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マンションのロビーで蘭ちゃんと別れ、自分の部屋まで戻ると、玄関には林檎と海斗くんの靴があった。
――あたしよりも先に帰ってきてたのね。デートならもっとゆっくりしてもいいのに。
玄関に見慣れない靴はない。
白亜さんの上司という三畳さんは、どうやらもう帰ったあとのようだ。
あたしが靴を脱ごうとしていたところで、白亜さんが勢いよくドアを開けてリビングから飛び出してくると、こう告げた。
「ひまわりちゃん、これからちょっと出かけるよ。君も一緒にね」
「えっ?」
問答無用の一方的な物言いに困惑するあたしのもとへ、林檎と海斗くんのふたりも駆けつけてくる。
「私たちも一緒に来てほしいんだって。でも理由は話してくれないのよね」
「がっはっは! なにかサプライズでも用意してくれてるのかなぁ?」
林檎が少し不安そうな声を漏らす一方、海斗くんはいつもの豪快な笑い声を上げていた。
「どういうことなんですか?」
あたしは白亜さんに問いかける。
「うん、さっきね、三畳さんからお願いされたんだ。君たちを連れて、とある場所まで来てほしいって。だけど理由は僕も知らないんだよ」
「それって、危なくはないんですか?」
上司からのお願い。お願いというよりは、命令に近いのかもしれない。
白亜さんとしては、背くことはできないのだろう。
とはいえ、のこのこと出ていっていいものかどうか、あたしが不安に思うのは当然のことだ。
なんといっても今のあたしは、政府側から監視を受けているらしく、誰の仕業かはわかっていないものの、危険な目にも何度か遭っている身なのだから。
もしかしたら、あの三畳さんという人がすべて仕組んだこと、という可能性だってある。
「大丈夫だと思うよ。僕が前に連絡したとき、ひまわりちゃんが今の状況に悩んで気が滅入ったりしないように、なにか楽しいことをしてあげたい、って言っていたことがあったんだ。だから組織のほうで、なにか用意してくれたのかもしれない」
「へ~、あんたもなかなか、いいとこあるじゃない! へらへらと笑ってるだけじゃないのね!」
林檎が白亜さんを茶化す声が、玄関に響く。
「まぁ、僕もなにも聞いていない以上、なんとも言えないんだけどね。ともかく、せっかくだし行ってみようよ。ね?」
「……はい、わかりました」
その言葉に、あたしは再び靴を履き直すと、ドアを開けて部屋から出た。
白亜さん、林檎、海斗くんも続いてくる。
しっかりとカギをかけて、戸締りはOK。
あたしたちはこうして、白亜さんに連れられ、マンションの外へと赴いた。
「……で、どこに行くんですか?」
歩きながらあたしは問いかける。
なにがあるかはサプライズってことでもいいけど、さすがに目的地くらいは聞いておきたかったのだ。
「うん、あそこだよ」
白亜さんが指差したのは、あたしたちが通っていた大学の裏手にある、あの思い出の丘だった。
☆☆☆☆☆
樹木が青々と生い茂る中を、あたしたちは歩いていく。
あたしたちが大学時代によく歌っていたのは、この丘の頂上付近だ。
おそらく、その場所を目指しているのだろう。
それにしても、いったいなにが待ち受けているのだろうか?
丘の頂上は、歌うにも清々しい自然に包まれた広い場所で、眼下には町並みが一面に見渡せる。
そして、あたしたちにとっては、思い出がいっぱい詰まった場所でもあった。
そんな場所を選んで、サプライズとやらをしてくれる、らしい。
実際にそうだという確信があるわけではないみたいだったけど、白亜さんの表情に不審な動きは感じられなかった。
嘘をついているわけではない、そう信じたい。
もっとも、白亜さんは得体の知れない雰囲気がある。
いつも軽くおちゃらけたイメージで話しかけてくるけど、それ自体が偽りの姿だとするならば、あたしには感じられないなにかが心の奥に潜んでいるのかもしれないけど。
そんなふうに考えて、やっぱりあたしはまだ、この人を信用しきっていないんだな、ということを実感する。
一方、林檎と海斗くんは、白亜さんを信用している口ぶりではあった。
だけどふたりにしても、なんとなく完全に信用しているわけではないような、そんな気がしていた。
あたしのその感覚は、どうやら正しかったようだということが、このあとすぐに明らかとなる。
見晴らしのいい丘の頂上にたどり着いたあたしたち。
やっぱりここはいい景色ね~、なんてのん気なことを言っている林檎の笑顔が、一瞬にして曇った。
物音を立てて、木々の陰から白衣を着たたくさんの人影が現れたからだ。
その数、十人以上。
すぐさま、白亜さんが口を開いた。
「準備は整いました」
その声には、いつものようなおちゃらけた軽さは、微塵も感じられなかった。
「うむ、ごくろうさん」
そう言いながら姿を現したのは、今朝マンションにやってきた男性、三畳さんだった。
冷たい風が、丘を吹き抜けてゆく。
このあと、あたしたちを楽しませてくれるようなサプライズが用意されている。
そういった雰囲気ではないのは、一目瞭然だった。
林檎は海斗くんに寄り添い、不安げな表情を見せている。
そんな林檎の肩にそっと手をかける海斗くん。
いったいこれからなにが始まるのか、それはわからなかい。
でもあたしの背筋には、じっとりとした、とても嫌な湿り気を含んだ汗が流れ始めていた。




