第29話 小百合さんの保健委員ライフ ― 後編
時刻は夕方5時半、すごい速さで書類を処理した
小百合さんと共にハンコを押すだけの仕事を終えたあたしは、
母さんには夕食いらない件を、クレアさんには報告なんかの旨を
それぞれ電話で伝えてからファミレス〈ジョイナス〉に来てたわけ。
母さんに伝えるのは当たり前として、
なんでクレアさんに一言伝えないといけないかと言えば、
島百合団としての仕事を終えた報告の件もあるし、
そもそも平日は毎日クレアさんをお家に送らないと
いけない事になってるから。
仕事の報告は別にいいんだけど、
クレアさんちに徒歩で送迎する意味がマジ分からない。
まあ割とあたしんちに近い場所にあるからいいけどさ。
いやそうじゃなくてさあ、
いつも車で送り迎えしてもらってるんだから
そうすればいいじゃないかよ! って話なのさ。
まあ一言理由を伝えれば
すんなりオッケーしてくれるから
別にいいんだけどさあ……。
とにかく今は小百合さんとファミレスデート中なんだ。
元気だして甘えようぜ、あたし!
そんであたしはメニュー表を開いて
小百合さんと見せあいっこしてたのさ。
「小百合さんは好きなものとかあるの?」
「いえ、特にありません」
「そっかあ、んまああたしはお肉大好きだから
ステーキにしようかね」
「あっ、では私もそれでお願いします」
「うん、オッケー!
ソースは何にする?」
「ええと、秋月さんと同じで」
「じゃあわさび醤油にするねえ」
「あっ……はい!」
んっ? 今一瞬、小百合さんは顔をしかめなかったかい?
いや、まああたしの気のせいかもしれない。
「おっ、すんませーん――――」
近くにいるあたしと同い年ぐらいのウェイトレスさんに
呼びかけたら笑顔でこちらにやってきたよ。
そんであたしはさっきのメニューを簡単に告げた。
もちろんウェイトレスさんのいいところを褒めながらね。
で、ウェイトレスさんは嬉しそうな笑顔で
「畏まりました♪」と言って
会釈しながら戻っていったよ。
ふふん、これでステーキ増量は決定事項さ!
よし、2人分のメニューも決めたことだし
小百合さんとダベり合おうかな。
「ねえ小百合さん」
「……あっ、なんでしょうか?」
あら、なんか少しだけ惚けてら。
いや、まああまり細かいことは気にしないでおこう。
あまりツッコミすぎるのもよくないしな。
「小百合さんって何かハマってる事とかあるかなあ」
「ハマってる……?
落とし穴か何かでしょうか」
ちょっ、それはギャグで言ってるのかこの人!
ま、まさかこの人天然さんじゃあないだろうな?
いや、それならギャップで愛くるしいけどさ!
「ええっとね、趣味とかのことね」
「あっ、そうですね。
……読書が好きです」
「そっかあ、どんな本読む感じ?」
「その……文学とか……」
ん、なんだろう。
なんか言葉にするのが詰まってる様な感じが気になる。
あっ、そうか。
あたしが先に趣味を言わないとそりゃあ失礼だわな!
「そっかあ、あたしは文学とかからっきしだけど
嫌いじゃないねえ」
「そうなのですか?」
「うん。だってモノの表現のひとつだもんよ」
「表現のひとつですか……?」
「うん、まああたしの趣味はアニメや漫画にライトノベルとか、
あとはゲームにテニスなんて多趣味なんだけどさ、
結局はどれも表現するのは
個性じゃないかなあって思ってんだ」
あはは、なんかよく考えなくても
あたしったら見境無い趣味持ってんなあ!
「そうですよね、
今の秋月さんの言葉……とても深いです!」
「あはは、照れるにゃあ」
別にそこまで深い意味はないんだけどね!
