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と――。
パシッ。
腕をつかまれた。
追いかけるようにベンチから立ち上がった白亜さんによって。
「待ってよ」
「やっ……!」
離してください!
叫ぼうとしたものの、恐怖で震えるあたしは、声をしぼり出すことすらできなかった。
「ごめん、余計なことを言って怖がらせてしまったね。僕は、怪しい者じゃない」
そう言いながら、つかんでいたあたしの腕から手を離す白亜さん。
「……実際に怪しい人だったとしても、自分から怪しいだなんて、普通は言いません」
ただその声の調子が、さっきまでのふざけた感じではなかったためか、あたしもつい足を止め、白亜さんの言葉に答えてしまっていた。
「はっはっは、それはそうだね。でも、本当に怪しい者じゃないんだ。いわば、ひまわりちゃんの味方だよ」
「……そうやって油断させて、ってことも考えられます」
あたしは言葉を返しながらも、白亜さんはそんなことをしないと、半ば確信していた。
そんな落ち着きを感じ取ったのか、白亜さんは微かに優しい笑顔を浮かべる。
さっきまでの得体の知れない笑い顔とは違って、ある種の安らぎすら感じさせるような、そんな笑顔を。
「落ち着いてもう一度、ベンチに座ったらどうかな?」
「……そう、ですね……」
あたしは促されるまま、ベンチに腰を下ろす。
少し長い話をすることになりそうだ。そんな予感がしていたからだ。
「もしよかったら、隣に座ってもいいかな?」
「……はい」
あたしは、ベンチの端っこにお尻をずらし、白亜さんが座る場所を空けた。
移動するまでもなく、ひとり分のスペースくらいは余っていたのだけど、ピッタリ寄り添って座るのは遠慮したかった。
そんな思いを感じ取ったのだろうか、白亜さんは微かに肩をすくめ、ベンチの、あたしと反対側の端に腰かけた。
辺りはもう薄暗くなり、街灯が周囲を照らしている。
静かな公園で男女がふたりきり。
はたから見たら、恋人同士といった感じで見られたりするのだろうか。
さすがにそれは、嫌かもしれないな。
そんなことを考えながら、微かに上目遣いで白亜さんの表情をうかがう。
白亜さんはニコッと微笑みを返すと、淡々と語り始めた。
「ひまわりちゃんのことはいろいろと調べさせてもらったよ。大学に入る前のこと、大学に入ってからのこと、セイレンジャーになってからのこと……。そして今、完全に力がなくなってしまったのかも、調べさせてもらってる」
やっぱり、あたしのことを調べていたようだ。
でも、なんのために?
この人はいったい何者なの?
頭の中が疑問符でいっぱいになる。
それらの疑問にも、再び口を開いた白亜さんは答えてくれた。
「僕は、超能力を研究している、とある組織の一員なんだ」
白亜さんは組織の一員として、これまでも少し離れた場所から観察していたのだという。
とすると、あたしが最近感じていた視線というのは、政府の人の監視ではなく、この人だったということだろうか?
組織にはそれなりの人数がいて、あたしや他の四人の過去についても同時に調査を進めていたらしい。
さっき語ったあたしの情報は、そういった調査の中で出てきた事柄のようだ。
「君たち五人は宇宙人から力を授かり、正義の味方として戦っていた。やがて宇宙人は去り、力はなくなった。でも、もしかしたら当時の力の痕跡くらいは残っているかもしれないよね?」
「それを調査して、もし残っていたら、どうするつもりなんですか?」
あたしは少し苛立ちを覚え、強い口調で怒鳴りつけるような声を白亜さんに向ける。
「テレビで活躍は拝見していたよ。強大な力だった。それを上手く使えれば、よりよい未来のために役立つかもしれない。可能性の研究、といったところかな」
涼しげな顔で、そう答える白亜さん。
「ただ、政府はそう考えなかった。国力増強のために使える、といった方向で考えてしまったんだろうね。君たちを拘束して様々な実験をした。非人道的なことも含めて。ほんと、ひどいことをするよね」
あたしは、驚きを隠せなかった。
政府の施設で受けた数々の実験――。
そのことは、もちろん公表なんてされていない。
それなのにこの人は、実験のことを知っている……。
「まだ監視も続けてるみたいだしね。僕たちも、怪しまれないように君を調査するのは、なかなか大変だったよ」
……やっぱり、今でも政府の人の監視はついているということか。
もう完全に解放されたのかも、と一旦は安心を覚えていた微かな望みも費えたことになる。
思わず項垂れるあたしに、白亜さんは優しく声をかけてくれた。
「どうかな、僕たちのところに来ないかい? 政府の用意したマンションでこのまま暮らすよりも、ずっと安全だと思うよ?」
その言葉に、すがりつきたい衝動に駆られる。
だけど……。
冷静に考えてみれば、今日知り合ったばかりの男性に、のこのことついていって、本当に大丈夫だろうか?
安全だなんて言ってはいるけど、本当に安全だと言いきれるのだろうか?
「僕たちが、君を守るよ」
白亜さんの笑顔の裏に、なにか別の感情が見え隠れしているように思えたのは、あたしに疑いの念がまだ残っているからだったのだろうか?
ともかくあたしは、答えを返すことができずにいた。
混乱する頭で考えてみる。
あたしは今、政府から与えられたマンションで暮らしている。
最低限とはいえ保障もあり、生活にはなんの支障もない。
政府の人は、あたしを監視しているようではある。
とはいえ、これまでなんとなくといった程度しか気づかなかったくらいなのだから、徹底した監視体制というわけでもないように思える。
おそらくは数人がマンションの外からひっそりと監視し、あたしが出かけるときには、見つからないくらいの少人数で様子を見つつ追いかける。
その程度だと考えられた。
最初に施設に連れ去られて拘束されたときのように、彼らが強硬手段を使ってくる可能性もないとは限らない。
だとしても、もしそうするつもりがあるのなら、一旦あたしを解放して、こんなふうに日常生活を送らせるなんてまどろっこしいことを、わざわざするはずがないだろう。
ということは、あのマンションにいても危険は少ないと考えられる。
むしろ、この白亜という人の話を鵜呑みにして彼らの組織に行くことのほうが、危険と言わざるを得ない。
あたしはぐっとこぶしを握り、決意を固める。
「せっかくの申し出ですけど、お断りします。初対面の人からそんなことを言われても、にわかには信じられませんし、今の状況のままでも、とくに問題はなさそうですので」
白亜さんの目を見据え、あたしはきっぱりと否定の意思を伝えた。
それでもなお、白亜さんは笑顔のままだった。
予想していたとおりの言葉が返された。そう思っているようにすら見えた。
「うん、わかった。そうだよね、ちょっと急すぎたかもしれない」
微かに肩をすくませながら、白亜さんは立ち上がった。
「でもね、そのうちきっと、僕たちの力が必要になるよ。覚えておいて。僕たちはいつでも、ひまわりちゃんのそばにいる。必要になったら遠慮なく呼んでくれていいからね?」
白亜さんはそれだけ言い残すと、振り返ることなく公園を出る。
そして、すでに真っ暗になっていた夜の住宅街のほうへと消えていった。




