その2
「さああああああしゃ!」
サーシャの自宅前で、まるで「たのもう」とでも言わんばかりにクロトが叫ぶ。
サーシャはログインしたばかりの寝ぼけた顔で玄関ドアを開けた。
「なんだ」
クロトは昨日の事など忘れたような顔で片手を上げる。
「よっ。今日はあれだ、アイテム集めに行くぞ」
サーシャは目をこすりながら答える。
「アイテム集めか。倉庫に腐ってる物なら分けるぞ。何が必要なんだ」
クロトはえっへん、と胸をそらし
「繭だ」
と言った。
繭は、モンスター:ウォーム(Lv23/HP980)からドロップするアイテムだ。希にアイテム:黄金をドロップするウォームは、外れアイテムでゴミのように繭を落とす為、進んで集める者はあまりいない。
サーシャはあくびをしながら
「繭か。確か300個くらいは倉庫にあったはずだ。いくつ必要なんだ?」
と聞く。クロトはさらに胸をそらし、もうそのままブリッジしてしまいそうになりながら答える。
「5万個だ」
ごま···。
サーシャは一気に眠気が吹っ飛んだ。
「一帯何にそんなに使うんだ?」
クロトはサーシャのアイテムインベントリを勝手に開けると、中身をポイポイと倉庫へ投げ込む。
「それは秘密だ。さぁ行くぞ、時間が惜しい!」
サーシャの手を引き、クロトはリバーシ!と唱えた。
アランシアからギアロへ向かう途中に、大きな林があり、そこにウォームは沸く。
二人はたいして強くもないモンスターを機械的に倒し、次々に繭を集めていった。
昼過ぎ、二人は一旦息をつく。
「ふぅ、そろそろキャパがやばいな。一旦ギアロの街の転送装置で、倉庫に繭を送ろうぜ」
掃いて捨てる程出るとはいえ、目標数が5万個では先が長い。サーシャもふーっと長い息をついた。
ギアロの街を、ふざけながら歩くクロトと共にサーシャは歩いていた。
「しっかり前を見ろ、人にぶつかるぞ···おまえは幼稚園児か···」
と、ドカッと人にぶつかったのはサーシャの方だった。
よろけるサーシャを支えるクロト。
「っと、すまない···」
サーシャはぶつかってしまった相手を見た、そして息を呑む。
そこにいたのは、スラッと高い背を丸め、サラサラした長めの髪をもしゃもしゃにし、深くカットされたV字の白い薄手のセーターに、足首まで長い薄めの青のスカート、顔をほぼ覆う形の大きなグルグル模様の丸い眼鏡をかけた人物だった。
「おまえ···ワイエット···まだこの世界にいたのか」
サーシャは目を丸くした。
ワイエットと呼ばれた人物は、サーシャとぶつかった事にすら気付いておらず
「···?」
と怪訝そうな顔で眼鏡をズリ下げた。
途端に綺麗なオレンジがかった赤い瞳の、大きな切れ長な目が現れる。眼鏡を外した瞬間、周りが夕暮れに包まれたかのように暖かくなる。
「あぁ···サーシャさんか···」
クロトは声を聞いて初めて、その人物が女性であると気づいた。そして二人の間に割り込み
「何?知り合い?え、何何?」
と二人を交互に見ている。
サーシャは相変わらずワイエットを見つめながら、頷く。
「あぁ、知り合いだ。しかし、こいつにぶつかるとは···よっぽど呆けていたな···ショックだ···」
ワイエットは、聞こえているのかいないのか、そもそもサーシャとクロトに興味がないようで、眼鏡をかけ直すと道端の小石を拾い上げ、眺めている。
クロトはサーシャにそっと耳打ちする。
「サーシャ···おまえの周りには変な奴しかいないのか···?友人はもう少し吟味したほうがいいぞ?」
おまえがそれを言うのか···。サーシャは唖然とクロトを見つめる。
クロトは「え?何?やだテレちゃうな···」という顔をしている···。
三つ拾った石のうち二つをポイっと投げ捨て、残りの一つを綺麗に通った鼻にくっつけそうな程近づけ、見つめながら、ワイエットが呟いた。
「サーシャさん、アレそのままにしてたら疑われるよ。僕には違うってわかるけど。他の人にはわからないんじゃないかな。誰も、何も、見てないものね」
サーシャは怪訝な顔をした。
「なんの話だ?」
