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所長さんが機械のスイッチを入れると、耳をつんざくような不快な音が辺り一面に響き渡った。
あたしは反射的に耳を塞ぐ。
林檎と海斗くんも同じように耳に両手を当てていた。
さくらちゃんと彼女のお母さんには反応がない。
すでに白衣の人たちからは解放され、地べたに横たわっているだけのふたりは、今もまだ眠ったままのようだ。
それ以外の白衣を着た人たちは、所長さんも含めてみんな、平然としていた。
おそらくあらかじめ、耳栓でも用意してあったのだろう。
不快さすら感じさせる音は、機械から途切れることなく流れ出し、その音量はさらに大きくなっていった。
周囲の木々さえも悲鳴を上げている、そんなふうにすら思えた。
音が大きくなるに従って、三畳さんと白亜さんには徐々に力がみなぎっていくようだった。
所長さんとのやり取りを見る限り、彼らふたりが、今回の最終実験で特異な力を与えられる実験体となっているのだろう。
上からの命令で仕方なくだったのか、自ら志願したのか、それはわからないけど。
ふたりはすでに、尋常とは思えない状態だった。
普段の様子からは想像もできないような唸り声を、白亜さんが発していた。
そしてそれは、三畳さんのほうも同じだ。
白亜さんの上司である、四十絡みの紳士といった雰囲気の三畳さんの口からも、地獄の底から響いてくるようなしわがれた音が吐き出され続けている。
あたしは感じていた。
とてつもなく凄まじい力が、このふたりの中で大きく膨れ上がっていくのを。
宇宙人から授かった、今は封印されているはずのあたしの力が、機械から発せられる音と共鳴していることの証だったのかもしれない。
ただ、なんとなく別の感覚も、あたしの中には芽生え始めていた。
それは、言い知れぬ不安――。
悪い予感と言ってもいいかもしれない。
あの機械を今すぐ止めなければ、大変なことになる。そんな直感が頭をよぎる。
それでもあたしは動けずにいた。
不快な大音響が、あたしたちの動きを完全に封じていたのだ。
それすらも、彼らの作戦の一部だったのだろう。
どうにかしなければ。
そう思いながらも、どうすることもできず、ただ成り行きを見守るしかないあたし。
そんなあたしの目に、異変が飛び込んできた。
急に――ほんとに急に、白亜さんと三畳さんが、苦しみ始めたのだ。
口からよだれを垂れ流し、苦悶の表情を浮かべて呻き声を漏らしていた。
凄まじい力は、確かに彼らの体内に蓄えられているのが、この状態でも感じられる。
でも、それはとても不安定で、今にも爆発してしまいそうな、そんな予感があたしの頭の中を支配していた。
その状況を見て一番慌てているのは、白衣の集団だった。
「所長! 数値が完全に乱れています!」
「なんだと……!? こんなことが……。くそっ! あともう一歩だというのに……! ここで失敗するというのか!?」
なにやら計器類を確認していた白衣の男性の焦った報告に、取り乱した所長さんの声が響く。
「ダメです! もう機械がもちません!」
「どうにかしろ!」
「無理です! 限界です!」
所長さんの叱咤が飛び交う中、不快な音を発し続けていた機械が、乾いた音を立てて小さく爆発する。
続いて内部から灰色の煙を吐き出すと、音は完全に途絶えた。
不快な音が止まって、あたしは安堵する。これで危険は回避できたはずだ。
林檎と海斗くんも、お互いに寄り添って無事を確かめ合っている。
だけど、そんなあたしの考えは甘かった。
突然、光の筋があたしの目の前を通り過ぎたかと思うと、その向こうに茂っていた木々を一瞬にして焼き払う。
――え?
いったいなにが起こったのか、あたしには理解できなかった。
光の筋は、さらに次々と発生し、そこかしこに飛び、辺りに茂る木々を焼いていく。
その発生源を見て、あたしは声を失った。
木々を焼き尽くす光の筋は、白亜さんと三畳さんの両目から放たれていた。
目から放たれたひと筋の光線――正確に言えばふた筋のレーザーは、容赦なくこの丘を焼き払い続けていた。
彼らの体内で膨れ上がった力が、蓄えきれずに放出されているのだ!
連続で放出され続けるわけではなく、途切れ途切れに放たれているのは、ある程度抑え込むくらいの余力はあるということなのだろうか。
それにしても、これは危険だ。
そう思った矢先、レーザーは地面に倒れたままだったさくらちゃんを襲う。
「さくらちゃん!」
「さくら!」
とっさに叫んでいたあたしよりもさらに大きな声を上げ、さくらちゃんのもとに駆け寄ったのは、周囲の喧騒でようやく意識を取り戻したのだろう、さくらちゃんのお母さんだった。
レーザーはどうやら直撃したりはせず、さくらちゃんの髪の毛をかすめただけだったようだ。
さくらちゃんの自慢の黒髪がちょっと焦げてしまったみたいだけど、とりあえず無事でよかった。
ともあれ、危険な状況だということに変わりはない。
レーザーの放出が続いている以上、どうにかしなければ被害は拡大するばかりだ。
あたしにはどうしていいかわからなかった。それは、林檎や海斗くんにしても同じだろう。
この状態で期待できるとしたら、政府側の人間だという白衣の人たちだけだ。
とはいえ、彼らにとっても想定外だったようで、所長さんを含め、全員がパニックに陥っていた。
「このままレーザーに焼き払われて、みんな死んじゃうの!?」
思わず漏らしていた弱気なあたしの泣き言に、叱責の声が響く。
「諦めちゃダメです!」
「え?」
突如、あたしの目の前に現れたのは、十歳くらいの女の子――蘭ちゃんだった。
「え……? なんで蘭ちゃんがここに!? 危ないよ!?」
「あのふたりは強大な力に飲み込まれて、暴走してしまってます!」
あたしの困惑の声には耳も貸さず、蘭ちゃんは言葉を続けた。
「いくら研究しても、所詮は付け焼き刃の能力。制御できるはずはないのに。愚かな人たちだわ」
ふっと子供らしくない表情を浮かべたかと思うと、蘭ちゃんはそんな苦いつぶやきを放つ。
「蘭ちゃん……? あなたはいったい……?」
あたしはじっと、蘭ちゃんの可愛らしい顔をのぞき込んでいた。
その瞳の色は、なんとなく懐かしくすら思え……。
と、そのとき。
空気を切り裂くような轟音を響かせながら、あたしと蘭ちゃんのあいだをレーザーのまばゆい光が通り過ぎていった。