ただ思いついた事を口にしただけだもん。
「うふふ」
「そうだねえ、小百合さんはあたしのこの
インドア系な趣味をどう思う?」
「はい、とても素敵だと思います。
その……私も魔法とか……大好きですし」
ははあ、なるほどなるほど。
なんか三香とお友達な理由もわかってきたぜえ。
「そっかあ、実は小百合さんって
友情ものとか大好きでしょ」
「あっはい、その通りです!」
「実はあたしも今、日曜の朝にやってるアレとか
三香と一緒に見てるけど大好きだもん」
「帰ってきたマジカル少女カナエさん、ですね!」
うん、すごい活き活きしてて見てるこっちが微笑ましい。
因みになんで帰ってきたかって言うと、それが2期目だから。
で、三香もこれが超大好きでさ。
1話も逃さず見てるし、
レコーダーに全て録画してるときたもんだ。
まああたしはそれに便乗して見てたんだけど、
予想外に面白かったから今でも見てるわけだ。
「そうそう、あのヒロインのカナエが
すごく健気で可愛いもんねえ」
カナエは金髪ツインテールの似合う
ドジでおっちょこちょいだが誰よりも優しい心を持つ
魔法の国〈メロリンランド〉出身の女の子でさ。
メロリンランドの王様から人間を仲良くさせてね、
というクソ適当な依頼を受けて人間界にやってきたわけ。
まあそれはおいといて
魔法を使えるカナエはお茶の間にいる女の子から
憧れの的だったに違いない。
かく言う三香もそのひとりなワケだし。
「はい、分かります!
それにカナエちゃんはラブリー魔法を使って
どんなに気の合わない人でも
仲良くしてくれるんですもの!」
「そうそう、その代わりその力を使った分だけ
カナエの大切な思い出が少しずつ消えてくんだよね」
やめてよそんな設定、あたし悲しくなっちゃうじゃんか。
「はい……3年前の前作では魔法を使い過ぎたあまりに
自分が誰なのかも分からなくなってしまったなんていう
とても辛い展開がありましたからね……。
私、その時ばかりは涙が止まりませんでした」
そう、1期は3年も前にあったヤツだから
今更ながら2期をやるなんて珍しい。
むしろそれだけ作り込んでたのかなあ。
知らないけどさ。
「うん……あれはまじで冗談キツい。
でもその後、
メロリンランドからやって来たカナエの姉さんのヒナレさんが
今までカナエの魔法で助けられた人達に
魔法を使って記憶喪失を取り戻す様に呼びかけたから
お話は丸く収まったんだ」
なんだろう、今更だけど先週行ってた〈宇宙世界〉の
立体映像プラネタリウムで眠りこけて見てた
夢を想起させる。
そっか、もしかしたらこのアニメが夢となって
ああして現れたのかもしれないなあ。
なんで三香が魔法少女してたのかは
よくわからんけどね。
「そうでしたね!
でもその後ヒナレさんは
しばらく魔法を使えなくなったせいで
魔法の国には戻れなくなり、
真佐夢家で暮らすカナエちゃんと共に
一緒に暮らせるようになったんですもの。
それはもう幸せな事だと私は思います」
ええとね、真佐夢家ってのは
父コージさんと母モモカさんと
その一人娘のキララが住む家族でさ。
とっても仲がいい家庭なんだわ。
だけども1期の1話にキララが
とつぜん両親を嫌いになってしまったのが始まりでさ。
まあ、その原因が誰にでもある闇の感情が
キララの中で増幅されたから。
んで、その闇の感情をカナエが現実世界に
特殊な空間を使って具現化してから、
魔法を使って倒すんだよ。
それを倒してしまえばキララの闇の感情は抑えられ、
両親を再び好きになるってわけ。
基本的にそうやって人々の闇の感情を抑えて
話を進めていく魔法少女物語なのさ。
まさに魔法少女の王道だろう?
おっと、話のオチを言ったりしてゴメンなんだけど
1期の最終回では小百合さんが話した通りに
離ればなれだった姉妹が
仲良く真佐夢家で暮らせるようになるわけ。
「うん、まあなんだかんだでハッピーエンドだよねえ。
メロリンランドではヒナレさんに家族がいないわけだし」
「はい!
ですけど、まさか2期であんな展開になるなんて
思いもしなかったです……」
「そうだねえ……まさかメロリンランドと
人間界がねえ……」
「お待たせしました――――」
とまあ、こんな感じで小百合さんと
マジカル少女カナエさん談議で盛り上がってたら、
ウェイトレスさんがステーキを運んできてくれたわけ。
だがそのステーキは思ったよりも増量されておらず
あたしは少しだけ悲しくなっちゃった。
まあでもそう言うことはよくあるから
全然気にしてないけどな!
