第18話 パジャマパーティーは突然に ― 中編
「姉さんおかえりー」
「ただいまー……ん?」
一葉姉さんはクレアさんの靴を見て
何かを察した顔をしてた。
「そっかあ、二実のお友達が来てるんだねぇー」
「あはは、まあ正確には先輩だけどねえ」
「うんうん、いいことじゃないのー」
姉さんはそう言いながら玄関で座って
黒いパンプスを脱ぎ始めてた。
「うん、でもおかげで三香が閉じこもっちゃってさあ」
「ふうん……そっかぁ。因みにその子は優しい感じの子?」
「えっと、釣り目だから冷たく見えるけど
基本的には大人しくて優しい|(?)んじゃないかな」
あたしにはトコトン当たり散らすけどな!
まあそれはいいとして、
あたしの答えを聞いて姉さんの顔がニヤリとしてた。
あ、これなんか企んでる顔だわ。
「ふふ、分かったわ二実。
じゃあ私は三香を呼んでくる」
やっぱりなあ。
「いやあ、でも多分来ないんじゃあ……」
「バカねぇ二実、嫌でも来させないと
三香が社交的で素敵なレディになれないでしょ?
社会体験ってやつよ」
うん、その通りだ姉さん。
姉さんの言う事は何も間違っちゃいないわ。
だからあたしも思わず同意して頷いちゃった。
「それで、どうやって連れてくる気なの?」
「ふふ、それはこの私に任せなさい♪」
うむ、こりゃなんかとんでもない事
考えてそうだなあ……。
まああたしに害がなけりゃそれでいいか。
とかゲスい事考えてると後でバチあたりそうだけど。
そんで姉さんは靴を脱いで立ち上がると、
そのまま二階へ上がる階段に向かおうとする。
だからあたしも台所へ戻ろうと考えたのさ。
母さんに姉さんの一大プロジェクトを
伝えたかったからねえ。
「おし、それじゃあちょっと三香を説得してくる!」
「おう、頼んだぜ美人の姉さんよ!」
と、あたしら二人はノリノリでそう言い合いながら
それぞれ行くべきところへ向かったのであった。
その行方や、いかに!
○
あたしは台所に着いたら母さんに
ニヤけた顔を向けた。
「母さーん」
「あら、そんなにニヤニヤしてどうかしたの二実ちゃん?」
「へへ、姉さんが三香の人見知りを直すために
連れて来るってさ」
「そう、それは助かるわぁ~」
「だよねえ」
「それで次は二実ちゃんに女の子らしい言葉使いを
身に付けさせないとね」
「ごめん母さん、そりゃ無理ってもんですたい」
思わず素に戻っちゃったじゃんか。
「知ってるわ、でもワタシは諦めませんからね!」
ヤバいぞ、母さんの目が燃えてる。
つまりこりゃマジってやつなんだろうなあ。
「あうう……」
「ふう、サッパリしましたわ♪」
おっと、ひとっ風呂浴びたクレアさんが台所にやってきたぞ。
ちゃんと桃色パジャマも着ているし
髪も全部下ろしてるからなんか新鮮だわ。
というかあれだな、お子様が着るようなパジャマだから
150っていう身長も相まって12歳ぐらいの
銀髪幼女に見えるぞ。
くっっっそ、可愛い!!!
思わず抱きしめたくなるが母さんが目の前にいるからね。
できるわけが無いよね。
「きゃあああ、クレアちゃん可愛すぎ~!」
「きゃっ!」
とか考えてたら母さんがクレアさんに抱き付く始末。
「ちょ、ダメだって母さん!」
一人でズルいじゃんか!
「あたしもあたしもー!」
「うわあっ、二実まで何を!」
「だって可愛いんだもんよ!」
あたしと母さんに挟まれるように抱かれたクレアさんは
もうヤバいぐらい顔を赤らめながらあたふたしてた。
「あわわわわ……」
「うふふふ~♪」
「かわええのう、かわええのう!」
クレアさんの柔らかい頬っぺたをスリスリ、
なんか温かくて心地いい!
