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三畳さんの背後に、大勢の白衣を着た人たちが並び、冷めた視線をあたしたちに向けていた。
その並びの中に、あたしは思いもよらない姿を見つけた。
「さくらちゃん!?」
そう、そこにいたのは、入院しているはずのさくらちゃんだった。
といっても、彼女は他の人たちとは違い、冷めた目線をこちらに向けたりはしていない。
さくらちゃんは左右から抱えられるようにして立っているものの、その体はロープで縛られている状態だった。
しかもぐったりと項垂れ、瞳をのぞかせてすらいなかった。
「さくらちゃん、大丈夫!?」
あたしは必死に呼びかける。でも、さくらちゃんはピクリとも動かず、返事はない。
「大丈夫、眠っているだけですよ」
代わりに三畳さんが、穏やかな声でそう答えた。
白衣の人たちの列を順に眺めれば、そこにはさくらちゃんだけではなく、彼女のお母さんの姿もあった。
お母さんもさくらちゃんと同様、縛られたまま両脇の人に抱えられ、力なくこうべを垂れている。彼女も眠っている――いや、眠らされているのだろう。
白衣を着せられた状態でぐったりと項垂れている長い黒髪の親子。
なんとなく、幽霊みたいで怖い。そんな不謹慎な感想を抱いてしまった。
あたしは混乱した頭をぷるぷると左右に振り、おかしな考えを払い飛ばす。
「い……いったい、これはどういうことなんですか!?」
「ふふふ、実験の最終段階ですよ」
ものすごい剣幕で怒鳴りつけるように叫んだあたしの声に、再び三畳さんが答えを返してくる。
「実験……?」
実験と聞くと、どうしても身をこわばらせてしまう。
政府からの実験を受けていたことが、無意識に作用しているのだろう。
ともかく、実験だなんて……。
政府だけではなく、白亜さんの組織もあたしたちを使って実験していたのだろうか?
だけど、そんなあたしの考えを否定する言葉が、白亜さんによって放たれることになった。
「僕たちはもともと、政府の人間だったのさ」
「……え? そ……それじゃあ、あたしたちを騙してたってこと?」
「まぁ、そういうことになるね。もっとも、君だって完全に信用してはいなかっただろう?」
あたしの質問にも平然と答える白亜さん。
そんな彼の言葉を、上司である三畳さんが制する。
「白亜くん、余計なことまで言わなくてよろしい。ともかくこれで、私たちの実験は完成するんですよ」
三畳さんたち政府側の実験は、確かに続いていたということか。
「なにがなんだか、わからないわ!」
あたしは必死に叫ぶ。
少しでも時間を稼いで、逃げる隙を作ろう、といった考えがあったのは事実だ。
でも、どちらかと言えば、なにがなんだかわからないうちに実験なんかされて、それで死んでしまったりするようなら死んでも死にきれない、という物騒な思いのほうが圧倒的に強かった。
とはいえ、白亜さんの言葉を余計なことと一蹴した三畳さんだ。わざわざ説明なんてしてくれないだろう。
そう思っていたのだけど。
「ふっふっふ、いいでしょう。教えて差し上げます」
意外にも三畳さんは、丁寧な口調で今までの経緯とこれから行われることについて、詳しく解説してくれた。
☆☆☆☆☆
あたしたち五人に宇宙人から与えられた力。それを政府は狙っていた。
拘束されて実験されたのも、そんな理由からだった。
その辺りのことは、白亜さんから聞かされていたとおりだ。
以前聞いたときは、政府はそれを悪用しようとしているけど、白亜さんの組織では人々の生活に役立つ利用を研究している、というような話だったはずだ。
とすると、それは嘘だったということになる。
政府側の組織の一員である白亜さんたち。
彼らは、あたしたちが宇宙人から力を与えられたように、他の人にも特異な力を与えることができるかもしれないと考え、研究を続けていた。
そんな研究の一環として、様々な実験データを集めた。
データというものは、なるべく多くの異なる状況で得ることによって、有効性が高まっていくものだ。
ならば、実験施設内だけでデータ収集するよりも、自然に生活させている中で監視したほうが、より多彩なパターンでのデータが得られるに違いない。
そういった目的であたしは解放され、マンションの一室を与えられた。
さくらちゃんが実験で精神を壊してしまったのは、彼らにとっても大きな誤算だったようだ。
不幸な事故だったとしか語られなかったけど、あたしと同様、相当ひどい実験をされていたのは想像に難くない。
また、林檎と海斗くんは、実験施設から逃げ出したわけではなかった。
あたしたちと同じように実験をされていたある日、政府から協力を持ちかけられたのだ。
断れば、あたしやさくらちゃんの命を使って実験するしかない。そう脅されて。
その後、あたしのマンションに一緒に住むという形で近づき、データ収集の手伝いをしていたのだという。
「ごめんね、ひまわり……。私たち、あなたを騙してたの……。本当に、なんて言って詫びたらいいのか……」
「罪悪感で俺のデリケートな心は、毎日ぶっ壊れそうなほどだったよ」
林檎と海斗くんが謝罪の言葉をかけてくれる。
海斗くんのデリケートな心とか、普段ならツッコミどころではあったけど、今のこの場面ではさすがにそんな言葉を放つことはできなかった。
ただ、実際のところ、林檎と海斗くんも実験対象には違いなかったのだろう。
だからこそ、白亜さんがずっとそばにいて見張っていた。
でも、どういうわけか一番大きな力を持っていたのは、他でもない、このあたしらしい。
データにはそれがありありと表れていたのだという。
実験は続けられ、それまでのデータと研究結果から、最終的にある結論に達した。
それは、封印されてはいるものの、あたしたちの中にいまだ眠ったままになっている宇宙人の力と、特殊な音波とを共鳴させれば、他の人にも力を付与することができる、というものだった。
「その最終段階の共鳴実験が、この装置によって達成されるのだ!」
ひときわ大きな声でそんな宣言をしたのは、今まで解説してくれていた三畳さんではなく、白衣を着た人たちの中のひとりの男性だった。
男性の傍らには、物々しい機械が置かれている。
その周りでは、白衣をまとった数人の科学者だか研究員だかが、配線の確認作業などを行っているようだ。
「水神林檎、竜尾海斗、澄空ひまわり、羽宮さくら……。ひとり足りないが、まぁ、大丈夫だろう。最終実験の開始だ!」
そう叫ぶと、白衣の男は視線を三畳さんと白亜さんに向けた。
「三畳、飛永! 最終実験の覚悟はいいな!?」
「はい!」
「もちろんです」
どうやら三畳さんよりも立場が上らしい白衣の男性の問いかけに、決意を込めた表情で頷く三畳さんと白亜さん。
「所長! 準備できました!」
「よし、起動しろ!」
あたしの存在なんて無視するかのように、勝手に話は進んでいく。
起動を始めている合図なのか、物々しい機械に取りつけられた色とりどりのLEDが、下から上へと次々に点灯していった。
そしてすべてのLEDが点灯したのち、所長と呼ばれた男性の指先が、その機械のスイッチらしき部分へと向かってゆっくりと伸ばされた。




