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side 誠 1


俺の頭はとうにおかしい。

瞳孔が開いている自覚もある。


それでも、俺はこの道を行く。


◇◇◇



すみれは、自分が鎮守様である事を知らない。


鎮守様はこの世界を護る存在で、鎮守様が在るだけで穏やかで平和な治世になる。

国毎に1人在ることもあるし、それぞれの大陸に1人のこともある。聖女と呼ぶ国もあるが、日本ではその存在が確認された時からずっと鎮守様と呼ばれている。



国や大陸毎に方針は異なるが日本は原則、鎮守様である事を本人には伝えない。

1人に背負わせるには余りに責任が重く、国民性から言ってもそれが負担になる可能性が高いからだ。


小さな頃から常に隣で過ごしてきた俺から見ても、すみれに対してそれは正しい判断だと思う。

すみれには今のまま伸びやかに穏やかに、自分の人生を生きてほしい。



「おはようすみれ」


「誠くんおはよう」



鎮守様は、現在世界ですみれただ1人だ。

何故なのかは分からない。鎮守様の存在が確認されてから初めての事らしい。


世界中でただ1人。

すみれただ1人の護りで世界は今の平和を保っている。


すみれの護りが無くなれば少しずつ世界は歪み、争いや戦争が起こり、そしていつか滅ぶんだろう。

すみれが今のこの争いのない世界を保っているのだ。



「すみれ、危ない」


登校時間、何でもないようにすみれと話しながら歩いていると、前方から走ってくる車に違和感を覚える。

思った通り俺達の10m程手前からガードレールすれすれに車体を寄せてきた。攻撃か呪術か。

俺はいつでも迎撃出来るよう、すみれに害が及ばないよう構え、同時に周りを固めていた通行人に擬態している護衛部隊の連中にも合図を送る。


だが相手も手練れでマジでうざいが馬鹿じゃない。俺達の守りの厚さに気付いたんだろう、何も起こさずそのまま通り過ぎた。



殺すぞ。



塵芥の分際ですみれに手を出そうと目論む連中は1人残らず消えればいい。早く爪ひとつ残さず全員殲滅しなくては。


すみれに気付かれないように後方に付いている部隊員に目配せする。車については彼らが調べてくれるだろう、何なら本部が既に解析を始めているだろう。



◇◇◇



すみれは夜寝る前、世界の平和と平穏を祈ってから寝る。ごく小さな頃から自然に。

それは彼女が鎮守様だから、だから毎晩世界の平和を祈るのだと思っている連中もいるがそれは違う。


すみれは、ただすみれだから祈るのだ。

彼女の優しさが自然発生的に寝る前の祈りを見つけたんだと俺は知っている。

結果として、すみれはその強大な祈りの力で世界の平和を守っている。たった1人の鎮守様として。


俺はその祈りの強さを知っている。



忘れもしない、初めてパルコンの大会に出た日。

小学2年生だったその日の夜。

俺は身体能力も戦闘能力も並外れて高かった。既に護衛部隊員としてすみれを狙うゴミクズ集団を無力化する事も出来ていた。


それでも、初めてのパルコン大会では中高生や大人達に手も足も出なかった。出場者はほぼ護衛部隊員で、俺は誰にも敵わなかった。


すみれを守る人達は沢山いてこんな強いんだという安心感と共に、腹の底から悔しかった。

もっと強く、誰よりも強くなければすみれを守れない。

強くならなければ、誰よりも。

そう決意した夜だった。


そんな夜、すみれは今日も祈って寝るんだろうと思いながら机に向かっていると、突然ふわりと心地良い温かさに身体が包まれた。

何が起きたのか把握しようとしていると、光った。


俺が。


ふわりと優しい光量で、俺自身が発光していた。