「えっと、母さんに二実。三香連れて来たんだけど
お客さん相手に何はしゃいでるの?」
おっとヤバいぞ。
黄色いTシャツと黒のショートパンツに着替えて
冷めた目をした姉さんと、
その姉さんの背中に隠れてジーッと見ている漆黒ゴスロリ三香が
あたしの気付かないうちに台所に来ているじゃないか。
だからあたしはとりあえず、そそくさとクレアさんから
離れちゃったよ。
それでも母さんはクレアさんを抱き締めながら、
ほっこりとした顔を姉さんに向けてたけども。
「あら一葉にみっちゃん。
この通り可愛いお客様がいらしたわ♪」
「あうう……」
あーあ、クレアさんが困ってらっしゃる。
「はいはいお母さん、お客様が困ってるから
離してあげましょうね」
そんで姉さんが手慣れた感じでクレアさんから
母さんを引き剥がしてたもんだから、
母さんは不満そうに頬を膨らませてたよ。
「あんもう、一葉のイジワル!」
この時三香はそそくさと
あたしの背中に隠れてしまうし。
なんかこのやり取りを見て、
初めて母さんと夏が出会った時の事を
思い出しちゃったわ。
あの時も母さん、
夏がお人形さんみたいで可愛いとか言いながら、
ずーっと夏を抱き締めて離さなかったからなあ。
んで、まだ幼稚園児の三香があたしの背中に隠れ、
母さんに呆れながら当時学園の大等部に通ってた姉さんが
帰ってきたと同時に、
夏から母さんを引っぺがす黄金パターンができあがるわけ。
懐かしいなあ。
「はいはい」
「むーっ!」
怒ってる母さんをスルーして、
姉さんは戸惑っているクレアさんに笑顔を向けた。
「ごめんなさいね、母が迷惑掛けちゃって」
母さんが何か言いたげな顔をしてたが、
頬を膨らませたまま黙ってたよ。
「あ、いいえ。わたくしは大丈夫ですが……」
「そう、良かったわ。
とにかくこんなところで立ち話もなんだし、
居間のソファーへ向かいましょう?」
「あ、はい」
んで、姉さんはクレアさんの背中を
さり気なく押しながら居間へ向かってった。
その後ろをあたしと三香は着いて行こうとした。
「二実ちゃん、ワタシは料理が完成したら食卓にいくから、
みっちゃんのことよろしく頼んだわね?」
「オッケー」
でも母さんは台所に残るみたいだ。
まあすっかりと気を取り直してルンルンと鼻歌混じってたから、
さっき姉さんが引き剥がした事は全然気にしてないっぽいね。
「三香、とりあえずあたし達もあっち行こっか」
「……うん」
というワケで、あたしの背中で縮こまってる三香を連れて
あたしも居間のソファーへと向かったってわけさ。
○
そんで50インチの大型液晶テレビから
3メートルぐらい離れた長方形の黒い木机の左右にある
3人座れるぐらいの長さのソファーに
左右別れてあたし達は座り込んだ。
テレビから左側ソファーには姉さんとクレアさんが座り、
右側ソファーにはあたしと三香が座った。
そんで、クレアさんは姉さんと距離を置いて
肩身が狭そうに俯いて縮こまり、
三香はあたしの腕に抱き付きながら
クレアさんの様子をチラチラと伺っていた。
とにかく二人とも愛くるしい動作をしてたわけさ。
「それではここで自己紹介しましょうか♪」
「おお、いいねえ姉さん」
そんな二人を気遣ってか知らないが、
姉さんがそう言うもんだからあたしも
うんうんと頷いた。
「ではまず前座の二実、どうぞ!」
よし待ってたぜ!
「ええー、あたし秋月二実はぁ~
豊穣女学園に通う花も恥じらう乙女でござんすぅ~!
んで、この通り乙女なもんすから
いっちょ前に恋なんかもするんですが、
一向に実ることはありませ~ん!
