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86 最後のフラッシュバック

 ……死後の夢を彷徨(さまよ)っているのかと思っていたが、わたしは目を覚ました。

 わたしが目を覚ました時、その部屋には誰もいなかった。先ほど、わたしは誰かに首を絞められた。それなのに、わたしは相変わらず生きていた。わたしの首を絞めた犯人はどこへ行ってしまったのだろう。何にせよ、自分が死んだわけではないことを知り、わたしは自分の痛む喉元をさすり、ほっと胸を撫で下ろした。

 わたしは犯人がまたやってくる気がして、足をふらつかせながら、クローゼットの中に身を隠した。しばらくして、忙しない足音が遠くから響いてきた。そしてその足音は、わたしの倒れていたところの前で立ち止まり、また忙しなく音を立ててどこかへ走り去っていった。わたしはそれが犯人のものだということにすぐに気づいた。わたしは乾いた感情のまま、クローゼットの中で、その音に耳をそばだてていた。

 わたしはしばらくして、もう大丈夫だろうと階段を降りて行った。琴音の部屋で、琴音が今も眠っているはずだった。わたしとの交代を今か今かと待っているんだ。琴音にこのことを教えなければいけない。わたしの首を絞めた犯人は誰なのか、なぜわたしを殺そうとしたのかは知れないけど、とにかく、一先ず、琴音と落ち合って、このことを伝える必要があると思った。

 そうして、わたしが琴音の部屋の前に訪れた時だった。琴音の部屋のドアが開けっ放しにされているのが見えた。琴音が、ドアを開けっ放しにすることはない。わたしと琴音が、同時にどこかで目撃されることがないように、どちらかが活動中である時は、どちらかは絶対に身を隠しているのだ。その時は、琴音の部屋は良い隠れ場になる。決して、そのドアを開け放つことなど考えられない。だとしたら、これは異常事態としか思えない。

 わたしは見つからないように、食堂の中に身を隠した。しばらくすると、ドアの外で、ふたつの足音が聞こえてきた。ふたつの足音は重い足取りで、お互いに足並みを揃えている。二人で何かを運んでいるのだ。わたしはそう確信した。しかし、わたしは姿を見せるわけにはいかなかった為、それが何か確認することはできなかった。

 しばらくして、わたしは琴音の部屋を訪れた。そこには誰もいなかった。地下室も見てみたが、そこにも琴音はいなかった。恐ろしいことが起きたのだと、わたしは状況がだんだん理解できるようになってきた。

 わたしは恐ろしくなって、わけも分からずに裏口から外に飛び出した。わたしは、赤沼家から一旦どこか遠いところへ逃げたい思いに駆られていた。外の寒さが身に染みるようだった。

 その時、わたしは、振り返って、暗闇の中に照らされたバルコニーの鉄柵を見た。いや、その下に吊り下がっているその姿に釘付けとなった。わたしはそれが何か、すぐには理解できなかった。しかし、だんだんと理解が及ぶにつれ、わたしは尚更、茫然と立ち尽くさなければならなかった。

 吊るされているのは、琴音だった。わたし、鞠奈はこのようにして、この汚らわしき現世に、ひとり取り残されてしまったのだ。

 わたしは今までずっと琴音として生きてきた。鞠奈として生きた時間なんてどれほど短かったことか。鞠奈などと他人に名乗ったこともなかった。だからわたしはずっと琴音だった。ところが、その琴音は今や死んでしまって、目の前に吊るされている。それでは、わたしは今、生きているのか、死んでいるのか……。

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