-6-
蘭ちゃんが戻っていったあと、政府は改めてあたしたちに深く謝罪した。
研究からは完全に手を引くことを約束し、あたしたちに対する生活保障も続けてもらえることになった。
今まで生活保障を受けていたのは、あたしとさくらちゃんだけだったけど、今後は林檎や海斗くん、大樹くんにも与えられることになった。
林檎と海斗くんのふたりはあたしの部屋からは出ていったけど、同じマンションに別の部屋を用意してもらい、一緒に暮らしている。
相変わらず、林檎のわがままに振り回される海斗くん、という図式は変わっていないけど、ふたりはとても幸せそうだ。
さくらちゃんは退院して家に戻り、今では予備校に通っている。
彼女が言うには、高校生だった当時、あたしたちの大学に足を運び、サークルで楽しく過ごしている姿を見て、とてもうらやましく思っていたのだとか。
だから、大学を目指して猛勉強を始めた。
もともと飲み込みの早い子だから、来年の春には大学生になっていることだろう。
精神的に壊れていたさくらちゃんは、今でもたまに後遺症に悩まされている。心がどこかに飛んでしまい、周りが見えなくなる、あの症状だ。
そのたびに彼女のお母さんが支えているのも、以前と変わってはいない。
もちろんあたしも、できる限りさくらちゃんの家に遊びに行って、そばにいるようにしている。
もっとも予備校にいるときは、あたしも彼女のお母さんも、支えてあげるのは無理なのだけど。
――大丈夫だよ、どうにかなってるから。
さくらちゃんは控えめな微笑みを浮かべてそう言っていた。彼女も彼女で、頑張ってるんだ。
とはいえ、後遺症も徐々に軽い症状へと変わりつつあるようだった。
さくらちゃんが楽しく笑っている姿を見ることが多くなったのを、あたしは心から喜んでいる。
そしてあたし自身はどうなのかというと――。
これまでと変わらず、政府から用意してもらったマンションの部屋で、そのまま生活させてもらっている。
でもその生活内容は、がらりと変わった。
今のあたしは、大樹くんと同棲しているからだ。
大樹くんとのことを、あたしはずっと悔やんでいた。
大学時代、ずっと好きだったのに、あたしはただそばにいられればいい、と思って行動には移さなかった。
大樹くんのほうものほほんとした性格だから、ふたりの仲は進展なんてしなかった。
だけど、会えなくなってよくわかった。
あたしにとって、大樹くんの存在がどれほど大きかったのかを。
本人ではなくジュラさんからということにはなるけど、大樹くんの想いも伝わった。
だからこそ、あたしは自ら、大樹くんに一緒に住もうと申し出たのだ。
恥ずかしさもあったのだろう、さすがに少し戸惑っていた大樹くんだったけど、すぐに笑顔で頷いてくれた。
それから、会えなかった三年間の空白を埋めるかのように、あたしたちはいつでも一緒にいるようになった――かというと、実はそうでもない。
あたしも大樹くんも、仕事を始めたからだ。
できれば同じ職場で働きたいところだったけど、お互いにできることを考えると、それは難しかった。
結局、大樹くんはIT系の企業に入社、あたしは広告関連企業の事務員として就職した。
もちろん、政府からの生活保障を受けてはいる。
マンションだって与えられているから、家賃が必要なわけでもない。
それでも生活保障は最低限だし、いつまでも政府に甘えているわけにはいかないだろう。
このマンションを出て新たな場所で生活し、なおかつ結婚してもちゃんと生活に困らないくらいまでお金を貯めよう。
それが今のあたしと大樹くんの目標だった。
残業も多く、すれ違う時間が多いのは少し寂しいところだけど、お互いの心はつながっている。
そんなわけで、あたしは今、とっても幸せだった。
休みの日には一緒に出かけたり、疲れているようなら家でゆっくりお喋りしたり。
そんなささやかな生活が、今のあたしのすべてだ。
大樹くんと一緒に住み始めてからというもの、ジュラさんがちょくちょく部屋に遊びにくるようになった。
なにやらお土産を持ってきたり、相談に乗ってほしいと頼んだり、なにかと理由をつけて大樹くんのもとを訪れる。
いとこだと言ってはいたけど、ジュラさんも大樹くんのことを好きだったのかもしれない。
いや、過去形ではなく、今でも諦めきれてはいないという可能性もある。
それでも、これだけは絶対に譲れない。
大樹くんはあたしの彼氏で、未来の旦那様なのだ。
ともあれ、べつにジュラさんと一触即発といった状態にあるわけではない。
