魔王殺害事件【第1話】
俺の名前は勇者リオ。
十八歳にして、魔王討伐の使命を授かった男だ。
長い旅路を経て、俺はついに魔王城の最奥へと辿り着いていた。
重々しい扉の先。
そこは、魔王の間。
この先に、魔王が待ち構えている。
「さてと、サクッと終わらせて帰りますかねぇ」
そう呟き、俺は扉を勢いよく開いた。
だが――
「あ~? こりゃどういうことだ?」
そこで目にしたのは――魔王の死体だった。
胸から腹にかけて、一閃。
黒ずんだ血が床に広がり、裂けた傷口からは”中身”が覗いている。
「死んでんじゃねーか!? 俺が来た意味無し!?」
俺は思わず、頭を抱えた。
しかし、ふと冷静になり思い直す。
「……ってまぁいいのか? これで平和になるってことだし」
(そうだ。俺からすれば、倒すべき敵が既に死んでいたというだけの話。何も悲観することなんかねえ)
「んじゃ、帰るか。ローズも待ってる――」
「お待ちください」
「ん?」
扉の方から声が響いた。
振り返ると、そこには一匹の魔物が立っている。
漆黒の翼。
紫色の体躯に、金色に輝く二本角。
真っ白な顔に、整った顔立ち。
不気味なくらい、美しい魔物だった。
「なんだ!? 残党ってやつか!? 言っとくけど、これやったの俺じゃないからな?」
「そうですか、あなたではないと。しかし、それならば――」
魔物がずかずかと、こちらに近づいてくる。
そして、俺の前で立ち止まると、金色の瞳でこちらを見下ろした。
「”証明”して見せてください。あなたが無実であると」
「無実を証明しろって……どうすりゃいいわけ~? 裁判でも開くか?」
「簡単なことですよ。あなたが見つけるのです」
そう言って、魔物は魔王の死体を指差す。
「魔王様を殺害した犯人が誰なのかを」
「俺が!? いやいやいや! おかしいだろ!? 俺は”勇者”だぞ? 魔王を倒しに来たの!」
すると魔物は、ほんの少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「あなただからです。あなたは――解かなくてはならない。この謎を」
「俺が解かなくてはならないって……なんでだよ?」
「さぁ? なぜでしょうね」
「はぁ~? 意味わかんね……まぁわかったよ。やればいいんだろ」
「ああ、そうそう。申し遅れました。わたくし魔王様の側近――ネビロスと申します」
「ああ、俺は勇者リオ……よろしく、でいいのか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
そうして俺はなぜか、ネビロスと握手を交わした。
「で? 何から始めたらいいんだ?」
「そうですねぇ……まずは死体を調べてみては?」
「死体ねぇ……ま、そこからか」
俺は玉座へ向かって歩き出した。
その少し後ろを、ネビロスが静かについてくる。
「後ろから不意打ち!……とかやめてくれよ?」
「不安でしたら、わたくしが前を歩きましょうか?」
「それはそれで怖ぇよ……んで? これマジで死んでんのか?」
玉座に腰掛けたまま、魔王はびくりとも動かない。
「はい。亡くなられております。死因は――」
「まぁ、間違いなくこの傷だろ? 思いっきり剣でざっくり!」
胸から腹まで斜めに裂かれた傷跡。
剣による一撃だ。
「はい。ですがその場合……犯人は明白です」
「え? もう分かったの? じゃあ俺帰ってもいい?」
「ダメですよ。なぜならその犯人というのは――」
ネビロスはすっと片手を持ち上げ――静かに俺を指差した。
「あなたのことですから」
「俺かよ!? いやなんでそうなるわけ!?」
「簡単な話です」
ネビロスは、魔王の傷跡へ視線を向けた。
「魔王様は”傷”を負っている。その時点で、犯人はほぼ確定します」
「あ~? 理解不能だなぁ? 傷をつけたのが俺とは限らねぇだろ?」
「いえ、”あなただけが可能”なのです。なぜなら――魔王様の『無量の黒衣』。それを破れるのは、あなたの持つ『勇者の剣』のみ」
「”無料”の黒衣? 弱そうだし、俺以外でも行けそうだぞ」
「”無量”の黒衣です。魔王様の絶対防御魔法。幾千万の攻撃を無に帰してきた、最強の防壁です」
「へぇ、すげーな」
「そして、それを突破できる唯一の武器こそ――あなたの持つ勇者の剣」
「なるほどな……魔王殺しが可能な凶器を持っているのは、俺だけってわけか」
「その通りです」
ネビロスは静かに頷いた。
「あなたは、唯一魔王様を殺害できる武器を持って、この部屋へ現れた。そして、第一発見者でもある」
「俺ってそう考えるとめちゃくちゃ怪しいな……俺は勇者だから、本来なら正しいはずなんだけど」
「それで? 何か弁明はございますか?」
「弁明ねぇ……」
俺は頬に指を当て、少し考え込む。
そして――ふと、あることに気付いた。
「なぁネビロス」
「はい」
「お前……俺が扉を開けて中に入るところは見てたか? 俺が入ってから、すぐに来たよな?」
「ええ、遠目ではありましたが。あなたが魔王の間に入るのを確認し、すぐに駆けつけました」
「だよな」
俺は魔王の死体を指差す。
「この血、黒ずんでるよな? つまり、空気に触れてから時間が経ってるってことだろ?」
「そうですね」
「さらに、俺の剣だ」
そう言って俺は、腰に差してある剣を引き抜く。
「血なんて付いてねぇだろ?」
「水の魔法で洗い流した……というのは?」
「なら、この部屋に水気はあるか?」
「…………」
ネビロスは沈黙した。
「なるほど、つまりは……」
「そう、俺がこの部屋に入った時には――」
俺は剣を鞘に戻した。
「魔王は既に死んでいた」