呆然としながら光る掌や身体を見つめた。何だこれは。


だが、嫌な感じはしない。

むしろ日々の訓練の疲れも、1番であり続ける為の勉強で消耗した頭もすべて癒されていく。


これは。

これはまさか。



そのまさかだった、すみれの祈りだ。

すみれが寝る前の祈りで、俺の幸せを願ったのだ。


世界の平和を祈るのと同じように。

世界の平和を祈るのと同じ強さで。

俺の平穏を願ってくれた。


その日以来俺は毎晩、淡く優しく光る。

夜寝る前、すみれは毎日俺の幸せを祈ってくれる。

毎晩その度に、俺は言いようの無い高揚感に包まれる。


それは、俺を狂わせるのに十分だった。



◇◇◇



「すみれおはよー」


「おはようマキちゃん、あのさ、今日の食堂のランチ知ってる?」



俺の家系は代々異能者が出る。

鎮守様の存在が確認されてからは常に鎮守様を守る為に在る、それが鬼屋敷という家の宿命だ。


誰に命じられた訳でもない。

けれどもう気付いた時には、すみれを守る事を主命として生きていた。



人間の中には救いようのない屑がいて、どうにかして争い奪い合いたいらしい。

そういうゴミカルト共にとって鎮守様は目障りで仕方ないんだろう。すみれは世界認定されたその日からずっと、ゴミ共に狙われている。



俺達の通う一貫校、住んでいる区は言わばすみれを守る要塞のような物だ。

学校内の教員・生徒は勿論この街のそこかしこに部隊員がいて、敵を潜ませる影が人間共の精神の隙間にも物理的にも出来ないよう目を光らせている。


俺達のクラスは全員で40人。そのうち俺も含めて35人がすみれの護衛部隊で構成されている。圧倒的精鋭がこのクラスに集中して集められ、同じ学年の他クラス、そして学校全体・教師達も日本中からエリート達が集結している。


もちろん何も知らず受験をして入学してきた生徒達も少数だがいる。

すみれが普段一緒に行動しているマキは一般入学者だ。一般入学者だが、大きな神社の娘でとにかく勘がいい。


多分、すみれが何者かである事も、俺達部隊員が普通じゃない事もうっすら気付いているんだろうと思う。そしてそこに悪意が無い事も。


本部から警戒連絡がきて俺達がすみれには気付かせないようにしながらもピリついている時、マキは何かを感じ取ってさりげなくすみれについていてくれる。

マキと同じようにすみれが仲良くしている瞳と陽菜はいざとなれば全方位に盾を実体化出来る防御に特化した能力者で戦闘能力も高い。

今は何があろうと俺が必ずすみれを守るのでそこは心配いらないが、すみれを精神的に支える人間が多いに越した事はない。



すみれがこの世界でただ1人の鎮守様だと世界に認定されてから、世界各国の協力も勿論だが日本は特にその守りを堅めてきた。


パルコンという極限の身体技と格闘を組み合わせたスポーツが出来たのも鎮守様を、すみれを守る為。

スポーツを隠れ蓑に日々人間のレベルを超えた訓練を行なっている。



様々な想定事態に備え、物理攻撃に対しては国の施設に迎撃ミサイルが配備されている。

すみれは知らないが、俺達の住む区内も公園や学校周辺5か所にオブジェに偽装した高性能迎撃ミサイル・各種ドローンが配備されている。


学校や区内はクラスの部隊員で結界師の貞宗によってミサイルも通さない強殻結界が張ってある。

けれど人の流れは止められない。ゴミクズがすみれに近づくのを完全に阻止するのは不可能だ。

だが、結界の内側に世界破滅を目論むゴミクズ集団が入ってきたとしても、爆発物や武器を持って何か起こそうとしても、俺達は秒で制圧出来る。

部隊員1人1人の特殊能力は様々、戦闘能力も高い。守りは硬い。


ここまでしなくてはいけないのかと、この世界は何なんだと苛立ちを感じる日もある。

すみれが何をした?

