『本当の三つ子のように』
数日後、下校時刻に三人を偶然見かけた。
休憩中のようで、タオルで汗を拭っている。
遠目で、何を言っているのかも断片的にしか聞こえない。文句を言いながら、何だかんだ仲良くしているようだった。
詩さんは響に、もっと自分のパフォーマンスに集中しろと言い続けている。
響は詩さんに、自分を信じて、伸びやかにと言い返す。
奏さんは、詩さんと腕を組んでいる。
詩さんは奏さんからの封筒への扱いを思わせる、柔らかな気遣いを見せていた。
喧嘩しながらも、元の三人より仲良しに見えた。
詩さんは、今は二人に似せようとしていない。
けれど、それが逆に本当の姉妹のようだった。
三つ子の一番上の姉のような。
響も気取らずに、サンドイッチを頬張っている。その姿は『学院一カワイイおんなのこ』にふさわしく思えた。次からは響さんと呼んであげたくなるくらいには。
奏さんがわたしたちに気づき頭を下げた。
わたしは、なんでもないですよ。という意味を込めて頬をそっと撫でた。
「あの三人は、なんとなく大丈夫な気がする」
雪乃先輩は笑いながらそう言った。
「奏さんは気持ちを出し切って、明るくなった気がするよね。詩さんとお付き合いを始めたとしても、不思議には思わないけれど」
あの日以来、どことなく先輩と距離を感じる。
図らずも、先輩の告白を聞いてしまったからだろうか。そんなわたしの思いを、知ってか知らずか
「きっと、今のあの人なら、どっちにしてもいい人が見つかるわ」
そんな事を言う雪乃先輩の言葉には、いつも通りの温かさがあった。そして、少しの寂しさも。
それでも、わたしもそうなるといいな、心からそう思うのだった。
三人の姿を見かけたからか、先輩はあの日の事を思い出したようだった。
「傷はもう大丈夫?あの時はごめんね。私、怖くて動けなくて」
「……絶対に嘘ですよね。結構、恨んでます」
「ごめんね……」
泣きそうな顔で言う雪乃先輩を見ると、一瞬で許してしまう。
「本当は、古流柔術を使えるの。探偵の嗜みだから」
わたしが許したことを察したのか、先輩は謎の構えを取った。あまりにも弱そうで、思わず笑いそうになった。
「嘘……ですよね?」
「萌花ちゃんが本当に危ない時は、助けてあげる。これも約束」
どこまでが本気で、どこまでが冗談かわからないことを言う先輩。
わたしの知っている雪乃先輩の噂話。
『推理好き』以外のほとんどが嘘なんじゃないか、そんな気がしてくる。
本当は、運動神経抜群で、成績優秀で、絵も描けて、歌もうまくて、わたしのことが――
思いつく限りの、最強女子高生を想像してみた。
それは、わたしの自慢の……わたしだけの先輩。
勝手な願望。先輩を『天使』と呼んだ子たちと同じ、決めつけの願望。
そんな思いを頭の中から追い出そうとしているうちに、本当に聞きたいことを聞くタイミングを逃してしまった。
先輩がそっと聞いてくる。
「そういえば、もかちゃんは、経験ある?誰かの代わりみたいな」
思ってもみない言葉に、わたしは先輩をじっと見つめた。
「あのですね。一度はっきり言っておきますけど……」
「わたし、告白とか、された事ないですからね」
「えっ、そうなの?」
「なんですか?その反応。わたしそんなモテるように見えます?」
わたしが少し不機嫌になったことで、逆にこれまでの距離が縮まったように思えた。
「そうなんだ、ふーん。そうなんだぁ」
雪乃先輩はなんだか感じ入ったように繰り返している。
「もかちゃんが、初めてされる告白……いつか、それが素敵なものになるといいね」
その言葉は祝福のように胸に染みわたって、わたしは小さく頷いた。
そんな日がわたしに来るのだろうか?その心の痛みは見ないことにしながら。
今日の先輩は、何か嬉しいことでもあったのか、歌でも歌い出しそうだ。
「先輩は数え切れないくらい……されてますよね……そういうの」
わたしは胸がちくりと痛み、しょんぼりした気持ちでそう聞いた。
「みんな私を特別扱いするのよね」
「箱にしまって大切にする。アンティークのお人形みたいに」
先輩は無表情のまま、水溜まりをわざと避けずに靴を濡らした。
そうして生まれた波紋を見つめながら、続けて呟いた。
「これやるとね、お家ですごく怒られるんだ」
特別扱いされる人。されない人、ただ一つの宝石として扱われる人。
そのスペアのような人。わたしはいろいろなことを考える。
「もかちゃんってば、考え事?」
いつもの分かれ道の少し前、雪乃先輩が急に切り出してきた。
「なんでもないんです。なんでも」
「なんでもはあるでしょ?あるっちゃあるけど、ってやつかな?」
「もう!茶化さないでください。怒りますよ」
「ほら、なんでも聞いて?お友達でしょ」
「なら、友達として聞きます……」
あの三人を見かけた今日聞かないと、一生聞けない気がしてしまったから。
そして、友達といいながら、やはり敬語で話してしまう。
十年後――があるのか分からないけれど、その先もずっと敬語で話していそうだ。
わたしはまた指先でロザリオをなぞった。