ほんでウェイトレスさんが向こうに戻る時も
あたしはすげえ笑顔でお礼言いながら見送ったよ。
したらウェイトレスさんは
なんか申し訳なさそうにしてた気がするけども。
「あの、秋月さん」
「ん、どうかした?」
なんか小百合さん、少し間の抜けた顔してら。
「ええと、秋月さんは人を褒めるのが
とてもお上手だと思いまして」
「ああ、そりゃまあ皆には笑顔でいて欲しいからねえ」
可愛い子の笑顔はあたしの動力源さ!
って……それも行きすぎるとガチレズっぽそうな
橘花みたくなるからマジで少し気を付けよう……。
まああたしは可愛い女の子を性的には
絶対に見ないけどな!
あくまでも愛でるのがあたしの楽しみだもんよ!
「やっぱり秋月さんはすごい方です……
憧れますし、目指すところでもあります!」
「あら、小百合さんだって保健室で
あたしを慰めてくれたじゃんか」
さっきはマジで落ち着いたよあたしゃね。
「あう……ですが今思い返せば
少し恥ずかしいです……」
うむ、本当に小百合さんの顔が真っ赤に染まってら。
美人さんなのもあって、なんかすげえ可愛らしいぜ。
「いやいや、そんな恥ずかしがることないってば。
少なくともあたしはあの時すげえ助けられたんだし!」
「本当ですか……?」
うお、照れながら上目遣いされるのは
かなりグッとくる。
「ああ、もっと自分に自信持ってもいいと思うね」
「秋月さんにそう言ってもらえて……
私はとても幸せ者です!」
からの笑顔かあ……あかんよこれは。
可愛すぎるばい!
な、なんか小百合さんの行動が
一生懸命だしいちいち可愛いしで
こっちが照れ臭くなってくらあ。
「んんっと、とりあえずステーキでも食べよっか!」
「あっ、はい!」
へへ、備え付けのわさび醤油を掛けてっと……。
うん、プレートがジュージュー音を立てて
死ぬほど美味そうだぜ!
小百合さんの方はどうかなあっと。
あれ、なんかわさび醤油見て戸惑ってる……?
「小百合さん、もしかしてわさび醤油嫌いとか?」
「あっ……いいえそんな!
掛けますとも……ひゃん!」
で、小百合さんは勢いよくわさび醤油を
掛けたもんだから
少しテーブルにこぼしてた。
だからあたしは即座にテーブル横にあった
紙ナプキンを手渡そうと考えたのさ。
「あらら、はいこれ使って」
「す、すみません……」
そんで小百合さんは申し訳なさそうに
紙ナプキンを受け取って、
テーブルにこぼれたわさび醤油を拭き取ってた。
「えっと、制服に掛かってないよね?」
「はい、大丈夫です」
「ホッ、よかったあ。
醤油が制服に付いたらなかなか取れないもんねえ」
「そうですよね」
んまあとにかく何事もなくてよかった。
「ほんじゃまあ、いっただっきまーす!」
そんで早速あたしは
わさび醤油の掛かったステーキを一口分切り、
それをフォークで刺して頬張った。
「うん、やっぱり美味しい!
わさびのツンとする香りが牛肉の臭みを
上手く抑えてくれて堪んないね!」
ふええ、やっぱりお肉は最高だあ。
「そうですよね」
「ささ、小百合さんも食べてみなって!
めちゃウマだから!」
「あっ、はい……」
あれえ、なんか小百合さんたら
ステーキを前にしてもあんまり嬉しそうじゃ
ないんだよなあ。
あ、でもナイフやフォークの使い方はとても上品だし
ステーキもキレイに切り分けてるじゃん。
ううむ、でも切り分けたステーキを
フォークに刺して口に持っていったのはいいモノの、
そこから頬張るのはとても躊躇してるんだよなあ。
「ええっと、本当に大丈夫かい?」
「あっ……だ、大丈夫ですから!」
ううむ、ハッキリ言ってそうは見えないけど、
まあ思い切り頬張ってくれたんだから
本当に大丈夫なのかもな。
「うっ……!」
あれ、なんか小百合さんがすごい苦しそうに
両手で口元を押さえてるぞ。
ま、まさかステーキを喉に詰まらせたのか!?
