表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あたしは女の子にしかモテない!  作者: 美浜忠吉
第1章 秋月二実の日常
22/52

第20話 若狭ありすの報道のススメⅡ ― 前編

 そんなこんなで甘くて苦いパジャマパーティが幕を閉めた翌日、

学園にて昼休みを迎えたあたしは

学園ど真ん中にある職員公舎に存在する放送室にいたわけ。

 ありすと共にね。


 もちろんそれは放送委員会としての仕事をこなすためにさ。


 とにかくその事は一時置いておくとして、

結局今朝も夏に会うことなかったし

授業の休憩時間の合間にも会話はできんかった。


 何故ならそれは、あたしが夏の席に移動しようとする度に

教室からとんでもない速さでどっか行ってしまうからだ。


 んで、次は思いっきり追いかけてやるぜって感じに意気込んで

いざ追い掛けたら廊下を曲がった先で

夏の姿は消えてなくなってたし。


 だが授業が始まるギリギリには席に座ってあたしに姿を見せる。


 あーあ、せめて席が近ければなんとかなったんだが。

 いや、普通に総スルーされるか

授業の邪魔と言われながら頭ドつかれるかの

どちらかかもしれんがな。


 畜生、こんな事なら昨日のうちに勇気出して

話しかけておくべきだったぜ。


 とはいえ、昨日は夏を裏切るような形で島百合団に

入った事を後ろめたく思ってたあたしがいたから、

きっと何も言えなかったんだろうけどな。


 なんで裏切る形になったかって言ったらそりゃあ、

夏があたしに島百合団なんかに興味を持つなって

しつこいぐらいまで忠告してくれたから。

 で、あたしはその忠告を無視してしまったわけだ。


 そりゃあ夏に対する気持ち的裏切り行為の

何者でもないってことじゃんか。


 そっか、今更だけどその後ろめたさが

昨晩あたしの涙腺を崩壊させたんだろうな。


 つうか今更分かっても遅いわ、あたしのバカ!


「あねさん、何考えてるかしらんすけど

ちゃんとお嬢様語録集を読んで練習してきたんすか?」


 で、話は放送委員の仕事に戻るけど、

今のあたしの悩みのタネはこれ。

 結局昨日はクレアさんと遊んでたもんだから、

あの語録集になんて一切手を付けてない。


「ごめんありす……全然手を付けてない……」


 だからあたしは冷や汗をダラダラ流してたわけ。


「まあそんなもんかと思ってたんすけど。

ぶっちゃけ想定内っす」


 でもありすは怒る事もなければ

気にしていると言った様子でもない。


 あくまでも無表情でやる気のない声なのだ。


「うう……面目ない」

「まあ、あねさんはいつも通りにお話ししてくだせー」

「分かったよぅ……」

「ただし、できるだけ下品な単語なんかは出さない様に

気を付けてもらいま」


 それだけ言うと、ありすはメガネを外して

左肩に垂らすようにまとめて結った髪を解き、

後ろにかき分けてから長い髪を整える。


 するとあら不思議、ちんちくりんなお子様から

優雅で気品のあるお嬢様に様変わりだ。


 2度目でもビックリするわあ。


「それではお姉さま、放送をオンにしますわ」

「へ、へーい……」


 ああ、相変わらず可愛すぎて悶えそうだが……

今日は我慢だ。


 ほんでありすはポチッと“ONAIR”ボタンを押すと、

音量調整するスイッチを全部上げる。


 なんか小気味良いBGMが流れてくるぞ。

 クラシックなんだけどさ、

なんて言う曲かは全然分からない。


 だがまあそりゃそうだ、

あたしは普段アニソンばっか聞いてるからね。

 しかもアゲアゲのやつ。


 そんなもんだからクラシックとは縁なんてないのさ。


「それでは始まりました、豊穣女学園に足を置く乙女の

お悩みを解決する秘密の相談会のお時間でございますわ。

本日のお客様は1-D組秋月二実さんですの」


 おい、いきなり秘密の相談会じゃなくなってるじゃないかよ!


 と、とにかく落ち着いてありすに応えよう……。


「ハ、ハジメマシテ!

ア、アタシ秋月二実ダヨーッ、ハハッ」


 あ、あかん緊張して声が上擦っとるやんあたし!


