カルカタ村【第2話】
「うーん……いないなぁ」
ローズは周囲を見回しながら、感心したように呟く。
「まさか”隠れ身”のスキルまで持ってるとはね。将来有望だよ」
「俺たちのお先は真っ暗だけどな……」
リオは深々とため息をつき、その場に座り込んだ。
「……ん?」
その時、ローズがふと顔を上げる。
「あれって……」
手をかざし、遠くへ目を細めた。
「どうした? もしかして、見つかったか!?」
リオは慌てて立ち上がり、ローズの視線の先を追う。
「い、いや。そうじゃないんだけど……」
村の中でも、ひときわ大きな屋敷が建っていた。
その屋敷から、一人の男が姿を現す。
金髪の男だった。
黒いコートを身に纏い、いかにも上流階級といった風貌をしている。
その後ろには、大柄の男が付き従っていた。
そして彼らを見送るように、屋敷の前に若い女が立っている。
「やっぱり、あれ……ロベリア・ルイスだよ。『ルイス商会』の」
「ルイス商会?……って、何だっけ?」
「はぁ~?」
ローズは呆れた顔でリオを見る。
「……ルイス商会は、この国最大の商人ギルド。商品の仕入れや流通。市場でも価格設定に品質の保証。さらには、商人たちへの仕事の斡旋、荷馬車の貸し出しまで――」
「あ~はいはい」
リオは耳に指を突っ込みながら、面倒くさそうに頷く。
「要するに、どでかい商人たちの組織ってことね」
「まぁそういうこと」
ローズは小さく頷いた。
「で、その商人ギルドの会長が、あの金髪の男。ロベリア・ルイス」
そう言って、ローズはロベリアを指差す。
「さっき言った”信頼できる御者”っていうのも、だいたい彼らのこと。カルカタ村の作物の運搬は、ルイス商会の商人が担当してるんだよ」
「ふーん……」
リオは感心したように、ローズを見つめた。
「ローズって何でも知ってんだな」
「はぁ!? べ、別に?」
ローズはぷいっとそっぽを向く。
「リオが知らなすぎるだけでしょ?」
「で?……後ろの”バケモノ”は誰なんだ?」
ロベリアが従えている男は、二メートルを優に超えているように見えた。
隣にいるロベリアが、まるで子どもの様に見えるほどだ。
さらに腰には、巨大な剣を携えている。
「ああ、あれはねぇ……」
ローズはちらっと男を一瞥した。
そして、人差し指を立てる。
「”バケモノ”だよ! 見れば分かるでしょ?」
「お、おう……ん?」
その時、視界の端で何かが動いた。
リオは目を凝らす。
例の男の子が、ロベリアのもとへ駆け寄っていた。
そして、見覚えのある小さな袋を差し出す。
「い、いたぞ!? あいつだ! 金も持ってる!」
「え!?」
「行くぞ! 金を取り戻す!」
二人は屋敷に向けて走り出した。
* * *
「はぁ、はぁ……お、おい!」
リオは息を切らしながら、男の子が持っている袋を指差した。
「それ、俺たちの金ぇ!!」
「はぁ、はぁ……杖背負ってこの距離は……きついって……」
少し遅れて、ローズも追いつく。
「ふむ。なるほど」
ロベリアは、リオたちと男の子を交互に見た。
そして、男の子の前へしゃがみ込む。
その頭に、そっと手を置いた。
「ダメじゃないか。そういうことなら、これは受け取れない。彼らに返しなさい」
そう言って、ロベリアは男の子の前に手を差し出す。
「で、でも……」
男の子は涙目になりながら、袋を抱え込んでいた。
けれど、その涙をごしごし拭い、しぶしぶロベリアへ袋を差し出す。
「災難でしたね」
ロベリアは袋を受け取り、リオへ差し出した。
「はい、どうぞ」
「お、おう。ありがとう……」
リオは袋を受け取った。
「あれ?……てっきり俺は、こいつらが黒幕かと――いてっ!?」
ローズが、リオの頭にチョップを落とした。
「そんなわけないでしょ。この程度の小銭で」
「俺たちの全財産だけどな!」
「すいません」
ローズはリオを無視して、ロベリアへ頭を下げる。
「分をわきまえない小僧でして……」
そして、リオの後頭部に手をやると、無理矢理頭を下げさせた。
「い、いやいや、いいんだ。頭を上げてくれ」
ロベリアは困ったように手を振った。
「で? 何で俺たちの金を?」
リオはローズの手を跳ね除け、頭を上げた。
「自分の”技術”を確かめたかったとか? すごい腕前だったよね」
ローズは腕を組み、感心したように頷く。
「え、えっと……」
男の子は俯き、そのまま黙り込んでしまった。
「ん……?」
ふと、ロベリアがリオの方を見る。
その視線が、リオの手元で止まった。
「キミ、その手の紋章は?」
「ああ、これか?」
リオは手の甲を見せつけた。
「俺、勇者に選ばれたんだよ」
「勇者……例の……」
ロベリアは顎に手を当て、何かを考え込む。
そして、今度はリオの腰へ視線を移した。
「キミ、剣を二本持っているようだが?」
「ああ、うん」
リオは腰の剣を軽く叩く。
「一本は普通の剣で、もう一本が”勇者の剣”なんだよ」