急いで助けないと!
「ちょっ、小百合さん大丈夫かい!?」
とにかくあたしは席から立ち上がって
小百合さんの背中をさすってあげたのさ。
「これでどうよ?」
「あっ、それは違い……うっ!
か、辛すぎます……これ!」
「へっ!?」
「あ、あの……私辛いのが苦手で……」
ああ、通りでさっきから挙動不審に焦ってたのかあ。
いやいや、それならそうと
早めに言ってくれればいいんだけどなあ。
とにかく元の席に座るかあ。
「そっかあ、別にそれなら無理して
あたしに合わせなくてもよかったのに」
「その……すみません……」
「あはは、いいって別に」
とにかくアレだ、
もう一度ウェイトレスさんを呼ぼうかな。
「すんませーん」
あたしの呼びかけにさっきのウェイトレスさんは
笑顔でこちらに向かってくる。
「ええと……秋月さん?」
まあ小百合さんはそれに驚いてたけど、
とにかく今はアレを頼まなきゃな。
「お客様、どうか致しましたか?」
「へへ、ストロベリーパフェ一つお願ーい!」
「畏まりました~」
んで、ウェイトレスさんは
なんか嬉しそうに戻ってゆく。
「小百合さん、そのステーキはあたしが食べるから
小百合さんはパフェを食べてよ?」
「えっ、あの……その……
本当にありがとうございます!
そして本当にゴメンなさい!」
そんで小百合さんはマジで申し訳なさそうな感じで
あたしに謝ってくれたよ。
「あはは、別にそんな一生懸命に謝らなくていいってば」
なんか逆にあたしが申し訳がないっす。
「ですけど、ここまで気を使わせるなんて……」
「ううん、これはあたしがこうしたいから
してるってだけの事なんだ。
だから全然小百合さんは悪くなんてない」
むしろ悪いのはあたしのお節介グセに間違いないしな。
「秋月さん……」
「んまあ、あたしもステーキいっぱい食いたかったし
別に気にしないでくれよお!」
「はい!」
さてと、ステーキももう一人分もらったことだし
気合い入れて食べますかね!
◯
時刻は夕方6時半、あたしは小百合さんを
豊穣女学園の隣にあるバス停まで送るついでに
散歩がてら一緒に歩いてたわけ。
「そう言えば小百合さん」
「はい、なんでしょうか?」
「いやね、特に深い意味はないんだけど、
三香とどうして友達になろうなんて
思ったのか気になってさあ。
やっぱりマジカル少女カナエさん繋がり?」
「はい、それも勿論ありますけど
実際はみーちゃんから助けられたからなんです」
「えっ?」
なになにどういう事だい?
あの三香に小百合さんが助けられる意味が
あたしには理解できないんだけど。
「あの、こんな事話しても信じてもらえるか
分かりませんけれど、魔法少女は現実世界にも
ちゃんといるんだと私は思うのです」
「えっと、どういう事?」
「だって確かに私は……
目の前でみーちゃんが不気味なバケモノ相手に
魔法を使って戦っている姿を見たんですもの」
ええと、なんか小百合さんが自分の世界に
入り込んでる気がするんですけど。
ていうかちょっと待ってよ、
今小百合さんが話してるのは
本当に現実での事なのか?