「あらあら、二実さんたらひどく緊張してなさるのね。

さあ、アロマ入り紅茶を飲んで心を落ち着かせると

よろしいですわ」


 そんで本当にアロマ入りの紅茶が入った

ティーカップをあたしに差し出すありす。


 と、とにかくこれ飲んで落ち着こうぜあたし!


「で、では失礼して……ちびちび」


 お、アロマの香りが口いっぱいに広がって、

なんかホンワカとした気分になってきたぞお。


 おおう、つうかこれマジ落ち着くじゃんか。


「どうですか二実さん、心は穏やかになりましたか?」

「あ、はい。だいぶ落ち着きましたねー」

「ふふっ、それでは二実さん。

あなたのお悩みをどうかお聞かせくださいな」


 んあ、でもこれってよく考えたら

夏に言葉を伝えるいい機会じゃね?


 つまりあたしがやる事はただ一つだ。


「そうですねー。実は今あたし、

ちょっと友人関係の事で悩んでるんです」

「まあ、そうでしたの。

それは是非とも聞きたいですわ」


 でもアレだ、夏の名前は伏せとこう。

 実際後で何されるか分からないからなあ。


「……ええと、その子はあたしの

無二の親友なんですけど、とある事が切っ掛けで

全くの疎遠関係になってしまったんです」


 たったの2日だけどな!


「それは大変ですのね」

「そうなんですよ本当に。

だからあたしはその子に伝えたいんです。

あたしはその子にとって立場上

大変な位置に着いてるかもしれないけど、

いつまでも親友ですよ……って事をさ」


 なんだろうね、なんか改めて言うと

くっそ恥ずかしいんだが。


「ふふ、それを聞いてさぞかし二実さんの

ご親友は喜んでらっしゃると思いますわ。

では、わたしからも二実さんの

ご親友に一言だけ申しますわ」

「あ、はい。お願いします」

「……あまり意地を張りすぎて逃げていない事ですわ。

そんな事ばかりしていると

いつか本当に見限られてしまいますわよ?」

「ちょっ……」


 割とすごい事を言いなさるのね、

このお嬢様もどきは。


「うふふ、これで今日も一人の悩める少女を

救う事ができましたわ。

では、また明日も会いましょう。

ご清聴、大変ありがとうございました」


 最後に締めの挨拶を終えたありすは、

音量調整する奴を全部下げて

ONAIRボタンをオフにした。


 放送時間はだいたい3分。

 短いねえ。


 そんでいつもの様にお嬢様姿から

変身を解くありすさん。

 いや、むしろメガネ装着だけどな。


「ふう……どうにかうまくいきやしたね、あねさん」

「いや、そりゃまあそうなんだけどさ……

最期のあの言葉……どういう意味だい?」

「ああ、最後の言葉ですかい?」

「そうだよ」


 ありゃあ、あからさまにありすがあたしの親友である

夏を知ってて言ったような口ぶりだったからな。


「あねさん、あれはあっしからその子に対する

忠告って奴っすよ」

「本当にそれだけか?

