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歌声戦隊セイレンジャー  作者: 沙φ亜竜
第2話 影に囲まれ咲くひまわり
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-2-

 パチパチパチ……。


 突然、拍手の音が響き渡った。

 いきなりの拍手に驚いたあたしは、慌てて辺りを見回す。

 その人は、あたしの座っているベンチのすぐ隣に設置されたベンチに座り、こちらに笑顔を向けていた。


 ぼっ、と顔が真っ赤になる。


 そりゃあ、こんな白昼の公園で歌っていたら、誰もいないのを確認していたとしても、あとから入ってきた人に聴かれてしまう、ということだってあるのは確かだろう。

 その可能性を、あたしはまったく考えていなかった。

 でも、まさかこんなにも近くに人がいたなんて。


 そんなあたしの焦りなどどこ吹く風、笑顔を張りつけたその人は、ただただ拍手を送ってくれていた。


「いや~、素晴らしい歌声だったね。プロ……ってことはないだろうけど、かなり訓練を積んでるんじゃないかな?」


 少し高めの、なんとなく軽い雰囲気を受ける声質で、その人はあたしに話しかけてきた。


「あ……ありがとうございます……」


 一応照れながらも、褒めてもらえたのだからと、あたしはお礼の言葉を口にする。

 ただ、微妙に違和感があったのも確かだった。


 歌を褒められたこと自体は嬉しかった。

 あたしは昔からよく、さくらちゃんと一緒に歌っていたし、宇宙人だった部長さんの策略でもあったとはいえ、大学では合唱サークルにも入っていたのだから。


 それでも素直に喜べず、引っかかっていた原因は「訓練」という言い方にあったと、少し考えてみて気づく。

 歌が上手になるために、訓練を積む……。

 ないとは言いきれないけど、あまり一般的な言い方ではないだろう。


 普通ならば、「練習」と言うはずだ。


 あたしが不審の目を向けていることに気づいたのか気づいていないのか、ようやく拍手をやめたその人はベンチから立ち上がると、あたしの目の前まで歩み寄ってきた。

 逃げないと、なんて考える隙も与えない軽やかな動作だった。

 もっとも、いくら初対面の人に話しかけられている状態だからといって、あからさまに怪しんで逃げ出したりしたら、さすがに失礼だとは思うけど。


「ほんと、超イケてるっていうか~、最高って感じだよね~」

「は……はぁ……」


 か……軽い……!

 それがあたしの、正直な感想だった。


「おっと、そうだね。まずは名乗らないといけないよね。ゴメンゴメン! 僕は飛永白亜(とびながはくあ)。見てのとおりの好青年さ!」


 あ……怪しい……!

 それがあたしの、正直な感想パート2だった。

 自分で好青年って、ありえない。


 見たところその人は、確かに好青年といった印象を受ける容姿ではあった。

 じっくりと見てみれば、整ったいい顔立ち。イケメンと言ってもいいだろう。

 年齢は、ちょっと不詳気味ではあるけど、だいたい二十代の後半くらいだろうか。


 おそらく外見だけ見たら、好印象を受ける人のほうが多いタイプだと分析できる。

 それなのに、こんなにヘラヘラと笑って軽い喋り方をするのは、かなりもったいないかもしれない。


 と、まだ笑顔を浮かべたまま、黙ってじーっとあたしを見つめている白亜さんの視線に気づいた。


 えーっと、これは……。

 つまり、あたしのほうも名乗れ、と……?


 こんな怪しい人に対して、名前を告げてしまっていいものか。

 そんなふうに考えてはいたものの、期待にキラキラと輝いているといった様子の白亜さんの瞳を見ていると、なんだか吸い込まれてしまいそうで、あたしは思わず口を開いていた。


「あたしは、その……」


 だけど、その声を遮るように、白亜さんは言葉を挟んできた。


「知ってるよ。澄空ひまわりちゃん。二十五歳。元正義の味方。歌声戦隊セイレンジャーのイエローだったんだよね」


 その声に、あたしはハッとなる。


 もちろんテレビで紹介されたりしたこともある有名人だったのは事実だし、名前や当時のことを言い当てられるのは不思議ではないのかもしれないけど。

 とはいえ、一般的には、元セイレンジャーの五人は行方不明ということになっているはずなのだ。


 それなのに、なんの驚きや戸惑いもなく、あたしがそのメンバーだと、あっさりと言ってのけるこの人。

 やっぱり、得体の知れない怪しい存在だ。

 あたしがそんな感想を抱き、白亜さんに対して不信感を強めたのも当然と言えるだろう。


「イエローとしての決まり事なのか、カレーが大好き。とくにチキンカレーには目がない。大学は結局中退という扱いになった。今はひっそりとこの町で暮らしている」


 白亜さんは、困惑を浮かべているあたしのことなんてお構いなしに、あたしの素性について喋り続けた。


「セイレンジャーでピンクだったさくらちゃんとは、いとこにあたる。小さい頃からよく彼女の家に遊びに行っていた。さくらちゃんのお母さんは、君のお母さんの妹にあたる人なんだよね?」


 白亜さんの声は止まらない。

 一方あたしのほうも、その声を止めることなく聞き続けていた。

 このまま続けられたら、いったいどんな深い話までされてしまうのか……。

 怖くなってはいたものの、それでも口を挟むことができなかった。


 白亜さんは今、あたしが座っているベンチの目の前に立っている。

 あたしが逃げ出そうとしても、すぐに腕をつかみ、押さえつけることができる、そんな距離だ。


 余計な抵抗を試みたりは、しないほうがいい。今は様子を見よう。

 冷静にそう考えていた。


「お父さんは君が生まれてすぐに亡くなっている。そしてお母さんも何年か前に亡くなった。だからこそ、さくらちゃんのお母さんが、君の面倒もよく見てくれていたんだよね?」


 ……どうして、そんなことまで知っているのだろう?

 あたしの名前やさくらちゃんの名前なんかは、完全に公表されているようなものだったから、知っていてもおかしくはない。

 ただ、そういったプロフィールでも、家の事情に踏み込んだ内容までは、さすがに書かれていなかったはずなのだ。


 情報社会である今の世の中、それくらい調べればわかることなのかもしれないけど。

 逆に言えば、積極的に調べたりしない限り、知りえるはずのない情報ということになる。

 この白亜という人は、なんのためにそんなことを調べたのだろうか?


 もしかしたら、他にもいろいろと、知られたくないあたしに関する情報を握られているのではないか。

 そう考えると背筋が凍る思いだった。

 あたしの怯えた目に気づいたのか、白亜さんは軽く微笑みかけてくる。


「あ……あたし、これで失礼します……!」


 これ以上は、限界だった。

 あたしは素早く立ち上がり、視線を合わせることなく白亜さんの前をすり抜けると、逃げるように駆け出した。


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