うん、まあそれはそうだけど……」
実際あたしもそう思ってたし。
ちょっと自信なかったけど……。
「さあ、とにかくお昼はこれで美味しいご飯
作ってあげるから、
軽く体の手入れを済ませてきなさいな!」
「うん分かった。
とにかくあたし、好き嫌いなんてしないからね!」
それこそ自信なんて全くないのだけども。
でもせっかく夏があたしの体を思って決めてくれたんだ。
これを食べないわけにはいけないってもんだ!
「それで二実、なっちゃんにちゃんと
来週の土曜日の晩御飯を
うちで食べようってお約束したの?」
「しまった、忘れてたあー!」
あたしのバカちん!
泣いてばっかで本当に伝えたい事伝えてないじゃんか!
「あらら、まあそんな事だと思っていたけれどね」
「ごめんね母さん……でも安心してよ!
明後日には夏と放課後に会う約束してるから、
その時に伝えるってば!」
「そう、それなら何も問題ないわねぇ」
「へっへーん」
「でも次はちゃんと伝えるのよ?
流石に今度も忘れたら、ワタシ悲しんじゃうわ」
「大丈夫大丈夫っ!
次は絶対に忘れないからさあ!」
うん、ホントに、マジで忘れないってば!
そりゃあもうあたしだって
夏といっぱい話したい事があるんだからさ!