それなりに仲よくしている。大樹くん抜きで、ジュラさんとふたりで出かけたりだってするくらいだ。
やっぱり女性同士じゃないと話せないことっていうのも、多いものだしね。
そうそう、時間の問題だとは思っていたものの、林檎と海斗くんのあいだには新たな命が宿り、ふたりは結婚することになった。
幸せそうな林檎の笑顔を見ていると、とてもうらやましく思う。
同棲しているとはいえ、あたしと大樹くんはまだ一線を越えられないままだったりするのに。
どうも大樹くんって、のんびりしすぎている性格だからか、なかなかいい雰囲気にならないのよね……。
ちょっと残念に思わなくもないけど。
自分に合ったリズムというのは、誰にでも存在するものだ。
のんびりすぎる大樹くんのリズム。それが、あたしにとっても心地よい。
きっと最高の相性なのだと思う。
それを崩してしまうのは、あたしとしても望むところではない。
ま、そのうちどうにかなるでしょ。
そんな感じで、ゆったりまったりと、日々を過ごしていた。
時間が経てば自分も他人も周りの環境も、なにもかもが変わっていく。
歌声戦隊セイレンジャーとして戦った過去も、政府によってひどい実験を受けたことも、暴走した白亜さんたちのレーザーで焼き払われそうになったことも、やがては記憶から薄れ、積極的に思い出さない限り意識しなくなるだろう。
だけどそれは、決して消えはしない。
消えはしないだろうけど、べつに悪いことではない。
人はみな、様々な思い出を乗り越え、自分自身を変えていく。
宇宙人が手を貸すまでもなく、人は変われるのだ。
その変化は微々たるもので、宇宙人が与えてくれて知った潜在的な能力全体から見たら、ほんのわずかでしかないかもしれないけど。
それでいいのだと、あたしは考えている。
急激な変化は、場合によってはすべてを無に帰してしまう危険性をはらんでいるものだ。
白亜さんたちが暴走したときのように、もしすべてを焼き尽くすレーザーを人間が放てるとしたら、簡単に人を殺せる世の中になってしまう。
実際には今現在の社会でも、刃物を使ったり薬物を使ったりして、簡単に人を殺せてしまうのも事実ではある。
個人の理性と社会の秩序によって、それが大きく広まらないようにバランスを保っているだけとも言える。
ただ、人間本来の力としてそんなに強大な能力を持ってしまったら、もう抑えも利かなくなってしまうに違いない。
だったらそれは、進化とは呼べない。
人間は不完全なもの。それは確かだろう。
その不完全さゆえに、小さなことでも幸せになれる。
感動も喜びもなくなってしまったら、人間の存在はとても無味乾燥なものとなってしまう。
それはとても悲しいことだ。
蘭ちゃんは最後に、そのうち大きく成長する日が来るかもしれない、そう言って去っていった。
でも……地球人にとって、そんな日は永久に来ないほうがいいのではないかと思う。
もしかしたら、様々な能力をあえて見せ、「あなたたちは今のままでいてください」と、そう逆説的に忠告することこそが、蘭ちゃんの本当の目的だったのかもしれない。
……さすがにそれは、考えすぎだろうか。
ともかく今、あたしは幸せだ。
この幸せがいつまでも続くと信じて疑いたくはないけど、どうなるかはわからない。
だけど、きっと大丈夫。
信じていれば、輝く未来は必ずやってくるのだ。
そう思い込むこと。
それこそが、人間にとって最大の能力なのかもしれない。
☆☆☆☆☆
そうは言ったものの――。
若干汗ばむくらいの陽気の日曜日。あたしも大樹くんも、今日はお休みだった。
「大樹くん……」
あたしはそっと彼の隣に座り、肩を密着させて寄り添う。
すると、大樹くんは、
「ん、くっつくとちょっと暑いね。クーラーつけよう」
と言って、リモコンを手に取るため、あたしから離れて立ち上がった。
「さて、今日はどうしようか? あっ、ジュラがまた来るとか言ってたっけかな」
……やっぱり大樹くんはもうちょっと、あたしの気持ちに気づいてくれるようになってほしいかも。
そんなささやかな不満を漏らすことくらいは大目に見てほしいと、あたしは切に願うのだった。
以上で終了です。お疲れ様でした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ユーザー登録されている方は、もしよろしければ評価していただけると嬉しいです。
宜しくお願い致しますm(_ _)m