実はその子が誰とか分かってるんじゃないのか」

「当たり前すよ。

だってあっしの情報網は学園一なんすから」


 そうか、ありすはあたしの交友関係なんかまで

知っているのか。


 いんや、もしかしたら家族構成とかもバレバレかもな。


「ゴメンありす。一言だけいいか」

「どうぞ」

「……あんまし、島百合団に無関係なのを

巻き込む事だけは絶対にやめてくれよな」


 あたしは怒り気味にそう言ってやった。

 だがありすの瞳はどこまでも真っ直ぐだった。


 やる気がないとか無表情とか関係なく、

まるで本当に何かを

見透かしてるかもしれない瞳で。


「あねさん安心してください。

あっしは決して“島百合団に関係のない者”を

巻き込んだりはしませんぜ」

「本当か?」

「当たり前っす。

今回は夏さんに忠告をしただけすから」

「そっか、ならいいや。

それとありがとな、ありす」


 あたしはありすの頭をそっと撫でる。


「なんすかあねさん、いきなり」

「だって最後のあの言葉って一応、

夏を思ってのことなんだろ?」

「……さいです」

「うん、あたしメッチャ嬉しいわ」


 あたしがお礼を言うとありすは目線をサッと逸らすが、

すぐに戻してくれた。


「あねさん、あっしはこれから生徒会長に

報告せんといかんので

先に教室へ戻っててくだせー」

「お、おう」

「そんで大変申し訳ないんすけど

放送室のカギはあねさんから

職員室の方に返しといてくんさい」

「任せときなって」


 そんであたしはありすが出てったのを見送ってから

放送室のカギを閉め、

職員室へとカギを返納しに行った。


 因みに職員室は、放送室から出た廊下を左手側に

2分ほど歩いた先に存在するんだわ。



 そんで職員室に向かってる途中だけど、

あたしは色々と考えてたよ。


 主に島百合団の存在についてだけどね。


 こう、夏が言っていたいわゆる権力を行使する様な

奴だけで成り立っているわけでも無いんだな。


 まだ1度しか会ってないから団長であるさいひーの事は

よく分からないけど、強引な勧誘方法を除けば

とんでもなくいい人に見える。


 まあ一言で言えば、お花畑の様なお方だよ。


 だけど、あまりにもよそ者を嫌う傾向があるからなあ。

 まるで島百合団が自分の全てであるとも取れる様な

発言をしてたし。


 それにありすを使って無理くり

生徒達の情報を収集する始末だ。

 だが、ありすの話だと悪用はしないと言っていたが……

どうも団長はそうでもない気がするんだよな。


 あの“島百合団の掟”にある第5条だったかな。

 島百合団を去る者は

学園内で明るい未来は無いと言ってたアレな。


 アレのせいで、さいひーはお花畑だが只それだけでは

言い得ない闇の部分を持ってるって感じた。


 あたしは性善説を信じる人間だから、

人の悪い性格なんて想像もできないししたくもない。


 それでも、あの人は何かが違う。

 ゲームで言うとラスボスみたいなもんかな?


 まあアレだな。


 まだ自分の中でも情報が少ないんだから、

これ以上憶測で考えても仕方がないんだよなあ。




 そんなこんなで放送室から2分くらい歩いた先にある

職員室のドアが見える位置までやってきた。

 だがそのドアの前には、

茶色いソバージュセミロングヘアと

モデルの様に背の高い、イケメン顔と女の子に発情するのが特徴の

島百合団四天王の一人――橘花由子(たちばなよしこ)がそこにいた。


 あたしはそいつと関わりを持ちたくなかったから

冷汗を掻いてしまったよ。


「おっ、さっき親友の事で悩んでた秋月ちゃんじゃなぁい」


 そんですぐに気付かれた、マジで嫌なんだけど。


 あと余計なお世話だよ、しばくぞてめえ。


「うるせえな!」


 あたしは今、猛烈に不快な気分だったよ。

 マジこいつの顔をぶん殴りたいぜ。


「まあまあ、こんなところで喧嘩しても

お互いにいい事なんてないっしょ」

「……まあ、そりゃそうだ」


 職員室の前だしな。


「それとちょうど良かった。

あんたに話があんだけど、今から高等部専用食堂行かない?

まだ食ってないっしょ?」


 この色ボケが言ってる高等部専用食堂ってのは、

食堂の4階から6階にある学生食堂の事なのさ。


 そこでは文字通りに高等部の人間しかいない。

 ただし、11時から13時までしか開いてないけどな。


 つうか、なんでこいつはあたしなんかと

飯を食いたいんだよ。


 お互いにメシマズな関係だろうが。


「断るがな」

「まあそう意地張んなって、同じ島百合団の仲間だろぉ?」


 もう知ってんのかよこいつ!


「なんで知ってんだよ!

あたしゃ入ってまだ2日しか経ってないんだぞ!?」

「いやあ、あんたが入団した当日の夜に

白瀬っちからメールで一報があったからねえ。

『みんなー、来たよ期待の新人さんが』って感じでさ」

「マ、マジかよ!」


 つうかこいつも、さいひーの事を

そんなチャラい呼び方してんのか。


 あかん、あたしこいつと同等じゃんか。


「あたりきじゃーん、因みに三傑集と四天王全員に

一斉送信してたからねぇ」


 し、信じられんぜマジで!

 個人情報保護法なんてなかった!


