おしまい
――父は本当に愚かな人でした。こんな未完成で、欠陥だらけの儀式で完成と思うだなんて。そのために母まで犠牲にして。
――結果はどうなったか、ですか? 見ればわかるでしょう。魂の捜索にこそ成功しましたが、固着は中途半端、黒の落とし仔も、招来はできても、従属はできていませんでしたよ。穴まみれの儀式で、成功するはずがないんです。こうして、形を保てただけ上等という部類です。
――父が望んだのは、生前と全く変わらぬ娘の似姿にして、人間以上の肉体をもった都合のいい存在。ですが、現れたのは、ただの黒の落とし仔でした。姿は違い、しかし魂は中途半端に固着した。中途半端な成功が、なお悲劇です。日野愛美の記憶は記録に。本能が人から黒の落とし仔のそれへと置き換わる。そんなおぞましい怪物を、それでも娘と呼べればよかったのでしょうが、あいにくとそれを証明する余裕はありませんでした。
――なぜかって? そんなもの、黒の落とし仔、黒い仔山羊が父を食べたからに決まっているじゃないですか。
――生命としても欠陥だらけです。日野愛美としての人格は、確かにこの身に定着しました。ですが、足りない。時間とともに、日野愛美は抜け落ちてしまうんです。中途半端に固着された魂は、すぐに黒い仔山羊から離れようとした。それをこばんで、私は、父を食べました。人の魂と、血肉で魂を無理やり固着させたんです。そうでなくとも人の魂が仔山羊の本能に侵されて、人間の血肉が欲しくて、欲しくてたまらない。
――だから刑事さん。あなたははっきり言って、邪魔なんです。危険なんです。とてもおいしそうなんです。
――あら、どうしました? 穴が空くくらいに見つめて。これですよね。見ればわかるでしょう。私の右腕です。けっこう速く動くんですよ。これ。それこそ、誰にも見られずに、人をさらえるくらいには。
――樹木のような触手。どこまでも伸びるそれには無数の胃袋とつながった孔が空いている。まき散らされる死臭は探索者の正気を削る。お話のように言えば、こんな感じでしょうか。大丈夫です。一瞬ですから、痛くはありません。
――大きな声を出さないで。どうせ誰も助けになんてこないんです。あぁ、聞こえていませんね。気が狂ってしまいましたか。
――生と死の境目はあいまいです。日野愛美は死んでから、魂だけになって、父のそばを漂っていました。
――自分の死に苦悩し、絶望し、元気になったと思ったら、自身の生き返りの方法を探り始めた。そのせいで少しずつ気が触れていく父を、日野愛美はずっと見ていた。日野愛美は……私は父のすぐ近くにいたのにね。
――生死の境はあいまいです。死んで魂だけになるなら、肉体に縛られる意味なんてまるでないのに。
――拳銃を撃っても無駄ですよ。今こそ、腕だけが仔山羊ですけど、擬態しているだけで、私は仔山羊なんです。心臓がつぶれても、脳が吹き飛ばされても、この肉体は滅びません。
――日野愛美は、愛すべき父の手によって化け物の肉体に囚われて、こうして化け物として人を殺す。
――あいまいだった生死の境は、今はもうはっきりしています。肉体が死んでも魂が残るなら、人はまだ死んでない。だけど今のこの体が滅びてしまったら、私の魂は本当に消えてしまう。死にたくはないから。人を殺すことをやめてしまったら、今度こそ日野愛美の魂は失われてしまうから。
――たとえ、人間ではないとしても、生き返ってしまった以上、死にたくはないから、だから。
――ふふっ。
――さようなら刑事さん。次は私の胃の中で会いましょう。それでは、
――イタダキマス
グチャリ。
これにてお終い。刑事も胃の中にお仕舞い。
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