お客さん何故だか分かりますか~い?」
んでクレアさんに目配せ。
したらクレアさんは困り顔で悩んでた。
「ええっと……それはどうして?」
「へえへえそれは簡単ですぜぇ~!
何故ならそれは、あたしにタマが
ないからっすわぁ~!」
因みにこれには意味が二つ掛かってるんだぜ。
恥ずかしいから解説しないけどな!
ほんでパチパチと笑顔の姉さんが拍手するが、
他二人は頭にハテナを浮かべるように首を傾げてた。
「いやあ流石二実ちゃん、
下ネタだけど面白いわぁ!」
「ど、どういう意味がありますの?」
「……理解できないよ」
あはは、どうやらこの意味を理解したのは姉さんだけみたいだ。
二人はちんぷんかんぷんだもんなあ。
「ふふ、男の子の大事な玉と
肝っ玉を掛けてるのよね?」
「え、男性の大事な玉とは?」
「……相変わらず下品だし」
あたしが考えてるそばから解説するのはやめて姉さん、
なんか恥ずかしいから。
しかもお嬢さまであるクレアさんの口から
出てはいけない単語が出始めるし!
それとあたしの隣でぼそりと呟くのやめろ三香!
だが怒るのは我慢だあたし、今宵は笑って許すのだ。
「あはははは、まあ姉さんの言う通りだけどさあ」
とにかくあたしゃ、笑って誤魔化すしかなかった。
あとこれ以上ツッコまれたくないし座っとこ。
「ふふ、じゃあ次は三香の番よ?」
「えっ……」
そんで姉さんに自己紹介を振られた三香だが、
モジモジとしながらあたしの腕をギュッと掴んでやがる。
たく、いつもこうなら可愛げあっていいんだけどなあ。
「ほら三香、早くしないとお客さんが困っちゃうぞ」
「あう……」
「あ、わたくしは別に構わなくてよ? ええと……」
「……三香」
お、小さくとも自分の名前をちゃんと紹介してるじゃんか。
えらいぞ三香。
だもんだからクレアさんが満面の笑顔を三香に向けてたよ。
「ふふ、ありがとう三香さん。
三香さんのペースで自己紹介すればよろしくてよ?」
「……うん!」
ふむ、少しずつだけど三香の顔も綻んできてるなあ。
「わたし……秋月三香は初等部6年に通う
可憐な女子小学生なの」
「ふふ、そうなの。ご趣味は何かありまして?」
笑顔のクレアさんから質問受けて三香は一瞬戸惑うけども、
クレアさんの笑顔を見て安心してホッとしてた。
「えと、コ……コスプレが趣味で……
いろいろお裁縫をしてるの」
因みに三香は小3からこの趣味を持っててな。
だいぶ前に着てた子供用忍者服も
三香お手製のモンだったわけさ。
オマケにこの前も、バチンと取れたあたしの制服ボタンを
モノの数秒で直してしまうし。
ただしアイス1個奢るハメになったがな。
だからまあ手先はかなり器用な方なんだよなあ。
でも何故か料理はクソ下手だから、
今度あたしと一緒に母さんから
料理の基礎を習おうか、三香よ。
「コスプレ……?」
おおう、クレアさんたらコスプレは知らないのか。
頭にハテナを浮かべてらっしゃるぞ。
そんで悩むクレアさんにあたふたする三香の代わりに
あたしが応えたげよ。
「ええとですねクレアさん、コスプレと言うのは
コスチュームプレイの略でしてね」
「はあ」
「例えばアニメかなんかのキャラの恰好を模して衣装を作り、
それを着て楽しむ遊びなワケでござんすよ」
「なるほど、把握したわ。
つまり三香さんが今着ているゴシックドレスも
三香さんお手製の洋服なのね?」
「うん……」
うむ、なんか三香が不安そうな顔をしてる。
やっぱ人前でコスプレの事を言われると恥ずかしいのかね。
それにしてもクレアさんが何故か瞳をキラキラと
輝かせてたのが若干気になるが。
「とてもお上手ですし、何よりカッコいいわ!」
あっ、そういう事すか分かります。
どうやらクレアさん、三香の作った漆黒のゴスロリ衣装が
気に入ったみたいすわ。
「ホント!?」
そんで衣装を褒められた三香も照れくさそうに頬を染めながらも
すっごい嬉しそうにしながら興奮してたし。
「ええ、今度是非ともわたくしも着てみたいわ!」
「……うん! お姉さんさえ良かったら、わたしなんでも作る!