「こ、怖すぎるよお前らのヘッド……」

「あんたもその部下じゃーん」

「はああ……やめたい」

「やめればいいんじゃない?

その代わり転校するハメになるだろけどさ」


 こいつ、サラリと笑顔で怖い事言いやがって。


「……いや、あたしゃやっぱやめないわ」


 べ、別にさいひーが怖いわけじゃないからな!

 勘違いすんなよな!


「ふーん、どうせ困ってるやつがいるから

助けなきゃって奴なんだろ?」

「なんだよ、なんでお前あたしの考えてることが

分かってんだよ?」

「あたりきじゃん、あんたのその猿みたいな単純思考の

考えなんてパツイチで分かるっての」

「単純な思考で悪かったな」


 シンプルで分かりやすくていいじゃねえかよ、この野郎!


「ま、とにかく時間が勿体ないし早く行こうや」

「だからあたしはあんたとなんか……」

「あんたの親友の事、知りたくないの?」

「……何か知ってるのか、お前?」

「とにかく、こんなところで立ち話なんか

できないって言ってんだからさ」


 そんな事言われたら

嫌でも着いて行くしかないだろうが。


 とにかくあたしは職員室に入って

そこらの先生に放送室のカギを返納してから、

職員公舎建物のすぐ北東にある

食堂へと向かったのさ。


 食えない女、橘花由子と共にな。



 だもんで食堂4階の高等部専用食堂に

あたしと橘花は来てるわけだが、

やっぱしっくりこない。


「それで橘花、お前は夏の何を知ってんだよ」


 あたしは頼んだビーフカレーを食べながら

橘花に質問を迫ってた。


 因みに橘花はクリームシチューとライ麦パンな。


「まあまあ、とりあえずもうちょい仲良く語ろうぜ?」

「んな気持ち悪い事、お前となんかできるかよ」

「島百合団の掟第2条を忘れたのかい?」


 ああ、またあの掟か。


「……団員同士、楽しく過ごせってか?」

「そうだよ。

因みにこんな可愛らしい掟でも島百合団の掟は絶対さ。

だからそれを破ろうものなら……」

「破ろうものならなんだよ?」


 いちいち溜めるな面倒くさい。


「白瀬っち主宰による公開罰ゲームが待ってるぞ!」

「なんだよ、その公開罰ゲームってのは」

「ほら、たまーに第2合同体育館で

学園長がスピーチしてるじゃんか」


 いわゆる朝礼とか終礼なんかの事だな。


「ああ、そうだね。で、それがなんだってんだ?」

「で、それとはまた別に島百合団員だけの

特別事項公開スピーチってのがあるわけ。

まあ特別事項ってのは、

自分の恥ずかしい過去を公開するってやつでな」

「おい、まさかだろ!?」


 そんなのイジメみたいなもんじゃんか!


「因みに1分間黙ってると、そいつの代わりに

あたしら四天王とか三傑集が全てを暴露するのさ。

まあ聞く方は自由参加だから、

団員総数の半分くらいしかいないんだけどな」

「いやいや、つまりそれって初等部から大等部問わず

5百人いる生徒の前にデンと立って、

お立ち台でスピーチする様なもんだろ」


 そんなもん、気の小さい子がやろうもんなら

心臓がぶち壊れてしまうがな!


 あたしでも、ちょいとヤバいレベルだぜ!?


「だから公開罰ゲームなわけじゃんか。

あと、三傑集と四天王は強制参加だから

私もそれに出なくちゃいけないわけよ。

ハッキリ言って胸糞悪いよ?」

「当たり前だ!

そんな悪趣味な罰ゲームやめてしまえ!

つうか、お前も止めろよな!」

「残念だけど、私みたいな雑魚には無理だ」


 何を言ってるこいつ、お前一応さいひー除いて

トップ7に入るんじゃないのかよ?


