へたな歌
ムカデくんとカエルくんを救いたい。
カエルは、望んだものを、すべて手に入れたはずだった。
夕方になればまた人々は彼を囲み、彼が跳ねれば、誰かの喉はまた熱くなった。「跳ねるカエルさん」は戻ってきた。けれど、跳ねるたびに、腹の底の石は重くなった。あの冷たい石は、嫉妬が消えれば溶けると思っていた。そうではなかった。石は、嫉妬の代わりに、別のものを芯にして、いっそう固くなっていた。
ある夕方、彼は跳ねるのをやめた。音楽の途中だった。人々が怪訝な顔をするなか、彼は輪を抜けて、ムカデの家のほうへ歩いていった。
ムカデは、暗い部屋の隅にいた。たくさんの足を、もう動かそうともせず、ただ体に巻きつけるようにして。
「あなたに、手紙を書いたのは、私です」とカエルは言った。
言ってしまうと、思っていたよりもずっと簡単だった。そして、思っていたよりもずっと、自分を軽くした。ムカデは、しばらく黙っていた。それから、責めるでもなく、ただ静かに尋ねた。
「どうして」
「あなたが、うらやましかった」とカエルは答えた。ほかに言いようがなかった。「あなたが踊ると、私が今まで立っていた場所が、急に何でもない場所に見えた。だから、あなたの足を止めれば、私の場所が戻ってくると思った。——戻ってきた。けれど、何も嬉しくなかった」
ムカデは、また長いあいだ黙っていた。やがて、こう言った。
「あなたを、恨めない。だって、あの手紙がなかったとしても、いつかきっと、ほかの誰かが同じことを訊いた。あるいは、私自身が、ある朝ふと、自分の足を見下ろして、考えはじめたかもしれない。——問いは、いつか必ず来るものなんだ。あなたは、それを少しだけ早く運んできただけだよ」
その晩、カエルは、ムカデの家に泊まった。そして翌朝から、彼は妙なことを始めた。
彼は、ムカデに「足のことを忘れろ」とは言わなかった。忘れろと言って忘れられるものでないことくらい、跳ねることしか知らない彼にも、なぜだかわかっていた。代わりに、彼はオルガンの古い曲を、口で歌った。下手な、ところどころ調子の外れた歌だった。そして、ムカデのすぐ前で、跳ねた。沈んだ。また跳ねた。
「あなたが足を数えるのを、やめさせようとは思わない」とカエルは言った。「ただ、私が跳ねているあいだ、隣にいてくれればいい。数えながらでいい。笑いたくなったら、笑えばいい。それだけだ」
最初の数日、ムカデの体はぴくりとも動かなかった。それでもカエルは、毎朝やってきて、下手な歌を歌い、ばかみたいに跳ね続けた。ムカデは、相変わらず自分の足を数えていた。一本、二本、と。けれど数えながら、隣で跳ねるカエルのあまりの不格好さに、ある朝、彼は思わず吹き出してしまった。
そのとき、体のいちばん後ろの足が一本、彼の許しも得ずに、ほんの少し、揺れた。
ムカデは、今度は、それに気づいた。
以前の彼なら、気づいたとたんに足は凍りついただろう。覗き込まれた命は、逃げてしまうものだから。けれど、この数か月、暗い部屋で足を数えつづけた彼は、もう、別のことを知っていた。――覗き込めば命は逃げる。では、命が逃げたあとの、その空っぽの場所で、人はいったいどうすればいいのか。彼は、長い時間をかけて、その問いの奥まで歩いていったのだ。
だから彼は、揺れた足を、つかまえようとしなかった。番号で呼びもしなかった。ただ、それが揺れるのを、はっきりと知っていながら、揺れるにまかせた。すると、足は凍りつかなかった。揺れは止まらず、隣の足へ、そのまた隣へと、静かに伝わっていった。
知ること。そして、手放すこと。かつての彼は、そのどちらも持っていなかった。何も知らないまま、ただ体に運ばれて踊っていただけだ。けれど今の彼は、両方を、その手のなかに持っている。一本いっぽんの足の名を、暗闇のなかですべて覚え、そのうえで、それを握りしめずにいる術を、覚えた。
葉がすっかり落ちて、また芽吹きはじめた頃、広場のオルガンが鳴る夕方に、二つの影が中央に出た。
跳ねるカエルと、うねるムカデ。
かつてムカデの最初の踊りを見た者たちは、あの夜の美しさを覚えているつもりでいた。けれど、その夕方に彼らが見たものは、まるで別のものだった。以前の踊りは、何も知らぬ者の、天から授かったような奇跡だった。無垢で、軽くて、こわれそうなほど完璧だった。けれど、いま石畳をうねる体には、あの頃にはなかったものが宿っていた。あの暗い部屋が。足を数えた夜の長さが。一度すべてを失い、その底まで降りていって、もう一度のぼってきた者だけが持つ、深さが。
以前の踊りは、人々の喉を熱くした。けれど、この夜の踊りは、人々の目を濡らした。
一歩いっぽが、どれほど不可能なことか、ムカデは今では誰よりも知っていた。四十対の足が揃うことが、本当はどれほどありえない奇跡なのかを、底まで知っていた。知ったうえで、それでも彼は踏み出していた。知らずに踊るのではなく、知り尽くして、なお手放して、踊る。その一歩は、かつての無心の一歩よりも、はるかに重く、はるかに自由だった。
二人の踊りは、競い合わなかった。カエルが高く跳ねると、ムカデの長い体が、その着地を受けとめるようにうねった。ムカデの足が細かなリズムを刻むと、カエルがそこに、大きな拍を置いた。一方が一方を消すことはなく、ただ、片方だけでは決して生まれなかったひとつの形を、二つの体が一緒に描いた。
カエルの腹の底の冷たい石は、いつのまにか、消えていた。
踊りながら、ムカデは思った。あの問いは、呪いではなかった。少なくとも、呪いのままでは終わらなかった。あれは、長い長い遠回りだったのだ。何も知らずに踊っていた頃の自分には、どうやってもたどり着けなかった場所まで、あの暗闇が、自分を連れてきてくれた。
悩んだぶんだけ、踊りは深くなっていた。失った夜の数だけ、一歩は豊かになっていた。
もし、あの讃美者に返事を書けるなら、と彼は思った。きっと、こう書こう。――あなたの問いのおかげで、私は一度、踊れなくなりました。けれど、そのおかげで、私はようやく、本当に踊りはじめたのです、と。
その讃美者が、いま自分のすぐ前で、ひどく下手に、けれど誰よりも嬉しそうに跳ねていることを、ムカデは、もう知っていた。知っていて、何も言わずに、ただ一緒に踊っていた。
これで救ってあげられたかな?