お姉さんは衣装映えしそうだし!」
「ふふ、是非ともお願いしたいわ」
ううむ、なんかよく分からないけど理解者がいて良かったなあ三香。
なんか微笑ましいぜ。
「他にも三香さんは何かしてまして?」
「うん、ええとね、魔法少女やってる!」
「魔法少女?」
「は?」
「えっ?」
なんか今、とんでもない電波発言を聞いた気がするぞ、おい。
おかげであたしだけじゃなく、姉さんも困惑してしまっとるし。
そんで何故か言ってしまったご本人が一番あたふたしてるし。
「あっ違! 今の違くて!」
ううむ、こりゃあ三香なりに冗談を言ったんだろうな、きっと。
でも冗談言い慣れしてないからマジで慌てて
恥ずかしがってる。
「あうう……あうう……っ」
やばい、こりゃ今にも泣き出しそうな顔になってるし。
しゃあない、ここはあたしが助けてやるか。
「そうそう、三香は魔法少女のコスプレもしてて
ごっこ遊びしてるって、そんな話なわけですよ、お二人さん?」
「あっ、なるほどぉ」
「そういう事なのね」
あたしのフォローを聞いて姉さんは納得し、
クレアさんもウキウキしながらうんうんと頷いてた。
なんだろう、実はクレアさんたら
意外とそういう遊びが趣味なのかね。
「う……うん、そうだよ。二実ちんの言う通りだよ!」
で、三香もあたしのフォローにホッとした顔で便乗してたから
助かったんだろうね。良かったよかっただわあ。
だが二実ちんと呼ぶのはやめろ!
まあ今日のところはクレアさんの手前もあって許してやるがな。
「ふふ、魔法少女の衣装……
わたくしも実に着てみたいわ……」
「ええっと、クレアさん?」
ダメだ、クレアさんたらすっかり自分の世界に入り浸ってる。
まあ、あたしもこういうのぶっちゃけ
嫌いじゃないんでオールオッケーですがな。
そんであたしの声を聞いてクレアさんはハッとして、
キラキラさせてた瞳を落ち着かせて取り繕ってた。
ですがそれはもう手遅れってもんすけどね、クレアさん。
「あら、わたくしともあろうものが少々
興奮しすぎてしまったわね……」
「うふふ、三香の紹介はこのぐらいにして
次はお客様の紹介をしてもらいましょ~」
姉さんがそう言ったらクレアさんがビクッとしてた。
まあ、しゃあないね。
「あ、はいっ!」
「クレアさん落ち着いて話をするんすよー」
あたしがそう言ったら何故か怒り顔を見せるクレアさん。
「も、もちろんですわ!」
うん、だいぶ我が家に馴染んできたみたいだなあ。
良かったっぺ。
そんでクレアさんは一度咳払いしてから自己紹介を始める。
「コホン……。
わたくしの名前はクレア・ミラージュと申します。
趣味は読書を少々と、テニスをやっておりますわ」
「へえ、クレアちゃんもテニスやってるんだ~」
「ええ、これでもわたくし自分の腕には
とても自信がありますの」
ええ知ってますとも。
つい最近、あたしはあなたからボロ雑巾の様に
打ちのめされたからね!