「どういう事だよ?」

「……公開罰ゲームは今の団長が考えた事、

そしてあの人は表はおっとりしてて話しやすいが、

中身は多分どこの誰よりも冷徹極まりない。

だから、私なんかじゃあの人を止められないのさ。

寧ろ返り討ちにあうかもな」

「嘘……だろ?」


 いや、あたしは正直橘花のいう事が正しいとは

思っていたが、それでもやっぱりあたしの体は

素直に受け止めてくれないのさ。


「はは、二実の顔にも書いてあるじゃん。

あの人が下手なホラー映画よりも

ずっと怖い存在だって事をね」


 ああ、今のあたしは正直恐怖に怯えているさ。

 だからそれが顔にも出てるんだろうよ。


「へへ……マジで冗談キツい組織だぜ……」

「うん、それは私も承知してるわ。

だからこそ、私は公開罰ゲームを食らった奴を

裏でケアしてるんだぜ?」

「なんだいそれは?」

「つまりはメンタルヘルスケアって奴かな。

それでカワイイ女の子を全員慰め、

ハーレムしようと企んでるのさ」


 最後の一言は冗談だろうが余計だ、バカ野郎!


 とはいえ、真面目な顔で話してるもんだから

橘花は本当にそういう事をしてるってわけだな。


「……ったく、お前本当に食えない女だな」

「へへ、決まってるじゃん。

私は女の子がガチで大好きだから、

そんな子が傷心してる姿なんて

見たくないわけだよ」

「それはあたしも同意しとく。

なんつうか、あたしは少しお前の事を見直したわ」


 マジでな。こう言う奴も島百合団内にいるんなら、

とりあえず組織的に崩壊する事は無いんだろうなあ。


「このカッコいい私に惚れ直したかい?」

「その一言が無ければ、

カッコいい奴で済んだんだけどな」

「へへ、まあアレだ。

私とあんたは似てるから、とりま仲良くしようぜ?」

「はは、考えてやらんでもねえがな」


 そんであたしらはお互いに拳を握り、

それをぶつけ合った。


「つうことで、そろそろ夏の話を聞かせてくれよ」

「おっとすまん。すっかり忘れてたわ」


 冗談なんだろうけど、

こいつガチで忘れてそうだからイラつくわ。


「二実、あんた最近靴箱にラブレター入ってるか?」


 なんだよいきなりって思ったが、

言われてみればサッパリなんだよなあ。


 いつもなら1週間に

5通くらい入ってるんだけどなあ。


「全然ねえよ」

「ふふっ、ちょいと寂しいかい?」

「バカ言え、むしろ返事返さなくていいから

すげえ楽チンだわい」

「そりゃあ良かった。

じゃあさ、それはいつからかとか覚えてるかい?」

「うん? たしか3週間前からじゃね?」


 そうだな、そのくらいからで間違いないじゃん。


「つうか、お前はさっきから何が言いたいんだよ?」

「いやさ、実はあたし先週の月曜日なんだけどさ、

朝6時半くらいの早い時間に来てた

日向さんを見かけたんだよね」


 おい、まさかそれって……。


「でね、誰もいない瞬間を狙って

あんたの靴箱を漁ってたんだわ」

「まさか……だろ?」


 そんなもん、あたしは認めたくは……。


「いや、これがマジでさあ。

そんで日向さんの手には……」

「やめろ……」


 本当に、それ以上は話さないでくれよ……。


「たくさんのテガ……」

「やめろって言ってんだろ!」


 思わずあたしは激昂して席を立ち、

テーブルをバアンと力強く叩いて少しカレーを零してしまう。


 そんで辺りはざわざわし始めてたから、

きっと他の奴らが注目してるんだろうよ。


 だが今はそんな事どうでもいい!


