『お姫様と執事の恋――Jet Black(黒曜石の黒)』
執事服を纏っても、わたしはいつものわたしだった。
黒い服の下、鼓動だけが熱を持っていた。
採寸をされながら、図書室への道が急に恋しくなった。
美術室はおろか、先輩にも会えない日々が続いていたからだった。
美術部への嫌がらせ。
そんな話に好奇心を掻き立てられた先輩は、待ちきれない様子だった。一日に何度も『いつ行けるの?』と確認メッセージが送られてくる始末。
忙しかったわたしは『一人で行っちゃってください』とだけ送り、クラスの制作に追われていた。
それきり雪乃先輩からのメッセージは送られて来ない。なんとなく罪悪感に苛まれながら、数日が経っていた。
普段から学内の人気者と仲良くさせてもらっている身として、分不相応だと感じることばかりだった。
でも今は、先輩にふさわしい自分になるために、できることから動くのです。心の中で言い訳をする。
わたしのクラスは、模擬店をやる事になっていた。
しかもメイド&執事喫茶というベタなものに。
身長が高いためか、わたしは執事役を割り当てられた。
今までのわたしは、こんな企画には冷笑で返していたと思う。でも、こうしてクラスメイトと関われることは、当たり前じゃないんだ。
先輩と出会ってそれがわかった。
わたしが変われるなら、いつか先輩もクラスに溶け込んでいける。そう信じていた。
「それこっちとって」「採寸終わってないのだれ?」「布、今日買う予算どこ?」
色々な声の中で手を上げたり下げたりと、なすがままに採寸をされる。
「ほら、終わったよ!」
ドンと背中をたたかれて、我に返る。
「またモカはボーっとして、雪乃先輩の趣味も分からないな?」
「お貴族様は、我々とは違うからねぇ」
「どうせメイドで給仕がしたかった、とか思ってたんでしょ?」
「あんたはどう考えても執事なの。メカクレヤンデレ執事と銀髪お嬢様よ」
「跪いて手の甲にキスする練習しておくのよ」
クラスメイトが笑いながらトドメを刺してきた。
「ちゃーんと、雪乃先輩に一日三回は来てって可愛くおねだりするのよ」
「姫様目当てで、お客が来るんだから」
茶化されながらも、友人たちが応援をしてくれる事は嬉しかった。
採寸を終えると、何もすることがなくお役御免になってしまった。一週間ぶりに図書室へ行けるかと思うと、気持ちが浮きたった。
文化祭を控えた廊下は熱気に溢れ、いつもの静けさは消え去っていた。自然と、他のクラスの出し物にも目が留まった。
文化祭とは不思議なもので、普段目立たない生徒が表舞台に立つ事もある。逆に、普段華やかな人が壁の花になってしまったりすることも。
そういう意味では、百瀬先輩はどんな時も主役。そして雪乃先輩は図書室のラプンツェルだった。
それは人だけじゃなくて、部活動そのものもそう言えるようだった。わたしはいつもとはルートを変えて、わざと遠回りをする。一般教室棟から特別教室棟を通って、姫様に外の世界をお伝えするのだ。
クラスメートの変な言葉に影響されたのだろうか?でもきっと喜んでくれるはず。
特別教室棟の階段を登ると、そこはいつもの光景とは一変していた。
奇術部は大道具を作り、隣では模造紙に記事を書く旅行部。理科実験室の前では科学部が試薬の在庫を運んでいて、廊下には独特の匂いが漂っていた。
写真部は熱心に議論しながら、現像液を運び出している。そういえば以前、特別棟の三階に暗室があると聞いたことがあった。うちの学校にも、一つの暗室があり、そこで青春を燃やしている人がいる。
廊下に響く文化祭のざわめきが、わたしの知らない顔を見せている。
世界はいつだって、少しだけ別の色をしている。