「…………」
ロベリアは黙り込んだ。
「もしかして、支援してくれたりするんじゃ?」
ローズが期待を込めて、ロベリアを見つめる。
「え!? マジで!?」
リオも嬉しそうに顔を上げた。
だが、ロベリアは黙ったままだった。
やがて、男の子を一瞥する。
「キミたち……この子の話を聞いてやってくれないか?」
「この子の?」
「あいにく、私たちは先を急いでいてね。キミたちなら、この子の望みを叶えてやれるかもしれない」
それだけ言うと、ロベリアはもう振り返ることなく、大柄な男を連れて歩き去っていった。
「……結局、支援は無し? この子の話を聞いてやれってさ」
ローズは肩をすくめた。
男の子はもじもじしながら、二人を見上げている。
「まぁ、なんか訳ありっぽくはあるけどなぁ……」
リオはしゃがみ込み、男の子と目線を合わせた。
「お前、名前は?」
「ヨ、ヨシュア……」
「ヨシュアか」
リオは軽く頷く。
「どうして俺らの金を盗んだんだ? 何か理由があんだろ?」
「う、うん……」
「心配しなくても、あなたは立派な盗賊になれるよ」
「ローズさ~ん? 少しの間黙っててほしいんですが~?」
リオは振り返って、ローズを睨みつけた。
その時――
「お、お母さん……」
「「……!」」
リオとローズは、同時にヨシュアを見た。
ヨシュアは服の袖をぎゅっと握りしめている。
「探してほしくて……お願いしようとして……お金がなくて……それで……」
「……なるほどね」
ローズは小さくため息をついた。
「お母さん、いなくなったのはいつなの?」
ローズはリオと同じようにしゃがみ込み、ヨシュアへ尋ねた。
「き、昨日の昼……洞窟に行って……夕方には帰るって……い、言ってたのに……」
その目に、じわりと涙が滲む。
ヨシュアはそのまま俯き、小さく泣き始めてしまった。
「ど、洞窟って……何しにいったんだろ?」
「さ、さぁなぁ?」
リオとローズは顔を見合わせる。
すると――
「肥料を取りに行ったんだよ」
背後から声がした。
二人が振り返ると、先程屋敷の前にいた若い女が立っていた。
「肥料?」
「そう。大吸血コウモリの糞。それを、畑の肥料にしてるんだ」
「大吸血コウモリって……名前怖っ!」
ローズはぶるりと身震いした。
「人間の血は滅多に吸わないから、大した危険はないはずなんだけどね」
女は少しだけ眉をひそめる。
「それに、洞窟に行くときは”魔除けの香水”をつけてるはずだし」
「まぁ、それは分かったけど……」
リオは女を指差した。
「あんた誰だ?」
「ああ、ごめん。私はこの村の村長、ジェシカだよ。よろしく」
「そ、村長!? あなたがですか?」
ローズは目を瞬かせた。
「……? そうだけど?」
ジェシカは不思議そうに首を傾げる。
「で? その子の親が帰ってこないって?」
「あ、はい……昨日の昼、洞窟にいったって……」
「ふむ……」
ジェシカは顎に手を当て、少し考え込んだ。
「とりあえず、この子を家に送る。それから、私が洞窟に行ってみよう」
「洞窟へ?」
「ああ」
ジェシカはリオたちを見る。
「キミらも同行してくれないか? 礼は弾む」
「ああ、いいぜ」
リオはすぐに頷いた。
「ちょうど俺らも、仕事が欲しかったんだよ」
それから、ヨシュアの方を見る。
「よかったな! 探しに行くってさ」
そう言って、リオはヨシュアの頭をぽんと撫でた。
「お、お母さん……大丈夫?」
「大丈夫大丈夫! この人、勇者だから! ほらこれ!」
そう言ってローズはリオの腕を掴み、手の甲の紋章をヨシュアに見せた。
「ちょ、いてぇよ!?」
「それに私も……まぁまぁそこそこ、それなりの魔法使いだから!」
ローズは自分の胸をぽんと叩いた。
「お母さん、見つけてきてあげるからね!」
「う、うん」
ヨシュアは少しだけ、顔を明るくした。
* * *
「おにいちゃん!」
ヨシュアの家に着くと、とたとたと女の子が走ってきた。
ヨシュアよりも、少しだけ幼い。
「ミーシャ……」
「ママは? いないの?」
ミーシャと呼ばれた女の子は、涙目でヨシュアを見つめている。
「大丈夫だってさ!」
ヨシュアは慌てて、ミーシャの頭をぽんと撫でた。
村長と……この人たちが見に行ってくれるってさ!」
「そうなの?」
ミーシャは、リオたちを順番に見上げる。
「おう! 俺は勇者だからな! 安心していいぜ!」
「ゆーしゃ?」
ミーシャが首を傾げる。
「すごい人なの、この人。だから大丈夫だよ」
ローズは横から身を乗り出した。
「あとついでに、私もまぁまぁそこそこ、それなりに――」
「よかった!」
ミーシャはぱっと顔を明るくした。
そして、ヨシュアの周りをくるくると回り始めた。
「……じゃあ、行こうか」
ジェシカは子供たちを見て、静かに言った。
「すぐ戻るからね」
そう言って、家の外へ向かう。
リオとローズも子どもたちに手を振り、その後に続いた。