「デタラメばっか言うな、この野郎!」

「わ、悪かった。もうこれ以上は口にはしないから

とりあえず落ち着いて席に座れ……な?」


 それで少し冷静さを取り戻したあたしは、

席に座り直して備え付けられた紙ナプキンで

零したカレーを拭きとる。


 そんで辺りからざわめきが消え、

今度は静寂が訪れる。


 あたし達二人も少しの間だけ沈黙したが、

すぐに辺りはいつも通りの会話を続ける

生徒達へ戻ったため、

あたし達も夏に関する話の続きを始めた。


「悪い……思わず叫んでしまって……」

「いや……もしかしたら私の見間違え

だったかもしれないし、少し図太すぎた。

本当に悪かったな」

「……いや、さっきは思わず怒ったが

それは間違いない事実だろうよ」

「あんた、それを認めちゃっていいのか?」


 バカ野郎、そんなもん認めたくはないさ。

 だが……事実は事実として受け止めないと

あたしは自分にウソを吐く事になる。


 それだけは絶対にダメだ。

 あいつ……夏の事を表立って

無二の親友だと思うなら絶対にな。


「認めるしかないのさ……。

だが、一応本人から話は聞いてみるけどな」

「……ああ、そうしてくれ。

とりま私はあんたの幸運を祈ってっから」

「おうともよ」


 そんで食事を終えたあたし達は、

そのまま高等部1-D組の教室へと戻っていったのさ。



 で、放課後が来て昨日と同じように

ユニオンジャックフレームの自転車をこいで

新聞部へ向かってたわけ。


 その時、テレレレレンッっと着メロが流れてくる。


「んあ、誰からだろ」


 あたしは自転車から降り、片手で押して歩きながら

携帯画面を確認する。


「……夏!」


 あたしは速攻で電話を出て応答した。


「もしもし、夏かい!?」

『ええそうだけど、どうかしたの?』


 おいおおい、こいつマイペースにも程があるじゃんよ!


「どうかしたのじゃない!

昨日や今朝だって、あたしに連絡もよこさず

一人で学園に来てたじゃないか。

あたし、マジで心配してたんだぞ!」

『それはゴメンなさい……心から謝るわ』

「いや、まあこうして元気でいてくれるなら

別にいいんだけど……」

『それでね二実、島百合団の仕事が全て終わったら

あなたがだいぶ前にグッスリ寝てた例の公園に来てくれない?』

「うん、まあいいけど多分6時を越えるぞ?」

『いいよ、私もその位までかかりそうだから』


 ああ、きっと部活でもするんだろうな夏の奴は。


「そっか、それじゃあ全部終わったらまた電話するわ」

『よろしくね?』

「おうともよ」


 それであたしは携帯の通話を切ったのさ。


 あと放送室の件だけど、

今は黙っておくことにした。


 後でジックリと話したいからね。


 それとさっきの橘花が言ってた件も含めてな。


「さて、とりあえず急いで仕事を済ませますかね」


 自転車に乗り直したあたしは、

少し急ぎめにペダルをこいだ。



 というわけでやって来ました新聞部。


「よっす、ありすぅー」

「よっす、あねさん」


 部室の中には相も変わらず

やる気のなさそうなありす一人しかいない。


 んで、そのありすは何をしてるかと言うと、

なんかの記事を書いてたっぽい。


「んあ、それは何の記事だい?」

「へえ、来週の月曜日に中央公舎前掲示板に

貼る記事ですが」

「はえー」


 因みに中央公舎ってのが、

昼休みにあたし達がトークしてた放送室や職員室、

生徒会室、オマケに学園長室なんかがある建物なわけ。


 いわゆる学園の中枢機関みたいなモンかね。


 ただしあたしはそこの掲示板に貼られた新聞を

読んだことないけどな。


 ありす、今思えばマジでゴメンなさい。


「ええと、記事の内容はっ、と……」


 ん、何々?


 ――初等部のみなさんいつもご愛読ありがとうございます!

恐怖新聞記者の若狭ありすです!

ここ最近、学園内でとある怪奇現象が起こってるんですが

皆さまはご存知でしょうか。

 第2初等部学び舎1Fトイレの一番奥個室にある壁に

謎の模様みたいな赤い染みがあるんですが、

なんとそれがグネグネと動くらしいではありませんか!

 それを目の当たりにした初等部4年生のとある少女Aさんは

パニックに陥って、非常に怖い思いしたらしいですぜ。


 って、途中まで記事を読んで思ったけど……なんだこりゃ。


「えっと、ありす? これってどういう記事?」

「ええ、これは初等部学生用にこしらえた

恐怖新聞の記事ですが、何か?」


 いや、まあそうなんだけどさ。


「つまり、お子様用新聞って奴かね?」

「へえ、まあ大体そんな感じですが」

「因みに初等部の子達は読むの」

「もちろんす、このシリーズの記事が反響を呼んで

たくさんのお便りがきますぜ」


 とか言いながら、新聞を敷いてある机の中から

たくさんの封筒を取り出してあたしに見せてくれたよ。


 なんか苦情とかも入ってそうだけどな。


「マジかい」

「へえ、しかもあっしは初等部学生用新聞とはいえ

事実しか書かないんで

信憑性は高いと評判なんす」


 え、これが事実ってマジかよ!