「ふふ、そうなのね~。
今度是非とも私とテニスしてもらいたいわぁ」
実は姉さん、運動不足解消のために
趣味でテニスをしてる割には相当強くてね。
なんていうか動きが軽やかなんだよなあ。
ぶっちゃけあたしよりもうまい。
というか、あたしは姉さんに負けるのが悔しくて
日々テニスを頑張ってるわけだからねえ。
「ええ、来るもの拒まずでしてよ?」
そんでクレアさんも姉さんの実力を察してるのか、
いつでもどんと来いと言った感じ。
なんでだろうね、
あたしの時はすごく面倒くさそうにしてたのにね。
あたし今、猛烈に泣きたいんだけど。
「ところで、クレアちゃんはどんな本がお好き?」
「ええ、文学を少々ですが」
「そう、でも本当にそれだけ?」
おや、今日はなんか姉さん攻め攻めだなあ。
そんでクレアさんもタジタジだし。
「ええと……ファンタジー小説などが特に
大好きですわ……」
あら、なんで顔を紅くしてんだろうねクレアさん。
あたしゃ、すっごい良さげな趣味だと思うんだけどなあ。
「ふふ、いい趣味を持ってるのね。
私も幻想的な物語は大好きだから気持ちは分かるわ」
ほら、姉さんだってこんな感じだし。
「本当……ですか?」
「勿論よ、嘘なんて吐かないわ」
それを聞いて安心したのか、
クレアさんの顔が嬉しそうに綻ぶし。
「では、今流行りの空想冒険譚は読んでまして?」
「〈カルマの物語〉の事よね?」
「そうですわ! 主人公のカルマが道往く人間の業を
自ら背負っていきウンヌン――」
「――ええ、それでカルマは業を背負い過ぎてウンタラ」
「そうですわ、瘴気をまとったナントカカントカ」
「わかるわ、謎の少女が出たあたりから
すごく話の続きが気になり――」
なんだ、なんか知らんが二人が唐突に盛り上がり始めたぞ。
こりゃ長くなりそうだから落ち着くまで
あたしの隣に大人しく座ってる三香と話をしとこ。
「ねえ三香」
「なあに、二実ちん?」
「また二実ちんか、その呼び方はやめろって前にも……」
「ごめんなさい」
ん?
「なんだいいきなり?」
「今日は二実ちん、わたしを助けてくれたから」
ああ、さっき魔法少女がどうとか言ってたところの事かね。
「いいよ別に、可愛い妹が困ってたら助けるのが普通だろ?」
「うん……そうだよね」
なんだろうな、なんか今日の三香はやたらとしんみりしてて
正直気持ち悪い。
これならいっそ、いつもの様にイタズラ大爆発してくれたほうが
清々しい気分だぜ。
「お姉ちゃん……」
「は?」
なんだよこいつ、いきなり昔の呼び方しやがって。
マジでおかしいぞ。
「三香、お前何か拾い食いでもしたのか?」
「……うん、そうかもしれないね」
こりゃ重傷だな、友達と喧嘩でもしたんかな。
「なんか悩みでもあるのか?」
「ううん、無いけど……」
「本当か?」
「大丈夫、わたしは平気だから」
だが、あからさまに平気じゃないだろ、真面目な話さ。
「やっぱ、あたしには話したくないのか?」
「そうだね……お姉ちゃんには話したくない」
「そっか、まあいいや」
とにかくあたしは三香の頭を撫でてやった。
「あう……」
「だけどな、あたしはあんたの姉だ。
んで、妹が困ってるのを放っておくなんて無理。
だからさ、ガチで困ってるんなら包み隠さずに言えよな?」
「うん……いつか絶対話すから」
それだけ言うと、三香は俯いたまま
何も言わなくなってしまう。
だもんだからあたしは三香の体を
自分の左脇腹に寄せてそっとしといたのさ。
すると三香もあたしの左脇腹に頭を埋めながら
両手でギュッと握ってくる。
そん時の三香の体は少しだけ震えてたな。
時刻はもうそろそろ8時半を回る頃かね。
そんなこんなで姉さんとクレアさんの20分にも渡る
