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天使たちの遊戯  作者: カキヒト・シラズ


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第1話

 この物語をどこからはじめたらいいかわからない。

 ただ思いつくのは1989年の初夏の日曜日。

 あの日、わたしは原宿のホコ天で屋台の店を出していた。

 タロット占いの店だ。

 わたしの店はホコ天の端にあり、すぐ近くに「歩行者天国」と書かれたバリケードが見え、その向こうの大通りには車が走っていた。

 ホコ天ではアマチュアバンドが騒がしい下手なロックを演奏していたり、奇抜な恰好をした若者たちが思い思いのダンスを踊っていたりした。

 バブル時代――まだ日本が活気に満ちていたときだ。あの時代、人々は決してしあわせではなかった。

 そればかりか、あの時代は狂っていた。

 できるだけ無駄なこと、できるだけ非日常的なこと、あるいはできるだけ生活必需的な物事とはかけ離れたことに興味を持つのが美徳だった時代。そんな感じがする。


 わたしは二十四歳。

 女子大卒業後、ソフトウェア会社に勤務するもお局さま的な女性上司のパワハラに耐えられず1年間で退職。以降、コンビニでバイトしながら中野のワンルームの家賃と食費をなんとか稼ぎ、休日には趣味のタロット占いで小遣い銭を稼いでいた。

 将来、占いだけで食べていけるようになろうとも、結婚して主婦になろうとも深く考えているわけではなく、ただ惰性で毎日が過ぎていた。

 そういう生き方があの時代の空気なのか、それともわたしの個性なのかはわからない。

 でも実家に帰って親と同居はしたくはなかった。


「どうよ。彼氏とはうまく行きそう?」

 若い女性客が言う。

 屋台をはさんでわたしと女性客は向かい合ってすわっている。

 屋台のテーブルにはケルト十字にスプレッドしたタロットカードが並んでいる。

「そうですねえ」

 わたしが言う。

「彼は浮気性のようです。

 実はお客様の他にも彼女がいて、二股かけていると思われます。近いうちに彼から別れ話を聞かされそうですが」

「嘘よ」

 女性客はテーブルを叩いて立ち上がる。

「そんなの嘘。マサルのこと何も知らないくせに。こんな占いインチキだわ。頭に来ちゃう」

 女性客はそのまま屋台を立ち去ろうとする。

 わたしも立ち上がり、まだ代金をいただいてないことを告げるが、女性客は無視して歩き、「歩行者天国」のバリケードを越える。

 ふと1枚のタロットカードがおりからの風でテーブルから地面に落ちる。

 拾ってみると「タワー」のカード。

 するとカードは啓示のようにわたしに強烈なメッセージを伝えてくる。

「お客さま」

 わたしは拡声器のように両手を口元に当てて大声で叫ぶ。

「事故にご注意ください」

 車の急ブレーキ音がほとんど同時に聞こえる。

 女性客が車にぶつかり、地面に倒れる。

 車から運転手が慌てて降りてくる。

 女性客はすぐ立ち上がり、スカートをはたく

「だいじょうぶですか」

 わたしは女性客のそばに駆け寄る。

「病院に行かれますか」

 女性客は「余計なお世話よ」と言い、軽くびっこを引きながらその場を去っていく。

「こんなのかすり傷よ」

 わたしはしばらく呆然と立ち尽くしていた。





 午後四時近くになると、わたしは屋台を片付ける。後は業者が回収する手はずになっていた。

 わたしは駅前のカフェバー『ホロスコープ』に急いだ。


 カフェバーは80年代、よく流行った飲食店の形態だ。カクテルを飲みながらサンドイッチやケーキを食べるというアンバランスさが、なぜかあの時代の空気に溶け込んでいた。

 『ホロスコープ』に着くと「本日 エスパラダイムご一行様貸切」の看板が目に入る。

 入口を開けるとドアベルが鳴る。

「あら、里見ちゃんじゃない。いらっしゃい」

 出迎えたのはカフェバーの実質的マスター、黒木英恵だ。

 黒いエプロン姿が似合う。年は三十路を少し過ぎたぐらいか。

 もともとは同い年の旦那の黒木次郎と夫婦で店を運営していたが、いつのころからか夫は別の仕事で忙しくなり、妻の英恵が一人で店を切り盛りするようになった。

 店の中央の丸テーブルにはやはり黒いエプロン姿の夫の黒木が座っている他、水野正之と森泉の姿があった。わたし自身と黒木夫婦を含め、全員がエスパラダイムのメンバーだ。

 水野は四十代の恰幅がいい中年で、渋谷で気功治療院を経営している。中国に留学して中医学を学んだと聞いているが、手かざしでどんな病気でも治療するらしい。

 泉の方はわたしより少し年上の二十代後半の女性で代官山のブティック『ジュエリーイズミ』のオーナーだ。霊感ジュエリー専門の宝飾店で、開運効果があるアクセサリーが人気だ。

 わたしが丸テーブルに腰かけようとするとドアベルが鳴る。

 ヘルメットをかぶった作業服の若者、平井学が現れた。

 平井は水道工事関連会社に勤務するダウザーだった。

 ダウジングロッドと呼ばれるL字型の二本の鉄製の棒を左右の手に持って、地中の水道管の故障個所を地上から探るというもので、故障個所の真上を通るときダウジングロッドが左右に開くのだ。

 ダウザーになるには霊感の素質が必要だった。

 平井はわたしの隣に座る。彼もエスパラダイムのメンバーだ。


「これで全員かしら」

 英恵が言う。 

「まだ室野さんが来てない」

 わたしが言う。

「室野君は今日も欠席みたいだ」

 黒木が言う。

 室野和孝はエスパラダイムの創始者にして初代リーダーだったが、現在のリーダーは黒木だ。

 黒木の話では室野は新興宗教を立ち上げ、教祖になっているとのこと。あまりわれわれとは接触したがらない様子だとも伝えた。

 

「ところで黒木君は今、どんな仕事してるの」

 水野が言う。

「この店、奥さんの英恵さんが一人でやってるでしょう。旦那は普段、何やってるの」

「ひもになっちゃたのかしら」

 と泉。

「まあ、そんなところかしら」

 と英恵。

「英恵もひどいなあ。ちゃんと仕事してるよ」

 黒木が言う。

「ただし、ぼくの仕事は国家機密にかかわる仕事だから、詳しいことは言えない」

「スパイみたいな仕事ですか」

 平井が口をはさむ。

「かっこいいですね。こっちなんか3Kの肉体労働だっていうのに。ところで黒木さん給料なんか高いでしょうね。どれくらいもらってるんですか」

「それも国家機密なんだ」

「黒木さんらしいわ」

 泉がつぶやく。


 カフェバー『ホロスコープ』が開店してしばらくしたら、黒木は女性週刊誌に西洋占星術の占いの連載を開始した。そのころから店の経営は妻の英恵にまかせるようになった。

 しかし別の仕事が入ったということで黒木は週刊誌の連載を半年後に自分からやめた。

 

 やがて英恵が厨房からピザや軽食を運んでくる。

 黒木も手伝い、全員にコップを配り、ビールを注ぐ。

 黒木の音頭で全員で乾杯し、エスパラダイムの懇親会がはじまった。


 ところでエスパラダイムとは何か。どうやって結成されたのか。

 それを語るには、まず1970年代の超能力ブームにさかのぼって説明しなくてはならない。


(つづく) 


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