「ええと小百合さん、それって
夢か何かじゃないかね?」
「……やっぱり秋月さんも現実的な生き方を望むのですね?」
あれ、なんか小百合さんすごく悲しそうな顔してる。
なんでか分からないけど、
自分の中にある現実を夢呼ばわりされて悲しいのかね。
「いや、まあそりゃあ仕方ないってものさ」
だって現実は現実だし夢は夢だもん。
それにそうやって思い切らないと
夢と現がゴッチャになってキツいんだもんよ。
「ですけど私があの時感じた体の痛みは本物……。
夢なんかでは体験できない痛みでした」
うぐ、小百合さんの話がいちいち生々しい……。
「その……夢か現実かの話は一旦置いとくとしてさ。
あたしもつい先週に誰もいない〈宇宙世界〉で
漆黒ゴスロリの派手な衣装を着た三香が
大きな気持ち悪いタコを魔法で倒す夢を見たんだよ」
『秋月さん、きっとそれは夢なんかではありません。
現実そのものです』
なんだろう、なんかいつもの小百合さんの声じゃない。
だって異常にトーンが低いんだもん。
でもそれはあたしの気のせいな筈。
うん、ここは現実であって夢ではないし。
「そんなバカなあ、だってあのだだっ広い
空間に誰もいなかったんだよ?」
そんなわけある筈ない……ないんだってば。
『私は……このつまらない現実を壊したい。
でもそれはきっと叶わない。
何故ならそれは神が否定するから。
それなら私は……
私はどうすればいいのだろうか』
な、なんだなんだ。
何か小百合さんの様子がおかしい……。
目も虚ろとしてる感じだし。
というか、今あたしの隣にいるのは
小百合さんで……間違いないのか?
ダメだ、とにかく小百合さんを正気に戻させないと!
「小百合さん! 正気になってくれよ!」
あたしは必死に小百合さんの両肩を揺さぶった。
だってそうしないと小百合さんがどこか遠い世界に
行ってしまいそうな気がしたから。
「あらっ……秋月さん?」
うん、いつもの優しい目をした小百合さんに戻ったぞ。
「よ、良かったあ……」
「あの、いま私は何かひとり言を呟いてませんでした?」
まさかの自覚なしなのか……。
ダメだ、もうこれ以上この話はよそう。
「ううん、そんな事ないから……」
「あの、そんなに辛そうな顔をして大丈夫ですか?」
「あ、ああ。もちろん大丈夫さ」
もちろん大丈夫なわけないんだけどな。
「うふふ、とにかくみーちゃんは私の大切なお友達です。
誰にも渡したくなんてありません!」
「あはは、小百合さんたら冗談きついぜえ!」
「うふふふ、ゴメンなさい」
なんかさっきの事もあって冗談に聞こえないから
怖いんだよなあ。
「その……秋月さんも私の大切なお友達……ですよね?」
「うん、その通りだ。
もちろんあたしにとっての小百合さんも大切な友達だよ」
「秋月さんからそれを聞けただけで私は満足です!」
うん、小百合さんはとてもいい笑顔だ。
「あはは、それじゃあこれからは
あたしの事を二実って呼んでくれないかなあ。
あたしも小百合って呼ぶから」
「えっ!?」
あら、あたしの提案を聞いてすごく驚いてら。
まあ小百合さんは真面目で誠実そうだから仕方ないかな。
「もしかしてイヤかな?」
「そ、そんなことありません!
分かりました、これからは二実さんと
呼ばせていただきます!」
あらら、別にさん付けじゃなくても良かったのに。
まあでも名前で呼んでくれるだけすげえ嬉しいからいいや。
だからこれからは小百合さんのことを小百合って呼ぼう!