長ったらしい会話も終了し、
いつの間にか三香の奴もあたしの脇腹でスヤスヤと眠ってた。
なんか起こすのも悪いから、とりあえず三香を2階に運ぼうかね。
それにしても食卓からポトフや炒め物とかの
いい匂いが立ち込めてるなあ。
特大パフェ食っときながらあれだけど、マジで腹減ったわ。
「姉さん、あたし三香を2階に運んどくから
姉さんはクレアさんと一緒に食卓に行っておいて」
「ええ、分かったわ」
ほんであたしはグッスリ眠る三香をお姫様抱っこして
2階にある三香の部屋へと運んだ。
○
三香の部屋に入るとあたしは灯りを付けて三香のベッドへ
そっと寝かせてやった。
そんで、一見何もない様に見えるぐらい片付けられてる
三香の部屋をついつい眺めてしまう。
「うん、やっぱりあのミシンはいつ見ても手入れされてるな」
三香の勉強用机の隣にあるもう一つの大きな机上には
三香専用の割と上等なミシンがあってさ、
その隣には折り畳まれた派手な衣装なんかが置いてあるわけ。
その衣装が気になったあたしは思わず手に取ってしまったのさ。
「猫をイメージしてるのかね?」
なんだろう、黒い子猫の様なイメージが浮かぶドレスだし、
尻尾なんかも付いてあるじゃん。
お、よく見たらこれ猫耳フードが付いてるのな。
正直可愛らしい衣装だったんだけど、これを我が妹が
着るんだろうって考えるとちょっと嫌な予感しちゃう。
だって容姿的には可愛い三香がそんなもん着るんだもんよ。
そんなの悶絶するに決まってるだろ!
しかし作ってる最中だったのか、
スカートの部分がまだ未完成っぽかった。
たぶん完成したら、足元までがっつり届きそうなぐらい
デカいスカートになりそうだなあ。
「しかし、夏場にこんなの着たらクソ熱そうだよなあ」
なんというか、あたしが夢が無い奴だって
ハッキリわかる瞬間がそこにあった。
ああ、歳を取るって寂しいもんだなあ。
「あれ?」
今、三香のベッドの下に何かが
ササッと入っていった様な気がするが
あたしの気のせいかもしれない。
「でもアレだな、一応調べとくか」
んであたしが屈んでベッド下を覗こうとしたその瞬間、
「二実ちゃーん、もう夕御飯できたから早く降りてきなさーい!」
と、母さんの叫ぶ声が1階から聞こえてきた。
「やべ、すぐ行かないと」
だもんだからあたしはベッドの下を覗く事なんか忘れて
急いで部屋の灯りを消してから2階廊下へ出ると、
静かに扉を閉めてから食卓のある居間へと戻っていったのさ。
○
そんで食卓に来たら
黒こしょうがふんだんに掛けられたチキンソテーと、
ホワイトソースが掛かるサーモンのムニエルに、
ニンジンやキャベツとジャガイモと共に
牛ヒレ肉を煮込んだポトフ、
そんで各種チーズの盛り合わせが
並んでいたわけである。
「うわあ……凄すぎるなあ」
なんというか手が込みすぎている。
あまりにも凄すぎるぞ本当に。
あたしはそんな三つ星シェフ顔負けの母さんを
尊敬せざるを得ないっての。
「これは赤ワインが捗るわぁ♪」
んで、流石の姉も今日は赤ワインに手を付けてたし。
とにかくあたしはクレアさんの
空いてる右隣の椅子に座ったのさ。
で、母さんがあたしの正面の椅子に腰を下ろす。
「さあ、少し時間を掛け過ぎたけれど
クレアちゃん召し上がれ♪」
「あ、はい!」
うむ、クレアさんも母さんの料理を一目見て
呆気に取られてたもんだから、
声掛けられてビクッとしてたよ。
「ナイフとフォークで大丈夫よね?」
「あ、できればお箸の方が欲しいのですけど……」
あたしら3人はお箸を持ってるんだけど、
クレアさんだけはナイフとフォークを用意してくれる母さん。
母さんたら気が利くなあ。
あ、でもナイフとフォークを見てクレアさん戸惑ってた。
