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すっ……と、蘭ちゃんが一歩前に出る。
そのままあたしたちが見守る前で、子供っぽくない落ち着いた微かな笑顔をあたしたちに向けながら、彼女は話し始めた。
蘭ちゃんは宇宙人だった。
しかも、部長さんに続いてまたしてもあたしたちに近づいてきた、別の宇宙人だった――というわけではない。
蘭ちゃんが最初にあたしたちに接触したのは、大学の合唱サークルの部長として。
つまりそのときに出会った部長さんも、蘭ちゃんと同一人物だったのだ。
もともと自由に姿を変えられるという彼女は、最初のときはサークルの部長として近づいてきた。
そして今回は、小さい女の子の姿で現れた。
一旦、力を封印して宇宙に戻ったはずなのに、どうしてまた蘭ちゃんとして接触してきたのか。
それは、封印してはあるものの残したままになっていた力が、暴走していないかを確認するためだった。
小さい女の子に成りすましていたのは、油断させるため。そのほうがバレにくいだろうと考えたらしい。
あたしが蘭ちゃんと一緒にいるときに起こった、雪だるまが落下してきた件や、坂道が急に凍ってものすごいスピードで滑り下りた件は、蘭ちゃんが見せた幻覚だった。
雪だるまは、それ自体が幻。だからこそ、気づいたらすべて消えていたのだ。
坂道も、普通に駆け下りているのを、滑り下りていると錯覚させられただけだったようだ。
直接手をつなぐ必要があるけど、幻覚を見せて脳に誤認させるような能力が、蘭ちゃんにはあるのだという。
それらは、あたしに施された封印が、しっかりと機能しているのかを確認するために実行された。
結果、封印が薄れていることは確認されたものの、この程度ならば許容範囲だと蘭ちゃんは考えた。
さらに蘭ちゃんは、もうひとつの最大の実験についても白状した。
最初にあたしたち五人に力を与えたこと。
それ自体が、実験の始まりだった。
当時、蘭ちゃんたちは、確かに地球の資源を巡って多くの宇宙人が次々と侵略してくることを察知してはした。
とはいえ、べつに地球が滅んだところで、弱肉強食の宇宙の摂理としか考えていなかった。
彼女たちに地球人を助ける義理なんて、どこにもなかったのだ。
それでも力を与え、助けてくれた。いったい、どうしてだったのか?
実は最初から、地球人の精神実験が目的だった。
能力的に劣っている生命体を、どうにかして成長させて繁栄させよう。
そういったゲームが、彼女たちのあいだで流行っていたのだとか。
そう、ゲーム……。
あたしたち地球人は、彼女たちの娯楽のために、手のひらの上で転がされていたということになる。
一部の人間に力を与えたら、それをうらやみ、自分も力を持って自由に使いたいと考える人が出てくるはず。
もともと蘭ちゃんが与えてくれた力自体、地球人に備わっている潜在的な力を極限まで引き出すというものだった。
すなわち、力を与えたというよりは、無理矢理引き出した、といった感じだろう。
しばらくのあいだ協力して、潜在的なその力の大きさを思う存分発揮させ、人々の意識の中に広めてもらう。
そのための正義の味方だった。
侵略してくる宇宙人たちは、彼女たちの目的のために上手く利用されたということになる。
思惑どおり、あたしたちは有名になり、強大な力を誇示することに成功した。
そうやって力の存在を充分に示したのち、力を封印して去る。
そうすれば、その力を研究する人たちが現れ、やがては地球人が自らの手で潜在的に持っている力を引き出す方法を開発し、能力を制御できるようになるかもしれない。
最終的にそこまで持っていくことができたら、この地球人成長ゲームはエンディングを迎える。
そういうことだったらしい。
でも結局、今こうしてゲームは失敗に終わった。
そういえばさっき、あたしたちは歌声の力を発揮して白亜さんと三畳さんの暴走を止めた。
それなのに、正義の味方として戦っていたときとは違い、変身はしなかった。
あれはどうしてだったのか、蘭ちゃんに質問してみると、
「正義の味方といったら、やっぱり変身するのがデフォルト仕様でしょ?」
なんて答えが返ってきた。
彼女たちが作り出したという、地球人の潜在能力を極限まで引き出すスーツというのは、まったくでたらめの嘘っぱちだったのだ。
実際には蘭ちゃん――当時は部長さんだった彼女が噛みつき、だ液をあたしたちの体内に流し込むことで、その能力は発揮できるようになっていたらしい。
当時は毎回、部長さんの力であたしたちを変身させていたのだという。
さっきは久しぶりだったこととイカ墨まんのことがあったせいで、変身させるような余裕がなかったのだろう。
蘭ちゃんからの説明を聞いて、あたしは困惑していた。
というよりも、あたしの持つ特殊能力である現実逃避を発揮していたのかもしれない。
あたしはぼーっとした視線を、蘭ちゃんに向けていた。
と、彼女は再び口を開く。
「地球人のみなさんには、この力は大きすぎたようだわ。完全に封印することにします」
そう言い放った蘭ちゃんは、言うが早いか、あたしたち五人に次々と噛みついていった。
うあっ!
思わず腕を引っ込めようとしたけど、ぼーっとしていたあたしに避けられるわけがない。
微かに動かしたところで、抵抗も空しく、あたしの腕は蘭ちゃんに噛みつかれる。
イカ墨がべったりくっついた歯で噛まれた腕には、真っ黒な歯型がくっきりと浮かび上がっていた。
だけど……。
あたしは気づいていた。
大学生だったあのとき、最初に部長さんに噛みつかれてからずっと、体の内側から湧き上がるように感じていた力が――一旦封印されてからもなんとなく、じわりじわりとではあるけど感じていた力が、今はもう完全に消え去ったということに。
あたしはそれを、少しだけ残念に思っていた。
潜在的に持っているはずの力なのに、それが消えてしまったと思ったからだ。
「いえ、消えたわけではありません。ボクが封印したのは、あくまで無理矢理潜在能力を引き出す力だけ。潜在的な力は、あなたたちの心の奥底には眠っているのです」
あたしの考えていることを読んだのか、蘭ちゃんは解説の言葉を添える。
「だからいつしか、その力を掘り起こして、地球人が大きく成長する日が来るかもしれません」
そう言い残して、蘭ちゃんは空へと吸い込まれていった。
さっきまではなにも見えなかった空に、一瞬だけ大きな丸い影が見えたような気がした。
その影も、すぐに見えなくなる。
目にも留まらぬスピードで、宇宙へと戻っていったのだろう。
残されたあたしたちは、しばらく呆然と立ち尽くしていた。
頭上には焼け色から宵闇の蒼へと変わりゆく美しき空が、ただただ無限に広がっている。
ポツンと輝く一番星の瞬きが、蘭ちゃんから送られたサヨナラの挨拶のように思えた。
こうして数年の長きにわたって行われた宇宙人による地球人成長ゲームに、今このときをもって幕が下ろされたのだった。