「オッケー小百合、これからもよろしくな!」
「はいっ、こちらこそよろしくお願いしますね!」
とまあ、それからもバス停に着くまで
あたしは小百合と無駄話なんかを話し込んでいたのさ。
小百合が自分の世界に入り浸ってまで
現実世界で三香に助けられたと豪語する意味を
無駄話してる合間に考えながらね。
◯
そんでバス停からあたしんちに向かって
少し歩いたところで珍しい光景を見る。
なんか三香がすごい焦った感じで
こちらに走ってくる光景をさ。
つうかまたあの漆黒のゴスロリ衣装だよ。
今その姿を見たら否応なく先週の夢の件を思い出すから
あまり気持ちのいいもんじゃないんだよなあ。
「お姉ちゃーん!」
んで、あたしをふみちんではなく
お姉ちゃんと呼ぶ始末。
これはなんか大変なことでもあったに違いない。
まあそんな感じであたしの前に来た三香は
キツそうに息を切らしてたよ。
まあそりゃあ、そんなゴテゴテな格好で
全力で走ったらキツいわなあ。
「はあ……はあ……」
「おう三香、どうかしたのか?」
「ふう……。
お姉ちゃん……今さゆりちゃんとお話ししてたでしょ?」
いきなし小百合をちゃん付けとは流石あたしの妹様だ。
まあ小百合なら気にしなさそうだから別にいいけど。
「ああ、そうだけど?」
「なにか変なこと言ってなかった!?」
「えっと……そう言えばなんか言ってたかもしれない」
「教えて! 急いでるから早めに!」
なになに、いったいこの子は
何をそんな必死になってるんだろうね。
「まあ待て三香、そんな急かされたら
あたしだって言葉にできんよ」
「わかったよ、少し落ち着いてるから早めに教えてね」
んで三香は黙ってあたしの目を見てた。
でも体はそわそわさせてたから、
相当焦ってるんだろうね。
よし、早く無駄話前の事を思い出すんだあたし。
「えっと……そうだ」
「うん!」
「現実を壊したいとか、
でもそれは神が否定するとか、
私はどうすればいいとか言ってたな」
今思い返せばその言葉……
明らかに現実を拒否してるような発言だな。
小百合は本当に大丈夫なのかな。
今度一緒に仕事するとき、ちょいと気にかけないとな。
「うん、わかったよ……」
で、三香はあたしの言ったことを聞いて
ひどく落ち込んでるし。
つうか、今にも泣きそうなんだけど。
「ねえ三香、いったいどうしたのさ?」
「うん……お姉ちゃんには関係ないから……」
またそれかよ。
そんなこと言われたらさ、
逆に関わりたくなっちゃうんだってば。
「なあ三香、あたし達は家族だろ?」
「うん……わたしの大切なお姉ちゃんだよ……」
「だったらさ、そんなにまで辛そうな顔してる
妹をあたしが放って置けるわけないだろうが」
「うん……でもお姉ちゃんは
これ以上こっちには関わっちゃダメ」
「な、何を言って……?」
「……マジカルピコピコハンマー」
間抜けたセリフを三香は確かに言ってた。
そんでそれと同時に三香の右手にとつぜん、
割とデカめの赤いピコピコハンマーが現れるし。
つうか今、こいつはどこからそれを取り出したんだよ。
あまりにも速くて見えなかっただけなのか?
「おいおまえ、それどっから……」
「ごめんねお姉ちゃん、
少し痛いかもだけどガマンしてね?」
そんで三香がそう言ったと同時に
あたしの頭からピコンっとスゴいけど間抜けな音が鳴り響く。
「んぎゃっ!?」
たぶんそれで脳天を思いっきりドツかれたのだろう。
「おね……ほん……ごめ……さい……」
三香があたしを謝ってる様な声が聞こえるが、
脳天にとんでもない激痛と
ぐにゃぐにゃとした感覚が襲っていたために
あたしはよく聞き取れなかったよ。
そんでそのままあたしは気を失ってしまう。
何か……何かとても大切な記憶のかけらを失いながら。
◯
「……うーん?」
気付けばあたしは自分の部屋のベッドの中にいた。
辺りは真っ暗だ。
「……ああ、もう11時なのかあ」
なんだろうあたし、
どうしてベッドの中に制服姿のままで
いるんだろうか。
ちょっとさっきの事を思い返してみないと……。
「ええと……ファミレスで小百合と一緒に
晩御飯を食べてから、
その後バス停まで小百合を送って……」
あう、ダメだ。
その後の記憶が全て抜け落ちてるじゃないか。
いったいなんだろう……何か本当に大切な記憶が
ごっそりと抜け落ちてるんだけど。
「……まあいいか」
とにかくアレだ、忘れてるってことは
あたしにとってどうでもいいことなんだろね。
それに制服姿で寝てたって事は
体の手入れも済んでないはず。
早くお風呂入ってさっぱりしたいぜ。
「さっさと風呂入って、今日はもう寝ようかな」
なんか体のあちこちが痛い。
でも一番痛いのは脳天の部分だな。
まるで誰かに思いきりドツかれた、そんな感覚だしな。
それに明日は土曜日でさ、
たしかクレアさんちに仕事で忙しい父さんを除く
家族みんなで遊びに行く日でもあるんだから。
父さん、あたし達ばかり遊んでて本当にゴメンよ。
◯




