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『補色――お互いを助け合う(赤りんごと青りんご)』


「赤と青のりんごを合わせると、互いを引き立てあって、とっても美味しくなるんです……」


「どっちの色にも、それぞれ良さがあって……」


「知ってますか?あとで、皆さんで食べましょうよ?とっておきのがあるんです」


「お二人が、ぶつかり合いながら、尊敬し合いながら競ってたから……」


「今の絵ができたんだと思います」


伝えたいことをちゃんと言えただろうか?


「君みたいな素人に……何がわかるって――」


言いかけて、口をつぐむ千里先輩。


「ダメだよ、千里ちゃん、それだけはダメ」


「それを言ってしまったら、千里ちゃんの理想がなくなっちゃう」


椿姫先輩が、千里先輩をきつく抱きしめた。


「千里ちゃん言ってたでしょ」


「みんなが美を感じる心を持ってるって」

「誰でも芸術家になれるって」

「千里ちゃんが、子供の頃からずっと持ち続けている理想だって」


「私、それを聞いて、なんてすごい子なんだって」


「私みたいな凡人でも、素人でも絵を描こう……描いていいんだって」


「勇気をもらったの。だから、それはダメだよ」


「千里ちゃんが描きたい絵、私、今からでも手伝うから」


「だから、それだけは捨てないで。才能なんていい、でも心を捨てたら――ね?」


「私が千里ちゃんにそんなことを言わせたなら、謝るから、ね?」


「お願いだから。千里ちゃん、私どうしたらいいか――」


椿姫先輩は泣いていた。


千里先輩は椿姫先輩の涙をそっと拭った。そして、わたしに笑い返した。なんだかそれは、やわらかくて、暖かくて、強くて、そして儚さが詰まった笑いだった。


本当の千里さん。わたしにはそう感じられた。


「如月萌花さん、私が悪かった。今の言葉は撤回する」


「心から、ごめんなさい」


千里先輩は弱々しく、しかし、はっきりとした口調で謝罪を口にした。柔らかな微笑みは、ゆっくりと心に広がった。


今はその髪にもルビーの輝きはなく、その瞳も朝靄の中に消え去りそうな色に見える。けれど、不思議と今の千里先輩の方が魅力的に見えた。


「初めて私の絵を見てくれた人に、ここまで褒めてもらえて、とっても嬉しいよ」


ただ微笑だけを浮かべていた。


自嘲でも強がりでもなく。


「椿姫もね。君のような子が私の絵を見て、芸術を志してくれたなんて」


その顔は、不思議と幼く見えた。口調がそうさせているのだろうか。千里先輩の声にならなかった言葉が、瞳の奥で揺れている。

沈黙には、言葉を超える想いが溢れていた。


「君の言う事もわかってるんだよ、椿姫」

「でも、もう少しだけ自分を試したいんだ」


「ただ一人の、百瀬千里として」


「僕が、僕であり続けるために――この瞳が映す世界を、そのまま受け入れるために」


雪乃先輩はわたしだけに聞こえる声で囁いた。


「誰にでも、美はある――か。とっても素敵」


その言葉が胸に響いた瞬間、夕陽が美術室をいつまでも照らし続けていた。



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イラストがあるほうが想像がはかどる方はぜひ
活動報告の

『清心館の天使』日ノ宮雪乃の肖像

『わたし』如月萌花の肖像

『疑似三つ子』三人の肖像

『美術部の二つ星』二人の肖像

をご覧くださいませ。

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