ただ祈ってくれているだけだろうが。


ウジ虫共が。

束になってたった1人の少女を付け狙うとは。

大人しくすみれに感謝しながら、その汚ねぇ額を地面に擦り付けて感謝しながら真面目に生きればいいものを。



「じゃあまた明日ね」


「おう、また明日。早くドア閉めて鍵かけちゃいな」


「はーい」


すみれが鍵をかけたのを確認してから、隣の自宅に戻る。



今夜はゴミ掃除だ。

本部からの連絡によると、すみれを狙う屑共が夕暮れに紛れて結界の中に入ったらしい。

どうやら暗殺を家業とするプロ集団を雇ったようだ。

馬鹿が。

そんな連中に俺達が敵わないと思われるとは心外だ。

ズタズタにして送り返してやる。



そう、こういう物理攻撃はまだいい。一瞬でやれるから。

問題は、特殊攻撃だ。

精神や概念、実体を伴わない攻撃は、許し難くブチ切れそうになるが防ぎきれないのが現状なのだ。ああ、うぜえ。



すみれは中学に進学して少し経った頃、突然日本の術式ではない海外からの呪いを受けた。

クラスの部隊員で人の悪意を感じ取る事が出来る夢乃がまずそれに気付いた。だがその時点で呪いは既に完成していた。

すみれに呪いを染み込ませた直後、どうやらその術師は命を絶ったらしい。解呪させない為に。


今思い出しても身体中沸く程に憤怒の情を制する事が出来ない。ゴミが。すみれに何を。



呪いは、すみれ自らにすみれを破壊させようとする物だった。


うぜえ。吐き気がするほどにうぜえ。

そのせいですみれは、自分には希死念慮があると思っている。そう思い込まされている。


ああ、許し難い。おれの特殊能力が死者蘇生だったら、そいつを探し出してこの世に引きずり戻し、解呪させた後に生き返った事を後悔させてやるのに。


俺は、すみれが思うように生きられればいい。

幸せならいい。


だから

すみれを脅かす者は全て排除する。


そう誓って生きてきたのに。

すみれに呪いをかけたゴミクズ野郎を阻止できなかった。

しかも勝手に死んでやがる。

解呪する事も出来ない。

クソが。

クソ共が。

何をした。

俺のすみれに。


護衛部隊本部も血眼になって解呪方法を探した。

だが出来なかった。

呪いは、すみれに落ちない泥の様にまとわりついた。


呪いをかけられてから、時々すみれが目の下にうっすらとだが隈をつけるようになった。

夕暮れ時、一点を見つめてぼんやりする事もあった。


本部の能力者の解析によると、すみれの生へのオーラが減っているらしい。

すみれにすみれを破壊させようとする呪いは、希死念慮という形で彼女を追い詰めようとしているのではないかと。


クソ。

クソ。

ゴミは俺だ。

誰よりも強く、誰よりも優秀であり続けすみれを守らなくてはいけなかったのに。

何だこのザマは。


どうしようもない無力感と怒りと焦りで俺がもがく夜も、変わらず俺は光った。

それが余計俺を堪らなく苦しくさせた。


すみれは自分が苦しんでいる今日も、それでも変わらず世界が穏やかであるように祈っている。

俺の、俺なんかの幸せを祈っている。


ああ。


嗚呼。


お願いだ。


もし本当に神様がいるのなら、どうかすみれの呪いを解いてくれ。


倍にして俺に染みつけていいから。


頼む。


頼む。





胸を掻きむしりながら何度か夜を超えて、ある日。


すみれの祈りで夜光る俺も、朝になるといつも通りだった。


けれどその日は朝になっても自分でしっかり確認できる程に光ったままだった。

家族には見えないらしい。

消える気配も無いし、そのまますみれを迎えに行く。

ドアを開けてすみれが俺を見たと思ったら、目を細めて言った。


「わ、誠君眩しい」


すみれには見えるのか。

何故夜だけでなく俺はまだ光っているのか、何か意味があるのか。


ここ最近、朝はぼんやりしている事の多かったすみれが、光る俺を見て楽しそうに笑った。


「カッコ良すぎるからとうとう光るようになっちゃった?」


眩しそうにしているが顔色も良い。俺を見てニコニコしていた。


ああ、良かった。

すみれが元気そうだ。楽しそうだ。いつものすみれだ。


俺は神に感謝した。


◇◇◇


その後の本部の解析で、俺が朝まで光る日はすみれの希死念慮が強く出た夜の、次の朝だと結論付けられた。

この光をすみれが見ると、多分呪いは一時的に浄化されて希死念慮は消え、本来のすみれに戻る。


すみれはその強い祈りの力で、己にかけられた呪いまでも無意識に浄化しようとしているのではないかと。


すみれの祈りが、光になってすみれ自身を守ろうとしている。


それで光るのが俺なのか。

すみれが浄化に使うのが俺なのか。

すみれが、己を守る為に使うのが。


解呪出来ないと思われていた呪いだが、すみれ自身がそれに打ち勝った。

早晩、すみれのこの強力な鎮守様の力によって呪いは浄化される見立てが本部から出ている。どれ位の年月が必要かは不明だが、俺としては数年で決着がつくと思っている。


どうか、1日でも早くその日がくればいい。



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