聖歌ロックンロール01
「こんな酷い話ってないだろ?」
テーブルに叩きつけられた紙の束がドラムのような大音量を司書室に響かせた。
「お話はわかりました」
雪乃先輩はその音にわずかに眉を顰めながら答えた。
「つまり、文化祭では聖歌しか認められない。ロックバンドはダメだと言われた」
「そういうことですね?」
雪乃先輩は興奮しきった相手を落ち着かせようともせずに、いつもの調子でそう言った。わたしは慌ててお茶のトレーを持ち上げて被害を防いだというのに。
静寂がBGMと言っても良い図書室の隣室で大声をあげて抗議したのは二年の高木先輩。軽音部、いや軽音同好会の部長――で良いんだろうか?とにかくそういう人だった。
声は司書室のドアを挟んだ図書室まで筒抜けだったようで、数人の生徒が室内の様子を伺っている。わたしはトレーごとカップを持ち上げたままの間抜けなポーズでそれを目の端にとらえた。
事件の始まりは文化祭まで一ヶ月を残したそんな夕暮れのことだった。
「それで、ええと、高木さんがここに来られた理由は?」
雪乃先輩はそう問いかけた。
「もし、できれば学校との交渉を手伝ってほしいんだ。学内一の有名人でしょ?」
高木さんはようやく少し落ち着いてソファに腰掛けて語り始めた。
けれど、やっぱり興奮冷めやらずといった様子で前のめりになっている。
「私はただの図書委員長ですよ?そんな力はないつもりなんですが」
雪乃先輩は深いため息をつきながらそう返答した。
「それでも……私なんかより」
高木先輩は自分自身の無力さに打ちのめされたように肩を落としている。
「念の為の確認ですが、どうしてもロックバンドでないと駄目なのですか?」
先輩は当然聞くべき質問としてその言葉を発した。高木さんが食い気味に反応する。
「ダメなんだよ!だって……」
静かな沈黙が流れた。夕暮れの日差しが図書室の本に跳ね返って赤がね色に輝いている。
「駄目ですか。理由がおありのようですね」
先輩は傾聴?と言うやつだろうか、相手の発言を繰り返して心の中を出してほしい。そんな様子だった。それはこの依頼を受けるかどうする決める為に関係しているからなのだ、わたしはそう思った。
わたしはトレーを慎重に置き直して二人の言葉を待った。
「この学校ってさ、結構息がしづらいところがあるでしょ」
「雪乃さんあなたならわかるでしょ」
先輩は無言で頷いた。
「そりゃお嬢様学校で、しかもミッション系なんだから我慢しろって」
「そう言われたらその通りなんだけど、それでもさ……」
高木さんはそこまで言うと黙り込んでしまった。
「わかりますよ。私もある人に教えてもらいました。なんでも耐える必要はない」
「それで今生きていられるようなところがあります……」
先輩は少し大袈裟にも取れる言い方をしながら続けた。
「けれどね、高木さん、少しきつい言い方になってしまいますが、あなたが私を頼ること、それ自体が、私を特別として見ていることになるんですよ」
先輩は静かにそう告げた。
高木さんは自分自身でも気づかなかった様子でうなだれてしまった。
「そ、そうだよね。ごめん」
雪乃先輩はなんでもない、と言うように首を振ってから続きを促した。
高木さんは先輩の沈黙に勇気をもらったように一言ずつぽつり、ぽつりと語り始めた。
「私、中学の頃、ちょっといじめられててさ……」
「神の教えを学ぶ学校なのに、いじめ、なんてあるんだってちょっと絶望しちゃって」
高木さんは髪の毛を指でくるくると巻くと先を続けた。
髪の毛をいじるのがわたしと同じ癖で少し、共感が持てるようだった。
「その時に出会ったのがロックバンドの曲で、」
「私、生きてていいんだって思えた」
「そのバンドのおかげで」
高木さんは目を伏せてこの世界を愛おしむように囁いた。
その表情は、彼女の頭の中ではそのバンドの曲が鳴っているんだろう、そんな表情だった。
雪乃先輩は思うことがあるようで黙り込んだまま窓の外を遠い目で眺めていた。
それから急に聖書の引用をした。
『私は言っておくが、もしこの人たちが黙れば、石が叫ぶだろう』
「ルカによる福音書十九章四十節でもそう言っていますしね」
先輩は手元の聖書をそっと開くとそのページをわたしたちの目に前に広げた。
「わかりました。あなたのご依頼お受けしましょう」
雪乃先輩はゆったりと頷くと高木さんの目を正面から見据えた。
「学校と交渉してくれるの?」
目を輝かて腰を浮かす高木さんへの先輩の返答は少し意外なものだった。
先輩は高木さんには返事をせずにわたしに向かって言った。
「ちょっと萌花ちゃん、お願いがあるのだけれど」
「文芸部のアリスさんを呼んできて。あの子、とっても聖書に詳しいから」
「あと御影先生がいらっしゃったら。一応私の方からお声がけしたいから」
「もし文芸部にいたらお越しいただくように伝えてくれる?」
わたしは、半ば幽霊部員と化している文芸部に行くのは気が重かった。
ましてや御影先生、司書と国語教諭を兼任している物腰の柔らかさの中にある鋭い瞳――が少し苦手だった。
けれど、先輩にお願いされて断るなんて出来なかった私は、先輩に答えた。
「ちょ、ちょっと行ってきます」
そう言うと、司書室を後にするのだった。