「く、空想じゃねえのか?」

「あっしは空想的な事を記事にするのは、

あまり得意ではありませんので」

「……やなもん聞いちゃったじゃん」


 あたし、子供用とは言え怖いのが苦手なんだよ!


「へえ、ですが中等部用の恐怖新聞もありますし、

なんなら高等部以降用のもありやすぜ?」

「やめて、あたしそれだけは絶対見たくないから!」


 どうせ精神的にも相当怖い記事なんだろうがよ!

 マジやめてくれ!


「へえ、あねさんがそうおっしゃるのなら……」


 あ、あれ。珍しくありすが俯いて落ち込んでる感じ?

 顔は無表情だけどな。


 と、とりあえず他の新聞にも目を通さないと!


「あのさあ、他に記事は無いのかな。

スポーツ記事とかさ」

「へえ、ありますが読んでみます?」

「お願い!」


 そんでありすは立ち直ると左壁際に移動し、

上の方に貼ってある新聞をぴょんぴょん跳びながら指さす。


 くっそ可愛らしいな。


「あねさん、こちらを読んでくだせー」

「お、おう」


 いかん、目線が可愛いありすの方にいってしまう。


 とにかくあたしは邪念を捨て、その記事に目をやった。


 んんっと?


 ――先週土曜日に行われた中高等部空手部による

強豪早乙女女学園の試合結果でございます。

ルールは伝統空手|(寸止め空手)で、

通常では空手にはない勝ち抜き5人制ですぜ。

南條女学園の相手チーム5人をストレートで勝ち抜いた事で

有名な副部長の日向夏さんが今回もやってくれましたとも。

 先鋒に置かれた日向さんは強豪の生徒5人を、

1分足らずで特に苦する事無く打ち負かしてくれたんです。

 これに対して部長である屠龍神菜(とりゅうかんな)さんは

こう申してました。

 夏を倒せんようではオレを倒す事など到底かなわん、

強豪なら強豪らしくもっと鍛え直してこい、との事らしいです。

この言葉にはあっしも痺れちゃいますね、憧れちゃいますね!


 とまあ、そんな事が書いてあったんだけど、相変わらず夏は

人外染みてる格闘能力の持主なんだよなあ。

 それでいて頭もいいし可愛いし、しかもスタイルバリバリとか……

ちょっと待て、これ完璧超人じゃねえかよ!


 それ以上にこの屠龍神菜ってのがヤバいお方に違いないぞ。

 なんせ、あの夏よりも自分の方が強いって発言してるしなあ。 


「それにしても、ありす?」

「何か?」

「なんかこの新聞の記事見てるとさ、

いつものありすよりイキイキしてないか?」

「へえ、そうなんすかねー」


 あ、自覚は無いのか。


「いやいや、めっちゃテンション高いぞこの感じ」


 嫌いじゃないけどな。

 むしろ大好きだよ。


「なるほどー、流石はあねさんすね。

見るところが他とは違いま」

「へへ、ありがとさん。

まあそれはいいとして、

普段もこのくらいイキイキと発言すれば

いいんじゃね?」

「へえ、そう心得てるつもりなんすが」


 あ、そうか。

 こういう感情表現なんかもありすは苦手なのかあ。


「まあ、とりあえず笑えばいいと思うよ」

「それはここで言うセリフなんすかねー」

「……あはは! なんか違うわ!」


 って、あたしが笑ってどうすんだいって感じ!


「それではあねさん、そろそろ学園長との

面会時間になりますんで一緒に着いてってもらいま」

「あ、オッケーありす。因みにあたしは何をすれば?」

「あねさんには書記を頼みま」

「分かった、任せとき!」

「それではあねさん、あっし達だけが一番初めに

知れるであろう事の真相を聞きに行きまっせー」

「おうともよお!」


 そんなこんなで一眼レフカメラ|(ほぼ使わないらしいけど)と

メモ帳筆記用具を持ったあたしは、

楽しそうに歩くありすの頼りある背中を着いていった。


 思わず後ろから抱きしめたくなるのは、ありすには内緒だぜ?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