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天使たちの遊戯  作者: カキヒト・シラズ


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7/7

第7話

 次の日曜日、わたしはいつのように原宿のホコ天でタロット占いの店を出していた。だがなぜか客はさっぱり来ない。暇だった。

 わたしはナップザックから水晶玉を台座ごと取り出し、テーブルに置いた。

 水晶玉に手かざしし、目をつぶる。

 やがて幽体離脱がはじまる。

 わたしの幽体はある方向へ吸い寄せられるように飛んでいく。


 

 気がつくと新宿東口のホコ天だった。

 ライオットシールドを構えた機動隊員たちと銃を構えた警官たちが駅前の新宿通りのとある一区画を取り囲む。

 包囲された場所の中央には一人の男が若い女性を人質にとり、女性のこめかみに拳銃の銃口をつきつけて佇んでいる。

 男はサブローだった。

「近づくな」

 サブローは叫ぶ。

「女の命はないぞ」

 幽体のわたしはサブローの上空を旋回し、やがて下降してサブローの肉体に憑依する。

 他人の肉体に憑依する感覚は奇妙だった。

 わたしは瞬時にサブローの記憶を理解する。


 先ほどゲイバー「プルースト」に警官たちがガサ入れに入った。

 サブローは1階でゲイバーを営み、2階の住居に暮らしていた。

 拳銃を持ったまま裏口から逃走したところ、警官たちに取り囲まれた。

 側にいた通行人の女性の腕を力づくで引っ張り、人質にした。


「無駄な抵抗はやめよ」

 機動隊員の一人が拡声器で言う。

 サブローの肉体の中で彼の意識とわたしの意識が葛藤する。どちらが肉体の支配権を握れるかの葛藤だった。

 わたしはなんとかサブローの両手を広げ、人質の女を逃がす。

 サブローは逃げる女を射殺しようとする。

 だがわたしはサブローが引き金を引く直前、銃口をサブローの肉体に向ける。

 耳をつんざく銃声。飛び散る鮮血。腹に激痛が走る。

 サブローの肉体は新宿通りに仰向けに倒れる。

 強烈な耳鳴りがわたしを襲う……。



「起きてくれよ」

 わたしはふと目が覚める。

 目の前に怒った中年男性の顔。

 ここは原宿のホコ天。わたしは今、タロット占いの屋台の店にいる。

 わたしが幽体離脱してサブローに憑依したのはすべて夢だったのだろうか。 

「占ってもらえないかなあ」

 中年男性が言う。

「今度、会社を起業するんだけど、うまくいくかどうか占ってほしいんだ。

 もちろん料金はきちんと払うよ」

 わたしは深呼吸した。

 気を取り直すとタロットカードをシャッフルしてケルト十字にスプレッドする。





 しかしながら、わたしがサブローに憑依して彼を殺したことが夢でなかったことを知ったのはその日の夕方、自宅のワンルームに藤堂からの電話があったときだった。

「綾瀬さん、ちょっと助けてほしいんですが」

 藤堂が言う。

「綾瀬さん、超能力で死んだ人間を蘇生できますか」

「えっ?」

 藤堂の説明はこうだった。

 今朝、新宿通りでサブローは人質をとって機動隊と対峙したが、人質に逃げられ、自分で自分の腹に銃を撃って失神した。

 救急車で警察病院に運んで手当したが、出血多量で先ほど死亡が確認されたという。

 凶悪犯とは言え、サブローから事情聴取すべきことが残っているのでこのまま亡くなったら警察としては都合が悪い。つまりヒットマン、サブローの雇い主はだれかを特定しなくては事件の全容解明にはならない。

 そのためにもサブローには生き返ってほしいとのことだった。

「それは無理です」

 わたしは電話越しにきっぱり言った。

 サブローを殺したのはわたしだ。

 わたしは殺人罪になるのかしら。それとも正当防衛が認められるのかしら。

 そんな思いが脳裏を駆け巡ったが、それと同時にいいことを思いついた。

 わたしはメモ帳をさがし、ミズノ気功治療院の電話番号を藤堂に伝えた。

 医院長の水野正之はエスパラダイムのメンバーだが、中医学の医師で手かざしで治療する。

「こういうのは気功治療師の先生にお願いするのがいいと思うんです」

 わたしは半ば一方的に電話を切った。

 再び電話がかかってきたのは約三十分後、カップ麺を食べているときだった。

「水野先生とは連絡が取れました」

 受話器を取ると藤堂の声。

「今、急診で警察病院の霊案室に来てくれることになりました。

 つきましては綾瀬さんも警察病院に来てほしいんですが」





 わたしが警察病院に行く意味はないだろう。そう思いながらもヘルメットをかぶり、原チャリで中野の警察病院に向かった。

 病院の霊安室に着くと、すでに水野は到着していた。女性の看護師が二人。一人はミズノ治療院のロゴ入り白衣を着ていたが、もう一人は警察病院の職員のようだ。

 霊安室には島村と藤堂もいた。

「水野さん」

 わたしが言う。

「夜分、わざわざすいません」

「いやいや」

 水野が言う。

「君の助けになるなら、なんでもするよ」

 ベッドにはサブローの遺体が横たわっている。

 水野は藤堂に何時間前に死亡したか尋ねた。藤堂は三時間前と答えた。

「ぎりぎりかな」

 水野が独り言ちるように言う。

「死亡してから時間が経ち過ぎると蘇生が難しくなるんですよ」

 ミズノ治療院の看護師がサブローの衣服を脱がす。腹の銃創の跡が生々しい。

 水野がサブローの全身をなぞるように入念に手かざしする。

 しばらくするとサブローのまぶたが動き、不意に上半身を起こす。

「まだ動いちゃいかん」

 水野がサブローにそう言って寝かせる。

「後三十分くらいは安静にしててくれ」

 水野は警察病院の看護師に、患者は軽い脱水症状を起こしてるから水分はこまめに補給するよう指示した。

「ありがとうございます」

 島村はそう言って水野に名刺を渡す。

「ここに書いてある新宿署捜査一課に、後日、治療代を請求してください」

「おそれいります」

 水野は頭を下げる。


(つづく)



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