「ええと、クレアさんてもしかしてナイフやフォークを
使えない系すか?」
「し、失礼な! ちゃんと使えます!」
ありゃ怒っちゃった。
「そうですか、でもそれならなんで箸なんて?」
「ええと、お箸の方が利便性がありますし。
何より日本ではお箸を使わなくてはと、
わたくし決めてますの!」
「へえ、なるほどねえ」
理由がイマイチ分からないけど、
結局箸の方がクレアさん的に使いやすいってことだね。
「はいクレアちゃん、お箸よ」
んで、あたしとクレアさんが話してる間に、
母さんはいつの間にかお箸を持ってきてくれてたみたい。
「ありがとうございます!」
そんでクレアさんは笑顔で箸を受け取ってた。
しかも箸の持ち方は完璧なわけであるし。
「ふふ、下手をすると二実よりもお箸の持ち方が上手ねえ♪」
うんごめんね母さん、行儀の悪い娘でさ。
「わたくし、二実にだけは負けたくありませんから!」
「ええー?」
なんで箸の持ち方ひとつで勝負をしないと……
あたしには理解できんぞ。
まあいいけどね。
そんなこんなであたし達はワイワイといろんなことを語りながら、
母さん絶品の料理を食べてたのさ。
そこでクレアさんが姉さんに向けて話してた事で
とんでもない事実がひとつ分かったんだけど、
どうやらクレアさんは全世界に支社を置く
有名な製薬会社――グレート・メディスン社の社長令嬢らしい。
でさ、その会社の総資産は日本の国家予算を
軽く超えるとか。
そんなマンガみたいな話聞いたことないべ。
だからその話を聞いた姉さんはすこぶる興奮してた。
でも母さんはクスクスと楽しそうに聞いているだけで
特に驚いてなかった様子だったなあ。
という事はだよ、母さんはそんなとんでもなく
偉い人と物怖じせずに直接対話してたわけよ。
しかも、その人から快く誘われる始末……。
なんか逆に母さんの存在の方が怖い気がしてきたわ。
そんでクレアさんが母さんの料理を心底気に入ってくれたらしく、
できる事なら家の専属シェフにしたいとか仰ってた。
マジで金持ちはヤバいわあ。
「ふええ、もうお腹いっぱいだわあ」
料理のごっそり消えてなくなった皿や鍋を眺めながら、
あたしはお腹をポンポン叩いてた。
ぶっちゃけ今日のあたしは食べ過ぎだ。
お腹がパンパンに膨れて
爆発してもおかしくないレベルだし。
「本当にご馳走様でしたお母様……
こんなに美味しいお料理を食べたのは
産まれて初めてです!」
クレアさんもすっかり満足して、
行儀よく口周りを紙ナプキンで拭ってた。
「私もよぉ、久々に飲んだ赤ワインとの相性も
抜群すぎておっそろしいわぁ~!
こりゃまだビールも飲めそうだわぁ」
よし、酔っぱらいは少し黙っておこうか。
「二実、ちょっとワタシと席を替わってくれないかな?」
「あ、うんいいよ」
そんなもんで、あたしと母さんは席替えをした。
で、母さんは隣に座るクレアさんに優しい顔を向ける。
そんな母さんの顔を間近で見たクレアさんは
かなり照れくさそうに顔を赤らめてたし。
それでも母さんは顔を逸らさないで、
ただジッと見ていたのさ。
「ふふ、どうしてこのお料理が美味しいのか、
クレアちゃんには分かる?」
「ええと、素材がいいからでしょうか?」
そうだね、あたしもそう思うわ。
「いいえ、確かに素材も大事なのだけれど、
もっと大切な事があるの。
それが何か分かるかしら?」
母さんの質問にクレアさんは困り果ててた。
「ええと……二実は分かりまして?」
「え、あたしすか?」
とつぜん話を振られて驚いちゃったよ。
うむ、残念だけどあたしにも分かんないっす。
「いいえ、二実に聞いたわたくしが愚かでしたわ」
分かんないって口にしようとしたらこの物言いである。
酷い!