ワイエットは手に持った石をポイっと投げ捨てて、じぃーっとサーシャを見つめる。そしてズズイと近づく。
「······?」
クロトが横からワイエットの顔の前で手のひらを振るが、ワイエットは気にも留めない。そして、サーシャの肩に乗るセラルをおもむろにガシ!と掴み
「これか···」
と呟いて、そのまま尻尾を掴み、グイッと引っ張った。
「なっ!」
焦るサーシャ。
「こ、こ、こら、やめろ。嫌がっている···、離せっ!」
ワイエットは相変わらず落ち着き払った雰囲気でセラルを離すと、ズレてしまった眼鏡をかけ直し
「ゴリニチか···。だが···あぁ、そうか···」
と、自分の世界に沈み込むように頷き、そのまま歩いていってしまった。
クロトはボーゼンとしている。
「なんだ···あれ···」
サーシャは、セラルのボサボサになってしまった体毛を元通り撫で付けてやりながらため息混じりに言った。
「奴とは、その昔、アリエスのボス部屋で出会った。当時私は、ボスでの経験値効率の計算をしていたんだ。まぁ、そんな事はどうでもいいが。ボスは、知っての通り取り合いだ。先にその部屋にいたかどうか、ではなく、F Aを取ったかどうかで決まる。私は弓矢を手にし、取られまい、と奴を観察した」
「ワイエットは、なぜかずっと床に這いつくばっていた。私は、何かアイテムでも落としたのだろうか?と訝しんだが、とりあえず部屋に入って一体目のボスは、いつ沸くかわからない。無視してずっと身構えてたんだ。するとほどなくボスが沸いた。多少焦りながらもFAを取る。よし!と思い奴を見ると変わらず這いつくばっている。私は不思議に思ったが、ボス討伐を続けた。すると運悪く、取り巻きの一体が奴をタゲってしまい、奴の元へ移動していった。ボスと交戦していないのに取り巻きにだけ攻撃を喰らうのは全くもって損以外の何物でもない。私は焦り、ボスに攻撃を喰らいながらもその取り巻きを優先して倒した」
「ワイエットは、そんな事は気にも留めず、ひたすらに床に顔をつけんばかりに這いつくばっている。やがて私はアリエスを討伐する。そしてタイマーをセットし、奴に言った。『おまえはここで何をしているんだ?』奴は、なんと、そこで初めて私に気づいた。そして言ったんだ。『沸く場所と沸き時間の確率の計算式を解明している』と。知っての通り、ボスの沸き場と時間は、ある程度決まっているがどれになるかは完全ランダムだ。たが奴は、必ず答えがある、と言うんだ。奴には、この世界が我々とは全く違って見えている。石や木や建物が、奴には数字を並べたデータに見えているんだ。奴がこの世界に接続してくる理由は、“ゲームシステムの解明”なのだろう。奴はベースレベルが30程度しか、ない。が、通常マップで、奴がモンスターに襲われる事は、ない。モンスターの沸く地点、そこからの検索範囲、すべて理解し頭に入っている。恐ろしく天才だが、恐ろしくおかしい奴だ」
クロトは、へぇ···と呟くと、ワイエットが歩み去っていった先を見つめた。
「要は変人だろ。サーシャ、“類は友を呼ぶ”って言葉、知ってるか?」
うるさい···。サーシャはクロトを睨みつけると、考えこんだ。
ワイエットがセラルに気を取られてしまってうやむやになってしまった。アレ···とはなんだ?そのままにしていると疑われる···?
クロトと同じように、ワイエットの消えていった先を、サーシャは見つめていた。
連日投稿して参ります。
ー用語解説
リバーシ:スキル。あらかじめ記憶した場所へ移動する。
キャパ:キャパシティ。キャラクターが一度に持てる重さには上限があり、オーバーするとその場から動けなくなる。その状態の事を『キャパってる』と表現することもある。
アリエス:ボスモンスター。LFOでは現在12体のボスが実装されており、その中の最強ボス。ごく稀にアイテム:オリハルコンをドロップする。オリハルコンは精錬素材。
ボス取り巻き:ボスは必ず8〜10体の取り巻きとともに現れる。取り巻きにボス属性はついていないが、数が多いのでやっかい。