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一旦はちょっと湿っぽくなりかけたものの、あたしたちはすぐに他愛ないお喋りに戻っていた。
仲のいい人たちとお酒を飲んだり楽しくお喋りしたりするのって、安心できて気分のいいものだわ。
久しく味わっていなかった感覚で、あたしの心は温もりでいっぱいになっていた。
そんな中、
「ねぇ、ひまわり。あんた、今後って、どうするつもりなの?」
不意に林檎がそんなことを訊いてきた。
「どうって……。う~ん、保障金で生活できているとはいっても最低限だし、こうして林檎たちをマンションに引き込んだことを知られたら、そのお金だって打ち切られちゃうかもしれないし、働き口は探さないとダメかな~」
あまり深く考えてはいなかったけど、そろそろしっかりと考え始めないといけない時期なのかもしれないな、なんて思いつつ、あたしは林檎に答えを返す。
そんなあたしに対して林檎は、
「永久就職とかは~?」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、からかうような口調の言葉を向けてきた。
「な……やだ、そんな相手、いないもん……!」
ぼーっとしていたからか、あまりに唐突だったからか、それともさっきまで大樹くんのことを考えていたからなのか、あたしは自分でもびっくりするほど真っ赤になっていた。
「だいたい、それは林檎のほうじゃないの~? 海斗くんと、上手くいってるんでしょ~?」
恥ずかしさを紛らわすために、あたしは反撃に打って出る。
「ん、まぁ、ぼちぼちってとこ?」
林檎はそう曖昧に答えながら、視線を海斗くんに向けた。
その視線を受けた海斗くんはなにも言わず、ただ優しく微笑みを返す。
ふたりの様子はさながら、もう何年も連れ添った夫婦であるかのようだった。
……はいはい、わかりました、ごちそうさま。
なんてちょっと、やっかみの目で林檎たちを見てしまったのだけど。
考えてみると海斗くんはまだ酔いが残ってるみたいだから、あまりよくわかっていないのかもしれない。
「それにしても、心配よね……」
ふと、真面目な表情になった林檎が、小さくつぶやいた。
「……え?」
あたしは、なんのことだかわからず、首をかしげて訊き返す。
林檎は、あたしが思ってもいなかった真実を伝えてくれた。
「あっ、知らなかった? ……実は大樹くん、脱走したらしいの。それも政府の極秘資料を持って」
「え……ええええっ!?」
大樹くんが脱走?
ということはやっぱり、あたしたち同様、拘束されていたってことよね。
だとすると、普通ならば脱走したくなる気持ちも、わからなくはない。
でも、あのおっとりした大樹くんが脱走なんて、ましてや極秘資料を持ち逃げするなんて、あまりにも不釣合いで考えられないように思えた。
混乱しながらもいろいろと考えを巡らせているあたしに、林檎はさらなる事実を突きつけた。
「大樹くんが持っていった資料、かなり重要らしくてね……。見つけ次第、射殺しても構わない、というお触れまで出てるらしいわ。もちろん、極秘事項でしょうけど」
「えええええっ!?」
あたしは驚きの顔を隠そうともせず、怒鳴りつけるような声で林檎に詰め寄る。
「なななな、なによそれ!? 射殺って……、えっ!? どうして? どういうことっ!?」
自分でもなにを言っているのかよくわからない、あたしのそんな焦りまくった言葉にも、林檎は素直に答えてくれた。
「私も詳しくは知らないんだけどね。白亜さんが組織の人と話しているのを聞いて、問い詰めて聞き出したのよ。あっ、そのことは秘密だからね?」
あたしは混乱しながらも、どうにか気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。
すーすーはー。すーすーはー。
「ひまわり、それ、深呼吸じゃない」
「あ……」
林檎のほのかな笑顔に、あたしは顔を赤らめる。
だけど、そんなやり取りのおかげもあってか、どうにか落ち着くことができた。
そのあと、林檎からもう少し詳しく大樹くんの話を聞いた。
大樹くんはやっぱり、あたしたちと同じように政府の施設に拘束され、そしてその施設から脱走した。
それは何ヶ月も前のことらしい。
とすると、あたしやさくらちゃんが解放されるより前に、大樹くんは脱走していたということになる。
政府はすぐに捜索を開始したけど、大樹くんの足取りは今もまだつかめていない。
どうやら白亜さんの組織は、政府側にスパイを送り込んでいるらしい。大樹くんのことも、そういったスパイからの情報だったのだろう。
その辺りについては、詳しく聞き出すことができなかったみたいだけど。
大樹くんが持ち去った政府の極秘資料というのは、本当に重要な機密事項を含んでいるようで、白亜さん側の組織としても手に入れたい代物なのだという。
だからこそ、政府側が見つけるよりも早く大樹くんを発見して資料を回収したいと考え、組織も躍起になって探しているのだろう。
林檎の話を聞きながら、あたしは考えていた。
少し前に、このマンションの廊下で接触してきた怪しい女性――ジュラさんのことを。
ジュラさんは大樹くんが大切にしていたバッヂを着けていた。
あれはやっぱり、大樹くんのものに間違いないのだ。
そのバッヂをジュラさんが着けていたということは、考えたくはないけど、大樹くんはもう……。
顔がみるみる青ざめていくのを、あたしは自分でもはっきりと感じていた。
「ひまわりは大樹くんと仲がよかったから、泳がせればそのうちつながりを持つかもしれない。政府はそんなふうに考えて、ひまわりの監視を強化しているって可能性も高いのかもね」
心なしか声のトーンを落とす林檎。
あたしには、返す言葉がなにも見つからなかった。
重い沈黙が流れる。
時計の秒針の音さえも、はっきりと聞こえるくらいの静寂。
気づけばもう、真夜中になっていた。
外も静まり返っている時間だから、誰も喋らなければシーンと静まり返るのも当然というものだ。
その沈黙は、突然の来訪者によってあっさりと崩されることになる。
「いや~、おなかを壊しちゃったよ~。参った参った。……あれ? 深刻な顔して、どうしたんだい?」
沈黙を打ち破ったのは、いったいどれだけ長くこもっていたのだろうか、ようやくトイレから戻ってきた白亜さんの、やけに軽いおちゃらけた声だった。