「あたし、そんなに間抜けな顔してたかな……」
「ええ、あからさまに分からないって
顔に書いてますもの」
「おおう……」
そう言われれば最近あたしは顔にすぐ出るし、
たまに口からもダイレクトに漏れる事すらある。
ちょいとこれ、マジで気を付けなきゃなあ。
「というわけで一葉お姉さまは……
いいえ、なんでもありませんわ」
「うふふっ、あはははは!」
うん、姉さんはスッカリできあがっているから
クレアさんが途中で口を結んだのは正解だぜ。
「うーん、そんなに難しい問題ではないのだけど……
それではヒントをあげるわ」
「お願いします」
「……与えるモノであって、受け取るモノでもある。
ちょっと難しいけれど、分かるかな?」
「あ、そういう事ね母さん」
「二実ちゃんはちょっとだけ辛抱なさいね?」
「もちろん分かってますってば」
へへ、言いたいことは分かるよ母さん。
クレアさん本人の口から言わせたいんだろう?
そんでクレアさんも本気で悩んでくれてる。
つまりそれだけ母さんの問いを
真剣に考えてくれてるって事さね。
「うーん……プレゼントか何かですか?」
「いいえ、そういった物理的な物ではないわ」
「ううーん……」
「クレアちゃんは文学が好きって聞いたから、
きっとそこにも答えはある筈なんだけどなぁ」
母さんったら上手い事誘導するね。
あたしゃ回りくどいのキライだから、
直球的な答えを導かせるよ。
「文学……表現か何かですの?」
「そうよ、それは誰しもが持っているものだし、
ワタシは家族全員にそれを与えているわ」
ただし今の父さんを除くって、
思いっきり右頬に書いてますよ母さん。
「誰しもが持ってるもの……
家族にも与えられる表現……」
「それじゃあ、クレアちゃんはご両親の事を
どう思ってるの?」
「……大好きですわ」
うむ、すごく照れくさそうに俯きながら
そう言うクレアさん。
な、なんか可愛いすぎるばい!
「ふふ、よく言えました。
つまり『あなたの事が大好きですよ』という言葉を
一文字で表せばいいの」
「……愛、ですのね」
「正解♪」
そんで母さんはクレアさんの体をギュッと抱きしめる。
「あう……」
流石にもうクレアさんが驚くことはなかったけど、
さっき以上に顔が赤いぞ。
でもなんというか、とんでもない笑顔だった。
んで、母さんはそのままの状態で喋り続けるつもりだし。
「そうよ、ワタシはクレアちゃんに娘達と同じぐらいの
愛情を込めているから、
ここまで美味しい料理が完成するの♪」
「二実のお母様の愛情……とても暖かくて、
わたくしには心地が良すぎます……」
あら、なんだろう。
なんか今にもクレアさんの顔が……。
「二実ちゃん、あなたは一葉を部屋に連れてってから
そのままお風呂に入りなさい」
「えっ、でも……」
「いいから言う事を聞きなさい」
なんか母さんの様子が少し怖いぞ。
これは黙って聞いておいた方がいいかもしれない。
「分かったよ母さん。
ほら姉さん、2階に上がるから肩貸しなよ」
そんであたしは姉さんに肩を貸したが……酒臭い!
「えへへ~、二実ぃ~私の事が好きなのかぁ~?」
「何言ってんだ酔っぱらい、ほらさっさと行く!」
「んもう~、二実のイケズぅ~」
「顔近付けないでくれ! 酒臭いっての!」
とにかくあたしは姉さんを2階へと強引に運んだ。
しかしクレアさんのさっきの様子……何か
思いつめてる感じがして気分が悪いぜ。
○




